海が鳴いている

八助のすけ

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「やぁマコさん」

 島の中にある唯一の共同浴場

 三年前にふらりと現れ、島の寿司屋で働き出したまだ若い料理人の坂下真琴が、銭湯とは名ばかりの浴場の扉をカラカラと音を立て開けると、島の漁師達3人が風呂上がりで火照った身体を開け放たれた窓から入る海風に晒していた。

「あ……どうも」

 突然やって来た青年は、あまり自分の過去や感情も話す事もせず寡黙だったが、人なつこい島民は深く詮索もせず、そのままを受け入れてくれた。
 真琴としてもそれはとてもありがたかった。

「今日、店は休みだなぁ?」

「はい……あ、あの開けた方が良いですか?」

「いやいや、確認しただけだぁ」

「こいつ曜日の感覚がねぇからなぁ、店が閉まる日を覚えられねぇんだわ!」

 漁師がガハハハと笑いながらお互いをバシバシ叩いて戯れている。
 この瀬戸内の小さな島では、島民全てが家族の様な繋がりを持ち、子供は中学に上がると一度家から出され、網元の漁師の家に泊まり共同生活をするしきたりになっており、 同じ頃の男達は兄弟として独り立ちした後もお互い助け会う事が当たり前となっていた。

 中には他の島や本州からも受け入れる事もある為に閉鎖的になりがちな孤島でも、こうして他人を受け入れる器が出来上がっていた。

 真琴が、共同浴場の壁にある木の棚に並んだ竹で編まれた籠に、着ていた作務衣の上を脱ぎ、それを綺麗に畳んでいた時、漁師の一人がふと何か思い出した様に呟いた。

「そー言えばのぉ島の東の赤灯台下に今日もおったの」

「おーおー! おったおった!」

 真琴が手を止め漁師達の方を見て

「もしかして、外国の人?」

 そう言って今度はズボンと下着を脱ぎ籠に入れる。

「おう、今日で三日だなぁ、誰ぞの知り合いかと思うたけど、だぁれも知らんて言ってるし、この島に旅館なんてしゃれたもんも無い。
最近は外人の旅行者も増えたとは聞くが、こんな島に来てなーんもせんと定期船にも乗らず、ずぅっと海を見とるだけだ」

「まさかぁ……海にでも飛び込むつもりじゃないやろなぁ」

「飛び込むやったらもうとっくに飛び込んどるはずやろ」

 ここ数日の島民の話題は、何処からかふらりと現れた若い男の存在だった。
 島をうろつく訳でも無く、ただ朝から晩まで島の東の端にある赤く塗られた灯台の下で海を眺めている。

「夜はどうしてるんだろう……ちゃんと食べてるのかな」

「さぁなぁ今の時期は凍えるって事は無いだろうが、圭子ちゃんの店に買い物に来たとは聞かないで、自分で何か持ってんじゃねぇかな」

 この島唯一の店は、ちょっとした食用品や菓子類、日用品から農具まで置いてはいたが、基本島民は自分の欲しい物を紙に書き商店に私、それをまとめて定期便で運び仕入れる為、品物自体は少なかった。

「今夜から台風が来るってラジオでも言ってる。ワシらも今夜はイカ漁には出んし、あの赤灯台側は毎回台風の度にえらく波が高く当たるぞ」

「いくらなんでも子供じゃぁあるまいし、どっか避難するじゃろ」

 真琴は、まだその赤灯台に居る外国人を見た事は無かったが、かつての自分の様に何か事情があるのでは無いかと少し気になっていた。

「…………」

 真琴はそのまま浴室のサッシを開け中に入った。
 源泉掛け流しの大きな浴室は、すっかり湯の花がこびりつき流れ出したコンクリート打ちっ放しの床にも茶色の縞を作っている。

 窓は開け放たれているが、湯の温度が高い為、部屋の中はサウナの様子で硫黄が香る湯気が身体を包み込む。最初は浸かる事さえ出来ないほど暑く感じていた湯も、3年間毎日通う内に今では普通に浸かれるまでになっていた。

