3 / 147
第一章 四葉のクローバー
町のボス
しおりを挟む
それは、絶体絶命の窮地だった。
この町の裏社会を取り仕切るボスの目の前に連れてこられたジャンヌの後ろには、殴られて気を失った挙句縛り上げられたリゼットとエリクが横たわっていた。
その部屋はジャンヌの部屋とは正反対の散らかった部屋で、そこら中に金品が転がったりぶら下がったりしていた。二人の男に羽交い絞めされたジャンヌは、衣服をところどころ破られていた。もうこの格好ではみっともなくて町は歩けない。
「錬術とは、こういう時に役に立たないもんだな、なあ、ジャンヌよ」
ボスはそう言うと、ジャンヌの顎に手をやって、クイっと持ち上げた。ジャンヌはその手を振り払うと、歯をくいしばって耐えた。
「少なくとも、あんたのその汚い面見ているよりはマシよ。あたしはこの町を出るんだ。誰にも邪魔はさせない」
すると、ボスは大きな声で高笑いをした。
「馬鹿な小娘め! この町で今まで生きてこられたのは誰のおかげだと思っている? 両親を幼いころに亡くしたお前をここまで育ててやったのは誰だ?」
ジャンヌは、その言葉に臆することはなかった。この町の裏社会から足を洗う。そう誓った限りはどんな脅しにも屈することはできなかったからだ。
「私をここまで育ててくれたのは、この町だ! あんたがやってきたのは私の上前を撥ねることだけじゃないか。そんなやつに育てられた覚えはないよ」
ジャンヌがそう吐き捨てると、ボスは怒り心頭して立ち上がった。そして、ジャンヌを平手で一回、強く叩いた。
「言わせておけば、小娘! 口だけは達者になりやがって!」
ボスの平手は思いのほか強く、ジャンヌは羽交い絞めにされながらもよろけてしまった。頬は赤く腫れあがり、涙がその頬をすうっと伝った。
その時だった。
「口だけじゃないわ」
ジャンヌの後ろから、声がかかった。
リゼットの声だ。気が付いたのだ。
リゼットは、立ち上がってその両手をジャンヌのほうにかざした。縄はほどけていた。
「あんたが役に立たないって思っていた錬術も、使いようなのよ」
そう言って、片方の手をエリクのほうにかざした。すると、エリクを縛っていた縄がほどけて、消えてしまった。そして、もう一つかざした手の先では、ジャンヌの頬の腫れがすうっと消えていった。
「ジャンヌのことは、他の誰よりも私が知っているわ。この子はもう、あんたなんかには死んでも屈することはないでしょうね。それに、ジャンヌには約束があるもの。そうでしょ、エリク」
一同が見守る中、名前を呼ばれて、エリクが目を開けた。なぜか、ボコボコに殴られたのにエリクの体には傷一つない。それどころか、狸寝入りをしている余裕さえあった。
ボスの歯ぎしりが聞こえる。自分の思い通りにならなくなったとき、このボスは歯ぎしりをする癖があった。ギリギリという音があたりに満ちて、他の人間は恐怖に怯み始めていた。
そんな中、エリクは立ち上がって、ボスとジャンヌの間に割って入っていった。
「あの小僧、何やってんだ、死にたいのか?」
そんな声が聞こえる中、エリクは静かな声でボスにこう言った。
「ジャンヌを離してください。僕の大切な人なんです」
すると、ボスは再び怒り心頭して、拳を振り上げた。
「生意気なこと言うんじゃねえ、この小僧っ子が!」
すると、エリクの手のひらがボスの拳を軽く受け止めて、ボスをその大きな体ごと持ち上げて、地面にたたきつけてしまった。
「エリク?」
気絶したボスを見て、驚きを隠せないジャンヌが口をあんぐりと明けた。
「あんた、いったい?」
すると、エリクはその質問には答えずに、ジャンヌを羽交い絞めしている二人の男を見た。すると、その二人の男は、助けてくれ、と叫びながら他の男たちとともにどこかへ散っていってしまった。
「自分の怪力を隠しているなんて、見上げたものね」
リゼットがため息をつくと、エリクは、その場にへたり込んだジャンヌをひょいっと持ち上げた。
「これは怪力なのかな。僕は生まれつき、これくらいの力を持っているんだ」
「生まれつき? そんな細い体で? トレーニングもしないで?」
驚愕するジャンヌに、エリクは頷いた。
「ずっと母さんと一緒に牢の中にいたから」
エリクのその言葉に二人はただ驚くしかなかった。どうして体に傷一つないのだろう。どうしてあんな怪力が出たのだろう。
何もかもが謎のまま、三人は、ジャンヌの案内でボスのアジトを出ていった。
そして、予約していた宿にチェックインした。ジャンヌは命を狙われるのを恐れて自宅には帰らなかった。宿にチェックインするときにちょうどシングルルームが一つ空いていたので、ジャンヌとリゼットが一緒に泊まり、エリクは一人でシングルルームに泊まることになった。
エリクにとって、それは初めての宿だった。
