海が鳴いている

八助のすけ

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海が鳴いている12

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 章良が商店に着いた時、息子である信照が、軽トラックの荷台へ精米し終わったばかりの米袋を積んでいた。

「よう」

 章良が声をかけると、振り向いた信照が、噴き出す汗を拭きながら手を上げる。

「章良? マコさんは?」

「店にいるよ、夜の分の仕込みをしてる。配達は俺が行くって変わってもらったんだ、お前設定して欲しいって言ってたじゃん」

「ああ、うん言うたな。弁当の配達先ってお前解る?」

「大丈夫、ちゃんとマコちゃんがメモくれたし……俺とお前の弁当と、圭子さんに頼まれたって釘煮も預かって来たぜ」

「くぎ煮? この時期にか?」

「え? これ時期があんの? 普通に賄いで毎回出て来るからずっとあるんだと思ってた、むっちゃ美味いよな」

「ああ、ここらではおおかた3月くらいじゃの、週毎に成長して来るけぇ好みの大きさに合わせて割と普通に家でみんな作っとる……かぁちゃん! なぶらにくぎ煮頼んだ?」

 信照が店の奥に向かって声をかけると、カーテンの奥から店主である圭子が出て来て、章良からくぎ煮を受け取る。

「頼んだ頼んだ! 今年はイカナゴが不漁じゃったやろ? 家が作ったのも無うなってしもうたて、もう商品として並べれられんって、朝、港で話しとったらマコさんがまだまだ冷凍してあるっ言うてくれて、分けてもろうたのよ、アキちゃんありがとね、これ配達途中で飲んでや」

 圭子が良く冷えた缶コーヒーを章良へ手渡した。

「オレのは?」

「あんたは自分で持っといで」

「うわっ! ケチケチばばぁ」

 母と息子の息の合ったやり取りを聞きながら、章良がお腹を抱えて笑っていた。自分も母子家庭だったが、こんな風に友達の様な関係とはほど遠かった。昔の自分ならこの光景を見て羨ましいと思っただろうが、成長した今では羨ましいより微笑ましいと感じる。

 章良は、軽トラックの後ろにある大きなクーラーボックスの中へ、持って来た自分のクーラーボックスを入れて蓋をし、缶コーヒーを持って来た信照と一緒に車へ乗り込んだ。

 
 ◇

 
「後、米だけの配達が3件になったな。疲れたか? この先にこの島一番景色のええ所があるんじゃけど、そこで弁当を食べようや」

 最初の内は楽しそうに話していた章良だったが、途中から口数が少なくなっている事に気が付いた信照は、展望の良い広場で車を止め、真琴が用意してくれた弁当を食べようと提案をした。

 そこは山の稜線に繋がった広場で、二人は車を出て弁当を持ち山の頂上の方へ歩いて行った。

「……すごい」

 上り坂の稜線の先は一気に視界が広がり、海からの向かい風が吹いていた。その先は柵が設置され、一気に地面が終わりそのまま海へと落ち込んでいる。まるで島がスッパリと切られた様に切り立ち、下を覗くと腰の辺りがムズムズするほどだった。

 眼下の海には点の様な船が白い線を引きながら進んでいるのが見える。そしてその先には大小の島が点在し、遠くに青く霞んだ本州の端が見えていた。海は青と藍と深い緑の層になっており、それぞれ違う潮の流れだと言う事が解る。

「……こんな所があったんだ」

「章良はここ初めてじゃったか、配達の途中、オレはここで海を見ながら休憩するんが決まりじゃ……まあ、子供の頃も良う一人で来たけどな」

 夏の草の間にある地面から顔を出した岩へ腰掛け、二人は弁当を食べ始めた。

「ここまで歩いて? けっこう距離あるだろ」

「この山は、小学生の遠足でも来る場所じゃから、歩けんって程でも無いなぁ」

「へぇ、遠足でねぇ」

「ここから海を見よると、色々と嫌な事も忘れる……そがいな気がする。オレは全く記憶にゃあ無いけど、親父は海の事故で帰って来んかった。海で死ぬるなぁ漁師をしとったら誰でもその危険はある。でもオレは、学校の運動会や参観日にオレだけ親父がおらんって事が、どうしようものう寂しかった」

「……信照」

 信照が霞む本土の方へ指を指す。

「あそこ、大きい島と隣の小さい島が見えるじゃろう? その向こう側の本州との間で親父は海に沈んだって、でも、身体は見つからんかった。じゃけぇ、親父は海に居るっ思うとったんだ。ここで海に向かって話しとるとな、風の音や波の音で答えてくれるんじゃないかって」

 章良は、信照が指刺す海に視線を移した。そこは何時もと変わらず穏やかでキラキラと輝く海と、点在する島が見えている。

「……そうか」

 なんと言葉をかければ正解なのかは解らないが、きっと信照はそんな言葉を望んでいないのだろうと言う事を感じ、章良は黙ったまま残りの弁当を掻き込んだ。






 
 ◇◇◇



 



