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第一章 四葉のクローバー
ナイフの練習
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草原には危険な生き物はいなかった。人間が近づけば逃げていくようなウサギやキツネが住んでいるだけだった。だから見張りを立てない野宿もできたが、森となると話は違った。
草原を南へ、二、三日進んでいくと、目の前に森が見えてきた。あと一日も歩けば森にたどり着くだろう。そんなに大きな森ではないから迂回はできるが、迂回した先には川があった。その川の両側近くに橋はなく、迂回ルートだと何日も余計に食ってしまう。
「この際だから、エリクのナイフの練習もかねて、森を抜けたほうがよさそうね。この森なら大きくはないし、変なうわさも聞かないから」
リゼットは、そう言うと広げていた地図をしまい込んだ。
「野宿にも慣れてきたし、ジャンヌが何度かウサギを捕まえたおかげで、ナイフをどう使うのか、大体エリクにもわかってきたでしょ?」
「うん。だけど、使うのはまた勝手が違うと思う。イメージ通りにいくかどうか」
不安をそのまま口にするエリクに、ジャンヌは笑いかけた。
「大丈夫。要は慣れだから。最初は誰でもイメージ通りにはいかないものさ。ゆっくり覚えればいい。時間はあるんだからね」
ジャンヌは、エリクの背中をたたいて励ました。エリクは、背中をたたかれると、なんだか元気が出た。母以外の誰かと一緒にいること。その誰かが励ましてくれる。すべてか新鮮で楽しい出来事だった。
「エリク」
照れ笑いをしているエリクに、ジャンヌが再び話しかけてきた。その顔は真剣だった。エリクの荷物の中を漁って彼のナイフを取り出すと、それをエリクに持たせる。
「この先は森。明日あたりに入るから、その森で困らないように、ナイフの使い方の基本くらいは知っておいたほうがいいね。今日一日でどこまでできるかわからないけど、ここは森に近いから動物もたくさんいる。その動物を狩って練習するよ」
「動物を狩るの?」
ジャンヌは、頷いた。
「ウサギやキツネは毛皮も肉も、なめしたり乾かしたりすれば金になるからね。狩っておいて損はない。でも、狩りすぎはいけない。彼らも私たちと同じ生き物だ。敬意をもって接しなきゃね。乱獲は犯罪者のやることだから」
「わかった」
エリクは、頷いて、手に持ったナイフを握りしめた。
そして、これから先の道中でジャンヌにナイフの使い方のレッスンを受けることになった。
まず、草を刈る。これは、ナイフの持ち方の基本を知るためのものだった。それが出来たら、木の皮をはぐ。草原に時々立っている木の皮をはいで、それを薪の焚き付けにする。この時、逆手の持ち方も学んだ。上から下へはぐときも、下から上へはぐときも、同じ持ち方ではできないからだ。それに、いざ自分と敵対する相手が出てきたとき、逆手で相手をすることもあるからだ。たとえそれがクマであったとしても。
そうやって、身の回りの分かりやすいところからジャンヌはエリクにナイフの使い方を教えていった。
そして、歩き進みながらナイフの使い方をおさらいしていると、ジャンヌは突然立ち止まって、皆を草の陰に座らせた。
「静かに。キツネが通るよ。エリク、見てな」
そう言うと、ジャンヌは素早く飛び出て、草の陰に隠れている何かにとびかかった。
そしてすぐに、キツネの首の骨を折って殺し、その躯をエリクとリゼットの前に持ってきた。
「ナイフを使わなくても、エリク、あんたの怪力ならこの狩り方ができるね。だいたいはできてきたから、あとはこいつをさばいてナイフの使い方の基本は終わりだ」
ジャンヌはそう言って、キツネの躯をエリクに渡して持たせた。その代わりに自分の荷物とエリクの荷物の両方を、肩に担いだ。
その姿を見て、リゼットはため息をついた。
「ジャンヌ、あなた相変わらずね。まあいいわ。今日は森の入り口まで行って野宿しましょう。どんな動物かいるか分からないから、夜中二時間ごとに見張りを立てるわ。火は絶やさないようにしないとね」
二人は、その言葉に頷いて先を進んだ。
そして、夕方近く、まだ日があるうちに森の入り口近くに着いたので、そこで、ジャンヌはエリクにナイフの使い方を教えた。まだぎこちないうえに、少し毛皮が傷ついてしまったが、毛皮を破ることなくエリクはキツネをさばいた。
「まあ、傷だらけだけど売れないことはないわね。エリク、あんた筋はいいわよ。初めての割にはうまくできてる」
毛皮と、さばいた肉を見比べるジャンヌにそう言われ、エリクは少し照れた。こういう感情になるのも初めてだった。母に褒められるのとは、違っていた。
「ジャンヌ、リゼット、これからもっといろいろ教えて。目の前に広がる、僕の知らない世界のこと、それに、生きるということ。全部が新しいんだ。恐ろしいことも、悲しいことも、楽しいことも、何もかもを知りたいんだ」
すると、リゼットが胸を張って返した。
「もちろんよ。もう、私たちは家族同然、いえ、あの町から出た時点で家族なんだから。そのかわり、遠慮はしないわよ」
エリクは、その言葉にひとつ、強く頷いた。
「さて、今日はキツネが捕れたから、一つ豪華に行きましょうか」
