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第2章 動き出す者たち/ガダル大森林
第67話
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「シャル、その果実をどこから持ってきたんだ?」
「これですか? セシリアが頑張って採ってきてくれたんです。ほら見てください。こんなにたくさん。わざわざ往復して持ってきてくれたんですよ」
「たくさん、見つけた」
二人の背後にはノネズミを死に追いやった果実が十個ほど並べられている。それだけあれば、きっとこの場にいる三人を天に召すことなど容易いだろう。だがノネズミのおかげで毒だと気付くことができていた少年は枝を刺そうとしていたシャルの手から果実を奪い取る。
「ちょっと何をするんですか、ナイン。これだけあるんですから、一人一つは余裕ですよ」
「一人占め、ダメ」
「違うわ! 一人一つも食べないうちに死んじまう。さっき見たんだよ、この果実を食べたノネズミが死ぬところを」
少年の必死の説得を聞いていたシャルはああそういうことですねと言って笑った。その反応に戸惑う彼の手から果実を受け取り直し中央に枝を突き刺すと、起こしていた火の周りの地面に枝を挿して並べ始めた。
「これは『ライズの実』といって、このガダル大森林で稀に自生していることがある種類なんです。そのままですと果実に致死性の猛毒が含まれていますので、ノネズミが死んでしまったのはきっとそのせいですね」
「やっぱり毒が含まれていたのか。ならとっとと捨てて――」
「そのままでは確かに毒です。ですが、火を通すとほら色が変わってきているのが分かりますか?」
加熱していくとライズの実の色が変わり始めていた。まず紫色が消え、続いて藍色が。そして青色が続いて消えていき、消滅した色があった部分を他の色が補っていく。目の前で目まぐるしく変化を続ける果実はやがて赤一色となり、香りも強くなっていた。枝を地面から抜き、色が均一になっているのを確認したシャルは少年に差し出す。
「完全に赤くなったライズの実にはもう毒がありませんから食べれますよ。森で働く人たちの間では果実の王様と言われるくらい人気があるんです。さあ、どうぞ。食べてみてください」
ずいと顔の前に突き出される果実を見ても、少年の食指はすぐには動かなかった。確かに毒々しい見た目は解消されたが、加熱だけで毒が本当に消えたかどうか一抹の不安を感じたためだった。
「レディーファーストでどうぞ」
「どのタイミングで使っているんですか、まったく……。いいですよ、私が食べますから」
呆れ顔でシャルが果実を手元に引き寄せるが、
「お腹、限界」
空腹に耐えかねたか。シャルの手を引き寄せて、セシリアが赤い果肉にかぶりついた。果汁で口の周りを汚しながら、口いっぱいに果肉を頬張ったセシリアは頬に食べ物を溜め込んだリスのようだった。無言のまま何度も咀嚼していた彼女の目が突然大きく見開かれる。
「セシリア、大丈夫か!? ダメだったんだろ。すぐに吐き出せ!」
少年が慌てて背囊から水を取り出そうとしていると、セシリアは首を横に振る。口の中のものを全て胃に納めると感激したように目をキラキラとさせていた。
「美味、もう一個」
「はいはい、まだまだありますからね」
シャルからお代わりをもらって嬉しそうにするセシリアに少年は問いかける。
「本当に大丈夫なのか? お前、どこかボーッとしているところがあるから毒が回っていることに気づいていないだけじゃ……」
「セシリアは心ここに在らずということはありますけど、さすがにそこまで鈍感じゃありませんよ」
「いや、冗談だけどさ。よし、食べてみるか。どのみち万が一毒で死んでも、誓約の首輪でシャルも道連れだからな」
「なんだか釈然としない納得のされ方ですけど、食べてくれるのでしたらまぁいいです」
差し出された果実を今度こそ受け取り、そのまま一思いに噛み切った。口の中で崩れる果肉の中から果汁が弾け、濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。あまりの美味しさに少年は叫んだ。
「うまい! カザラじゃ、しなびた果物しか食べたことがなかったから、こんな瑞々しいのは初めてだ」
「ふふ。気に入ってもらえて良かったです」
結局三人は五つの果実を胃に納め、残りは保存用に背囊の奥底へ押し込んだ。シャルが作った食事も食べ終えると、しばし大木に背を預けて食後の休憩とする。チチチと遠くから鳥の鳴き声が聞こえていた。周囲が植物で遮られている状況は敵の接近には気付きにくいものの、人目を気にしなくて済むという点においては気持ちとして楽だった。
