思い出の場所~伝える言葉~

ゆき

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娘と温泉へ

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 私は生まれてから今年で86歳となる。この歳になると自分が大体いつ空に行くかは分かる。だからそれまでにあなたたちに大事なことを伝えておきたい。

 私には娘と息子がいて、娘は結婚して子供がいる。息子は独身で部長をしている。二人をいつも私は旅行に連れて行った。その中でも一番の思い出の場所に連れて行った。
「お母さん、何で温泉なの?」
娘の恵理(えり)は不思議そうな顔をしながら言った。
「それはね、恵理といった中で一番の思い出の場所だからね。」
なぜなら始めて二人で行った場所だから。恵理が自分から温泉に行きたいと言ったため息子の和(かず)を両親に預け二人で行った。家から車で三時間もかかる温泉。道中休憩を挟みながら私たちは温泉に来ていた。
「懐かしい!ここで私はいつもお母さんに団子を買ってもらってたな。そしたら、すぐに団子を落として泣いてその度にお母さんは私に自分の団子を渡してくれたね。」
団子を眺めながら恵理は嬉しそうに行った。少し歩くと、温泉の独特な香りがしてきた。温泉は川の近くにあるため、春は桜の木が綺麗に見え夏は川のいい音が聞こえ秋は紅葉が冬は雪で少し寒い。四季折々の温泉が楽しめるのがここのいいところなのだ。
「恵理、少し散歩をしてから温泉に入らない?」
私は行きたい所があった。お土産屋にある恵理を見守ってくれる物を買いに行きたかったのだ。
「いいよ。散歩ってどこに行くの?」
「お土産屋に行くの、ここから少し離れているけど道中綺麗な竹の道を通るよ。」
竹の道は平安時代からあり紫式部も通ったのではないかといわれている。竹の葉の間からこぼれる太陽の暖かい日に風で揺れて聞こえる心地の良い音。そのすべてがとても良い。そんな竹の道を通ってお土産屋に来た。
「恵理、好きなのを見ておいで。私は違うところを見てくるから。」
「分かった。終わったらレジの所におる。」
そう言って恵理は店の奥に行った。それを見届けて私は店にある限られた人だけが知るドアを開けて入っていた。ドアの向こうは少しひんやりしていて洞窟になっている。地面には水が流れていてその水は温泉になる。洞窟に電気は通っているがそれでも暗い。その中を私はひたすら歩いた。そして、洞窟の奥に着いた。
「お久しぶりです。」
そこには私より2歳上の船木さんがいた。
「お久しぶりですね。頼んでたものは出来ていますか?」
「後少しなので少し待ってください。」
「はい。」
私は船木さんに恵理にあげるものを頼んでいた。船木さんは平安時代から続くものづくりの後継者で跡取りもいる。けれど、このものづくりがどこで行われているかは限られた人だけしか知らない。なぜ私が知っているかというと
「そういえば、親父の墓に行ったらあなたの親父さんが愛してた紅葉の葉がいっぱいありましたよ。きっと遊びに来ていたんでしょう。」
船木さんのお父さんと私のお父さんが知り合いでものづくりのことを知ってからここによく来ては酒を飲んでは話しをしてを繰り返していたらしい。たまに私も連れて行ってくれた。その時に船木さんと知り合ったの。
「お父さんたら死んでも遊びにいってるのね。酒でも持っていってるのかな。」
本当に酒が好きなんだよな。仏壇に酒をおいていたら気づいたらいつもなくなっているから。
「まあ、親父の所に来てくれるのはとてもありがたい。俺は滅多に行けないからな。できましたよ。」
小さい小包を渡してくれた。
「ありがとうございます。」
そう言って小包を受け取りお代を払った。
「あと、もうここには来ることがないからもし娘の恵理が来たときはよろしくお願いします。これまでありがとうございました。どうかお元気で。」
私は頭を下げた。
「こちらこそ、長く来てもらってありがとうございました。そちらこそお元気で。」
船木さんも頭を下げた。私はもうここには来ることがないと思うとさみしく思った。けど娘もここに来るんだなと思うとさみしくはなくなった。
 店のレジの所に行くと恵理が待っていた。
「お母さん遅かったね。何を買ったの?」
私が手に持っている小包を見ながら言った。
「これは、いつか分かるよ。」
「そうなんだ。ちょっと待っててお会計してくるから。」
「分かった。外で待ってるから。」
