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†堕落†
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傍らで呆然とする緋桜と柩を残して、ぎゃあぎゃあと一戦をやらかす懐音と朱音。
それを見ていた緋桜の表情が、人知れず緩んだ。
「…良かった…」
「何がだ?」
顔を突き合わせて喚く懐音と朱音の二人を見やりながら、柩が緋桜に尋ねる。
「俺はまた、愚かなことをしてしまう所だった…
あの人の言う通りだ。自分の責任から逃れて、ただ死ぬだけなんて…甘かった。
それに、何よりも…」
「“朱音をこれ以上悲しませなくて、良かった”…か?」
死神の長である柩が、緋桜へと初めて微笑みかける。
それに、緋桜は感謝しながらも、素直に頷いた。
「…うん。朱音が元気で…良かった」
「…まあ、そう思ってくれればな。
懐音も、自分の寿命の一部をお前に与えた甲斐があったってもんだ」
「!え…」
緋桜は思わず、自分の耳を疑った。
それに柩は、必要以上に口を滑らせてしまったことに、苦笑いをしながら付け加える。
「…ああ、少し喋り過ぎたな… 悪かった」
「いえ! そんな…、そんな…ことは…!」
緋桜の手が僅かに震える。
青ざめたその顔色は、今の緋桜を構成しているその全てとは、まるっきり真逆なものだった。
「…どうか… どうかその意味を…教えて下さい…
お願いします!」
「…、それは真意か? それとも、ただの興味…」
柩は何故か、測るように緋桜に問う。
それに緋桜は、縋るように柩の腕を掴むと、真剣な表情で、こう答えた。
「興味なんかじゃない! これは本心からです!」
「…、そうか」
柩は、どこか納得したように呟くと、冷めた瞳を隠そうともせずに話し始めた。
…そこには確かに、普段の柩とは違った、死神の長としての一面があった。
「…お前たち人間という種族は、ゲームや漫画とかいう一部のメディアによって、死というものを簡単に捉えてしまう傾向があるようだ。
逃れるため、安堵するため、救われるため…
己の感情をその為だけに向け、安易に死を選ぶ者も多い」
「……」
まさに己がそうであるため、緋桜は心境を見透かされた気さえしながらも、いたたまれなさに目を伏せる。
…ここで柩は、何故かその瞳を殊更に鋭くした。
「…だがな、現実の死の指す意味は、ゲームや漫画とかいう…いわば娯楽の一環のそれとは遥かに違う。
リセットなど出来ないし、ましてやそれは、映像や紙の上での架空の人物に置かれた、現実味のない実情でしかない」
「……」
緋桜は言葉を繋げない。
それに柩は、つと、瞳に浮かんだ鋭さを消失させると、死神の長に相応しく、淡々と言葉を紡いだ。
「そこに共感し、涙することさえあったとしても、それはあくまで、話の流れで死を意識しているだけだ。
それが決定的にそうである理由としては…分かるだろう。
漫画やゲームなどでは、“リアルに亡骸は残らない”」
「!…」
「そういったメディアでは、感情に訴えるものこそあれ、それを冷静に見据えれば、それは絶対的に現実ではない…
普通の人間が死んだら、やり直しも生き返りも出来はしない…
それを真に知ってか知らずか、最近じゃ、自分から死ぬことを望む輩が多すぎる。
そして、“氷皇”…お前もそのうちのひとりだ」
「……」
緋桜に、名と姿を変えた“氷皇”が俯く。
「…簡単に死ねる奴らはな、残された奴らの気持ちなんて考えもしないんだ。
お前も知っているだろうが、人間の世界には、病気や戦争、それから事故や天災で、生きたくても生きられなかった奴らがごまんといる。
なのに、まだ生きられるのにも関わらず、己の感傷のみで命を投げ出すような行為は…
そういった奴らに対して、失礼なことだとは思わないか?」
「…す、すみません…、柩さん…」
懐音とのやり取りから、柩の名を覚えたらしい緋桜は、その柩に対して、申し訳なさそうに詫びる。
それに柩は、頑なになりかけたその空気を幾分か和らげると、その口元に僅かな笑みを浮かべて、緋桜の頭に手を置いた。
「…悪いな。言い方はこうだが責めている訳じゃない。
何というか…人間が死ぬというのがどういうことなのかを、俺たちの目線から分かって欲しくてな」
「…はい」
柩の手から通した温もりによって、感情が和らいだらしい緋桜が微笑んだ。
それを見た柩は、満足そうに手を下ろすと、今度は懐音と朱音の二人に聞かれないようにか、わずかに声を潜めて囁いた。
「…死ぬこと、死なせること自体は簡単だが、生き返らせるとなれば、それは容易なことではないし、人間の手では無理だ。
人間に出来るのは、せいぜいが仮死状態から生き返らせることくらいだろう?
だから完全な、生死に関わることとなると、言うまでもなくそれは俺たちの管轄になる」
「……」
「懐音は簡単にお前を生き返らせたが、本来ならあの術だって、そんじょそこらの奴に出来る代物じゃない。
…そういった意味では、お前は誰よりも幸運なんだ」
「…、はい」
緋桜は、ただ頷き答えることしか出来ない。
一度は軽んじてしまった己の命が…
どれほど重いものであるのかを知ってしまったから。
「…先程、俺が口を滑らせてしまった通り、お前を生き返らせる代償として、懐音は自らの命を削った…
一度死んだ人間を生き返らせる… つまり理に反したことを行うには、懐音ほどの奴でもそれ程のリスクが付きまとうということだ。
…でも、あの懐音のことだ。恐らくお前に恩など着せる気は更々ないだろうし、お前が恩など感じた所で、鬱陶しがるのが関の山だ」
「そうですね」
緋桜はそこだけは即答した。
懐音を見ていれば分かる。実質、照れ屋なのかどうかは、会ったばかりなだけに定かではないが…
見た感じでは確かに、それも確実に人からの感謝などは鬱陶しく思うタイプだ。
「…懐音は恐らく、今後もその事実をお前に言うことはないだろう。
だが俺は、あえてお前に話した。だからこそ…俺の言いたいことは分かるだろう?」
「…はい。二度と死のうだなんて考えません。
あの人から貰った、この命…
今度こそ大切にして、全うします」
まるで約束を交わすかのように、緋桜は柩の目を真っ直ぐに見つめた。
それを見ていた緋桜の表情が、人知れず緩んだ。
「…良かった…」
「何がだ?」
顔を突き合わせて喚く懐音と朱音の二人を見やりながら、柩が緋桜に尋ねる。
「俺はまた、愚かなことをしてしまう所だった…
あの人の言う通りだ。自分の責任から逃れて、ただ死ぬだけなんて…甘かった。
それに、何よりも…」
「“朱音をこれ以上悲しませなくて、良かった”…か?」
死神の長である柩が、緋桜へと初めて微笑みかける。
それに、緋桜は感謝しながらも、素直に頷いた。
「…うん。朱音が元気で…良かった」
「…まあ、そう思ってくれればな。
懐音も、自分の寿命の一部をお前に与えた甲斐があったってもんだ」
「!え…」
緋桜は思わず、自分の耳を疑った。
それに柩は、必要以上に口を滑らせてしまったことに、苦笑いをしながら付け加える。
「…ああ、少し喋り過ぎたな… 悪かった」
「いえ! そんな…、そんな…ことは…!」
緋桜の手が僅かに震える。
青ざめたその顔色は、今の緋桜を構成しているその全てとは、まるっきり真逆なものだった。
「…どうか… どうかその意味を…教えて下さい…
お願いします!」
「…、それは真意か? それとも、ただの興味…」
柩は何故か、測るように緋桜に問う。
それに緋桜は、縋るように柩の腕を掴むと、真剣な表情で、こう答えた。
「興味なんかじゃない! これは本心からです!」
「…、そうか」
柩は、どこか納得したように呟くと、冷めた瞳を隠そうともせずに話し始めた。
…そこには確かに、普段の柩とは違った、死神の長としての一面があった。
「…お前たち人間という種族は、ゲームや漫画とかいう一部のメディアによって、死というものを簡単に捉えてしまう傾向があるようだ。
逃れるため、安堵するため、救われるため…
己の感情をその為だけに向け、安易に死を選ぶ者も多い」
「……」
まさに己がそうであるため、緋桜は心境を見透かされた気さえしながらも、いたたまれなさに目を伏せる。
…ここで柩は、何故かその瞳を殊更に鋭くした。
「…だがな、現実の死の指す意味は、ゲームや漫画とかいう…いわば娯楽の一環のそれとは遥かに違う。
リセットなど出来ないし、ましてやそれは、映像や紙の上での架空の人物に置かれた、現実味のない実情でしかない」
「……」
緋桜は言葉を繋げない。
それに柩は、つと、瞳に浮かんだ鋭さを消失させると、死神の長に相応しく、淡々と言葉を紡いだ。
「そこに共感し、涙することさえあったとしても、それはあくまで、話の流れで死を意識しているだけだ。
それが決定的にそうである理由としては…分かるだろう。
漫画やゲームなどでは、“リアルに亡骸は残らない”」
「!…」
「そういったメディアでは、感情に訴えるものこそあれ、それを冷静に見据えれば、それは絶対的に現実ではない…
普通の人間が死んだら、やり直しも生き返りも出来はしない…
それを真に知ってか知らずか、最近じゃ、自分から死ぬことを望む輩が多すぎる。
そして、“氷皇”…お前もそのうちのひとりだ」
「……」
緋桜に、名と姿を変えた“氷皇”が俯く。
「…簡単に死ねる奴らはな、残された奴らの気持ちなんて考えもしないんだ。
お前も知っているだろうが、人間の世界には、病気や戦争、それから事故や天災で、生きたくても生きられなかった奴らがごまんといる。
なのに、まだ生きられるのにも関わらず、己の感傷のみで命を投げ出すような行為は…
そういった奴らに対して、失礼なことだとは思わないか?」
「…す、すみません…、柩さん…」
懐音とのやり取りから、柩の名を覚えたらしい緋桜は、その柩に対して、申し訳なさそうに詫びる。
それに柩は、頑なになりかけたその空気を幾分か和らげると、その口元に僅かな笑みを浮かべて、緋桜の頭に手を置いた。
「…悪いな。言い方はこうだが責めている訳じゃない。
何というか…人間が死ぬというのがどういうことなのかを、俺たちの目線から分かって欲しくてな」
「…はい」
柩の手から通した温もりによって、感情が和らいだらしい緋桜が微笑んだ。
それを見た柩は、満足そうに手を下ろすと、今度は懐音と朱音の二人に聞かれないようにか、わずかに声を潜めて囁いた。
「…死ぬこと、死なせること自体は簡単だが、生き返らせるとなれば、それは容易なことではないし、人間の手では無理だ。
人間に出来るのは、せいぜいが仮死状態から生き返らせることくらいだろう?
だから完全な、生死に関わることとなると、言うまでもなくそれは俺たちの管轄になる」
「……」
「懐音は簡単にお前を生き返らせたが、本来ならあの術だって、そんじょそこらの奴に出来る代物じゃない。
…そういった意味では、お前は誰よりも幸運なんだ」
「…、はい」
緋桜は、ただ頷き答えることしか出来ない。
一度は軽んじてしまった己の命が…
どれほど重いものであるのかを知ってしまったから。
「…先程、俺が口を滑らせてしまった通り、お前を生き返らせる代償として、懐音は自らの命を削った…
一度死んだ人間を生き返らせる… つまり理に反したことを行うには、懐音ほどの奴でもそれ程のリスクが付きまとうということだ。
…でも、あの懐音のことだ。恐らくお前に恩など着せる気は更々ないだろうし、お前が恩など感じた所で、鬱陶しがるのが関の山だ」
「そうですね」
緋桜はそこだけは即答した。
懐音を見ていれば分かる。実質、照れ屋なのかどうかは、会ったばかりなだけに定かではないが…
見た感じでは確かに、それも確実に人からの感謝などは鬱陶しく思うタイプだ。
「…懐音は恐らく、今後もその事実をお前に言うことはないだろう。
だが俺は、あえてお前に話した。だからこそ…俺の言いたいことは分かるだろう?」
「…はい。二度と死のうだなんて考えません。
あの人から貰った、この命…
今度こそ大切にして、全うします」
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