19 / 21
第一部【蠢く敵】
敵より怖いは女難の相
しおりを挟む
リックはシグマの側で歩みを止めた。
「…そうだな。お前の勘は良く当たるからな。警戒しておいて、損はないだろう。まあ、取り越し苦労だとは思うけどな」
「俺も、そう思いたいところだ…が、ルーファスがどれ程の能力を持っているのかは、実際に戦ってみて、ある程度ではあるが、把握できた」
それを聞いたリックは、いつになく真剣な表情になり、そして知らぬ間に顔を曇らせた。
「ある程度…って、完全にじゃないのか? あいつ、お前でも実力が読めない程の奴なのかよ…」
「ああ。…奴の能力は未知数だ。図り知れない」
シグマも珍しく碧瞳を細め、渋い表情で呟く。
そんなシグマの様子を、懸念を帯びた紅瞳で見ていたリックは、ふと気付いた疑問を、そのままシグマに尋ねた。
「それはそうと、お前…何故、魔法剣とドラゴンを使わなかったんだ? あの時点で、奴は剣しか使ってなかったんだから、その二つを使えば、お前だったら…殺すまでは行かなくても、深手くらいは負わせられたはずだろう?」
「勘がいいな、リック。気になる事の二つ目がそれだ」
一転してシグマは、口元に挑戦的な笑みを浮かべた。
「えっ、どういう事だ?」
気になりはしたものの、その裏までは想定のつかないリックは、きょとんと問い返す。
「気付いたか? 奴の剣術…あれは、俺と同じだ」
「!な…流派が同じって事か!?」
リックが、ぎくりと動きを強張らせた。
その表情は愕然とし、わずかに青ざめている。
「ああ。…だから俺は、魔法剣も、クレアも使わなかった。
クレアも、それに気付いていたはずだ。そうだな? クレア」
シグマは、ちび龍化して近くに佇むクレアの方を見やる。
するとクレアは、シグマに尋ねられた事から、ちび龍化を解き、件の人間バージョンへと姿を変えた。
そのまま緩やかに腕を組み、水のような透明な声で、淡々と答える。
「確かに、あの剣術には見覚えがある。…それも、そう昔じゃない。ごく最近のものだ」
「やはりそう思ったか、クレア」
主と龍が視線を絡ませる。クレアは再び口を開いた。
「ああ。その二つの攻撃法は、下手をすると威力を倍加された挙げ句に返り討ちだったはずだ。
あの時、俺と魔法剣を使わなかったのは賢明な判断だったな? シグマ」
「な、なんて奴らだ… あの戦いの最中に、そんな事まで考える余裕があったのか…!?」
リックは驚きを隠せない。しかしそんな応酬を、苛立ち混じりの怒声で遮ったのは、言うまでもなくライムだった。
「!ちょ、ちょっとシグマあっ! あたしがこっちで、リアナと話している間に、どこまで勝手に話を進ませてるのよっ!」
「……」
シグマは無言で、しかし心底疲れたように息をつく。
それにクレアは、からかうように笑いながら茶化した。
「相変わらず女性で苦労するな、お前も」
対して、シグマは憮然としたまま呟く。
「嬉しくない。それよりも、こいつらは少し放っておいて、三人で対策を立てるか…」
などとシグマが軽率に言った途端、
「!い・や・よ! あたしも話し合いに混ざるからねっ!」
ライムが地団駄よろしく足を鳴らす。
そして片方がこうであるなら、当然、もう片方も、
「私もお仲間に入らせていただきますわ。シグマ様のお手伝い程度、出来なければ、ファルスの王女を名乗る資格なんて…」
…と、こうなる。
こうなるとシグマには、より一層の疲れが、否が応にも見てとれる。
「いや…別にそこまで言い切る程の必要性は、塵ほども…」
言いながらシグマは、知らぬ間に冷や汗が浮かんできているのを自覚していた。
厄介、という単語がどんぴしゃりなまでに当てはまるこの二人は、ある意味、ルーファスよりまさしく“厄介”であり、それを上回って恐ろしい存在だ。
こうなれば、“関わってしまった己の運命を呪うしかない”。