 
 いきなり店を訪れた男に馬乗りにされ身動きが取れないながらも、足だけバタバタと暴れながら真琴が抵抗していると、突然男が拳を振り下ろし真琴の頬を強く殴りつけた。

「じっとしてろ!!」

 突然の衝撃に目の前にチカチカと光が弾け、真琴の身体が反射的に硬直し、一瞬で抵抗を止め、放心した様に部屋の一点を見つめる。

 阿川孝史――最初は淡い恋心だった。

 しかし一度たりとも自分から告白もせず卒業し、真琴が料理人として東京へと行く前に開かれた同窓会で再開した時に、真琴が隠して来た事をあっさりと見破られていた事を知った。

 男が好がきなのだろうと迫られ、その夜真琴は孝史に抱かれた。

 こんな事は一度きりだとそう思っていたが、東京の料理屋で、腕の良い見習いと取り上げられて少し有名になった頃、フラリと現れ、そのまま真琴の住む社宅として与えられていたアパートへ転がり込んで来たのだ。

 惚れた弱みとは良く言ったもので、学生の頃、あれだけ明るく誰にでも好かれた好青年の姿はどこにも無く、仕事もせずに完全に真琴の紐となっていたが、それでもこの男の事が好きだった。

 普段はとても優しく、二人で囲む食卓が幸せだと思える事も多かったが、セックスだけはいつも一方的に吐き捨てる様に抱かれていた。

 男を誘うのが上手い、お前が誘って来た、男のくせに男に抱かれ感じているのか。

 たまにセックスを断ると、烈火のごとく罵倒され手も上げられた。それでもやはり真琴はこの男を見捨てる事が出来なかった。この男をこんな風に狂わせたのは自分なのだと思っていた。

 そう、あの事件があるまでは――こんな自分でも愛してくれていると言う小さな希望は打ち砕かれ、生きて行く気力も無くなった。

「いいか! 何故おれが苦労してお前をこんな所まで迎えに来たと思ってる!!」

「…………」

「こんなお前が故郷に帰れる訳も無いって事は解ってんだ! あんな事件を起こしたんだからな、もみ消されたが地元では既にお前が男を誘ってると皆が解ってる! 行く所も帰る所も無いお前が何処かで野垂れ死んでんじゃねぇかって、心配してたんだぜ?」

 真琴はゆっくりと視線だけを動かし、上から押さえつけている嘗ての恋人だった男の顔を見た。

 真琴の事を心配している――?

 それは嘘だとはっきりと解った。この男が心配しているのは、安定した収入がなくなったと言う事だけで自分を連れ戻そうとしているだろう事も解っていた。

 そして地元に噂を流したのも、孝史だろうと言う事も推測出来る。

 欲しいと思った物を手に入れるのに手段を選ばない、自分の所有物と見なした人間に対しては、徹底的に支配しそして洗脳して行くのが阿川孝史のやり方だった。

「ここは漁師ばかりらしいな、お前みたいな奴には天国みたいな所じゃねぇか、毎日この店で男をとっかえひっかえしてたんだろ? お前みたな好き者が黙って我慢出見る訳ねぇよな」

「そ……そんな事……する訳ないだろ……」

「嘘をつけ!」

 ビ――ッ!! 

「ひッ――――――――!!」

 阿川の両手が真琴のシャツの首を掴み、そのまま勢いよく引き裂いた。作務衣の合わせが開き、白いシャツが裂けて真琴の白い肌を露わにする。

 切り裂かれた服から覗く白い肌と色素の薄い乳輪を見て、阿川の瞳孔が興奮し開きギラギラしているのが解った。

「男好きで誘うのが得意なお前の事だ、もしかしたらもう同居してる奴でも居るんじゃねぇのか?」

「…………いないよ、ずっと一人だ」

 真琴は、声が出そうになるほど動揺したが、あえて目を逸らさずに阿川の顔を精一杯睨めつける。たとえ何も無かったとしても、同じ屋根の下で男と暮らしていると言う事がバレたら、この男が何をするかは真琴が一番良く解っている。

 本人を直接攻撃する前に、周りから攻めて行き本人を孤立させとことん追い詰め、最後に留めを刺すのが阿川のやり口で、真琴もそうして追い詰められて来た。章良が今店に居ない事は本当に不幸中の幸いだった。

 阿川が真琴の身体をじっくりと眺めてから、胸から首筋にかけてベロリと舐め上げると、真琴の身体がビクンと跳ね、嫌悪の為一瞬で全身に鳥肌が立つのが解る。

「どうした、久しぶりで感じすぎてるのか?」

 血の気の引いた真琴の顔を見て、満足そうにニヤけた後、阿川は真琴の前髪を掻き上げて、古い傷跡を露わにし、傷跡を味わう様に何度か舐める。

 その途端、真琴は奥歯がカチカチと音がするほど身体を震わせ始めた。

「……やだ……いやだ! やめろ!!」

 真琴が渾身の力で上体を反らせると、阿川がバランスを崩した。その瞬間、真琴が阿川を突き飛ばす様にして逃げ出す事に成功し、そのまま中腰で走りながら、部屋の角にある棚の上からカッターナイフを手にして、目一杯刃を出し、それを自身の動脈のある位置へと強く当てながら、唖然とする阿川を睨み返す。

