21 / 21
第一部【蠢く敵】
上がらないのは頭だけか
しおりを挟む
【ファルス城・庭園】
…一夜があけた、森と湖の国ファルス。
昨日の一件に引きずりを残しながらも、ライム、リック、クレア、シグマの四人は、ファルス城の中庭にある、美しい庭園にいた。
その庭園には噴水があり、周囲にはとりどりの樹々や花が溢れんばかりに息づいている。
幼い頃から見慣れているそこで、視覚や精神を少なからず和ませていたリックに、ふと、背後から若い女性の声がかかった。
「こんな所に居られたのですか、フレデリック王子」
呼びかけられて、リックは声のした方を振り返った。
そこにはファルス王の側近にして、自分の教育係でもある、ミストがいた。
そのミストのすぐ側には、金髪の、すらりとした容姿の青年が立っている。
「ああ…何だ、ミストか。──あれ? それ誰だ、客か?」
リックの興味は自然、その金髪の青年に注がれる。
すると金髪の青年は、音もなくミストの前に回ると、そのままそれにも増して静かに、シグマの方へと歩を進めた。
…この時点でシグマは、ライムと他愛ない会話をしており、不覚にも、この青年の接近に気付かなかった。
青年は、今にも叱りそうな声でシグマに話しかける。
「シグマ皇子…」
「!うっ…、そ、その声は…サフィンか!?」
シグマがぎくりと硬直し、ほぼ反射的に振り返る。
…そこにはシグマの、予想していた通りの人物がいた。
「…サフィン?」
リック同様、その人物…
サフィンと呼ばれた青年と面識のないライムは、きょとんとしたまま名を反復する。
そのサフィンは、一瞬にして自らを取り巻く空気を鋭いものへと変えると、容赦なくシグマに詰め寄った。
「こんな事だろうと思いましたよ。誰がファルス城で油を売っていていいと言ったんですか!?」
「あ、ああ…けどなサフィン…」
シグマは珍しくも、既にしどろもどろだ。
しかしサフィンの口調は、有無を言わさぬどころか、更にシグマの頭から痛烈な説教を降らせた。
「分かっておられるのですか!? 貴方は現段階では、もはやウインダムズの皇帝も同然なのですよ!
皇帝に最も近い位置にあるはずの御方が、旅に出たまま戻らないなどと! 帝国民には、どう説明すればいいのです!
聞いておられるのですか!? 皇子っ!」
…その迫力といい、軍事帝国ウインダムズの皇子であるシグマに対する叱り具合といい、明らかに彼は只者ではない。
故に、当然というべきか、ライムはすっかり圧倒され、囁くようにシグマに尋ねた。
「…誰? この人」
それに、シグマも今だ威圧されつつも囁いてみせる。
「こいつは、サフィン=グウェント=ストラスクラウドと言ってな、俺の国の…、待てよ」
「? シグマ? …言葉と動きが止まってるわよ」
ライムの指摘は見たままだったのだが、それに反してシグマの瞳には、閃きにも近い光が浮かび上がった。
「…そうか…! サフィンが来たなら丁度いい」
「え?」
ライムが怪訝そうに尋ねると、シグマは一転して反省の色を顔に浮かべた。
「おいサフィン、今までの事は謝る。…悪かったな」
これにサフィンは軽く腕を組み、蒼の瞳でシグマを見やる。
「またそういう露骨な事を…今度は何をして欲しいんですか? 皇子」
「分かっているなら話は早いが…」
シグマがそう、何の気なしに本音を漏らした途端、
「やはり心からは反省していなかったようですね」
「…あ」
シグマが思わず声を落とすと、サフィンはこういったやり取りには慣れているらしく、組んでいた腕を解いた。
「まあ、皇子の口から、反省の意味の言葉が出ただけ上等です。
さて…今度は、何の問題なんですか」
「うん…それなんだが、実はな…」
シグマは、己が見知っているサフィンが現れた事で、多少なりとも安堵したのか、今までの経緯を詳細に語り始めた。
