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覚悟 パート1

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 最近はすっかり寝ることも無くなった午後の授業。
 カツカツと黒板にチョークが当たり、止まることなく文字が描かれていく。頬杖をつきながらそれを必死に板書しつつ、頭の片隅で香織のことを考える。

 中学一年で両親を亡くした俺にとって、香織の存在は本当に大きかった。

 彼女がいなかったらご飯も食べずお風呂にも入らずの生活がいつまで続いていたか分からないし、何より俺の家族になってくれるという言葉がどれだけ俺の心を救っているか、きっと本人にも分からない。

 学校では文武両道。

 先生からも生徒からも愛されて、周りの人と笑顔で会話する香織の姿は幼馴染として少し誇らしくもある。

 家でもしっかりしてる部分は変わらない。
 でも、ゲームをしたり、ちょっとしたプレゼントに大喜びしてくれたり、たまにソファでだらだらしたりする香織の年相応の無邪気さは、学校では見せることのない可愛さに満ちている。

 どっちかといえば、俺は香織の祖母が育てた学校での「完璧な」香織より、家でのリラックスした女の子らしい香織の方が好きだ。

 理由を聞かれると難しいが加点方式で考えた結果であり、学校ではあんまり香織と喋らないっていうのも要因の一つかもしれない。

 どっちの方が嫌いじゃなくて、どっちの方が好きという話。


 そう。

 俺は香織のことが好きなんだ。


 今までずっと香織を家族だと思いたくて無視し続けてきた感情は、最近の香織にいともたやすく掘り出されてしまった。
 恋人じゃなくて家族の温もりが欲しい、そう俺に思わせないような行動の数々を前に、惚れるなという方が無理がある。

 幸せにしたい、とは思う。
 でも、それはきっと香織に重すぎる感情を抱いてる俺じゃない人の方が適任なのだ。
 甘やかされるだけじゃなく、時々怒られたりしながらも香織と並んで歩ける人。俺はずっと香織に支えられてきたのでとても対等とは言えず、それなのに最悪の場合「別れる」という選択肢を香織にあげられない。

(香織になんて言えばいいかな……)

 考えると割と憂鬱だった。
 だけど通らないといけない道だから、早めに俺から切り出すことにしよう。

「それじゃあ中間テストの赤点組はしっかり課題をこなしてくること。あと来月には模試もあるから、受けるやつは相応の準備を始めておくように。以上」

 そう言って教員がクラスから去った途端、教室は喧騒に包まれた。俺もノートを閉じて大きく伸びをする。

 午後の授業は三時間あって、さっきのやつが二時間目。今机に突っ伏したらすぐにでも眠れそうだが、香織や拓真があれだけ鼓舞してくれたのだからそう易々と眠るわけにはいかない。
 窓から入り込んでくる新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで眠気を飛ばす。

 模試。
 どうしようかな。
 香織はまず受けるだろうけど、俺は今まで学校から強制されたもの以外受けたことがない。まあどのみち勉強は続けていくつもりなので、力試しに受けてみるのもいいかもしれないな。


***


「斗真、大丈夫?」

「ん? ああ、大丈夫。今日のもめっちゃ美味しいよ」

「それならいいんだけど。何かあったら言ってね」

「……うん。ありがとう」

 星が見え始める時間帯。
 香織が作ってくれた夕飯を食べながら俺はどこか上の空だった。

 香織の気持ちには応えられないと、言っていいのだろうか。
 言わない方がいいのだろうか。
 もしかしたら香織が俺のこと好きっていうの自体、俺の勘違いであるのかも。

 まとまらない思考が頭の中をグルグルと。

 ちなみに今日の夕飯はグラタンとドリアを一つのプレートに半分ずつという豪華な品で、緩めのホワイトソースがご飯とマカロニを見事にまとめあげている。マジで絶品。
 作ってくれた香織に失礼なので今は食べることに集中しようと思うのだが、香織の顔を見るとどうにも心が苦しくなってしまって心臓の鼓動が乱れる。

 香織は可愛い。

 学校で受ける告白の数は月一回どころではなく、先輩後輩同級生、勉強が得意な人、運動が得意な人、親が金持ちだと噂されてる人、本当にいろんな人から告白されている。
 だからこそ、香織の幸せを思うなら早く俺の気持ちを伝えるべきなのに、香織が俺以外の人にも気の抜けた姿を見せているのを想像するとモヤモヤしてしまう。

 香織はマカロニを口へ運びながら、心配そうな瞳を俺の方に向けてくる。咀嚼し飲み込んだ後で、俺のマグカップに麦茶を注いでくれる。

「本当に大丈夫?」

「……ごめん。ちょっとベランダで外の空気吸ってくる」

「わかった」

 フォークを置いて立ち上がる。
 すると香織も同じように立ち上がり、先に行ってベランダに続く窓の鍵を開けた。

「食べてていいよ」

「ううん、私も行く」

「いいよ。体調不良とかじゃないし」

「なら尚更私も行くよ。斗真が何か話したくなったら、いつでも私に話しかけてよ」

 香織が付いてきてしまっては結局落ち着けないのだが、俺に彼女の優しさを拒むことはできない。

 ありがとうの代わりに俺は香織の頭に手を置いた。
 ふにゃりと顔を柔らかくして、撫でる手に両手を被せてくる。
 何も言わずに指が絡められ、小さな手が俺を安心させようと繋がれる。

 高鳴る心臓、安心感。
 刹那に矛盾した感情が俺にぎこちない笑みを作らせる。

 香織に手を引かれてベランダへ。

 夜の空気は教室で吸ったものより何倍も澄んでいた。
 隣で香織も深呼吸。
 華奢な肩がゆっくりと上下する。

「たまにはこういうのもいいよね。空気がとっても美味しい」

「同感」

「ね、見て見て斗真、星がすっごく綺麗だよ」

 香織の指を追って空を仰ぐと、彼女の言う通り満天に近い星が輝いていた。地球に一番近いものは三日月で、夜の街を必死に明るく活気づけている。

 握られた右腕に抱きつくように、香織がぎゅっと身を寄せてくる。
 嗅ぎ慣れているはずの香りが夜風に運ばれ、安心感よりも強く居心地の悪い緊張感が押し寄せる。

(こんな日にする話じゃないよな……)

 そう思うと、話さない方に逃げたくなる。

「なあ、香織」

「んー?」

 見上げてくる姿に心が揺らぐ。

「……ありがとうな」

「感謝されるようなことじゃないよ。でも、困ってることがあるなら教えてね。どんなことでも、私はずっと斗真のそばにいるから」

「……うん」

 下唇を噛み、俺は再び夜空を見上げた。
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