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その1

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 絹糸のような光沢を持つ金色の長い髪が風に靡いている。
 艶めかしい白肌を鎧ドレスに包んだ少女が、勇ましい女声を発しながら駆け、長剣を一閃する。
 白刃が光と化し唸りをあげて空間を断裂し、金属製の人型人形を両断した。
 地下迷宮の床に金属人形の断たれた上半身と下半身が転がり重音を盛大に響かせる。

「……おいおい、冗談だろう。ミスリル製のゴーレムを剣で真っ二つとか本当に人間か?」

 黒いワンピース姿の紫髪の少女が顔をひきつらせている。
 
「年貢の納め時ですね! 魔女ドロレス・ヘイズ! 神妙にお縄につきなさい! 素直に投降するなら命ばかりは助けてあげます」

 鎧ドレス姿のブロンド少女は可憐な顔立ちに凛とした表情を浮かべ長剣の切っ先を魔女へと向ける。

「ふん、お優しい事だな聖騎士リアナ。それで異端審問官に気が狂うまで犯され嬲られ続けたあげくに邪悪の徒として処刑されろって?」
「おかっ……?!」

 リアナは目を白黒とさせ頬を赤く染めると、

「我等リゼリアン修道会はそんな事はいたしません! 人として尊厳ある扱いを神の名と聖騎士の誇りにかけてお約束いたします!」
「……気に入らないなぁ」

 幼い顔立ちの魔女が紫瞳を細める。

「馬鹿みたいに強いだけで、この世の醜悪さから遠ざけられチヤホヤされてきた小娘が、できもしない約束をこのボクに向かって言い放つ」
「……侮らないでください。この聖騎士リアナがしないといったらしないしさせません」
「たいした自信だ。だが実際にできるかな? キミはボクにだって勝てない癖に」
「私が貴方に勝てない? 本気でそう思ってらっしゃるのですか?」
「ああ、思うね――イングリッド!」

 ドロレス・ヘイズは手を伸ばして己の傍らに立つ黒ローブ姿の女を抱き寄せる。そして、女の顔の半ばまでを隠していたフードをはね上げた。
 顔があらわになる。
 年若い銀髪娘だ。
 リアナが青い瞳を見開く。

「イ、イングリッド! 貴方、どうして、こんな所に……!」

 彼女は一ヵ月前から行方不明になっていた修道会の神官戦士だった。

「申し訳ございません、リアナ様、不甲斐ないわたくしをお許しください……」

 唇を噛みしめ銀髪娘が赤い瞳を伏せる。

「街でボクが進めてる計画を嗅ぎまわってくれてたからね、使い魔に攫わせたのさ。年上の部下への指導が不足してるなぁ、まさに赤子の手を捻るように簡単だったよ――おっと動くな!」

 魔女は己の指先に禍々しい光を集めイングリッドの細い喉元へとあてた。

「くっ……!」
「そこから一歩でも動いたらこの喉を裂く。そのまま剣を持っていても裂く。この女の命が惜しくば剣を捨てろ!」
「ひっ、卑怯な……!」
「リアナ様! わたくしに構わず――」
「黙れ!」

 魔女から電撃魔法がノーモーションで放たれる。

「ひぃぐあっ!」

 感電した女が悲鳴をあげ悶絶し豊満な身を捩らせてゆく。

「イングリッドッ!」

 聖騎士少女が表情を一瞬、悲痛に歪め叫ぶ。
 それから面差しを鋭く変化させ、澄んだ青い瞳に鮮烈な怒りの光を宿し魔女を睨んだ。

「貴様っ! イングリッドを殺してみなさい、ただでは済ませませんよ!」
「剣を捨てろ!」
「剣を捨てたら、イングリッドともども私を殺すつもりでしょう?!」

 ドロレス・ヘイズは紫瞳を細め不敵に微笑んだ。

「殺しはしない。死人は役に立たないからな――ほら、イングリッドも今こうして生かしているからこそ役に立っている。キミも捕虜にするだけだ……さぁ剣を捨てろ! それとも、イングリッドの命はいらないか? この女の屍を踏み越えた上で、このボクと勝負するか!」
「くっ……!」
「リアナ様! たたかっ――あああああああっ!!」