この町の裏社会を取り仕切るボスの目の前に連れてこられたジャンヌの後ろには、殴られて気を失った挙句縛り上げられたリゼットとエリクが横たわっていた。
その部屋はジャンヌの部屋とは正反対の散らかった部屋で、そこら中に金品が転がったりぶら下がったりしていた。二人の男に羽交い絞めされたジャンヌは、衣服をところどころ破られていた。もうこの格好ではみっともなくて町は歩けない。
「錬術とは、こういう時に役に立たないもんだな、なあ、ジャンヌよ」
ボスはそう言うと、ジャンヌの顎に手をやって、クイっと持ち上げた。ジャンヌはその手を振り払うと、歯をくいしばって耐えた。
「少なくとも、あんたのその汚い面見ているよりはマシよ。あたしはこの町を出るんだ。誰にも邪魔はさせない」
すると、ボスは大きな声で高笑いをした。
「馬鹿な小娘め! この町で今まで生きてこられたのは誰のおかげだと思っている? 両親を幼いころに亡くしたお前をここまで育ててやったのは誰だ?」
ジャンヌは、その言葉に臆することはなかった。この町の裏社会から足を洗う。そう誓った限りはどんな脅しにも屈することはできなかったからだ。
「私をここまで育ててくれたのは、この町だ! あんたがやってきたのは私の上前を撥ねることだけじゃないか。そんなやつに育てられた覚えはないよ」
ジャンヌがそう吐き捨てると、ボスは怒り心頭して立ち上がった。そして、ジャンヌを平手で一回、強く叩いた。
「言わせておけば、小娘! 口だけは達者になりやがって!」
ボスの平手は思いのほか強く、ジャンヌは羽交い絞めにされながらもよろけてしまった。頬は赤く腫れあがり、涙がその頬をすうっと伝った。
その時だった。
「口だけじゃないわ」
ジャンヌの後ろから、声がかかった。
リゼットの声だ。気が付いたのだ。
リゼットは、立ち上がってその両手をジャンヌのほうにかざした。縄はほどけていた。
「あんたが役に立たないって思っていた錬術も、使いようなのよ」
そう言って、片方の手をエリクのほうにかざした。すると、エリクを縛っていた縄がほどけて、消えてしまった。そして、もう一つかざした手の先では、ジャンヌの頬の腫れがすうっと消えていった。
「ジャンヌのことは、他の誰よりも私が知っているわ。この子はもう、あんたなんかには死んでも屈することはないでしょうね。それに、ジャンヌには約束があるもの。そうでしょ、エリク」
一同が見守る中、名前を呼ばれて、エリクが目を開けた。なぜか、ボコボコに殴られたのにエリクの体には傷一つない。それどころか、狸寝入りをしている余裕さえあった。
ボスの歯ぎしりが聞こえる。自分の思い通りにならなくなったとき、このボスは歯ぎしりをする癖があった。ギリギリという音があたりに満ちて、他の人間は恐怖に怯み始めていた。
そんな中、エリクは立ち上がって、ボスとジャンヌの間に割って入っていった。
「あの小僧、何やってんだ、死にたいのか?」
そんな声が聞こえる中、エリクは静かな声でボスにこう言った。
「ジャンヌを離してください。僕の大切な人なんです」
すると、ボスは再び怒り心頭して、拳を振り上げた。
「生意気なこと言うんじゃねえ、この小僧っ子が!」
すると、エリクの手のひらがボスの拳を軽く受け止めて、ボスをその大きな体ごと持ち上げて、地面にたたきつけてしまった。
「エリク?」
気絶したボスを見て、驚きを隠せないジャンヌが口をあんぐりと明けた。
「あんた、いったい?」
すると、エリクはその質問には答えずに、ジャンヌを羽交い絞めしている二人の男を見た。すると、その二人の男は、助けてくれ、と叫びながら他の男たちとともにどこかへ散っていってしまった。
「自分の怪力を隠しているなんて、見上げたものね」
リゼットがため息をつくと、エリクは、その場にへたり込んだジャンヌをひょいっと持ち上げた。
「これは怪力なのかな。僕は生まれつき、これくらいの力を持っているんだ」
「生まれつき? そんな細い体で? トレーニングもしないで?」
驚愕するジャンヌに、エリクは頷いた。
「ずっと母さんと一緒に牢の中にいたから」
エリクのその言葉に二人はただ驚くしかなかった。どうして体に傷一つないのだろう。どうしてあんな怪力が出たのだろう。
何もかもが謎のまま、三人は、ジャンヌの案内でボスのアジトを出ていった。
そして、予約していた宿にチェックインした。ジャンヌは命を狙われるのを恐れて自宅には帰らなかった。宿にチェックインするときにちょうどシングルルームが一つ空いていたので、ジャンヌとリゼットが一緒に泊まり、エリクは一人でシングルルームに泊まることになった。
エリクにとって、それは初めての宿だった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
農業機器無双! ~農業機器は世界を救う!~
あきさけ
ファンタジー
異世界の地に大型農作機械降臨!
世界樹の枝がある森を舞台に、農業機械を生み出すスキルを授かった少年『バオア』とその仲間が繰り広げるスローライフ誕生!
十歳になると誰もが神の祝福『スキル』を授かる世界。
その世界で『農業機器』というスキルを授かった少年バオア。
彼は地方貴族の三男だったがこれをきっかけに家から追放され、『闇の樹海』と呼ばれる森へ置き去りにされてしまう。
しかし、そこにいたのはケットシー族の賢者ホーフーン。
彼との出会いで『農業機器』のスキルに目覚めたバオアは、人の世界で『闇の樹海』と呼ばれていた地で農業無双を開始する!
芝刈り機と耕運機から始まる農業ファンタジー、ここに開幕!
たどり着くは巨大トラクターで畑を耕し、ドローンで農薬をまき、大型コンバインで麦を刈り、水耕栽培で野菜を栽培する大農園だ!
米 この作品はカクヨム様でも連載しております。その他のサイトでは掲載しておりません。
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
レベルアップに魅せられすぎた男の異世界探求記(旧題カンスト厨の異世界探検記)
荻野
ファンタジー
ハーデス 「ワシとこの遺跡ダンジョンをそなたの魔法で成仏させてくれぬかのぅ?」
俺 「確かに俺の神聖魔法はレベルが高い。神様であるアンタとこのダンジョンを成仏させるというのも出来るかもしれないな」
ハーデス 「では……」
俺 「だが断る!」
ハーデス 「むっ、今何と?」
俺 「断ると言ったんだ」
ハーデス 「なぜだ?」
俺 「……俺のレベルだ」
ハーデス 「……は?」
俺 「あともう数千回くらいアンタを倒せば俺のレベルをカンストさせられそうなんだ。だからそれまでは聞き入れることが出来ない」
ハーデス 「レベルをカンスト? お、お主……正気か? 神であるワシですらレベルは9000なんじゃぞ? それをカンスト? 神をも上回る力をそなたは既に得ておるのじゃぞ?」
俺 「そんなことは知ったことじゃない。俺の目標はレベルをカンストさせること。それだけだ」
ハーデス 「……正気……なのか?」
俺 「もちろん」
異世界に放り込まれた俺は、昔ハマったゲームのように異世界をコンプリートすることにした。
たとえ周りの者たちがなんと言おうとも、俺は異世界を極め尽くしてみせる!
~まるまる 町ごと ほのぼの 異世界生活~
クラゲ散歩
ファンタジー
よく 1人か2人で 異世界に召喚や転生者とか 本やゲームにあるけど、実際どうなのよ・・・
それに 町ごとってあり?
みんな仲良く 町ごと クリーン国に転移してきた話。
夢の中 白猫?の人物も出てきます。
。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
キャラ交換で大商人を目指します
杵築しゅん
ファンタジー
捨て子のアコルは、元Aランク冒険者の両親にスパルタ式で育てられ、少しばかり常識外れに育ってしまった。9歳で父を亡くし商団で働くことになり、早く商売を覚えて一人前になろうと頑張る。母親の言い付けで、自分の本当の力を隠し、別人格のキャラで地味に生きていく。が、しかし、何故かぽろぽろと地が出てしまい苦労する。天才的頭脳と魔法の力で、こっそりのはずが大胆に、アコルは成り上がっていく。そして王立高学院で、運命の出会いをしてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる