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第二章 ヒカリゴケ
森での一夜
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森の入り口から出口までは、二日かかる。
道中、クロヴィスはそう、三人に話してくれた。そして、日も暮れかけたころ、クロヴィスはジャンヌを連れ立って狩りに出た。一時間もしないうちにウサギを一羽しとめてきた。そして、クロヴィスは森の植物にも詳しかった。乾かしたり、何日か持ったりするもののうち保存のきくものを中心に、木の実や果物をたくさん採ってきてくれた。
その日の夕食は豪華だった。森の中には薪になる木の枝がたくさん落ちていたから、エリクやリゼットでも探すのは簡単だった。森での薪拾いも初めてのことだったエリクは、十二分にそれを楽しんでいた。
豪華な夕食を終えると、女性二人はすぐに寝てしまった。エリクとクロヴィスはしばらく起きて、話をすることにした。
エリクは、道中で自分の素性や、他の女性二人のことを大体話してしまっていた。だから、話題もなくなっていると思いきや、そうでもなかった。
「エリク、お前さんになら話してもいいな」
自分を見上げてくるエリクに、クロヴィスは優しく笑いかけて、話を続けた。
「俺の実家は、代々続く小売店でな。何を売っているかは恥ずかしくて言えないが、とにかく恥ずかしいものを売っていたんだ。だから、俺は家を飛び出した。親は、代々続くその店を潰したくないから、一人息子の俺に継がせようとしていた。だが、俺はそんなものはどうでもよかった。今じゃこんな根無し草だけどな、本当はある店を開きたかったんだ。だけど、両親はそれを許しちゃくれなかった。俺が拗ねてあの家を出るとき、お前はこの家にしか居場所がない。どうせ帰ってくるだろうとあいつらは言った。俺はそれが許せなくて、あの家には二度と帰らないと決めたんだ」
「ご両親は、心配していないのかな?」
エリクの問いに、クロヴィスは寂しそうに笑った。
「後で聞いたんだが、あの家は、俺が出て行ったあと、俺の従弟を呼びつけて跡を継がせているらしい。もう、俺はお払い箱なんだよ。ひどい話さ」
「お払い箱なんて、そんな風に思わないで。きっと、何か事情があったんだよ」
「事情ね」
クロヴィスは、そう言ってまた、遠い場所を見るような目をした。
「事情も何も、本当にお払い箱だって言われたんだよ。故郷にふと立ち寄ってな、それでも家のことが心配だったから、店を見に行ったんだ。従弟たちはうまく店を切りもりしていたよ。それでも、俺の顔を知りもしない従弟たちだ。もういいだろうと思って帰ろうとしたらあいつらが出てきて俺の顔を見るなり、お前はお払い箱だ、役に立たない奴はもう帰ってくるなって言うんだ」
その話を聞いて、エリクは悲しくなった。どうしようもなく切なかった。
エリクは、これまでは母の無償の愛を受けて育ってきた。しかし、クロヴィスはそうではなかった。無償どころか、おそろしく見返りを求められて育ってきたのだ。
「クロヴィス、悲しいよ」
そう言うと、エリクは一粒、涙をこぼした。
母と別れて以来、涙など流したことはなかった。それも他人のための涙なのだから、エリクにとっては初めての涙だった。
「エリク、お前は本当に正直なんだな」
クロヴィスは、そう言ってエリクの肩に手を置いた。
「もう寝ろよ。見張りは俺一人で十分だ」
エリクは、頷いて、いまだ寝ている二人の女性たちと一緒に、薄い毛布をかぶって横になった。しばらくすると、安らかな寝息を立てて眠ってしまった。
「俺にも、こんな家族がいたら、こんな風来坊になどならなかったのかな」
寂しそうに笑って、クロヴィスは焚火に薪をくべた。
しばらくすると、リゼットがむくりと起きだしてきて、見張りを交代すると言い出した。交代には及ばない、そう答えたが、リゼットは聞かなかったので二人で見張りをすることにした。
「半分くらい、聞いていたかな」
見張りを始めてしばらくすると、リゼットのほうから声がかかった。
「何をだ?」
聞き返すと、リゼットは不機嫌そうに口を尖らせた。