 ここは百年近くも島民が代々皆で管理し無料で入れる温泉で、打ち身や疲労を癒やす効果は抜群だった。

 身体と頭を洗いゆっくりと湯船に肩まで浸かると、窓からは青い空が見える。
 真琴は、その四角い青に時折横切るアジサシを見ながら何処からか現れた男の事を考えていた。



 ◇◇◇



 何処にも自分の場所は無かった……
 もう消えてしまいたいとさえ思い、何も考えず電車に揺られてなんと無く船に乗りこの島へとやって来たのは三年前の冬だった。
 宿も無く仕方が無いので、定期連絡船の波止で座り込んでいたのを通りかかった漁師に拾われた。

 何処から来たのか、この島に知り合いがいるなか、何しに来たのか。

 その問いかけに何ひとつ答えられない自分に、漁師はそれ以上何も聞く事も無く、今は誰も使われていない閉店した小さな寿司屋に案内され、空き家だから気の済むまで使っても良いと言われて、その日から店の二階で寝泊まりする様になった。

 毎日様子を見に来る漁師と話している内に、閉ざした心の扉が少しずつ開くのを感じ、この島に来るまで東京で一流の寿司屋で働いていたと話すと、この島には食事が出来る店は五年前に潰れ誰も居ないから、ここで店をやってくれと頼まれそのまま居着いたのだ。

 何処からかやってきた男を、三年前の自分の姿と重ねていた。

 この島は瀬戸内海にあり外海とは接しておらず、一年を通して穏やかだが、夏から秋にかけての台風の時だけはその穏やかな海も一変する。



 今夜台風がやって来る――



 ザバ――――!



 真琴が高温で赤くなった身体を湯船から上がり、横にある地下水を満たしている小さな浴槽へとまた入り、頭まで潜ってから直ぐに上がって行った。




 服を着替え、島の町の自宅でもある寿司屋に向かって歩き出した。

「風……出てきたな」

 どうやら台風が日本へ上陸したと共にそのスピードを上げたらしく、共同浴場に入る前は良く晴れた空だったのが、いつの間にか空模様も変わり雲が千切れる様に駆け足で流れて初めていた。

 港では、台風に備え全ての船が浜よりもっと陸側へとあげられ固定されている。何時もは漁港を過ぎて直ぐに住宅地へと入り、坂道を少し上がって行くのだが――。

「兎が跳んでる」

 小さな三角の白波が跳ねる波。
 漁師の間で良く使われる波の名前だ。それが漁港の湾内で見られると言う事は島の外ではかなり波が高くなっている事になる。
 今日は大潮前の中潮、大潮ほどでは無いが、台風の気圧に膨れ上がった海面が、いつも見えている大きな消波ブロックが半分以上沈んだ状態だった。

 ドドドドーー……ン

 風がみるみるオンオンと泣き始め、波が島肌へとぶつかる音も聞こえる。
 最近見かける様になった男が何時も座っているのは、島の先端にある赤い灯台で、台風となれば灯台が立っているコンクリートの防波堤は必ず波に飲まれる場所だった。

「まさか、いやいや流石に避難してるよね」

 そう自分自身に言い訳をして、港を背にし階段を数歩上がったが――。


 ドドーーン……

 ドドド……


 背後からは益々大きくなる波の音を聞く限り、大時化になるのも時間の問題だった。


「……居ないのは解ってるけど! 確かめるだけだからね!」


 坂を一段上がった角にある、メイン通りに面したこの島唯一の商店は、シャッターが既に半分下りていたが、真琴がシャッターをくぐり引き戸を開ける。

「すいません! これ預かってて」

 持っていた洗面器を店の床の角に置いた。


「マコさん?!」

 店の奥で商品の在庫チェックしていた、今年三十になったばかりの若い青年が驚いた顔をして振り向いた。

「後で取りに来ます」

「あれ、マコさん? どしたの慌てて」

 店の奥から年配の女性がヒョコっと顔を出す。

 島唯一の商店は年配の女性とその息子が切り盛りしている。
 圭子ちゃんと呼ばれる女店主はこの島の漁師の間ではマドンナ的存在らしく、今でも彼女に密かに想いを寄せている漁師もいる程だ。
 まだ息子が幼い頃、漁に出た旦那は漁場から帰る時、密猟者のクルーザーと接触し帰らぬ人となった。それからは残された年老いた義母と幼い息子を女手ひとつこの商店を切り盛りしている。

「ちょっと赤灯台まで!」

「え!? マコさん!! あそこは時化たら波が超えるから拐われるで!」

「やめとき!」

「わかってる! 先まで行かないから!」

 二人の必死に止める声を背中で聞きながら、生暖かい風の音の中海側へと走り去って行った。

 真琴は漁港まで戻り海沿いの道を島の先へと急ぐ。
 時折海から島を舐める様に巻いた風に、着ているシャツが捲れるのも構わず全速力で走るが、いくら小さな島と言っても端まで行くには数キロある。

 島の端にチカっチカっと一定間隔で点滅する灯りと共に、赤い灯台が見え始めた頃には周りも暗くなり雨も降り始めた。

 ドドーーーン

 ドドドドーーン

「……どうか避難してますように……」

 そう願って走りながら何度もその言葉を口にする。

 島の道が終わり、堤防を登りまた一旦下がって、自分の倍ほどの高さのある灯台へと続く長い防波堤へと飛びつき、何度か足を滑らせながらよじ登った。

 ドッパーーーーン!!

 防波堤が微かに揺れたのでは無いかと思う程の波が、外側に積んである消波ブロックに当たり砕けた波が細かい粒となり真琴の肩に降り注いだ。

 ヤバイ! 堤防を超える!

 雨だか波だか分からないほど頭からずぶ濡れになった顔をシャツの袖で拭き、防波堤の先へと視線を移すと、防波堤の先の赤い灯台の裾に黒く荒れ狂う海に向かい立ち、両手を広げ空を仰いでいる人の姿が見えた。

「うそだろ!? 頭おかしのか?! おーーーーい!! おーーーーい!! 危ないぞ!! そこから離れろ!!」

 真琴が渾身の力を込めて叫んだが、その声は風と波の音にかき消され届いてはいなかった。


 どうする?!


 数回に一度防波堤を超える波しぶきを上げる黒い海と、長い防波堤の先に立つ男を何度か見比べ、何かを吹っ切る様に雨に濡れて滑る防波堤の上を走り先端を目指した。


 ドドドドーーーン!!!


「ヤバイヤバイヤバイ! かんべんしてよー!!」


 既に砕けた飛沫が自分の背丈にまで高く上がり始め、もう波の塊がいつ堤防を越えてもおかしく無いほどに海面がせり上がり始めている。

 それなのに、目の前に迫る男は涼しげな顔を空に向けたままで、その姿はまるで何かを祈るかの様に見え、周りの荒れ狂う嵐とは正反対の静かな雰囲気だった。

『おーーい!! こんな所で何してる!!!』

 真琴が癖の無い流暢な英語で呼びかけると、今まで空を見上げいた男が振り向いた。それと同時に真琴が男の腕を掴み。

『バカヤロウ!! 何をやってんだよ!! 死にたいのか!』

 英語でそう怒鳴ると、男がポカンとした顔でこちらを見やり

「あんた……英語上手いね、それとも見た目は日本人だけど実は英語圏の人とか?」

 そう日本語で言って楽しそうに笑った。

「はぁあぁああ――――――?!」

 こんな時にそこ? そこなの?

 ツッコミ所満載だったが、そこはあえてスルーをし。

『いいから!! ここから離れて!』

「俺、英語解んないよ~」

「五月蠅い! 走れっつってんだよ!」

 そう言って男の腕を掴み防波堤を走り出すと、男もどこか楽しそうにしながら真琴の後をついて行った。





 ズドドドーーーーン





「うっわ!」

 これまでの中で一番大きな波が押し寄せ、その波をまともにくらってしまった真琴が思わず体勢を崩し、堤防から滑り落ちそうになった。

 ヤバイ落ちたら死ぬ……

 崩れる体制を持ち直そうとするが、そのまま足が防波堤から外れ宙に浮いた感覚になり、次にやって来るであろう浮遊感と衝撃を覚悟した瞬間。

「危ない!!」

 そんな声と同時に力強い腕に腰を引き寄せられ抱きしめられた。

「俺に掴まってて!!」

 言われるがまま相手の身体に捕まりながら防波堤を駆け抜ける
何度か大きな波に襲われたが、波が被る側にいる男が壁となり守られた。
 九十度に曲がった所まで来た時、防波堤の先に人影が見え、二人して背後から波を受けながら手を振る人達の中へと走り込んだ。

「マコさん! 大丈夫か?」

「あんたも怪我ないか?」

「落ちたかと思ったで、危なかったな!!」

「あんたよくマコさんを助けてくれたなあ」

 矢継ぎ早に言葉が降って来て、頭にバスタオルとカッパの上着がかけられる中、真琴は自分が男として情けないと落ち込んでいた。


 よりにもよって助けた相手に逆に助けられた……



 昔から女々しいと言われ慣れてはいるが、こうして女の様に扱われるとすごく動揺してしまう。

 先程強く引き寄せられた腰には、まだ男の腕の感覚が残っており、その部分だけずっと熱が残っている――。
駆けつけた島民に背中を押されながら、真琴はそっと自分の脇腹を摩り続けた。

 商店の店主から真琴が赤灯台へと向かったと連絡を受け、漁師や島の男たちが軽トラックで駆けつけてくれ、赤灯台へと着いた頃には真琴が男を連れて防波堤を走って来る所だった。
 もし海に落ちたらと、長いロープと浮き輪も用意され潜り漁師と趣味のダイバーもスタンバイしていた。
 島民の軽トラックの助手席に座りながら、外からやってきた自分をこうして助けてくれる事に感謝しながらも申し訳無い気持ちでいっぱいになっていた。

「すみません……結局迷惑をかけてしまって」

「ん? なんもーそんな事気にすんな、おれたちもなぁあの人はずっと気になってたんだぁ、そんで皆んなで〝様子見に行っかぁ〟って言ってた時にな、圭子ちゃんがマコさんが赤灯台に行ったって聞いてよぉ、そんで出てきたんだ。
おれ達もまさかぁこんな中で赤灯台にあの兄ちゃんがいるとも思ってなくて、ついてみたら大波の中走ってるのにはビックリしたけどなぁ 、あんな中飛び出してあそこまで行ったマコさんなかなか男前やったで」

「……そんな、結局落ちそうになって助けに行った相手に助けられて、こうして皆さんに迷惑までかけて……僕、何やってだろ」

 真琴が被っていたバスタオルをずるずるとズラし、顔を隠して下を向いた。

「あの兄ちゃんは透也が風呂に連れてってる、勇さんもそんだけ潮かぶったでこのまま風呂に連れてくで」

「いえ、店に帰ります……なぶらまでお願いします」

「いくら夏だと言っても冷えたやろ? あったまった方が良いとちゃうか?」

「僕は大丈夫です、店の戸締まりもまだですし、風でガラスが破れたら困るんで」

「ほうかぁ、じゃあ『なぶら』に降ろすわ」

「ありがとう」

【鮨なぶら】これは真琴がこの島で引き継いだ店舗兼自宅で、店の名前はそのまま変える事無く使っている。
 真琴は、元々東京の赤坂や銀座に店舗を持つ一流の五つ星の鮨屋で修行をしていた。若いが感も良く、包丁捌きは舌を巻くほどで繊細な感性と味覚を持ち合わせていた為、度々雑誌で特集が組まれたり、テレビでも紹介された事もあった。
 将来も有望視されていたが――。
 ある事がきっかけとなり東京を去り、自分の事を知らないでであろう辺境の地を求め彷徨いこの島へと辿り着き、世話になった漁師の勧めでこの使われてい無い店を譲り受けたのだ。

 メイン通りの一つ裏にある路地を入った店の前は、風情のある石畳の坂の途中にあり、車は店の前まで入っては行けない為、通りの路地の入り口で降ろしてもらい、そこからカッパを頭から被って路地へと入って行った。

 店の入り口は、木の格子に磨りガラスがはめ込まれている引き戸で、とてもシンプルなものだった。鍵のかけていない戸をカラカラと開け、細い路地を渦巻く風の中脚立を立て玄関上にある古びいた木の看板を下ろし、店内の入り口の横へと立てかける。

 店の座敷横のガラス窓を開け、壁との隙間から雨戸を引き出し内側から閂で固定しガラス戸を閉め、真ん中にあるツマミを差し込みクルクルとネジを巻く様にして鍵をかけた。

 今時こんな作りの鍵は都会では見た事も無く、最初はこの垂れ下がったネジ巻き式の物はどう使うのかさえ分からなかった。

 最後に入り口の雨戸も閉め、引き戸の鍵も閉め店の奥にある座敷とトイレへと繋がる土間に水の張ったタライを置き、すっかり濡れて体に張り付いた作務衣を脱ぎ裸になりタライの水で体についた潮水を洗い始める。

 一通り体を水で洗い流した後、最後に頭を下げ、タライから手桶にすくった水で髪にザバザバと水をかけてから、手探りで横に置いていたタオルを取ろうと探っていたら、手の上にタオルがポンと置かれた。

 あれ?