…ややあって、話を終えたシグマが息をつく。
「…という訳だ」
対して、シグマから話を聞いたサフィンは、眉をひそめ、口元に手を当てて考えをまとめていたが、やがてその手を下ろした。
「成程、あのルーファスの血液鑑定ですか…
分かりました。難しいかも知れませんが、やってみましょう。
…皇子、剣を貸していただけますか?」
シグマは頷くと、ルーファスを切りつけた例の剣をサフィンに渡した。
サフィンはその刃や、血が付着したが故に残る鈍色の曇りをあらためていたが、やがてその目を鋭く細めた。
…その、ただならぬ様子に、リックが我慢出来ずにシグマに問う。
「お…、おいシグマ、これから何をやろうってんだ?」
「言った通り、“魔法による血液鑑定”だ」
魔術に秀で、また軍事帝国ウインダムズの皇子でもあるシグマは、事もなげに答える。
「!ま…、魔法!? って事は、この人…!」
ライムが穴の開くほどサフィンを見つめる。
それを制して、シグマは頷いた。
「ああ。…このサフィンは、俺の国でも有数の、強力な魔力と能力を持った人物だ」
「それで思い出したぜ! 確か、サフィンって、ウインダムズの元帥の名前じゃねえか!?」
リックもこれまた驚愕し、己の意思とは無関係にサフィンを見やる。
この二人のいちいちの反応に、シグマは一時、苦虫を噛み潰したような表情を見せたが、やがて諦めたように軽く息をついた。
「まあな。…サフィン、どうだ、出来そうか?」
「そうですね…とにかく、やってみます」
サフィンが魔力の発動を試み、自らの前に左手をかざす。
そのまま、準備が整ったらしいサフィンは、呪文らしきものを低く、静かに唱え始めた。
「…我が記憶に収められし、赤き魂…我が呼び声に応えよ」
すると、眩い赤の光がその場を覆い…
…その中から、見た目も奇妙な生物が出現した。
…一夜があけた、森と湖の国ファルス。
昨日の一件に引きずりを残しながらも、ライム、リック、クレア、シグマの四人は、ファルス城の中庭にある、美しい庭園にいた。
その庭園には噴水があり、周囲にはとりどりの樹々や花が溢れんばかりに息づいている。
幼い頃から見慣れているそこで、視覚や精神を少なからず和ませていたリックに、ふと、背後から若い女性の声がかかった。
「こんな所に居られたのですか、フレデリック王子」
呼びかけられて、リックは声のした方を振り返った。
そこにはファルス王の側近にして、自分の教育係でもある、ミストがいた。
そのミストのすぐ側には、金髪の、すらりとした容姿の青年が立っている。
「ああ…何だ、ミストか。──あれ? それ誰だ、客か?」
リックの興味は自然、その金髪の青年に注がれる。
すると金髪の青年は、音もなくミストの前に回ると、そのままそれにも増して静かに、シグマの方へと歩を進めた。
…この時点でシグマは、ライムと他愛ない会話をしており、不覚にも、この青年の接近に気付かなかった。
青年は、今にも叱りそうな声でシグマに話しかける。
「シグマ皇子…」
「!うっ…、そ、その声は…サフィンか!?」
シグマがぎくりと硬直し、ほぼ反射的に振り返る。
…そこにはシグマの、予想していた通りの人物がいた。
「…サフィン?」
リック同様、その人物…
サフィンと呼ばれた青年と面識のないライムは、きょとんとしたまま名を反復する。
そのサフィンは、一瞬にして自らを取り巻く空気を鋭いものへと変えると、容赦なくシグマに詰め寄った。
「こんな事だろうと思いましたよ。誰がファルス城で油を売っていていいと言ったんですか!?」
「あ、ああ…けどなサフィン…」
シグマは珍しくも、既にしどろもどろだ。
しかしサフィンの口調は、有無を言わさぬどころか、更にシグマの頭から痛烈な説教を降らせた。
「分かっておられるのですか!? 貴方は現段階では、もはやウインダムズの皇帝も同然なのですよ!
