何でも完璧にこなせる幼馴染が唯一絶対にできないのは、俺を照れさせること

Ab

文字の大きさ
上 下
4 / 20

続・二人きり(家) パート1

しおりを挟む

 材料と調味料を持って帰ってきた香織はどこかやる気に満ちた顔をしていた。制服の袖を捲って真っ白な細腕を露わにし、冷水で手を洗ってから換気扇を回す。
 俺も同じように手を洗い、香織に頼んで手伝わせてもらう。

「じゃあ斗真には一番大事な任務を与えようかな。お米を研いでご飯を炊いてくれる?」

「りょーかい」

 どんなおかずを作ろうと白米が無いと始まらない。逆もまた然り。
 香織はその間に主菜に取り掛かるようだ。
 細切れの豚肉とピーマン、そして俺には何か分からない調味料がいくつもバッグから取り出される。
 うーん、料理の知識ゼロ。
 あっちは香織に任せよう。

 香織から渡されたお米を精米器に入れ、ウィーンと声を出して働いてもらった後、殻の取れたお米を内釜に移して水道水を注いでいく。昔はよく母親の手伝いでやっていたので勝手は体が覚えている。
 注いだ水をそのまま流し、二回目。少しだけお米をかき混ぜるが、基本的には触らない。それがうちのやり方であり、これを何度か繰り返す。
 水道水が白く濁らなくなってきたら最後はペットボトルの水で一度研ぎ、線に合わせて水を注いだら炊飯器の出番だ。早炊き機能を使えば三十分弱で炊き上がる。本当はしばらく水につけておいたほうがいいのだが、今日は仕方がないだろう。

 一方で香織はピーマンを縦に細く切ったのち、副菜やお味噌汁まで作り始めていた。
 本当に惚れ惚れするくらい手際が良い。

「終わった。他に何かできることある?」

「えーっと、そうだなぁ。じゃあ大きめのお皿を一つ出してくれる? 取り皿は今出てるやつで大丈夫」

「りょーかい」

「ありがとうね」

「俺のセリフなんだよなぁ」

 平日の夜にご飯を作ってくれるなんて、優しい香織だからしてくれることだろう。例え同じ幼馴染だとしても、他の人だったら同じようにはいかなかったと思う。

「ありがとうな香織」

「いーよー全然。私がやりたくてやってることだもん」

 本心からの言葉だと主張するように笑顔を向けてくれるので、俺も笑顔を返してから言われた通りに食器を用意する。

「そういえば、今日も弁当美味しかったよ。本当は香織のお母さんに言うべきなんだろうけど、今日は言えそうにないから」

 長野まで香織のおばあちゃんを送りに行ったということは、諸々雑用もあるだろうし、いつも通りなら明日まで帰ってこない。
 なので代わりにと思って香織に伝えたのだが、彼女は包丁を握る手を止めてクスクスと笑った。

「今日のお弁当は私が作ったんだよ。美味しかったならよかった。ふふっ、お粗末さまでした」

「え、マジか」

 香織の手料理はこれまでにもたくさん食べてきたが、全体的にもっと濃い目の味付けだったような気がする。
 まあ、唐揚げは唐揚げだし、きゅうりは漬物だったので香織のお母さんと明確に味が変わるものといえば卵焼きくらいなものかもしれないが、それでも香織が作る卵焼きはもっと砂糖が多かったと思う。

「最近はお母さんを手伝って一緒に作ることが多かったからね。まだまだ料理の腕も上達していくってわけですよ」

「ええ、そういうのもっと早く教えてよ。最近のお弁当も、どれも美味しかったです」

 俺はてっきり香織のお母さんがずっと作ってくれているものと思っていたので、「ありがとう」の言葉も香織のお母さんにばかり向けていた。
 ……もう拓真には何も言い返せないな。
 今更とは思いつつ香織に感謝を伝えると、彼女は包丁を置いて俺の方を向いた。

「ありがとう。でも別に感謝されたくてやってたわけじゃないからなー、自分から言うのも変じゃない?」

 言われてみると確かに。
 俺が香織の立場だったとしても、わざわざ今日は俺が作ったなんて伝えないだろう。ちょっと恩着せがましいかなって思うからだ。
 けど、言われる立場からすると実際はそうでもない。

「俺としてはちゃんと感謝したいから、次からは教えてくれ」

「ふふ、分かった。ちなみに明日のお弁当は私が作ります」

「楽しみにしてます」

 ふふ、はは、と笑い合う。
 香織との時間は心地良い。お互い気を遣わずに話せるから、なんというか安心する。

 以降は特に手伝うこともなく、というかむしろ邪魔になってしまうので俺はキッチンの外に出て香織との雑談を楽しんだ。話題はお弁当の話を引き継いで、「私だって気づかれなかったのは個人的に嬉しいかも」だったり、「明日のお弁当のおかずは何がいい?」だったり。
 香織は別に料理教室に通っているわけじゃない。彼女の先生は母親なので、俺がその味と勘違いしていたのが嬉しかったらしい。

「後でまた頭撫でてよ」

 感謝の言葉が止まらない俺に香織がそんなことを言ってくる。

「分かった」

 香織の頭を撫でるのは俺も好きなので断る理由なんかない。柔らかさと滑らかさ、そしてどこか手のひらが痺れるようなあの感覚は何度味わっても飽きることはないだろう。
 何なら今すぐ撫でたいくらいだが、料理中は危険なので自重する。

 だんだんと、中華系の香りが漂ってきた。

 わくわく。
 匂いだけでも美味しいと確信できる。
 子供っぽいかもしれないが、料理が完成するまでのこの時間が俺は好きだった。
 
 フライパンの上で歓声をあげて混ざり合っていくピーマンと豚肉に見惚れていると、何やら視線を感じて香織の方を見る。

「どうした?」

「え? あぁ、いや、何でもないよ」

 そういって目を逸らす香織だったが、いつもより顔が赤くなっている気がした。やはり換気扇をつけていてもキッチンは暑いんだろう。

 冷凍庫にアイスあったっけ、なんて考えながら、俺は背を向けたエプロン姿の幼馴染をぼーっと見つめていた。







「…………ずるいなぁ」

 斗真に背を向けた後で、香織は最小のボリュームで呟いた。
 自分の料理を心から楽しみにしているようなあの顔は、料理人としての香織にも、女子高生としての香織にも反則的だった。

 とくん、とくん、と高鳴る胸に手を当てて、バレない程度に深呼吸。


(やっぱり私、斗真のこと大好きだ)


 ほんの少しだけ自嘲気味に笑ってから、香織は味噌汁に入れる豆腐を手に取った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

同級生の隣人はポンコツのようです

カゲ
恋愛
 俺が住むアパートの隣には容姿端麗な同級生の山田さんが住んでいる。彼女はその美貌から学校の男子から大人気である。  しかし、俺はしっている彼女が普通ではないことを……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

クールな生徒会長のオンとオフが違いすぎるっ!?

ブレイブ
恋愛
政治家、資産家の子供だけが通える高校。上流高校がある。上流高校の一年生にして生徒会長。神童燐は普段は冷静に動き、正確な指示を出すが、家族と、恋人、新の前では

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

処理中です...