 電流が銀髪娘の全身にさらに激しく流れ、激痛の色が滲んだ甲高い絶叫が地下迷宮内に響き渡ってゆく。

「やめなさい! ……っ!」

 リアナは唇を噛みしめると手にしていた剣を放り捨てた。
 音を立てて剣が石畳の床に転がってゆく。

「ははは! 本当に捨てた! 馬鹿めっ!!」

 魔女はイングリッドを乱暴に突き飛ばすと丸腰となったリアナへ向かい電撃の矢を飛ばす。

「馬鹿は貴方です!」

 騎士少女は長い金髪を靡かせながら前方へと飛び出した。
 迫る電撃の矢を突撃しながら身を捻って紙一重でかわし、風のような速度で一気にドロレスの眼前まで踏み込む。

「なんだと――!」

 魔女が指先を向け光の障壁を展開する。
 聖騎士少女が繰り出した拳と光の障壁が激突する。
 轟音と共に障壁に罅が入り砕け散る。
 障壁が消えた時にはドロレスは既に後ろに大きくさがって間合いを広げ直していた。

「化物め――だが、やはりキミはボクには勝てないな」
「そうですか? 私は素手でも貴方に勝つ自信がありますよ?」

 聖騎士と魔女が睨み合う。

「だからキミは小娘だというんだよ」

 ドロレスがせせら笑い、リアナが訝しそうに眉を顰める。

「リアナ様、加勢いたします」

 イングリッドが寄って来る気配がした。

「ええ、同時に仕掛けましょ――」

 身に衝撃が走った。
 背後からイングリッドが腹に腕を回してくると同時に、鎧に覆われていないリアナの白い太腿に、銀髪娘はいつの間にか手にしていた、不気味に緑色に刃を光らせるナイフを突き刺していた。

「――っ?!」

 激痛に漏れかけた悲鳴を堪え、リアナは身を捩り腕を振るった。
 イングリッドが吹き飛んでゆく。
 ドロレスから煌めく靄のようなものが放たれる。
 金髪少女は咄嗟に横に跳躍して靄をかわそうとした。だが、

(うっ!)

 その瞬間に太腿の傷の痛みだけでなく、強烈な眩暈が襲ってくる。
 視界がぐにゃりとまがってゆく。

(……うぁあああっ?!)

 何が起こったのか把握できないままにリアナは煌めく靄に呑まれてゆく。
 眩暈がさらに激しくなってゆき、嘔吐感が急激に込み上げ、見える世界が千切れ飛びそうになった時、目の前が真っ暗になって、何も聞こえなくなった。



「う……っ?」

 リアナが青い瞳を開いた時、彼女は鎧ドレスと靴を奪われ、純白の下着ブラとショーツ、ガーターベルトと膝上丈の靴下姿になっていた。

(ここは……いや、それよりイングリッド、どうして……)

 太腿へと視線を落とせば、傷跡一つなく滑らかな白肌が復活していた。
 恐らく、どういうつもりなのかは知らないが、魔女がその魔法で癒したのだろう。
 あの時己は不気味なナイフの刃を間違いなく突き立てられていた。

(イングリッド……)

 彼女はリアナを裏切り魔女に寝返ったのだろうか?

(でも、どうして?)

 わからなかった。
 一ヵ月前、行方不明になるまでイングリッドはとても真面目で敬虔で熱心な信徒だったのに。だからこそリアナも信頼していた。その信頼による隙を突かれてしまった。

「やぁ、お目覚めかいリアナ――おっと動くな」

 特に拘束はされていなかったので、リアナは現れた魔女に対して即座に起き上がり飛び掛かろうとした。
 しかし魔女から「動くな」と言われた瞬間に金髪少女の身体は己の意志に反し、勝手に硬直し停止してしまう。

(えっ……?!)

 戸惑っているリアナを前にドロレスはにんまりと笑った。

呪いギアスはきちんと効いてるようだねぇ」


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