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第3話

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 器用に片手でスマホを使い、ホテルのフロントへ電話をかけると、すぐにホテル従業員の一人が駆けてきた。

「すいません、ホテルにご迷惑をかけまして」

 央夏が謝ると、老紳士な従業員が深くお辞儀をした。

「お客様、ご安心を。想定済みです。事務所様からこういう事態についてレクチャーを受けております」
「さすが」

 従業員は素早く二人を地下の特別室へと案内した。地下客室が存在するとはホテルの案内のどこにも書かれておらず、行くためには何箇所もセキュリティーロックを通過せねばならない。
 


 あっという間に部屋移動が終わる。
 竜之介はあまりもの早さに呆然としていた。

「は? どういうこと? 何があったんだ?」
「さっきの写真からホテルの場所、部屋番号が割れた」
「マジで⁉︎」

 竜之介は長身を折り、大声で叫んだ。
 特別地下客室のために隣室などは存在しないので、声を抑える必要もない。叫びたい放題だ。
 
 大きな息を吐いた央夏は、また丁寧に足を揃えてベッドへ着席した。

「画像を加工してコントラストを上げると、さっきの部屋の壁に飾ってあった絵画が、バスボムの包装ビニール部分に反射してたんだ。絵画は部屋ごとに違うからな」
「こっわ! ファンはそんなんで部屋を特定するの? はああああ⁉︎ もう探偵じゃんっ」

 この作品の原作ファンは比較的マナーがよく、まさかホテルへ突撃はしてこないだろうが、念のための部屋替えだった。

 ホテル側が言うには、ここは業界関係者や大物政治家などしか使用できない秘密部屋なので、一般人にバレることはない。
 ここにはもう誰も入って来られないので、落ち着いてPR仕事の続きに集中できる。
 


 ふとスマホを見ると、マネージャーから着信がきていたので、部屋を移った旨のメッセージだけを返しておいた。
 
「よし、竜之介。写真は結構撮れたから、後は動画とかを撮っておこうか。今風のニコイチは、一緒にダンスしたりするらしいしな」
「へーニコイチの間柄って、結構可愛いこともするもんなんだな。
 いいじゃん、動画撮ろ。どのダンスがいい?」
「何かこう、……こういうやつな」
「……」

 央夏は手足を外へ曲げてよく分からない虫のような動きをした。盆踊り、もしくはこういう現代アートなのかもしれない。

 
 竜之介が主体となり、流行の踊りを踊って動画を事務所へ提出した。
 マネージャーからは一言「自ら動くなんて素晴らしい!」と返ってきた。大袈裟だが事務所から評価されたことで、竜之介のテンションは徐々に上がってきた。


  
 と、スマホのアラームが鳴った。
 央夏が仕事終わりの時間に合わせて、設定しておいたらしい。
 
 アラーム音の鳴り始めを聞いた央夏は、いきなり姿勢を崩してベッドへ飛び込んだ。オンとオフの態度はしっかり分けているらしい。

「今日のお仕事、終了。
 本当に楽だなこの仕事。ホワイトだ」
 


 その後は適当に注文した夕飯を食べ、順番に風呂へ入った。
 例のバスボムは使わなかったが、央夏は透明なビニールで包装されたままのそれを、バスタブの横に飾っておいた。
 竜之介は黄金に輝くバスボムを見つめながら、ただの白湯に浸かった。その金色を視界から外せなかった。
 
(宮島 央夏……)

 竜之介はゆっくりと瞼を伏せ、相方の名前を心で呟いた。
 




 風呂から上がると、央夏がヨーグルトを食べながらカーテンを開け、外の風景を見ていた。美しいビル群の夜景がそこにある。

 体も温まり、心地よくなった竜之介は、央夏に声をかけた。

「おい央夏、地下なのに何で夜景があるんだよ」
「ああ、これ壁紙な。高画質写真の引き伸ばしだから本物に見えるね」

「はー、すっげ。ホンモノじゃん。
 ああ、ここで写真も撮ろうか。『トーラー』って結構高いところに立ってるイラスト描かれてるしさ、こういう構図もエモそう。
 ここではあえて役の雰囲気で撮るといいかもな」

 ツーブロックの髪を備え付けのバスタオルでガシガシと拭きながら、竜之介は楽しそうに提案した。

「なんだ、君も君なりにちゃんと研究してるじゃないか」
「俺は原作コミックスだけしか読んでねえけど。
 まだ20周しただけだし」
「いや……えらいね」

 央夏は思わず、子ども相手のように褒めてしまう。竜之介はどこかくすぐったかった。
 
「それにしても、竜之介にはバラエティとかでトークをさせないってマネージャーが言っていたが、その指針が分からないな。 別に喋り方を聞いていても、頭悪くないよな? 結構面白い部類だと思うのだが」
「ああ、なんつーか、喋ると美形長身俳優のイメージが崩れるらしい。俺はどうも、元気なツッコミ気質だって……」
「ああわかる、確かに元気! 外見はクールそうなのにツッコミだ。いや、とてもいいよ!」

 包み隠さず大笑いする央夏を、バツが悪そうな顔で竜之介が睨んだ。
 ひとしきり笑った央夏は、食べていたヨーグルトの容器をサイドテーブルに置く。
 
「さて。竜之介の案に乗って、ここは役として『えもい』写真を撮っておくか」

 央夏は一息吐くと、急に『アーノ』の顔つきを作る。大人びた少年の顔。

 ここはホテルの地下室ではなく、高い塔の上だと強く想像をする。そこに立って地上を見つめ、本当は怯えつつもそれを隠して余裕を見せている『アーノ』。央夏は理論的に最適解の仕草を導き出す。

 
 竜之介も合わせて『トーラー』の顔を作った。

 まだ演技は未熟だが、自分の中にある『トーラー』は高所から見下ろす風景に、心から生き生きと喜んでいた。
 
 そして『トーラー』と『アーノ』がそれぞれの表情で寄り添った写真を、スマホへ何枚か収めた。
 
 二人は自然と背中を合わせ、遥か先の道を指差した。
 目の前はただの人工的な風景写真なのに、本当に塔の上で笑い合っている気がした。どうしてか、楽しかった。
 
 竜之介は、こういうのがニコイチなのかという想いが頭を掠めた。

 撮った画像は何度も見返してしまった。



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