そう言って私は外に出た。しばらくすると恵理が店から出てきた。
「お待たせ。」
「大丈夫、待ってないから。そろそろ温泉に行こうか。その前に旅館に行こうか荷物を置きに。」
「うん。」
私たちは竹の道を通って旅館に行った。創立150年にもなる老舗旅館なのだ。旅館の暖簾を通るとふと木のいい香りがした。
「ようこそ、お部屋にご案内します。」
仲居さんが荷物を持って部屋に案内してくれた。部屋に行く道中には歴史的な絵や壺があった。
「こちらになります。ごゆっくりお過ごしください。」
「ありがとうございます。」
仲居さんは部屋をあとにした。
「荷物を片付けて温泉にいこう。」
私たちはウキウキする気持ちを抑え荷物を片付けた。片付けがある程度思ったので浴衣とタオルを持って温泉に向かった。
温泉に到着して私たちは着替えて温泉に浸かった。温泉は程良い温度で気持ち良かった。
「気持ちいいね、恵理。」
「そうだね。」
私たちはのんびり温泉に浸かりながら、川の音を聞いた。
「そろそろご飯の時間だからあがろうか。」
私がそう言うと恵理は
「うん。」
と言ってあがった。温泉からあがった私たちは肌がすべすべでまるで若返ったみたいだった。
部屋に戻ると、ご飯が並べられていた。仲居さんがご飯の説明をしてくれた。
「今日のご飯はアサリの炊き込みご飯にきのこのお吸いもの、魚の煮付けになっております。ごゆっくりどうぞ。」 
「ありがとうございます。」
そう伝えると仲居さんは部屋をあとにした。
「早く食べようよ。。」
恵理は待ちきれないみたいだ。恵理は幼いときと同じ顔をしてご飯を眺めていた。
「そうだね。」
二人で手を合わせて
「「いただきます。」」
ご飯の蓋を開けるとアサリのいい匂いが漂ってきた。一口アサリの炊き込みご飯を口に入れるとアサリの美味しさが口いっぱいに広がった。恵理をみると幸せそうな顔をしてご飯を頬張っていた。
「美味しいね、お母さん。」
「そうだね。恵理は立派になったね。この前まで泣き虫で何かある度に泣いていたのにね。」
「お母さん、恥ずかしいからその話をしないでよ。けど、私は今でも泣き虫だよ。」
「いいや、立派になった。すぐに泣かなくなったじゃない。」
「そうだけど…。」
「冷えてしまう前に食べてしまいましょう。」
「うん。」
私たちはご飯を食べた。
 時間が過ぎ、私たちは少し外に出た。昼間とは違い街灯や町の光で満ちていた。
「昼間とは違うね。私は夜の方が好きよ。」
「私は昼間の方が好きかな。」
そんな話をしながら私たちは町を歩いて回った。道中にあった足湯につかった。
「気持ちいいね。」
「足湯につかったの久しぶり。」
恵理は足を少しだけバタバタさせていた。ふと、空を見上げると星が綺麗だった。
「私はもう長くない。この子達を置いて空に行くのはとてもさみしいな。けどこの子達と出会えて、いろいろなことを体験できてよかったな。愛する我が子達がずっと幸せに笑顔で毎日を送れますように。」
私は空に願った。
「ねえ、ねえってば。」
気づいたら恵理に呼ばれていた。
「あっ、ごめんね。どうしたの?」
「今さっきからボーとしてたから。」
「ごめんね、少し考え事した。」
「そうなんだ。それより、もう旅館に戻ろう。体が冷えてきた。」
「そうだね。」
私たちは足湯をあがって旅館に戻った。
部屋に帰って私たちは寝る準備をした。
布団に入るとふかふかしていていつもとは違う感覚だった。電気を消し、少したったとき私は恵理に伝えようと思った。
「これから言うことを覚えていてほしい。私は、あなた達と出会えてとても嬉しかった。あなた達と一緒に笑って時には喧嘩してよかったなと思う。一緒に過ごせて幸せだった。恵理、あなたはいつも頑張りすぎてしまうところがあるから、たまには立ち止まって周りを見渡したりしなさい。そしたら、きっと周りの誰かがあなたのことを助けてくれる。これから、まだ楽しいこと辛いことがあるかもしれない。その時は、家族を頼りなさい。頼ることは恥ずかしいことではないのだから。」
私はそう言った。恵理は私のことを見て
「お母さんの言葉忘れないようにするよ。私もお母さんと一緒にいれて嬉しいよ。」
恵理はそう言いながら私の手を握った。
「おやすみ」
私は一言そう言って寝た。
 朝起きて私たちは、朝食を取り荷物の整理をして帰路についた。その道中、旅行の話をしたり、思い出の話をしながら帰った。今度は息子の和と旅行に行こうとも考えていた。
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