「これですか? セシリアが頑張って採ってきてくれたんです。ほら見てください。こんなにたくさん。わざわざ往復して持ってきてくれたんですよ」
「たくさん、見つけた」
二人の背後にはノネズミを死に追いやった果実が十個ほど並べられている。それだけあれば、きっとこの場にいる三人を天に召すことなど容易いだろう。だがノネズミのおかげで毒だと気付くことができていた少年は枝を刺そうとしていたシャルの手から果実を奪い取る。
「ちょっと何をするんですか、ナイン。これだけあるんですから、一人一つは余裕ですよ」
「一人占め、ダメ」
「違うわ! 一人一つも食べないうちに死んじまう。さっき見たんだよ、この果実を食べたノネズミが死ぬところを」
少年の必死の説得を聞いていたシャルはああそういうことですねと言って笑った。その反応に戸惑う彼の手から果実を受け取り直し中央に枝を突き刺すと、起こしていた火の周りの地面に枝を挿して並べ始めた。
「これは『ライズの実』といって、このガダル大森林で稀に自生していることがある種類なんです。そのままですと果実に致死性の猛毒が含まれていますので、ノネズミが死んでしまったのはきっとそのせいですね」
「やっぱり毒が含まれていたのか。ならとっとと捨てて――」
「そのままでは確かに毒です。ですが、火を通すとほら色が変わってきているのが分かりますか?」
加熱していくとライズの実の色が変わり始めていた。まず紫色が消え、続いて藍色が。そして青色が続いて消えていき、消滅した色があった部分を他の色が補っていく。目の前で目まぐるしく変化を続ける果実はやがて赤一色となり、香りも強くなっていた。枝を地面から抜き、色が均一になっているのを確認したシャルは少年に差し出す。
「完全に赤くなったライズの実にはもう毒がありませんから食べれますよ。森で働く人たちの間では果実の王様と言われるくらい人気があるんです。さあ、どうぞ。食べてみてください」
ずいと顔の前に突き出される果実を見ても、少年の食指はすぐには動かなかった。確かに毒々しい見た目は解消されたが、加熱だけで毒が本当に消えたかどうか一抹の不安を感じたためだった。
「レディーファーストでどうぞ」
「どのタイミングで使っているんですか、まったく……。いいですよ、私が食べますから」
呆れ顔でシャルが果実を手元に引き寄せるが、
「お腹、限界」
空腹に耐えかねたか。シャルの手を引き寄せて、セシリアが赤い果肉にかぶりついた。果汁で口の周りを汚しながら、口いっぱいに果肉を頬張ったセシリアは頬に食べ物を溜め込んだリスのようだった。無言のまま何度も咀嚼していた彼女の目が突然大きく見開かれる。
「セシリア、大丈夫か!? ダメだったんだろ。すぐに吐き出せ!」
少年が慌てて背囊から水を取り出そうとしていると、セシリアは首を横に振る。口の中のものを全て胃に納めると感激したように目をキラキラとさせていた。
「美味、もう一個」
「はいはい、まだまだありますからね」
シャルからお代わりをもらって嬉しそうにするセシリアに少年は問いかける。
「本当に大丈夫なのか? お前、どこかボーッとしているところがあるから毒が回っていることに気づいていないだけじゃ……」
「セシリアは心ここに在らずということはありますけど、さすがにそこまで鈍感じゃありませんよ」
「いや、冗談だけどさ。よし、食べてみるか。どのみち万が一毒で死んでも、誓約の首輪でシャルも道連れだからな」
「なんだか釈然としない納得のされ方ですけど、食べてくれるのでしたらまぁいいです」
差し出された果実を今度こそ受け取り、そのまま一思いに噛み切った。口の中で崩れる果肉の中から果汁が弾け、濃厚な甘みが口いっぱいに広がる。あまりの美味しさに少年は叫んだ。
「うまい! カザラじゃ、しなびた果物しか食べたことがなかったから、こんな瑞々しいのは初めてだ」
「ふふ。気に入ってもらえて良かったです」
結局三人は五つの果実を胃に納め、残りは保存用に背囊の奥底へ押し込んだ。シャルが作った食事も食べ終えると、しばし大木に背を預けて食後の休憩とする。チチチと遠くから鳥の鳴き声が聞こえていた。周囲が植物で遮られている状況は敵の接近には気付きにくいものの、人目を気にしなくて済むという点においては気持ちとして楽だった。
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