「花小人をなめないでよね。体力だけならあなたやエリクにも負けないのよ。さっき、あなたがエリクにしていた話よ」
「ああ、そのことか、そのことならもういいんだ。大体話してすっきりした。俺の素性など、聞いてくれるやつ、いなかったからな」
「本当にそれだけでいいの?」
「ああ、いいんだ」
そう言って、クロヴィスはすこし、寂しそうな顔をした。
「俺には、根無し草が一番向いているんだよ。そういう風にできちまった」
焚火が、クロヴィスの寂しそうな表情を際立たせていた。リゼットが、焚火に薪を加える。この男は本当に寂しそうな顔しかしない。
「あんたのそのしけた顔、それ見ていると、イライラするのよね」
そう言って、ひとつ、あくびをした。起きたばかりで意識が安定しない。そのおかげで、言いたいことをズバズバ言えるようになっていた。
「明日の朝、エリクに相談してみるから、あんたのこと。それでいいでしょ、ジャンヌ」
ジャンヌは、呼ばれると、むくりと起き上がった。そして、ひとつ大きなあくびをすると、焚火のそばに寄ってきた。
「相変わらず勘は鋭いわね、リゼット」
そう言って、今度は真剣な顔をクロヴィスに向けた。
「正直、あんたと狩りをしている時、ちょっと心もとなかったんだよね。確かにあんたは強いし、狩りの腕も一流だった。植物のこともよく知っていたしね。エディブルフラワーのことまで細かく。でも、ずっとこわばった表情だったし、安心はできなかった。正直、ここに帰ってきて、ほっとしたよ。皆の顔を見たら、あんたの表情が柔らかくなったんだもん」
ジャンヌがそこまで説明すると、クロヴィスは降参したのか、両手を腕にあげた。
「さすがだな、あんたらは人間を見る腕は俺よりはるかに上らしい」
そう言って、クロヴィスは、女性二人の肩を抱き寄せた。そして、誰にも聞こえないように、とりわけ今眠っているエリクには聞こえないように気を付けながら、ジャンヌとリゼットに耳打ちをした。
すると、ジャンヌもリゼットも、驚いた顔をして、口に手を当てた。そして、リゼットが、周りに気を使いながらも、こう叫んだ。
「それ、とても素敵だわ、クロヴィス!」
道中、クロヴィスはそう、三人に話してくれた。そして、日も暮れかけたころ、クロヴィスはジャンヌを連れ立って狩りに出た。一時間もしないうちにウサギを一羽しとめてきた。そして、クロヴィスは森の植物にも詳しかった。乾かしたり、何日か持ったりするもののうち保存のきくものを中心に、木の実や果物をたくさん採ってきてくれた。
その日の夕食は豪華だった。森の中には薪になる木の枝がたくさん落ちていたから、エリクやリゼットでも探すのは簡単だった。森での薪拾いも初めてのことだったエリクは、十二分にそれを楽しんでいた。
豪華な夕食を終えると、女性二人はすぐに寝てしまった。エリクとクロヴィスはしばらく起きて、話をすることにした。
エリクは、道中で自分の素性や、他の女性二人のことを大体話してしまっていた。だから、話題もなくなっていると思いきや、そうでもなかった。
「エリク、お前さんになら話してもいいな」
自分を見上げてくるエリクに、クロヴィスは優しく笑いかけて、話を続けた。
「俺の実家は、代々続く小売店でな。何を売っているかは恥ずかしくて言えないが、とにかく恥ずかしいものを売っていたんだ。だから、俺は家を飛び出した。親は、代々続くその店を潰したくないから、一人息子の俺に継がせようとしていた。だが、俺はそんなものはどうでもよかった。今じゃこんな根無し草だけどな、本当はある店を開きたかったんだ。だけど、両親はそれを許しちゃくれなかった。俺が拗ねてあの家を出るとき、お前はこの家にしか居場所がない。どうせ帰ってくるだろうとあいつらは言った。俺はそれが許せなくて、あの家には二度と帰らないと決めたんだ」
「ご両親は、心配していないのかな?」
エリクの問いに、クロヴィスは寂しそうに笑った。
「後で聞いたんだが、あの家は、俺が出て行ったあと、俺の従弟を呼びつけて跡を継がせているらしい。もう、俺はお払い箱なんだよ。ひどい話さ」
「お払い箱なんて、そんな風に思わないで。きっと、何か事情があったんだよ」
「事情ね」
クロヴィスは、そう言ってまた、遠い場所を見るような目をした。
「事情も何も、本当にお払い箱だって言われたんだよ。故郷にふと立ち寄ってな、それでも家のことが心配だったから、店を見に行ったんだ。従弟たちはうまく店を切りもりしていたよ。それでも、俺の顔を知りもしない従弟たちだ。もういいだろうと思って帰ろうとしたらあいつらが出てきて俺の顔を見るなり、お前はお払い箱だ、役に立たない奴はもう帰ってくるなって言うんだ」
その話を聞いて、エリクは悲しくなった。どうしようもなく切なかった。
エリクは、これまでは母の無償の愛を受けて育ってきた。しかし、クロヴィスはそうではなかった。無償どころか、おそろしく見返りを求められて育ってきたのだ。
「クロヴィス、悲しいよ」
そう言うと、エリクは一粒、涙をこぼした。
母と別れて以来、涙など流したことはなかった。それも他人のための涙なのだから、エリクにとっては初めての涙だった。
「エリク、お前は本当に正直なんだな」
クロヴィスは、そう言ってエリクの肩に手を置いた。
「もう寝ろよ。見張りは俺一人で十分だ」
エリクは、頷いて、いまだ寝ている二人の女性たちと一緒に、薄い毛布をかぶって横になった。しばらくすると、安らかな寝息を立てて眠ってしまった。
「俺にも、こんな家族がいたら、こんな風来坊になどならなかったのかな」
寂しそうに笑って、クロヴィスは焚火に薪をくべた。
しばらくすると、リゼットがむくりと起きだしてきて、見張りを交代すると言い出した。交代には及ばない、そう答えたが、リゼットは聞かなかったので二人で見張りをすることにした。
「半分くらい、聞いていたかな」
見張りを始めてしばらくすると、リゼットのほうから声がかかった。
「何をだ?」
聞き返すと、リゼットは不機嫌そうに口を尖らせた。
「花小人をなめないでよね。体力だけならあなたやエリクにも負けないのよ。さっき、あなたがエリクにしていた話よ」
「ああ、そのことか、そのことならもういいんだ。大体話してすっきりした。俺の素性など、聞いてくれるやつ、いなかったからな」
「本当にそれだけでいいの?」
「ああ、いいんだ」
そう言って、クロヴィスはすこし、寂しそうな顔をした。
「俺には、根無し草が一番向いているんだよ。そういう風にできちまった」
焚火が、クロヴィスの寂しそうな表情を際立たせていた。リゼットが、焚火に薪を加える。この男は本当に寂しそうな顔しかしない。
「あんたのそのしけた顔、それ見ていると、イライラするのよね」
そう言って、ひとつ、あくびをした。起きたばかりで意識が安定しない。そのおかげで、言いたいことをズバズバ言えるようになっていた。
「明日の朝、エリクに相談してみるから、あんたのこと。それでいいでしょ、ジャンヌ」
ジャンヌは、呼ばれると、むくりと起き上がった。そして、ひとつ大きなあくびをすると、焚火のそばに寄ってきた。
「相変わらず勘は鋭いわね、リゼット」
そう言って、今度は真剣な顔をクロヴィスに向けた。
「正直、あんたと狩りをしている時、ちょっと心もとなかったんだよね。確かにあんたは強いし、狩りの腕も一流だった。植物のこともよく知っていたしね。エディブルフラワーのことまで細かく。でも、ずっとこわばった表情だったし、安心はできなかった。正直、ここに帰ってきて、ほっとしたよ。皆の顔を見たら、あんたの表情が柔らかくなったんだもん」
ジャンヌがそこまで説明すると、クロヴィスは降参したのか、両手を腕にあげた。
「さすがだな、あんたらは人間を見る腕は俺よりはるかに上らしい」
そう言って、クロヴィスは、女性二人の肩を抱き寄せた。そして、誰にも聞こえないように、とりわけ今眠っているエリクには聞こえないように気を付けながら、ジャンヌとリゼットに耳打ちをした。
すると、ジャンヌもリゼットも、驚いた顔をして、口に手を当てた。そして、リゼットが、周りに気を使いながらも、こう叫んだ。
「それ、とても素敵だわ、クロヴィス!」
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