…そうこう考えているうちに、またしても容赦なく、リアナのプッツン発言が飛んだ。
「とにかく、愛するシグマ様の為に、身を粉にして働かせていただく所存ですわ。…シグマ様、何卒よろしくお願いします☆」
これを聞いたライムは、もはや怒る気も失せたらしく、がっくりと肩を落とした。
「姑の家に来た新妻じゃないんだからさぁ…」
ライムの反応はこうであるが、一方のシグマは、今にも剣を抜きそうに、柄に手をかけていた。
「…こいつらは…」
シグマの性格からして、これは冗談で済まされるレベルではない。
そう判断したリックは、焦りつつも、反射的に止める側に回っていた。
「ま、まあいいじゃねぇか、シグマ。それよりこれから、どうするんだよ?」
リックの問いに、シグマは柄に当てていた手を下ろした。
が、その表情は、毒舌な彼らしくもなく、渋いものへと変化している。
「対策の中の、最も厄介な問題がそれなんだが…」
「…向こうの出方を待っていれば、こちらが必ず後手に回る。
かといって、相手の行動を探るにも、手掛りが少なすぎる」
主であるシグマの影響を受けてか、クレアも若干ながらも厳しい表情になる。
するとリックは、そんな二人の重い空気を祓うかのように、あっけらかんと答えた。
「何だよ、だったらまた、囮作戦を遂行すりゃいいだけの事じゃねぇか」
何も難しい事はない、とリックは言いたかったのだろうが、その妹のリアナが、それを打ち消すように左頬に右手の甲を付けながら高笑いした。
「相変わらず考えが甘いですわね、お兄様!」
これに聞き捨てならないのはリックだ。
「何だよリアナ、俺のどこが甘いってんだ!?」
するとリアナはふんぞり返り、得意満面に鼻を高くする。
「一度、罠にかかった獲物は、二度とは掛からないものですわ」
シグマは、珍しくリアナの答えが的を射ていることに驚いたが、頷くと先を続けた。
「…そうだな。お前の勘は良く当たるからな。警戒しておいて、損はないだろう。まあ、取り越し苦労だとは思うけどな」
「俺も、そう思いたいところだ…が、ルーファスがどれ程の能力を持っているのかは、実際に戦ってみて、ある程度ではあるが、把握できた」
それを聞いたリックは、いつになく真剣な表情になり、そして知らぬ間に顔を曇らせた。
「ある程度…って、完全にじゃないのか? あいつ、お前でも実力が読めない程の奴なのかよ…」
「ああ。…奴の能力は未知数だ。図り知れない」
シグマも珍しく碧瞳を細め、渋い表情で呟く。
そんなシグマの様子を、懸念を帯びた紅瞳で見ていたリックは、ふと気付いた疑問を、そのままシグマに尋ねた。
「それはそうと、お前…何故、魔法剣とドラゴンを使わなかったんだ? あの時点で、奴は剣しか使ってなかったんだから、その二つを使えば、お前だったら…殺すまでは行かなくても、深手くらいは負わせられたはずだろう?」
「勘がいいな、リック。気になる事の二つ目がそれだ」
一転してシグマは、口元に挑戦的な笑みを浮かべた。
「えっ、どういう事だ?」
気になりはしたものの、その裏までは想定のつかないリックは、きょとんと問い返す。
「気付いたか? 奴の剣術…あれは、俺と同じだ」
「!な…流派が同じって事か!?」
リックが、ぎくりと動きを強張らせた。
その表情は愕然とし、わずかに青ざめている。
「ああ。…だから俺は、魔法剣も、クレアも使わなかった。
クレアも、それに気付いていたはずだ。そうだな? クレア」
シグマは、ちび龍化して近くに佇むクレアの方を見やる。
するとクレアは、シグマに尋ねられた事から、ちび龍化を解き、件の人間バージョンへと姿を変えた。
そのまま緩やかに腕を組み、水のような透明な声で、淡々と答える。
「確かに、あの剣術には見覚えがある。…それも、そう昔じゃない。ごく最近のものだ」