 阿川に額を触られた瞬間、思い出したのは章良の顔だった。

 愛していると言葉に出した事も無く、これからも出すつもりも無いが、この短い期間に出来た章良との思い出はどれも幸せで、いつの間にか真琴の心の中には常に章良がいる事を自覚している。

 このまま同居人として暮らして行けるだけで十分だった。自分が愛する事で、その男を狂わす存在だとするなら、自分の気持ちなんてどうでも良かった。

〈この想いを裏切るくらいなら、今ここで首を切り死んでも構わない〉

「……僕に……触るな、それ以上近づいたら死んでやる」

「お……おい辞めておけ」

 阿川が真琴の方へ半歩足を踏み出した瞬間、真琴の手に力が籠もりカッターの刃がより食い込むのが見え、真琴が本気だと言う事を理解した。

「出て行って……僕は本気だから」

「おもしれぇ……やってみろよ」

 阿川がまた半歩真琴へ向かって足を進めて来たのを見て、真琴は目を閉じ、歯を食いしばり、首に当てた刃を思いっきり引こうと手に震える手に力を込めた。

〈ごめん……浄水君……ごめんね……〉
 



 ◇◇◇



 
 弁当を食べ、来た道を辿って車まで戻り残りの配達に向かう、二件は直ぐ近くの並びの家で、残りの一軒は【鮨なぶら】近くの家だった。

 章良はずっと頭の片隅に引っかかっている事を考えている。すれ違った男がどうにも気になって仕方が無い、何故気になるのかと聞かれると、それに対して明確に答える事は出来ないが、動物的な勘の様な物がずっと働いているのが解る。

 章良が、黙ったまま窓から店のある方を見ている事に気づいた信照が声を掛けた。

「章良? 今日上の空だけどどうかしたのか?」

「……なあ、ここってさ見知らぬ人って良く来んの?」

「見知らぬ人? まあ、島民の誰かに用事か……後は釣り客とか?」

「…………竿は持ってなかった、なぶらの周りの家って外からの客って来る?」

「ああ、どうかな……あそこは、店の奥にも家はあるけど、どっか本土の客が来るって話は聞かんなぁ、もし来るなら前もってそんな話も聞くだろうし……って誰か見たのか?」

「ああ、お前の店行く前に男性とすれ違ったんだけど……何か凄い違和感を抱いたんだ、それが気になってさ」

 信照が急に車を配達する家とは逆に曲がり、鮨なぶらへと向かう。

「そう言う勘はな結構当たるんじゃ、店の下の道で降ろしてやるから見てこい」

「いや、配達残ってるじゃねーか」

「後は一軒だけじゃ、それに店に帰る途中の家じゃし問題ない」

 信照が、店に続く路地の入り口前へ車を寄せ停車すると、章良が勢いよく飛び出した。

「悪い、携帯の設定は後で行く!」

 章良はそれだけ言うと、一気に路地の坂も駆け上り、店の入り口に引き戸に手を掛ける。カラカラ……思った通り引き戸には鍵はかかって居なかった。真琴は営業が終わると必ず店側の引き戸の鍵をかけているはずで、ここが開いていると言う事は中に客がまだいると言う事だ。

「ただいま――――!!」

 章良が何時もの様に大きな声で店の中へ入ると、店内の惨状に目を見張り一瞬立ちすくんだ。

「……なんだ……これ」

 カウンターの椅子が床に倒れており、またそれも誰かが蹴った様に斜めになっている。そして、何時も帰ってくると真琴が居るはずのカウンターの中は、もっと酷い事になっていた。

 立ててあった空のビール瓶はあちこちへと転がっており、調理しかけの魚も床に落ちている。何よりおかしかったのは、真琴が我が子の様に日々手入れし大切にしていた、包丁までがシンクに入ったまま放置されている事だった。

「……マコちゃん……マコちゃん!?」

 章良は、広くは無い店内をトイレの中まで探し回ったが、真琴の姿は無かった。嫌な予感が当たったと、何故あの時戻らなかったのかと章良は激しく後悔しながらも、今度は二階へと駆け上がって行く。

「マコちゃん!? マコちゃん!!」

 古い木造の階段を賭け登りながら、章良の心臓は早鐘の様にドクドクと鳴っていた。あの状況を見て何も無いと言う事はあり得ない。

〈押し入り強盗〉

 自分の頭に浮かんだ言葉に自分でゾッとする、章良が真琴の部屋の扉に手をかけ、扉を勢いよく開いた。

「――――――!!」

 扉を開いたそこには、一人の男が直ぐ目の前に立っており、章良は思わず弾かれた様に後ろへと飛び退き間合いを取る。そこに立っていたのは紛れも無く自分とすれ違ったその男だった。









【続】
 2019/07/14 海が鳴いている12
 八助のすけ
 
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