 置いていたはずのタオルが何故か手渡された気がして、頭と顔を拭きながら振り返った

「…………」

「やぁ! なかなか大胆で魅力的な入浴方法だね」

「うっわああああああああああ――――!!!!」

 真琴が驚き、裸のままその場から後退り壁に張り付いた。
 タオルを手渡したであろう人物は、あの謎の外国の人で、いつのまにか裸で行水をしていた勇利の後ろに立っておりニコニコと微笑んでいる。

「な、なななななななな!! なんでアンタがここに居るんだよ!! 一体どっから入って来たんだ?!」

 男はさも楽しげに声を上げて笑いながらトイレの方を指差し――。

「あそこの勝手口からだよ?」

「ああ、そうか……そこまだ閉めてなかった……じゃなあああああい!! 
 そうじゃなくて!! なんでアンタっがここに居るのかって聞いてだけど?」

「ん、辰ちゃんに風呂に連れて行ってもらって、すっかり意気投合しちゃってさ、しばらく滞在したいから宿は無いかって聞いたら、この店だって連れて来てくれたよ」

「……はぁ?」

 辰ちゃんと呼ばれる年配の漁師は、この島では漁業組合長で島長でもある人物であり、かつて自分を拾い色々としてくれ、この店をほぼタダで貸してくれている人物であり恩人だった。

「ここは旅館だったって言ってたけど?」

「それは僕がここを引き継ぐ前の前の事で、今では旅館としてはやって無いんだけど?」

「じゃあ俺が君の最初の宿泊客さん? 良いねぇ!」

「えええ……ちょっと部屋も全然掃除してないし、使って無い物が押し込んでるから、急に泊まりたいって言われても……」

「君は? 君は何処に寝てるんだ?」

「二階の一番小さな部屋だけど」

「よし! じゃあ部屋が片付くまで俺もそこに泊まるよ」

「うえええええええええ!? いやいやいやいや!! それは困るって!」

「俺は平気だよ?」

「僕が平気じゃないの!!!」

「なんで? さっき俺を助けに来てくれたじゃないか、俺をまたこの嵐の中に放り出すつもり?」

「う……」

 確かにそうだった、今この風と雨が荒れ狂う台風へ放り出す訳いはいかない。

「わかったよ」

「やった!! 俺の名前は浄水章良、見た目こんなだけど日本人だよ。ちなみに英語は喋れない」

 そう言って大きな手をこちらへと差し出した。

「僕は、坂下真琴……台風が去るまでだからね」

「さかしたまこと、マコちゃん宜しくね。所で、俺的には一向に構わないんだけどさ……」

 章良がツっと視線を真琴の顔から下へと移動させた時、真琴は自分が下着一枚つけていない裸だと言う事を思い出した。

「わああああああああああ!!!!」

 思わずその場にしゃがみ込み――。

「出てって――――――!」

 膝と腕に顔を埋め耳まで真っ赤にし、二階へと上がる狭い階段を指差した。

「あっはははははははははははは!! 布団は辰ちゃんから借りたから心配しなくても襲わないよ」

「な!! 出てけ――――!!」




 カッコ――――――――ン



 真琴が益々顔を真っ赤にして、近くにあった手桶を掴み章良へと投げつけたが、章良が軽い身のこなしでヒョイと避けた為、手桶は土壁に当たり軽い音を響かせた。






「あははははははは! 早く服着ないと風邪ひくよぉ」






 そんなセリフを残し、タンタンタンと軽快な足音を立てて章良が二階へと上がって行った。






「最悪だ……」




 一人残された真琴は、頭を抱えて大きなため息をついた。





 続く









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