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1章 ダンジョンと少女

第41話

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 外にいるのであろう敵の姿が見えないために、相手が親衛隊かどうかは分からない。だが追手に見つかったことは直感で理解できた。凄まじい熱気。どんどん温度を上げていく空気は肺を内側から焼かれているようで息をするのも苦しくなってきていた。口に手を当てながら苦しむ二人の視界の中。家の壁がボロボロの炭となって崩れ去り、入れ替わるようにして分厚い炎の壁が立ちはだかる。

 「あっつ!」

 飛び出した火の粉が手にかかり、熱気から逃れるようにしてサラは大きく身を引く。今や家の壁は全て炎の壁に取って代わられ、出口に近付くことさえ叶わない。加えて壁は徐々にこちらとの距離を詰めてきている。時間が経つほど、こちらが不利。このままでは焼け死んでしまう。サラは素早く魔術陣を描き上げ燐光を走らせた。

 「水霊術——水牙狼!」

 荒ぶる水の獣が生まれ、炎の壁に向かって爪と牙を突き立てるも高温の壁に耐えかねすぐさま四散してしまう。

 「く……私の術では駄目か。びくともしない」

 「灰燼砂グランザイス!」

 サラと入れ替わるよにしてクラリスの魔術が発動。家の床を突き破るようにして砂の壁が炎の壁に立ちはだかる。瞬時に四方へ相当な物量の魔術を展開してみせた彼女にサラは舌を巻いた。

 「すごいな。さすが、殿下の近侍だ。これなら……っ!」

 壁に亀裂が走る。地割れを走るマグマのように瞬く間に灰燼砂を粉々にして崩壊せしめる。

 「殿下の近侍なら帝国兵装は?」

 「殿下が捕まった時点で押収されています。このままではまずいです。早く次の手を打たなくては……。サラさん何を」

 「最後の悪足搔きだよ」

 サラの手元から光がほとばしる。家が炎によって完全に崩れ落ちる中、彼女たちが脱出する姿を見た者は誰一人としていなかった。




「あれ? ここ……」

 「どうした? また何か気付いたことがあったのか?」

 「はい。あそこなんですけど」

 顎を上げたシャルの目線を追う。岩壁には第一階層と基本的に変わらないものの、星空の動きと同期したように明滅する岩が存在していた。が、彼女の視線の先にはぽっかりと光のない空間が鎮座していた。まるで切り取られたか、星が消滅したかのように。微かな光もありはしない。

 「あの空間にも星座がありますから、本来であればそれに対応した岩と光があるはずなんです。なぜかって言われても分からないんですけど」

 「岩はあるから光っていないだけか。んー。本当ならあそこには何の星座があるはずなんだ?」

 「ええっと……確かディーズ座だった気がします。私もうろ覚えですので、合ってるかどうかは自信がないんですけど」

 「誰だ、そいつ? 昔の偉い人かなんかか?」

 「違いますよ。神話に出てくる獣です。神様によって倒されるお話があったと思うんですけど、昔母がその話を聞かせようとしてくれた時怖くて途中で逃げ出してしまったのであまり内容は覚えていないんですけどね」

 「へぇ、神様ね。神話って昔のものばっかりだけど、今の神様はストライキ中なのか?」

 「基本的に神話はこの世界ができる前のことを題材にしたものが多いですからね。数千年後には今の神様の神話が新しくできているかもしれませんよ」

 「数千年後ね。十年後でさえ生きているかどうか怪しい俺には関係ない話だな。って喋ってたら、もうか……。ほら、あそこに見えるのがこのダンジョンの出口だ……」

 指し示された先にあるのは細くたなびく光。目を凝らすと、その周囲の岩壁だけが時折波打つように揺らいでいた。ついにプラチナ級ダンジョンを攻略した。本来であれば目標を一つ達成した喜びに浸ってもおかしくはなかったが、少年の声は浮かなかった。それもそのはず。ここにたどり着くまで結局皇后がダンジョンに来た目的、そして殺された原因を解き明かす手がかり、どちらも得られなかったのだから。

 「そんな顔しないでください。ナインがいたから私はここまでたどり着くことができましたし、辛かったですけど掟を知ることができました。現実と理想の溝をあなたが埋めてくれたんです。お母様に関する手がかりは次のダンジョンへ希望を託します。手帳に記されていたダンジョンはここ一つではありませんから」

 「そう言ってもらえると救われるよ。俺も久しぶりに攻略の楽しみを思い出すことができた。シャルと潜ったからだ、ありがとう」

 感謝にシャルは笑顔で頷いた。
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