皇帝に最も近い位置にあるはずの御方が、旅に出たまま戻らないなどと! 帝国民には、どう説明すればいいのです!
聞いておられるのですか!? 皇子っ!」
…その迫力といい、軍事帝国ウインダムズの皇子であるシグマに対する叱り具合といい、明らかに彼は只者ではない。
故に、当然というべきか、ライムはすっかり圧倒され、囁くようにシグマに尋ねた。
「…誰? この人」
それに、シグマも今だ威圧されつつも囁いてみせる。
「こいつは、サフィン=グウェント=ストラスクラウドと言ってな、俺の国の…、待てよ」
「? シグマ? …言葉と動きが止まってるわよ」
ライムの指摘は見たままだったのだが、それに反してシグマの瞳には、閃きにも近い光が浮かび上がった。
「…そうか…! サフィンが来たなら丁度いい」
「え?」
ライムが怪訝そうに尋ねると、シグマは一転して反省の色を顔に浮かべた。
「おいサフィン、今までの事は謝る。…悪かったな」
これにサフィンは軽く腕を組み、蒼の瞳でシグマを見やる。
「またそういう露骨な事を…今度は何をして欲しいんですか? 皇子」
「分かっているなら話は早いが…」
シグマがそう、何の気なしに本音を漏らした途端、
「やはり心からは反省していなかったようですね」
「…あ」
シグマが思わず声を落とすと、サフィンはこういったやり取りには慣れているらしく、組んでいた腕を解いた。
「まあ、皇子の口から、反省の意味の言葉が出ただけ上等です。
さて…今度は、何の問題なんですか」
「うん…それなんだが、実はな…」
シグマは、己が見知っているサフィンが現れた事で、多少なりとも安堵したのか、今までの経緯を詳細に語り始めた。
…ややあって、話を終えたシグマが息をつく。
「…という訳だ」
対して、シグマから話を聞いたサフィンは、眉をひそめ、口元に手を当てて考えをまとめていたが、やがてその手を下ろした。
「成程、あのルーファスの血液鑑定ですか…
分かりました。難しいかも知れませんが、やってみましょう。
…皇子、剣を貸していただけますか?」
シグマは頷くと、ルーファスを切りつけた例の剣をサフィンに渡した。
サフィンはその刃や、血が付着したが故に残る鈍色の曇りをあらためていたが、やがてその目を鋭く細めた。
…その、ただならぬ様子に、リックが我慢出来ずにシグマに問う。
「お…、おいシグマ、これから何をやろうってんだ?」
「言った通り、“魔法による血液鑑定”だ」
魔術に秀で、また軍事帝国ウインダムズの皇子でもあるシグマは、事もなげに答える。
「!ま…、魔法!? って事は、この人…!」
ライムが穴の開くほどサフィンを見つめる。
それを制して、シグマは頷いた。
「ああ。…このサフィンは、俺の国でも有数の、強力な魔力と能力を持った人物だ」
「それで思い出したぜ! 確か、サフィンって、ウインダムズの元帥の名前じゃねえか!?」
リックもこれまた驚愕し、己の意思とは無関係にサフィンを見やる。
この二人のいちいちの反応に、シグマは一時、苦虫を噛み潰したような表情を見せたが、やがて諦めたように軽く息をついた。
「まあな。…サフィン、どうだ、出来そうか?」
「そうですね…とにかく、やってみます」
サフィンが魔力の発動を試み、自らの前に左手をかざす。
そのまま、準備が整ったらしいサフィンは、呪文らしきものを低く、静かに唱え始めた。
「…我が記憶に収められし、赤き魂…我が呼び声に応えよ」
すると、眩い赤の光がその場を覆い…
…その中から、見た目も奇妙な生物が出現した。
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
お気に入りに登録しました~
ありがとうございます! この作品は、王道よりちょっと斜め上?なところも出てきますが、拙いながらも楽しんで頂ければ幸いです!