若手俳優はニコイチの教科書が欲しい

素笛ゆたか

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第5話 おしまい★

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 ブラックボックスルーム。

 央夏から聞いた、数年前に若手役者二人が入れられた、謎の施設。
 
「ここは、ホテルの地下ですが……」
「ああ、そこですそこです。合ってます。ブラックボックスルームと呼ばれる場所」

「っ、辺境の地にあるデカイ施設じゃなかったんですか……!」
「そんな立派な施設を買うお金なんて、あるわけないじゃないですかー。うちは少数精鋭の小さな事務所ですよ?」

「……!」

 
 マネージャーとの電話を急いで切り上げ、竜之介は動揺のあまり廊下へ飛び出した。が、ドアを開けてすぐに人とかち合った。
 そこに立っていたのは、ホテル従業員の老紳士だ。
 セバスチャン、と呼びたくなるほど、出立ちがかっこいい初老の男性だった。

「あ、あのっ。俺、こ、ここがブラックボックスルームだなんてまさか」

 老紳士は慌てる竜之介を一瞬で観察し、状況は分からないものの、落ち着かせることにした。

「? ああお客様、大丈夫ですよ。問題ありません。ブラックボックスルームですね、確かにこの部屋です」
「何がどこが問題ないんっすか⁉︎」

 恵まれた体格の竜之介は、伴って声も大きい。廊下の端から端まで強く響き渡る。
 動じない老紳士の従業員は、その客室を懐かしそうに見つめた。

「実体験からも、問題ないですよ。私も役者だった頃、そこへ入ったことがあります」

「……えっ……。
 まさか、あなたが数年前、TYO BIG LOVEプロモーションに所属していたっていう役者さん……?あのブラックボックスルームに入れられた⁉︎」

「はい、そうです」
 老紳士は少しはにかむと、一礼をする。
 
「だけど、年齢がっ……失礼ながら、あなた、50代くらいですよね?」
「ええ、そうですよ。だから役者をやっていたのはもう20年前ほどですね」
「はあ⁉︎ おい央夏⁉︎ 全然『数年前』の出来事じゃないじゃん!」
 
 ブラックボックスルーム内に残って寝たままだった央夏は、酒缶にさしたストローをあたりめのように噛みながら答えた。

「え~~20年前なんて、つい最近じゃないか~~~」

「これだから親父は駄目だっ‼︎」

 竜之介は、扉を拳で叩いた。その深刻そうな姿は、何かのドラマのシーンかと思えるほど、絵になっていた。

 
「じゃ、じゃあ……あなたは20年前……お相手の役者さんと一緒にブラックボックスルームに入れられて……よくわかんねえけどAからCまで達成したんですね⁇ おめでとうございます⁉︎ たった二日間で⁉︎
 どうしよう、俺達もよく分からない力でそうなってしまうのかっ?」
「え、あの、お客様……?」
「ああああ」

 老紳士が何かを伝える前に、竜之介は扉を勢いよく閉めてまた部屋に閉じこもった。
 廊下に残された老紳士は、もはや何の弁明もできない。
 



 その時、「どうした?」と、老紳士に声をかけた者がいた。

 こちらも同じくホテル従業員。老紳士と同年代くらいの、眼鏡をかけた男性だった。
 困惑していた老紳士は振り向き、眼鏡をかけた従業員を見つめた。

「いや、このブラックボックスルームにTYO BIG LOVEプロの子達が泊まっていてね」
「ああ、懐かしいね。俺達も泊まったなあ」
「それがさ、ここに泊まってる若い子が言うには、私達がここに泊まった二日間で何故かベットインまで済ませたんだ、と」
「はい? 何だいそれは。そこら辺のエロ親父が適当に考えたエロ話みたいだな」
「だよなあ……噂は尾ひれが着くとはいえ、まさかそんな面白い話になっているなんて。
 ブラックボックスルームってのは、ただの地下秘密部屋という意味だけなのに」

 老紳士は喉の奥で笑いを咬み殺した。
 二人は旧知の仲のため、気兼ねなく話し合う。

「俺達、あのBLドラマで仲良くなって、それから別ドラマの親友役……今ではニコイチって言うんだって? ニコイチ役もやったね。
 二人でたくさん話合いをして、宣伝したり演じたりしたな」
「そうだったなあ。今でもたまにSNSで評価されているのを見かけるよ。私達は、生きたニコイチの教科書だった、って」
「それはありがたい褒め言葉だ」
「今ではこうやって同じ一般の職場で働いているのも、何かの縁だよなあ」

 二人は皺を深くして笑い合った。共に重ねてきた年月を感じる空気感だった。

「ああそうだ。来月もまた、お互いの孫達を連れてバーベキューをしよう。そちらの嫁さんは元気?」
「元気だよ。今ヨガにハマってる。
 次のバーベキューの会場はどこにしようかな」
「まだまだ焼肉が受け付ける体を保てて、良かったよ。一生現役でいこう」

 役を超えて、生涯の親友として付き合う二人は、笑いながらスタッフルームへと消えていった。
 



 
 
 
 竜之介は央夏へ、これでもかというほど顔を近付けて宣言した。

「絶対に事務所の策略にはのらないっ。
 央夏。俺とお前で、本当のニコイチとは何かを突き詰めよう!」
「う? うん。はい」

「央夏、お前が親父だろうがなんだろうが、関係ない。
 俺がしっかり守ってやるからな!」
「……はい」

 更に酔いが回ったのか、央夏の顔はますます赤みを増してきている。
 その潤んだ大きな瞳に吸い寄せられそうになり、竜之介は慌てて肩を掴んでいた両手を離した。
 ブラックボックスルームの事実を知ったせいなのか、心臓が早鐘のように鳴っている。
 
 竜之介は一旦、首を激しく横に振って、淀んだ脳内をリセットしようと試みた。

 ーーーー『アーノ』は頼れる親友だけど、こいつは違う。俺が世話を焼いてやらないと駄目だ!
 
 竜之介は央夏の口からストロー酒を奪い取り、強く意思表明をした。

「ニコイチとは魂の片割れなんだよな。心を繋げよう……心だけを!」

 竜之介が目の前で何やら元気にしているのが面白い。クールに格好つけて仕事をするよりも、そんな印象を崩すように本性で喋って欲しいと、央夏は思う。その方が、ファン層も広がるだろうに。

「うんうん、わかった竜之介。よくわからないけれどわかった。多分。
 一緒に上手くやっていこ」

 央夏は思わず、作っていない素の笑顔をふわりと見せた。

「央夏っ……」

 竜之介は結局我慢ならず、そんな央夏を自分の胸の中で守るように両腕で強く強く抱きしめた。
 
 
 さて、ニコイチとは。
 
 
 
 
 
 



 
 舞台PR仕事の一日目が終了した。

 地下の一室で濃い二日間を共に過ごす、ニコイチ役の二人は、どんな素晴らしい舞台を魅せてくれるのだろうか。
 
 ーーーーだが、PRの記録は、何故か一日目で途切れてしまった。
 
 二日目の記録が全くないのは、写真も動画も何も残っていないからだ。
 それはマネージャーすら知りえない、ブラックボックスと化した。
 

 想像の余地があった方がいい、と誰かが囁く。

 余白の美、というものである。
 
 
 
 
 




<<おしまい>>
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