上 下
2 / 5

第2話

しおりを挟む

 竜之介は185センチの高身長と、生まれ持ったハッキリしている目鼻立ち、そして蕩けるような美声を合わせて最高のビジュアルをしている。営業スマイルだとしても、少し口角を上げるだけで、見た者の心を射抜いてしまう。顔だけで主役をとってしまうのも納得の、天性の美形だ。
 
 実は央夏は、そんな竜之介をなるべく直視したくないと感じていた。
 しかし先輩として、態度に出さないように努めるしかない。

「うん、お互いに頑張ろう。僕は君の先輩だ。しっかりリードするよ。
 ほら……好きなご飯奢ってやるから」
「あのさ央夏。奢りっつったって、この一週間の食事は全て事務所もち」
「……奢ってやるから好きなのを頼みなさい」
「言いたかっただけかよ! 
 んじゃ、俺、焼肉定食弁当にしよーっと」

 央夏は、ホテルの密室で焼肉弁当はにおいが籠ると思ったが、あえて言葉にしなかった。
 自分は先輩だから、と。 
 



 
 食事を取りながら、二人は演じるキャラクターについて話し合いをした。

「『アーノ』は誰もが見惚れる極上の金髪で、とても可愛い顔をしているが、性格は男前だ。主人公の『トーラー』を親友としてしっかり支えている」

 竜之介は自分より背丈が小さい央夏を見下ろし、つむじから髪先までを見定める。

「央夏の金髪、そのまま使えるよな。
 俺の『トーラー』は紫髪の独特な髪型。ウィッグになるから蒸れそうだな。ハゲそうで怖~」
「君の髪型は全然違うな。竜之介が今しているその頭、その刈り上げくんの髪型は何なんだ?」
「いやこれどう見てもツーブロックっしょ。大丈夫?あんた……」

 誤魔化す時、央夏は、とりあえず人が良さそうに微笑めばいいと思っている。

 
「竜之介、SNSでサーチはしているかい?
 今月号の原作漫画で、『トーラー』が『アーノ』にあげた水晶の話は知っているか?
 その贈られた水晶は『アーノ』の髪に見立てた黄金色で、ファン達は、ニコイチが尊い……と涙している」

 竜之介は身を乗り出した。
 一般人だった頃はただ何となく写真を撮ってアップするだけだったSNSが、今や仕事の情報収集ツールと化すことを学んだ。

「へー!『トーラー』から『アーノ』へプレゼントか!金色の水晶ねえ。
 何かに使えそうだな。俺らも水晶買ってくるか? でも今月発売したばかりの原作ネタを再現しちまうと、ネタバレがヤバイか」
「いや……、そうだな、わかる人にだけわかる写真を撮ろう」
 
 言うなり、央夏は事務所が持たせたキャリーケースの中身を漁った。さすが事務所はマネージメントのプロだけあって、ケースの中には、あらゆる方向性の物品が詰められていた。

 央夏は、金色パッケージのバスボムを取り出した。

「うん、それっぽいな、このバスボム。ちょうど水晶に見立てて使えるんじゃないか」
「ああ?これで一緒に風呂に入れって⁉︎」
「ははは、おいおい、何言ってるんだ竜之介。これを君から僕にプレゼント、という体の写真を撮るんだよ。
 ほら、こっちへ来い」

 央夏は竜之介を手招き、事務所支給のスマホで自撮りを始めた。
 竜之介は持たされたバスボムを央夏へ突き出した味気ないポーズをしていたため、央夏が手を添えて形を整えてやった。
 央夏はバスボムの上に自分の金髪が少し垂れるようにして、更に二人の肩と肩とを遠慮なく触れ合わせた。

「……」
「竜之介、距離が変に空いていると、不自然な写真になる。仲が悪いって邪推されてもつまらんだろう」
「……ああ」
「緊張は写真でも映るから、リラックスしなさい」
「そんなん分かるもんかよ」
「分かるんだよ。ファンの目を侮るな」

 そつなくこなす央夏に、竜之介は感心するしかない。
 まるで動じていない彼に比べて、自分は大分ぎこちなかった。

 
「……あ、央夏、待って。そのまま画像アップするつもりかよ? 俺に加工させて」
「いいけど、最近の人がやってる人形みたいになる写真加工は止めてくれよ。夜に暗闇から追ってきそうだからね」
「は? めっちゃかわいいじゃん、目デカ加工」
「いややめよう。流行の顔の比率がおかしい加工、本当にやめよう。そのままでいい。本当に。
 明るさだけをイジって、後はそのままでいこう」

 控えめな加工も終わり、早速マネージャーへ画像を送付すると、すぐに事務所アカウントから投稿された。所属事務所は動きが早い。
 
 #ニコイチ #トラアノコンビ
 #りゅうおうコンビ #竜之介からのプレゼント #ありがとう #金色 #今日のお風呂はこれに決定!
 ……と、タグつけされている。
 
 早速エゴサーチをしてみると、ファンが狂喜乱舞している。
 
 竜之介から央夏へのプレゼントとされたバスボムは、「今日の風呂で使う」だろう事はタグから分かるのだが、「央夏が一人で使う」とは、書いていない。そして二人は、写真から読み取ると、ホテルの同室に宿泊している。
後はご想像にお任せをする。
 余白があってこそ、盛り上がるものもある。
 
「……俺は今、プロの仕事を見させてもらってる……」

 唖然とする竜之介の横で満足そうにしていた央夏だったが、すぐに態度を変えた。


「——っ、いや、いかんなこれは」


 竜之介は「何が?」と思った。ふと見ると、ファンの呟きの中に気になるものが混ざっていた。

「おー、投稿後一分で、もうどこのバスボム商品なのか特定されてんの! すっげー。ニコイチバスボムって言われてるの笑うわ。
 え? バスボムのオンラインショップのサーバーが落ちたって?」
「違う馬鹿! 早く部屋を出るぞ!」

 央夏はお互いの荷物の区別を厭わず、全ての物品をバックへ詰め込んだ。状況が飲み込めていない竜之介の手を引く。

 央夏は自分よりも一回り大きい竜之介を軽く引っ張り、部屋から飛び出した。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

籠中の鳥と陽色の君〜訳アリ王子の婚約お試し期間〜

むらくも
BL
婚約話から逃げ続けていた氷の国のα王子グラキエは、成年を機に年貢の納め時を迎えていた。 令嬢から逃げたい一心で失言の常習犯が選んだのは、太陽の国のΩ王子ラズリウ。 同性ならば互いに別行動が可能だろうと見込んでの事だったけれど、どうにもそうはいかなくて……? 本当はもっと、近くに居たい。 自由で居たいα王子×従順に振る舞うΩ王子の両片想いBL。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

処理中です...