「やはりそう思ったか、クレア」
主と龍が視線を絡ませる。クレアは再び口を開いた。
「ああ。その二つの攻撃法は、下手をすると威力を倍加された挙げ句に返り討ちだったはずだ。
あの時、俺と魔法剣を使わなかったのは賢明な判断だったな? シグマ」
「な、なんて奴らだ… あの戦いの最中に、そんな事まで考える余裕があったのか…!?」
リックは驚きを隠せない。しかしそんな応酬を、苛立ち混じりの怒声で遮ったのは、言うまでもなくライムだった。
「!ちょ、ちょっとシグマあっ! あたしがこっちで、リアナと話している間に、どこまで勝手に話を進ませてるのよっ!」
「……」
シグマは無言で、しかし心底疲れたように息をつく。
それにクレアは、からかうように笑いながら茶化した。
「相変わらず女性で苦労するな、お前も」
対して、シグマは憮然としたまま呟く。
「嬉しくない。それよりも、こいつらは少し放っておいて、三人で対策を立てるか…」
などとシグマが軽率に言った途端、
「!い・や・よ! あたしも話し合いに混ざるからねっ!」
ライムが地団駄よろしく足を鳴らす。
そして片方がこうであるなら、当然、もう片方も、
「私もお仲間に入らせていただきますわ。シグマ様のお手伝い程度、出来なければ、ファルスの王女を名乗る資格なんて…」
…と、こうなる。
こうなるとシグマには、より一層の疲れが、否が応にも見てとれる。
「いや…別にそこまで言い切る程の必要性は、塵ほども…」
言いながらシグマは、知らぬ間に冷や汗が浮かんできているのを自覚していた。
厄介、という単語がどんぴしゃりなまでに当てはまるこの二人は、ある意味、ルーファスよりまさしく“厄介”であり、それを上回って恐ろしい存在だ。
こうなれば、“関わってしまった己の運命を呪うしかない”。
…そうこう考えているうちに、またしても容赦なく、リアナのプッツン発言が飛んだ。
「とにかく、愛するシグマ様の為に、身を粉にして働かせていただく所存ですわ。…シグマ様、何卒よろしくお願いします☆」
これを聞いたライムは、もはや怒る気も失せたらしく、がっくりと肩を落とした。
「姑の家に来た新妻じゃないんだからさぁ…」
ライムの反応はこうであるが、一方のシグマは、今にも剣を抜きそうに、柄に手をかけていた。
「…こいつらは…」
シグマの性格からして、これは冗談で済まされるレベルではない。
そう判断したリックは、焦りつつも、反射的に止める側に回っていた。
「ま、まあいいじゃねぇか、シグマ。それよりこれから、どうするんだよ?」
リックの問いに、シグマは柄に当てていた手を下ろした。
が、その表情は、毒舌な彼らしくもなく、渋いものへと変化している。
「対策の中の、最も厄介な問題がそれなんだが…」
「…向こうの出方を待っていれば、こちらが必ず後手に回る。
かといって、相手の行動を探るにも、手掛りが少なすぎる」
主であるシグマの影響を受けてか、クレアも若干ながらも厳しい表情になる。
するとリックは、そんな二人の重い空気を祓うかのように、あっけらかんと答えた。
「何だよ、だったらまた、囮作戦を遂行すりゃいいだけの事じゃねぇか」
何も難しい事はない、とリックは言いたかったのだろうが、その妹のリアナが、それを打ち消すように左頬に右手の甲を付けながら高笑いした。
「相変わらず考えが甘いですわね、お兄様!」
これに聞き捨てならないのはリックだ。
「何だよリアナ、俺のどこが甘いってんだ!?」
するとリアナはふんぞり返り、得意満面に鼻を高くする。
「一度、罠にかかった獲物は、二度とは掛からないものですわ」
シグマは、珍しくリアナの答えが的を射ていることに驚いたが、頷くと先を続けた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる