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おや、香織の様子が……?
しおりを挟む「なあ斗真、一ノ瀬さんって可愛いよな?」
「どうした急に。まあそうだな、可愛いと思うよ」
「可愛い子に見つめられたら照れるのが男だよな?」
「あんまり話したことない仲ならそうなんじゃないか?」
午前中の授業が終わって今はお昼休み。
相変わらず俺と拓真は二人で昼食をとっていて、半分ほど弁当を食べ進めたところでいつもなら食べてる最中は話しかけてこない拓真がいきなり話しかけてきた。
それも意味不明な話題。何の話だ?
拓真とは高校に入ってからの付き合いなのでまだ一年ちょっとの仲ではあるが、俺からしたらこいつとは十分に親友と呼び合えるくらい親しいので、こういう雑な話題には必ず何か理由があると知っている。箸を置いたまま言葉を待っていると、拓真はブルっと肩を震わせた。
だが声音は抑えてこしょこしょ話。
「じゃあ少なくともオレは照れてもいいよな!? なんかさっきからずっと一ノ瀬さんがこっち見てるんだけど!」
「え?」
言われて俺は香織に目を向けた。
視線で教室の壁時計を経由して、たまたま目が行った風を装って。
「……ほんとだ。なんかめっちゃこっち見てる」
「だろ!?」
しかも目が合った瞬間に逸らされた。
昨日のゲームかなぁ……絶対そうだろうなぁ。
俺が拓真に向き直ると、再び視界の端で香織からの視線を感じる。
「斗真、一ノ瀬さんとなんかしたのか?」
「……どうだろう」
そう言ってはぐらかしておく。
「じゃあオレに気があるとか!」
「いやぁ……それもどうだろう」
二年生にして剣道部の主将、それでいて勉強もかなりできる拓真は当然だが女子たちからの人気は高い。『じゃあオレに気があるとか!』なんて軽々しく口にした瞬間、何人かの女子は顰めっ面である。
とはいえ、香織が拓真を男として好きでいるかは別問題。そんな話は一度も聞いたことがない。香織と話してて拓真の話題が出たことも、話の流れで数回程度だ。気になる男子の親友が幼馴染だったなら、普通はもっと積極的に話題に出すんじゃないのかな?
俺の返答に拓真は落胆した様子。
「まあ、オレじゃあ釣り合わないよなぁー。イケメンの幼馴染もいるし」
「え、香織って俺以外にも幼馴染いたの?」
「お前それ天然でボケてるのか? それとももっと言われたくてわざと言ってるのかい、イケメンくん」
「……俺のことなの?」
自分を指差せば、こくりと頷かれる。
俺がイケメン? 冗談だろう。
小中は愚か、高校生活ももう直ぐ半分が過ぎようとしているのに未だ彼女どころか告白されたこと……は中学の時に何回かあるけど、それでも俺の取り柄といったら多少運動ができることくらいなものである。顔も見苦しくない程度には整えているつもりだが、テレビに映るアイドルたちと比べたら自分の顔をイケメンだとは思えない。
「俺彼女できたことないけど」
「そりゃあ一ノ瀬さんがずっと近くにいたからじゃねーの? あんな綺麗な人が横にいたらみんな自分じゃ無理だって思うだろ」
「でも告白してくれた人は何人かいたぞ?」
世界全体で考えれば、必ず数人は自分のことを好いてくれるという。その極小の可能性を引き当てただけじゃないの?
