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第2章 動き出す者たち/ガダル大森林
第87話
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「これは父がたった一人で、数多の魔獣に襲われた私の村を守った時に使った魔術。逃げる隙なんてあげないわ」
影が顔を出す。それは影より現れた漆黒の樹兵。彼女の心の声一つで動く精鋭部隊が牙獣を取り囲んでいた。包囲網はリリーが腕を横に突き出したのを合図に、死角から音もなく忍び寄り切りつけていく。荒れ狂う攻撃器官を振り回すも、瞬く間に牙獣は沈黙。土煙を上げながら地面に倒れ伏した。やりきった。緊張の糸がほどけたリリーが座り込んだ拍子に魔術陣から手が離れ、役目を終えた樹兵たちが再び明るくなる森の光を嫌うようにして消えていく。倒れそうになる彼女の体を駆け寄った子供とセシリアが支えた。そこに少年とシャルも追いつく。
「リリー、あんな魔術が使えたのか?」
「……成功したのは初めてよ。理由は分からないけど、セシリアちゃんのおかげね」
「どういたしまして」
照れるセシリアの頭をリリーが撫でていると、震える男の声が響き渡った。
「あ……あいつら喋りやがったな! おい、お前ら動くんじゃねぇぞ! 動いたらこのガキを殺す!」
今しがたこの場所にたどり着き、リリーの魔術を目の当たりにした密猟者のリーダーだった男。男は彼女が助けた子供の片割れの体を抱え上げると、もう一方の手でその首にナイフを当てた。脅しじゃない。そう言うかのように、わずかにナイフの先端が埋まった子供の皮膚から血が流れ落ちた。
「さっきの魔術を使う気配を俺が感じた瞬間に殺すからな! 指一本動かすなよ」
もはやリリーには魔術を使う力は残っていなかったのだが、よほど樹兵が恐ろしかったのか。そのことを知らない男の表情は硬かった。
「痛い、痛いよ」
「お前っ! 子供を離せ! その子は関係ないだろ!」
泣きながら手を伸ばす子供の姿に少年が激昂する。隣に立つシャルもこみ上げてくる怒りに耐えるように歯を食いしばっていた。
「俺はこんなところで捕まる男じゃないんだよ! また身を隠して、一年、二年……いや何年かかっても構わねぇ! 再び仲間を集めて皆殺しにしてやるよ、森林警備隊ども!」
一度首だけ動かして後ろを確認した男は一本の大木に背を預けると、少年たちを見たまま幹に向かって握っていたナイフを突き刺そうとする。
「何をする気だよ」
理解不能な行動に少年たちは目が離せない。するとナイフを握った男の手は、時空が歪んだかのように音もなく木の中へ。何かを開くように手首を回す。その手が目当てのものを探り当て、男の顔に気味の悪い笑みが広がった。
「森林警備隊ども。ここから先はお前らじゃ、来ても死ぬだけだ。自分の命を犠牲にしても子供を救いたいなら話は別だがな。じゃあな!」
持てる言葉を駆使して挑発したのを最後に、幹の両端から伸びた樹皮が少年ごと男を包み込み、中へと引きずり込んだ。まるで奇術だ。急いで男がいた場所に駆け寄るが、二人分の足跡以外何も残ってはいない。
「ナイン、これはまさか……」
「ああ、ダンジョンの入り口だ」
「そんな……だって一年前まで来た時はもっと森の外側にあったわ」
信じられないと首を振りながら、遠くを指差すリリー。彼女の言っていることを疑っているわけではないが、現に入り口は目の前にある。ダンジョンに足が生えて、ここまで歩いてきた。そんな迷いごとを言うつもりは少年にはない。ならば新しいダンジョンが楽園級のすぐ近くに生まれたのか。もしそうなら子供の命がかかっているとはいえ、安易に潜れば全滅しかねない。この入り口の先にあるものが楽園級であるという保証が欲しい。焦る心を押さえつけ悩む少年の横で、セシリアが顔の前に手をかざして目を細めた。
影が顔を出す。それは影より現れた漆黒の樹兵。彼女の心の声一つで動く精鋭部隊が牙獣を取り囲んでいた。包囲網はリリーが腕を横に突き出したのを合図に、死角から音もなく忍び寄り切りつけていく。荒れ狂う攻撃器官を振り回すも、瞬く間に牙獣は沈黙。土煙を上げながら地面に倒れ伏した。やりきった。緊張の糸がほどけたリリーが座り込んだ拍子に魔術陣から手が離れ、役目を終えた樹兵たちが再び明るくなる森の光を嫌うようにして消えていく。倒れそうになる彼女の体を駆け寄った子供とセシリアが支えた。そこに少年とシャルも追いつく。
「リリー、あんな魔術が使えたのか?」
「……成功したのは初めてよ。理由は分からないけど、セシリアちゃんのおかげね」
「どういたしまして」
照れるセシリアの頭をリリーが撫でていると、震える男の声が響き渡った。
「あ……あいつら喋りやがったな! おい、お前ら動くんじゃねぇぞ! 動いたらこのガキを殺す!」
今しがたこの場所にたどり着き、リリーの魔術を目の当たりにした密猟者のリーダーだった男。男は彼女が助けた子供の片割れの体を抱え上げると、もう一方の手でその首にナイフを当てた。脅しじゃない。そう言うかのように、わずかにナイフの先端が埋まった子供の皮膚から血が流れ落ちた。
「さっきの魔術を使う気配を俺が感じた瞬間に殺すからな! 指一本動かすなよ」
もはやリリーには魔術を使う力は残っていなかったのだが、よほど樹兵が恐ろしかったのか。そのことを知らない男の表情は硬かった。
「痛い、痛いよ」
「お前っ! 子供を離せ! その子は関係ないだろ!」
泣きながら手を伸ばす子供の姿に少年が激昂する。隣に立つシャルもこみ上げてくる怒りに耐えるように歯を食いしばっていた。
「俺はこんなところで捕まる男じゃないんだよ! また身を隠して、一年、二年……いや何年かかっても構わねぇ! 再び仲間を集めて皆殺しにしてやるよ、森林警備隊ども!」
一度首だけ動かして後ろを確認した男は一本の大木に背を預けると、少年たちを見たまま幹に向かって握っていたナイフを突き刺そうとする。
「何をする気だよ」
理解不能な行動に少年たちは目が離せない。するとナイフを握った男の手は、時空が歪んだかのように音もなく木の中へ。何かを開くように手首を回す。その手が目当てのものを探り当て、男の顔に気味の悪い笑みが広がった。
「森林警備隊ども。ここから先はお前らじゃ、来ても死ぬだけだ。自分の命を犠牲にしても子供を救いたいなら話は別だがな。じゃあな!」
持てる言葉を駆使して挑発したのを最後に、幹の両端から伸びた樹皮が少年ごと男を包み込み、中へと引きずり込んだ。まるで奇術だ。急いで男がいた場所に駆け寄るが、二人分の足跡以外何も残ってはいない。
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