海が鳴いている

八助のすけ

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海が鳴いている5

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(驚いた……僕はこれまで新山先生の本を全て読んで来た、だが幻の作品は明らかにれまでの作品とは違っていた……僕が持っているのは、売れ始めて直ぐの本で、何故それを選んだかと言うと、数ある作品の中で一番共感出来たから。
 新しい本を出す度話題になりファン達が朗読会を開くほど爆発的に売れていたけど、何故か僕はその本は読んでも繰り返し読む事はしなかった。
 文章は上手いし引き込まれるが……何か足りなかった、作家にも波がある事は解っていたけど、彼の作品の場合はその差が激しく、もしかしたらゴーストライターでも居るのでは無いかと言う都市伝説的な話も出るほど違っていた)

 真琴は半分まで読んだハードカバーの本を閉じて、表紙を優しく触る。

「これ、何で回収になったんだろう? 多分これまでの中で一番良作品だと思うのに、少なくとも僕は好きだなこの話……」

 その時、携帯のアラームが時間を知らせる。真琴は本を本棚へ仕舞い朝の港へ魚の仕入れに向かった。




 ◇◇◇




「……だめだ……書けない」

 章良は、開いたパソコンの前で頭を抱えていた。何度書いてもどうしても納得が行かずに消して、また書いては消してをずっと続けており、画面には結局冒頭の部分だけ残っている。

 昔は小説を書くのが大好きだった。兄の影響もあり、まだ小学生の頃から紙があれば小説を書いては自分で閉じて本にするのが楽しくて、外で遊ぶよりこうしてずっと文字と向き合い、自分の中から次々と飛び出す物語を表現して行く事が大好きだった。

 何より、小説を書くと兄が褒めてくれた。どれだけ短い話でもちゃんと読んでアドバイスをくれ、最後には〈良かったよ、続きを書いて〉そう言われて次はもっと面白い展開に、もっとドキドキする様な冒険を書こうと思っていた。
 
学校での作文にも将来の夢は小説家と書いていたし、尊敬する家族は兄で自分は将来兄と一緒の雑誌に肩を並べて小説を連載したいと言う具体的な目標もあった。

 中学に上がっても、兄は自分の書いた物を褒めてくれていたがその頃から少しずつ兄弟の間で何かが狂い始めた。兄が連載していた出版社が不正をしていた事が発覚し、兄の連載も打ち切りとなってしまった。ありとあらゆる出版社に原稿を持ち込んだが、何処の出版社も兄を受け入れてはくれなかった。
                                                        
〈俺はただ兄貴の力になりたかった……〉

 章良が重い溜め息をつきながらパソコンの電源を落とした時、目覚まし時計が時間になった事を告げる。

「文章の書けない小説家なんてクソだな……ま、俺はそのクソにもなってない未消化な存在だけどね。ったく、とんだ消化不良だ……」

 両手で明るい茶色の髪をガシガシと掻き毟りながら、真琴は部屋を出て、ギシギシと音のなる木の廊下を歩いて、真琴がいるであろう一階へと向かった。

「マコちゃん、おはよう」

 一階の店へ入ると、真琴がクーラーボックスを肩に担いで章良が降りて来るのを待っていた。

「おはよう、行こうか……」

「今日は変な魚いるかな?」

「変な……魚? ああ、ヤガラ?」

「そう、あれ美味かったんだよね」

「そうだね、あると良いね」

 章良がここへ来てからは朝の仕入れはずっと二人で行っている。まだ出会って一週間を過ぎたばっかりだと言うのに、不思議と以前から知っている友の様に感じる。

 真琴はこの感じは危険だと頭では解っているし、そろそろ帰れと今日こそ言おうと思っているが、屈託なく笑い自分を慕ってくれているのを見ると、喉まで出かかった言葉を飲み込んでしまっていた。

「マコちゃん! 危ない」

 歩きながら少し物思いに耽っていた真琴が、道路まで降りる階段を踏み外した時、半歩後ろを歩いていた章良が咄嗟に真琴の手を掴み転倒を防いだ。

「……あ、ごめん」

「大丈夫? やっぱりさ寝不足なんだって……結局昨夜はあのまま本読んでたんでしょ? ちゃんと寝ないなら本取り返しちゃうよ?」

「……そうだ……あの物語なんだけど、何故発売禁止で回収になったの?」

 数段しか無い階段を下りて平地へ降りても、章良は真琴の手を持ったままだった。

「ん~……らしく無かった……からかな」

「うん、確かにこれまで出して来た彼の話とは違ってた。作家にはカラーがあるから、固定読者からしたらそこが安心出来るって所はあるかもしれないね、実際僕も気に入った話があると、作家の過去作品を遡ったりもするしね」

「……ああ……マコちゃんの言う通りだね、あの話は明らかに【新山 齋】の世界観では無いのは確かだ……でも、どうしても書きたかった……たとえ否定されたとしても、それでも数人の誰かに届くんじゃないかって……誰か気付くんじゃないかって、そう思ったんだ」

