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愛されてる
しおりを挟む「最近香織の様子がおかしいんだけど、なんか知らない?」
「……お、おかしいってどういう?」
中間テスト前日の一時間目。
部活は休みになるのに体育の授業は普段通り行われ、自習になるということもない中、チーム分けの赤のビブスを着た拓真に俺は近頃の悩みを打ち明けた。今は体育館全体を使ったバスケットボールの試合中であり、待機チームはこうして雑談をしていても全く怒られたりはしない。
全開の窓から心地よい風が吹いてきて夏の匂いが鼻を掠める。
周りの談笑とシューズの音に掻き消され、俺たちの声が誰かに盗まれることもない。
「どうって聞かれると難しいけどさ、なんかこう……めっちゃ甘やかしてくる」
「羨ましい話かよ! 他の人に言ったら嫉妬で殺されるぞお前」
「んーそれもそうなんだけどさぁ」
勉強ができて人当たりが良く、今やってるバスケの試合でも中心的な人物として活躍する香織が甘やかしてくれるだなんて、確かに学校のみんなからしたら羨ましい状況だろう。加えて、少し大きめの体操服とビブスをゆったりと着こなすビジュアルの良さもある。
完璧な凹凸。
あの服の下、学校では誰もが絶対に目にすることのない際どい部分の白い肌を見ていたと思うと、非常に居た堪れなくなってくる。
「見惚れてるぞ~」
「見惚れてない」
「でも可愛いとは思うだろ?」
「……そりゃまあ」
可愛いけど、と言う前に、体育館が歓声に包まれた。「一ノ瀬さ~ん!」「香織~っ!」と、スリーポイントを決めた香織にクラスが湧き、相手チームに失礼がない程度に香織はチームメイトと喜び合っていた。
跳ねる服、弾む髪。
自コートに戻った香織が、一瞬だけ俺の方を見て微笑みと共に手を振ってくる。
「今斗真に手振ってなかったか?」
「……振ってたかも」
「ひゅー! 愛されてんなー!」
恋愛的な意味かはともかく、大切にしてもらってる自覚はあるので否定はしない。
「なんか拓真、我が事のように嬉しそうだな」
「ったりまえよ! 親友が一ノ瀬さんほどの人に愛されてたら誰だって嬉しいだろ!」
ホント、文字通りの良い性格してるわ!
過剰に揶揄ってくることもなくこうして喜んでくれると普通に嬉しくて照れる。
香織に大切にしてもらってる。
それがどれだけ贅沢なことか。
「にしても一ノ瀬さん、本当に何でもできるよな。バスケ部ってわけでもないのにスリーポイントとかマジで決まらないって。しかも女子なのに、あ、これ差別じゃなくて腕力的な話な」
「分かってるって。マジですごいよ香織は」
「親が厳しいんだっけ?」
「親っていうか……親の親が厳しい人かな」
「へぇー、なんか複雑そう」
拓真はそう言うが、実のところそんなに複雑な話というわけでもない。
香織の祖母がどうして香織をあんなに教育したがるのかは本人のみぞ知るのだが、初めて出会った時以来、少なくとも香織が勉強嫌だと言って祖母から逃げ出したことはない。
あの人が来ると香織はしばらく独占される。だから俺と香織のお母さんは可能な限りあの人には実家で暮らしていて欲しいと思ってしまうものの、香織が明確に嫌がらないので俺たちは見守るに徹している。本人の意思を無視して無闇やたらに祖母と敵対しても何の意味もないだろうからな。
「勉強漬けの日々なんて、俺なら数日で根をあげる自信がある」
「オレもずっとは無理だわ。好きでも嫌いでも、継続してるってマジですごいよな」
「ホントにな」
ここ最近は俺も勉強に力を入れ始めているのもあり、香織のすごさを改めて実感していた。
ゲームですら長くても半日が限界なのに、一日中勉強なんてした日には気が狂うと思う。
そんな香織だけど、一人の女子高生として限界はあるだろう。
俺と香織は客観的にはただの幼馴染。
しかし、もし祖母がその限界を越えさせようとしたり、香織から助けを求められれば俺はすぐにでも彼女から祖母を引き剥がすつもりでいる。できるかは分からないけど、行動はするつもりだ。
他人の家の問題に口を挟むなと怒られるかもしれない。でも、俺にとって香織は全く他人ではない。
ピーーっと爆音のブザーが鳴り響き、香織チームの勝利が確定する。
「17-5って……一ノ瀬さんヤバすぎだろ」
「だな。次は拓真と香織のとこがやるんだっけ。頑張れ運動部」
「剣道は球技ですらないんだけど!?」
そうは言ってもやる気は十分のようで、立ち上がって何度かジャンプする拓真。
体を温めるって発想がもう運動部なんだよな。
「さっきの話に戻るけどさ、斗真」
「ん?」
生徒がだらだら入れ替わり始める中、拓真は俺に優しい顔を向けてきた。
純粋な瞳。
これがあるから俺はこいつに心を許したのかもしれない。
「斗真なりに色々考えて一ノ瀬さんと向き合ってるのは分かってる。でもさ、斗真。一ノ瀬さんは良い人だよ」
「……どうしたよ急に」
「いや、何でもない。一ノ瀬さんは信頼できるぞって話だよ。じゃあオレ行ってくるな!」
「おう、頑張れ」
香織が信頼できる、か。
当たり前のことでは? と思うと同時に、心の奥底で、拓真の真意を理解している自分もいるような気がした。
そして、中間テスト当日。
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