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第2章 動き出す者たち/ガダル大森林
第121話
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「いやっ!」
急いで体を反らせることで銀色の軌跡は仮面の表層だけを通り過ぎる。急いで押さえようとする少女の指の間をすり抜け、真ん中から二つに割れた仮面が地面に乾いた音を立てて落下した。彼女の背後で舌打ちをした侯爵は致命傷を与えられなかった護衛に早くとどめを刺すよう目線を送る。すぐさまロングソードが上段に構えられる。その時奥歯を噛み締めて下を向いていた少女が勢いよく顔を上げたことで頭を覆っていた黒いローブがはずれ、闇の中でも明るい翠色の髪が踊った。
「許さない! お姉様が作ってくださった仮面を! よくも!」
声の幼さはそのままだったが、突如人が変わったように激昂する少女は躊躇うことなく床を蹴り出し、ロングソードの間合いに左腕を前に突き出した姿勢で飛び込んだ。
「さらばだ」
相手は子供だが、すでに仲間がやられている。葬送の言葉とともに護衛は迷うことなく彼女の左腕に向かって武器を振り下ろす。交る刃と左腕。その時耳朶を叩いたのは理解不能な金属音だった。続けて手の平に伝わるのは予感していた肉を断つ感覚ではなく、痺れるような衝撃。
「なっ!」
ロングソードに斬られたローブが少女の体から離れ、刃を受け止めた左腕がその理由を晒けだす。初雪のような真っ白な腕。その肘から先が侵食されるようにして黒い金属で覆われていた。ギンッという金属音とともに、錆一つないロングソードの剣身が根元から折れる。力任せに叩きつけられた結果、少女の腕よりも硬度で劣るロングソードが負けた結果だった。
「馬鹿な……アッシャー様から賜った一級品だぞ……」
信じがたい光景だった。目の前で何が起こっているというのか。彼女の腕を覆う金属の正体を理解できない護衛の喉元に短剣の刃が走った。焼けた肌に赤い線がじわりと浮かび上がり、鮮血を吹き上げる。そのまま膝から崩れ落ちると、先に倒れた護衛と同じ表情で床に転がった。
再び絶望に突き落とされる侯爵。普段よりも涼しい夜にもかかわらず、その体は水浴びをしたかのように汗をかいていた。護衛に与えていたロングソードはつい先日腕利きの鍛冶屋から納品されたばかりものであり、それを容易く砕いてみせる金属などこの世に存在しないはずなのだから。上位ダンジョンで見つかる、たった一つの希少金属を除いて。
「まさか……それは……オリコルハン……」
口に出しておきながら、内心ではそんな馬鹿なと自分の考えを否定していた。オリコルハンが希少なのは採掘量が限られているからという理由だけではない。その採取されたオリコルハンを唯一加工することができた一族が、十年ほど前に絶滅しているはずだからだった。掘り出された砂混じりの歪な形のオリコルハンのままでは使い物にならないために、今では発見されても加工できないという理由で市場価格が下がったそれをわざわざ労力を割いて持ち帰る攻略者はいないと聞いていた。
瞠目する侯爵の前で彼女の腕を覆っていたオリコルハンは体内に引き込まれるようにして消え去り、元の白い腕へと戻る。まるで武器として使われるはずのオリコルハンが人間へ寄生しているようだった。常識が次々と瓦解していく様に理解が追いつかない。後ずさり始めた侯爵の肘が、壁際に飾ってあった小さな花瓶に当たり落下する。花瓶が粉々に砕けるその音に、何事かと少女が振り返る。仮面もフードもない幼い顔。それが視界に飛び込んできた瞬間、侯爵はまるでこの世のものではないものを見たかのように顔を青くしてブルブルと震えだした。
急いで体を反らせることで銀色の軌跡は仮面の表層だけを通り過ぎる。急いで押さえようとする少女の指の間をすり抜け、真ん中から二つに割れた仮面が地面に乾いた音を立てて落下した。彼女の背後で舌打ちをした侯爵は致命傷を与えられなかった護衛に早くとどめを刺すよう目線を送る。すぐさまロングソードが上段に構えられる。その時奥歯を噛み締めて下を向いていた少女が勢いよく顔を上げたことで頭を覆っていた黒いローブがはずれ、闇の中でも明るい翠色の髪が踊った。
「許さない! お姉様が作ってくださった仮面を! よくも!」
声の幼さはそのままだったが、突如人が変わったように激昂する少女は躊躇うことなく床を蹴り出し、ロングソードの間合いに左腕を前に突き出した姿勢で飛び込んだ。
「さらばだ」
相手は子供だが、すでに仲間がやられている。葬送の言葉とともに護衛は迷うことなく彼女の左腕に向かって武器を振り下ろす。交る刃と左腕。その時耳朶を叩いたのは理解不能な金属音だった。続けて手の平に伝わるのは予感していた肉を断つ感覚ではなく、痺れるような衝撃。
「なっ!」
ロングソードに斬られたローブが少女の体から離れ、刃を受け止めた左腕がその理由を晒けだす。初雪のような真っ白な腕。その肘から先が侵食されるようにして黒い金属で覆われていた。ギンッという金属音とともに、錆一つないロングソードの剣身が根元から折れる。力任せに叩きつけられた結果、少女の腕よりも硬度で劣るロングソードが負けた結果だった。
「馬鹿な……アッシャー様から賜った一級品だぞ……」
信じがたい光景だった。目の前で何が起こっているというのか。彼女の腕を覆う金属の正体を理解できない護衛の喉元に短剣の刃が走った。焼けた肌に赤い線がじわりと浮かび上がり、鮮血を吹き上げる。そのまま膝から崩れ落ちると、先に倒れた護衛と同じ表情で床に転がった。
再び絶望に突き落とされる侯爵。普段よりも涼しい夜にもかかわらず、その体は水浴びをしたかのように汗をかいていた。護衛に与えていたロングソードはつい先日腕利きの鍛冶屋から納品されたばかりものであり、それを容易く砕いてみせる金属などこの世に存在しないはずなのだから。上位ダンジョンで見つかる、たった一つの希少金属を除いて。
「まさか……それは……オリコルハン……」
口に出しておきながら、内心ではそんな馬鹿なと自分の考えを否定していた。オリコルハンが希少なのは採掘量が限られているからという理由だけではない。その採取されたオリコルハンを唯一加工することができた一族が、十年ほど前に絶滅しているはずだからだった。掘り出された砂混じりの歪な形のオリコルハンのままでは使い物にならないために、今では発見されても加工できないという理由で市場価格が下がったそれをわざわざ労力を割いて持ち帰る攻略者はいないと聞いていた。
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