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続・二人きり(家) パート1
しおりを挟む材料と調味料を持って帰ってきた香織はどこかやる気に満ちた顔をしていた。制服の袖を捲って真っ白な細腕を露わにし、冷水で手を洗ってから換気扇を回す。
俺も同じように手を洗い、香織に頼んで手伝わせてもらう。
「じゃあ斗真には一番大事な任務を与えようかな。お米を研いでご飯を炊いてくれる?」
「りょーかい」
どんなおかずを作ろうと白米が無いと始まらない。逆もまた然り。
香織はその間に主菜に取り掛かるようだ。
細切れの豚肉とピーマン、そして俺には何か分からない調味料がいくつもバッグから取り出される。
うーん、料理の知識ゼロ。
あっちは香織に任せよう。
香織から渡されたお米を精米器に入れ、ウィーンと声を出して働いてもらった後、殻の取れたお米を内釜に移して水道水を注いでいく。昔はよく母親の手伝いでやっていたので勝手は体が覚えている。
注いだ水をそのまま流し、二回目。少しだけお米をかき混ぜるが、基本的には触らない。それがうちのやり方であり、これを何度か繰り返す。
水道水が白く濁らなくなってきたら最後はペットボトルの水で一度研ぎ、線に合わせて水を注いだら炊飯器の出番だ。早炊き機能を使えば三十分弱で炊き上がる。本当はしばらく水につけておいたほうがいいのだが、今日は仕方がないだろう。
一方で香織はピーマンを縦に細く切ったのち、副菜やお味噌汁まで作り始めていた。
本当に惚れ惚れするくらい手際が良い。
「終わった。他に何かできることある?」
「えーっと、そうだなぁ。じゃあ大きめのお皿を一つ出してくれる? 取り皿は今出てるやつで大丈夫」
「りょーかい」
「ありがとうね」
「俺のセリフなんだよなぁ」
平日の夜にご飯を作ってくれるなんて、優しい香織だからしてくれることだろう。例え同じ幼馴染だとしても、他の人だったら同じようにはいかなかったと思う。
「ありがとうな香織」
「いーよー全然。私がやりたくてやってることだもん」
本心からの言葉だと主張するように笑顔を向けてくれるので、俺も笑顔を返してから言われた通りに食器を用意する。
「そういえば、今日も弁当美味しかったよ。本当は香織のお母さんに言うべきなんだろうけど、今日は言えそうにないから」
長野まで香織のおばあちゃんを送りに行ったということは、諸々雑用もあるだろうし、いつも通りなら明日まで帰ってこない。
なので代わりにと思って香織に伝えたのだが、彼女は包丁を握る手を止めてクスクスと笑った。
「今日のお弁当は私が作ったんだよ。美味しかったならよかった。ふふっ、お粗末さまでした」
「え、マジか」
香織の手料理はこれまでにもたくさん食べてきたが、全体的にもっと濃い目の味付けだったような気がする。
まあ、唐揚げは唐揚げだし、きゅうりは漬物だったので香織のお母さんと明確に味が変わるものといえば卵焼きくらいなものかもしれないが、それでも香織が作る卵焼きはもっと砂糖が多かったと思う。
「最近はお母さんを手伝って一緒に作ることが多かったからね。まだまだ料理の腕も上達していくってわけですよ」
「ええ、そういうのもっと早く教えてよ。最近のお弁当も、どれも美味しかったです」
俺はてっきり香織のお母さんがずっと作ってくれているものと思っていたので、「ありがとう」の言葉も香織のお母さんにばかり向けていた。
……もう拓真には何も言い返せないな。
今更とは思いつつ香織に感謝を伝えると、彼女は包丁を置いて俺の方を向いた。
「ありがとう。でも別に感謝されたくてやってたわけじゃないからなー、自分から言うのも変じゃない?」
言われてみると確かに。
俺が香織の立場だったとしても、わざわざ今日は俺が作ったなんて伝えないだろう。ちょっと恩着せがましいかなって思うからだ。
けど、言われる立場からすると実際はそうでもない。
「俺としてはちゃんと感謝したいから、次からは教えてくれ」
「ふふ、分かった。ちなみに明日のお弁当は私が作ります」
「楽しみにしてます」
ふふ、はは、と笑い合う。
香織との時間は心地良い。お互い気を遣わずに話せるから、なんというか安心する。
以降は特に手伝うこともなく、というかむしろ邪魔になってしまうので俺はキッチンの外に出て香織との雑談を楽しんだ。話題はお弁当の話を引き継いで、「私だって気づかれなかったのは個人的に嬉しいかも」だったり、「明日のお弁当のおかずは何がいい?」だったり。
香織は別に料理教室に通っているわけじゃない。彼女の先生は母親なので、俺がその味と勘違いしていたのが嬉しかったらしい。
「後でまた頭撫でてよ」
感謝の言葉が止まらない俺に香織がそんなことを言ってくる。
「分かった」
香織の頭を撫でるのは俺も好きなので断る理由なんかない。柔らかさと滑らかさ、そしてどこか手のひらが痺れるようなあの感覚は何度味わっても飽きることはないだろう。
何なら今すぐ撫でたいくらいだが、料理中は危険なので自重する。
だんだんと、中華系の香りが漂ってきた。
わくわく。
匂いだけでも美味しいと確信できる。
子供っぽいかもしれないが、料理が完成するまでのこの時間が俺は好きだった。
フライパンの上で歓声をあげて混ざり合っていくピーマンと豚肉に見惚れていると、何やら視線を感じて香織の方を見る。
「どうした?」
「え? あぁ、いや、何でもないよ」
そういって目を逸らす香織だったが、いつもより顔が赤くなっている気がした。やはり換気扇をつけていてもキッチンは暑いんだろう。
冷凍庫にアイスあったっけ、なんて考えながら、俺は背を向けたエプロン姿の幼馴染をぼーっと見つめていた。
「…………ずるいなぁ」
斗真に背を向けた後で、香織は最小のボリュームで呟いた。
自分の料理を心から楽しみにしているようなあの顔は、料理人としての香織にも、女子高生としての香織にも反則的だった。
とくん、とくん、と高鳴る胸に手を当てて、バレない程度に深呼吸。
(やっぱり私、斗真のこと大好きだ)
ほんの少しだけ自嘲気味に笑ってから、香織は味噌汁に入れる豆腐を手に取った。
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