 真琴が足を止めて章良の顔を見ると、章良も足を止めたが視線は海を見たままだった。

「…………あれを読んだ時、とても違和感を抱いた……あれが他の作家の本なら何も思わなかったけど、これまでの新山先生の本を読んでいたから余計に気になって、ずっと考えてたんだ…………ねえ浄水君……」

「……ん?」

「先に言っておくけど、僕も人にあれこれ聞かれるのは苦手だし詮索されるのも苦手だ。だから浄水君がもし答えたくない触れられたく無いって思っている事ならそう言ってくれたら、僕は二度と聞かない……」

 章良がゆっくりと振り返った。そこにはまだ太陽が顔を出す前の波の煌めきを写した様な真琴の瞳とぶつかった。この先、何を聞かれるのか予想が出来ていた。

「いいよ」

「……新山先生って浄水君のお兄さんなんだよね」

「そうだね」

「あの本は……誰が書いたの? ……明らかに新山先生とは違う……でも、完全に違う訳では無くて、何処か重なるんだ。それで、元々僕が持っていた本も読み返してみた。やはり似てると言うか……根底にある物は同じなんだけど、だからこそ以前の話はとても窮屈に感じたんだ。雁字搦めになってどうしようも無い閉塞された息苦しさを感じる、まあそれが新山先生の味なんだけど。
 でも、あの本にはそれが全く感じなかった……とても自由で解放的で正直な文章だ。僕は、これまでの新山齋の作品よりあの話が好きだ……あれが本当の彼なんじゃないかって、そう思った……幻に終わった新山齋の作品【海が鳴いている】あれを書いたのは誰?」

 一瞬二人の間に無言の静けさが流れた。ニャオニャオと海猫が朝日が昇る時刻を告げる様に鳴きながら飛び立って行く。

「…………あれを書いたのは俺だよ……流石だね新山齋のファンだって言うだけはある。そう、あれは新山の名を纏った俺が書いた俺の作品だ」

 真琴の目が見開き、ハッと息を吸う音が聞こえた。

「浄水……くん?」

「うん、そうだよ……あれを書いたのは俺」

「……作家の名を偽装したって……こと?」

 章良が髪を掻き上げ、視線を落として苦笑しながら道の横にある車道と歩道の間にあるブロックへ腰を掛けて真琴を見上げる。

「そう言う事になるのかな……
 まあ、そうだよね、それが普通の反応だよ……新山齋が俺の兄なのはほんとの話、そして小説家ってのもほんと……でも、本を書いていたのは俺なんだ」

「え……ずっと……?」

 章良が大きな手で自身の頭をガシガシとかき回し、一度港の方へ視線を流しながら大きく溜め息を落とした。

「ずっと……って、何処から話せば良いかな……
 兄がスランプになった後かな、俺は兄貴が何を頑張っても全て裏目に出て、全てを投げやりになって行く姿を見て何とかしなくちゃって思たんだ。まあ、まだ俺も16だったしな……最初は俺も自分の書いた話が本になったなんて知らなかったんだ……でもある日突然兄貴が仕事を獲って来て直ぐにそれが書籍化したんだ。久しぶりに兄貴の名前が書店に並んだのを見て、俺は嬉しくて店頭で立ち読みをしたんだ……
 俺は驚きのあまり言葉が出なかった……
 だってそこに並んでいる本は、俺が書いた話そのままだった。あの時の衝撃は今も忘れないし、今でも夢に見る。本を手にしながら足が震えたよ、これが世間にバレたらって……家に帰って兄貴に問い正そうと思って帰ったら、そこにはご馳走を作って上機嫌の母の姿があったんだ。兄貴も昔の優しかった兄貴に戻ったみたいでさ……それ見たら……何も言えなくなった」

 章良がまた顔を上げ、少し泣きそうな顔をしながら笑うのを見て、真琴は思わず上半身を折り曲げ章良の頭を抱き締めた。

 何故そんな事をしたのかは解らない、ただ今の章良の姿が16歳の少年に見えて、傷ついた彼を受け止めてやりたいとそう思った。

「……君って子は……なんて顔で笑うんだ、そう言う時は泣いて良いんだ」

 章良の腕が真琴の腰に回され、しっかりと抱きついた。顔を隠した章良が本当に泣いているのかは解らないが、広い肩が小刻みに震え体温が上がった事は解った。それからも新山齋が出した本がどれだけの割合で彼が書いていたのか、そこは解らないがゴーストとして過ごして来た彼を何とか出来ないかと、そう思い始めていた。










 
「……マコちゃん、港閉まっちゃうよ……魚仕入れにいこう」











 
 時間にしたら数分だったが、そう言って立ち上がった彼の顔は何時もの人なつこい浄水章良に戻っていた。












【続】

 2019/06/15 11:51 海が鳴いている(五)
 八助のすけ


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