「そりゃあ頑張って勇気出したんだろうなぁ。可哀想に」
「俺のせいなの!? 中学の頃は恋愛どころじゃなかったんだよ」
「斗真……」
香織が近くにい続けてくれたので立ち上がることができた俺だけど、今も完全復活しているわけじゃない。
いて当たり前だった両親を失った悲しみは、中学の約三年間を経てようやくカサブタになったというところ。それも香織がいなければ多分直ぐにでも剥がれてしまう。
「ごめん、空気悪くした」
「いいんだよ。そういうのは溜め込むのが一番良くないからな! 困ってることがあったら何でも言えよ、オレたち親友だろ?」
「お前ほんといい奴過ぎでは? このっ!」
ロケットハンドによる謎の攻防戦。男子はいくつになってもこういうのをやめられない生き物なのである。
それにしても、そうだよな。
今は香織だけじゃなくて拓真もいる。
そう思うと心が軽くなるような気がした。
今日一日、私は本当にダメダメだった。
『香織が世界で一番可愛い』
「~~!!」
耳にあの声がしっかりと残ってしまっている。
可愛い。しかも、世界で一番だって!
「……えへ、」
おっといけない。
今は学校、それも授業中である。
ニヤニヤするな私の口! 冷静さを取り戻せ。
「……ふ、……くっ」
せめて壁や机の方を向いて、他の人にバレないように。
昨日のアレは私から提案したゲームの中でのこと。そんなこと、誰に言われなくても分かってる。
『大好きだよ』
「…………っ!!」
下唇を噛んでなんとか耐える。
二回目に斗真から言われたあの言葉は、一瞬本気かと疑ってしまうほどリアルだった。握られた手の温かさも、頬を撫でる指の感触だってまだ消えてくれないし、正直、消えて欲しくない。
昨日は斗真が手を握ってくれていたのと、直前にアイスを食べて冷えていたから耐えられたものの、今の私があの『大好きだよ』を聴いたら抱きついてキスしてしまう自信がある。
もっと見た目に気を遣おう。
最悪私が自分を制御できなくなった場合に備えて、斗真に少しでも可愛いと思ってもらえるように。
(……大好きだよ斗真。本当に本当に、世界で一番愛してる)
我ながら重い女だなと思う。
でも、昨日斗真を改めて意識し始めてから私の気持ちは大きくなっていくばっかりで、割と自分ではどうしようもないのだ。
膨れ上がっていく胸の熱は、今夜にでも一人で発散しなければ。
午前中の授業が終わってお昼休み。
斗真が私の頭の大部分を占めているせいで、視線が勝手に彼の方へ向いてしまう。
昨日のゲーム、斗真は私の言葉にほとんど反応していなかった。ほとんどっていうのも私の負け惜しみが色濃くて、昨日の彼は自分の言葉に恥ずかしがっていただけだった。
中途半端に攻めても返り討ちにされる。
幼馴染として情けない限りだが、私には情報が必要だ。斗真の好きな女性について、好きな髪型について、好きな女性の仕草、体のパーツについて。
「小さい方が好きだったらどうしよう」
音にならないほど弱い声で呟き、Fになっても成長を続ける胸に手を当てる。
その辺についても調査せねばならない。
となると、私が今日やるべきは、斗真の親友である斉藤拓真くんとお話しすることだ。
自然と目を向ける。
斗真と違って斉藤くんは視線に敏感なようで、すぐに私に見られていることに気がついた。目が合ってしまったので笑顔を作っておく。
私はまだ彼とお話ししたことがあまりない。体育とかの授業でグループが一緒になったりすることはあるけれど、話すのはその時くらいで、他ではほとんど話さない。嫌味じゃなく色んなことができる人というイメージがある。
斗真が親友と呼ぶくらいだから絶対いい人だって確信もある。
「──っ!」
と、斗真と目が合ってしまった。
一気に体が熱くなる。
思考を中断し、私は彼と同じお弁当を食べ始めた。
午後の授業もほとんど集中できずに過ぎていった。
とうに予習済みの範囲なので問題はないけれど、後で気合いを入れ直そう。
そう考えつつも、チャイムがなると同時に私は立ち上がった。周りの喧騒に紛れて、まっすぐ目的の人物のもとへ。
そんなに長話するつもりもないので、斗真には「下駄箱で待ってて」とメールを入れておいた。
「斉藤くん、ちょっとお話しいいですか?」
「……オレ?」
首を傾げる斉藤くんを、私は誰もいない空き教室へと連れて行った。
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