ジャンヌが、そう言って場の空気を変えると、二人はそれに乗っかって、夕食の準備を始めた。
今日の夕食は、エリクにとって、はじめてのキツネ肉だった。
草原を南へ、二、三日進んでいくと、目の前に森が見えてきた。あと一日も歩けば森にたどり着くだろう。そんなに大きな森ではないから迂回はできるが、迂回した先には川があった。その川の両側近くに橋はなく、迂回ルートだと何日も余計に食ってしまう。
「この際だから、エリクのナイフの練習もかねて、森を抜けたほうがよさそうね。この森なら大きくはないし、変なうわさも聞かないから」
リゼットは、そう言うと広げていた地図をしまい込んだ。
「野宿にも慣れてきたし、ジャンヌが何度かウサギを捕まえたおかげで、ナイフをどう使うのか、大体エリクにもわかってきたでしょ?」
「うん。だけど、使うのはまた勝手が違うと思う。イメージ通りにいくかどうか」
不安をそのまま口にするエリクに、ジャンヌは笑いかけた。
「大丈夫。要は慣れだから。最初は誰でもイメージ通りにはいかないものさ。ゆっくり覚えればいい。時間はあるんだからね」
ジャンヌは、エリクの背中をたたいて励ました。エリクは、背中をたたかれると、なんだか元気が出た。母以外の誰かと一緒にいること。その誰かが励ましてくれる。すべてか新鮮で楽しい出来事だった。
「エリク」
照れ笑いをしているエリクに、ジャンヌが再び話しかけてきた。その顔は真剣だった。エリクの荷物の中を漁って彼のナイフを取り出すと、それをエリクに持たせる。
「この先は森。明日あたりに入るから、その森で困らないように、ナイフの使い方の基本くらいは知っておいたほうがいいね。今日一日でどこまでできるかわからないけど、ここは森に近いから動物もたくさんいる。その動物を狩って練習するよ」
「動物を狩るの?」
ジャンヌは、頷いた。
「ウサギやキツネは毛皮も肉も、なめしたり乾かしたりすれば金になるからね。狩っておいて損はない。でも、狩りすぎはいけない。彼らも私たちと同じ生き物だ。敬意をもって接しなきゃね。乱獲は犯罪者のやることだから」
「わかった」
エリクは、頷いて、手に持ったナイフを握りしめた。
そして、これから先の道中でジャンヌにナイフの使い方のレッスンを受けることになった。
まず、草を刈る。これは、ナイフの持ち方の基本を知るためのものだった。それが出来たら、木の皮をはぐ。草原に時々立っている木の皮をはいで、それを薪の焚き付けにする。この時、逆手の持ち方も学んだ。上から下へはぐときも、下から上へはぐときも、同じ持ち方ではできないからだ。それに、いざ自分と敵対する相手が出てきたとき、逆手で相手をすることもあるからだ。たとえそれがクマであったとしても。
そうやって、身の回りの分かりやすいところからジャンヌはエリクにナイフの使い方を教えていった。
そして、歩き進みながらナイフの使い方をおさらいしていると、ジャンヌは突然立ち止まって、皆を草の陰に座らせた。
「静かに。キツネが通るよ。エリク、見てな」
そう言うと、ジャンヌは素早く飛び出て、草の陰に隠れている何かにとびかかった。
そしてすぐに、キツネの首の骨を折って殺し、その躯をエリクとリゼットの前に持ってきた。
「ナイフを使わなくても、エリク、あんたの怪力ならこの狩り方ができるね。だいたいはできてきたから、あとはこいつをさばいてナイフの使い方の基本は終わりだ」
ジャンヌはそう言って、キツネの躯をエリクに渡して持たせた。その代わりに自分の荷物とエリクの荷物の両方を、肩に担いだ。
その姿を見て、リゼットはため息をついた。
「ジャンヌ、あなた相変わらずね。まあいいわ。今日は森の入り口まで行って野宿しましょう。どんな動物かいるか分からないから、夜中二時間ごとに見張りを立てるわ。火は絶やさないようにしないとね」
二人は、その言葉に頷いて先を進んだ。
そして、夕方近く、まだ日があるうちに森の入り口近くに着いたので、そこで、ジャンヌはエリクにナイフの使い方を教えた。まだぎこちないうえに、少し毛皮が傷ついてしまったが、毛皮を破ることなくエリクはキツネをさばいた。
「まあ、傷だらけだけど売れないことはないわね。エリク、あんた筋はいいわよ。初めての割にはうまくできてる」
毛皮と、さばいた肉を見比べるジャンヌにそう言われ、エリクは少し照れた。こういう感情になるのも初めてだった。母に褒められるのとは、違っていた。
「ジャンヌ、リゼット、これからもっといろいろ教えて。目の前に広がる、僕の知らない世界のこと、それに、生きるということ。全部が新しいんだ。恐ろしいことも、悲しいことも、楽しいことも、何もかもを知りたいんだ」
すると、リゼットが胸を張って返した。
「もちろんよ。もう、私たちは家族同然、いえ、あの町から出た時点で家族なんだから。そのかわり、遠慮はしないわよ」
エリクは、その言葉にひとつ、強く頷いた。
「さて、今日はキツネが捕れたから、一つ豪華に行きましょうか」
ジャンヌが、そう言って場の空気を変えると、二人はそれに乗っかって、夕食の準備を始めた。
今日の夕食は、エリクにとって、はじめてのキツネ肉だった。
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