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1章 ダンジョンと少女

第30話

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 道を抜け、天蓋や側面の壁から鋭利な岩が所々突出している場所に出る。服や皮膚を引っ掛けて傷さえ作らなければ無視で構わないこの空間。すでに見飽きた少年に対して、初めて見る光景にシャルは目移りしていた。

 岩の上で踊る光は触っても熱さは感じない。それでも触り続けていると、岩の内側から溢れてくるのか、それとも周囲から集まってくるのかは定かではなかったが明るさが増すから不思議だ。魅力的な未知の世界。この攻略が何のしがらみもない純粋な攻略だったらどれだけよかっただろうと少し思ってしまうほどだった。

 「おーい、シャル。あんまり遅れるなよ。あと前」

 「え? きゃあぁぁぁ!」

 振り向き目の前にあったのは、黄色のまん丸な眼球に黒い瞳。お腹にある袋に体内で合成した気体を入れることで浮かぶことができる<袋蛙>が、シャルとにらめっこするように漂っていた。基本的に人間に攻撃を仕掛けてはこないが鮮やかな皮膚はお世辞にも可愛いとは形容しがたかった。岩陰からプカプカと浮かびながらシャルに近付く袋蛙の姿は無論少年には見えていたが、教えなかったのはダンジョンへは観光ではなく攻略に来ているのだということを彼女に再認識してもらうためだった。

 「ちょうどいい。岩陰に隠れている奴も含めて全部で五匹いるから、ナイフで倒してみろよ」

 「ううう、教えてくれてもいいじゃないですか。ちょっとよそ見してただけなのに」

 「死んだ後じゃ、そんな言い訳誰も聞いてくれないぞ」

 危うく両生類とキスをするところだったシャルが恨めしげな声を上げるが、少年は意にも介さない。彼女の戦いぶりを観察するため近くの大岩に飛び乗るとあぐらをかいた。シャルは唇を尖らせながらナイフを引き抜くも、構えた時にはすでに真剣な顔に戻っていた。刃を水平に構え、手始めに目の前にいた袋蛙を横に掻っ切った。

 「グエッ」

 醜い鳴き声とともに袋ごと体を切り裂かれた袋蛙は地面にぽとりと落ちると、徐々にその体を光の粒子と化していく。あとに残ったのは豆粒ほどの小さな霊子結晶。それを拾い上げると、岩陰に隠れていた袋蛙も難なく見つけ五個の結晶を回収してみせた。

 「おお、やるな」

 「袋蛙みたいに早く動くことのない魔物でしたら、私でもナイフを使って仕留めることができそうです。そんなに驚くことですか?」

 「そりゃ、驚くよ。ナイフを一応使えるって言ってたけど、ついこの前まで皇女として城で暮らしていた女の子が怯えることなく魔物を倒せば。ナイフの使い方はどこで覚えたんだ?」

 「狩りの授業を受けたことがありまして、そこで」

 知識や技術は基本的に見て盗むか金を払って頭を下げることで手に入れるものだという感覚が強い少年は、彼女の答えになるほどねとだけ返した。

 「なので羽兎の解体ぐらいでしたらできますよ」

 「え!? 羽兎!?」

 カルチャーショックにも似た衝撃を受けた少年はしばし開いた口が塞がらなかった。昔一度だけ見たことがある羽兎。その姿といえば愛らしい瞳に艶々の毛並みをたたえた可愛らしい魔獣であった。ダンジョンでの実入りが少ない時、美味と聞いていた羽兎を売って生活費の足しにしようと考えたことがあったのだが、その愛くるしさを見た瞬間狩りの気力を根こそぎ吸い取られてしまった記憶が頭をよぎる。

 (結局あの時は空腹のまま眠ったんだっけ……)

 正直羽兎の解体ができるという発言は金槌で頭を殴られた気分だった。血に濡れたナイフを扱うシャルの立ち姿が処刑人に見えてくるから不思議だ。

 「でも皇族や貴族だったら女性らしくお淑やかにみたいなことを言われそうだけどな。狩りの授業なんてよく許してもらえたな」

 「お父様は渋い顔をしていらっしゃいましたけど、お母様は私のやりたいことを比較的やらせてくださったので。大人になったら、どうしても周りの目というのがありますから子供のうちに興味を持ったことを可能な限りという考えだったのかもしれません」

 「そっか、皇后様は優しい人だったんだな」

 「はい、優しい人でした。私は少しでもお母様のようになりたいと思っています」

 大岩から滑り降りた少年は頷く。

 「きっとなれるよ。それだけ近くにいい見本があったなら。それじゃ次の場所へ進もうか」

 続く空間につながる道に二人の姿は吸い込まれていった。
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