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†双璧の闇†
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★☆★☆★
「…唯香、あの…」
…現在は二人しかその存在を留めない神崎家。
陽もかなり傾きかけ、風も冷たくなって来た頃、小学校から下校する形で帰宅した累世は、そのキッチンで、ランドセルを背負ったまま、何か、縋りでもしたいかのように唯香を見上げていた。
その銀髪蒼眼の容姿には、ランドセルの黒が、とてもよく反映されている。
しかし累世は、今だランドセルを背負ったままという事実にはまるで構いもせずに、次にはその両手に持っていた花を、ひどく切羽詰まった表情で突き出した。
「…これ…!」
そんな息子の様子に、唯香は訝しげに、累世が唐突に突き出した花を見た。
…累世が両手に持っているのは、まだ摘まれて間もないと思われる、ありふれたタンポポの花。
ただし正確には、その花そのものではなく、いわゆる、花と茎に分かれた、かつては“花だったもの”──
「累世、これ…どうしたの?」
唯香はそっと膝を落とすと、累世に目線を合わせて、優しく訊ねる。
すると累世はしばらく躊躇っていたが、やがて目を伏せながら、逆に唯香に向かって問いかけた。
「…、ねえ唯香、“くびちょんぱ”って、知ってる?」
「…え?」
思いもかけない単語が累世の口から飛び出したことで、その言葉こそきっちりと聞こえていたものの…
唯香はさすがに呆然とし、累世の言葉を、自らの耳を疑う形で聞き咎めた。
「首ちょん…?」
「そう。…“首ちょんぱ”」
累世は大真面目に答える。
「タンポポの花を摘んで、それを持ったまま、花のすぐ下に親指をかけるんだ。そして…」
言いながらも累世は、既に頭と銅が離れたタンポポを、近くのテーブルへと置く。
そしてそのままパントマイムよろしく、さも先程のタンポポの花そのものをまだ持っているかのように、その手に相応の動きを見せた。
「…こうやって…
“くーびちょーん…ぱっ”って、やるんだ」
累世は言いながら、“ぱっ”と歌った部分で、ぴしりと親指を弾いて見せる。
…その一部始終を見ていた唯香の口が、思わず呑み込んだ息と共に、その両手で覆われた。
累世は今、パントマイム形式で、その“首ちょんぱ”が何であるかの説明をした。
だが、そのパントマイムでもよく分かったこと──
それは言うまでもなく、累世が弾いた親指の先には、本来なら花、いわゆる植物の頭に当たるであろう部分があったからだ。
つまりこれは、無邪気に歌いながらも、遊びとして花の命を奪う法…
それに気付いた唯香の表情は、本人も知らぬ間に、僅かながら青ざめていた。
…そんな母親の様子を見た累世が、いたたまれないといった瞳を露わにしながら、問う。
「…唯香…これって、花からしてみれば、やっぱり可哀想なことだよな…?
ただ単に…自分たちが楽しいからって、花を…こんなふうに…」
累世はつと、テーブルに置いた、花と茎が分かれたタンポポに目を向ける。
…その目に浮かぶ感情は、その己の瞳の色よりもなお深く、憂える“贖罪”──
「その言い方だと、こうしたのは累世じゃないんでしょう?」
唯香はつと立ち上がると、近くにあった美しくも少し深い皿に、その八分目程まで水を入れた。
…そこにそっと、累世が持って来たタンポポの茎を沈める。
それに、累世ははっとしたように、ふさぎ込み気味になっていた顔を上げた。
「…唯香?」
「ほら、累世。…この花、すごく綺麗じゃない?」
唯香は優しく微笑むと、つい、と、そのタンポポの花を、静かに水の上へと浮かべた。
「!うん…」
累世もつられて笑みを見せ、その綺麗な瞳は水中のタンポポへと奪われる。
「…累世は、優しいね…」
唯香が累世の頭を優しく撫でる。
それに、累世は顔を赤らめた。
「そんなことないよ…」
「…累世、こういう時はね、そんなに謙遜しなくていいの。
お世辞で誉めてるんじゃないんだから…ね?」
「!…うん、ありがと…」
累世はますます紅潮し、照れるあまり、その頭は引かれるように俯き加減になってゆく。
…そんな累世を見つめながら、その一方で、唯香が気にかけていたのは…
精の黒瞑界に残して来た、もうひとりの我が子にして、累世の双子の兄…
来世のことだった。
(…累世は、あたしの子には勿体無いくらい、優しく育ってくれたけど…
来世は──)
…否が応にも悪い方へと考えてしまう。
その不安な気持ちを体が反映したのか、累世の頭から、唯香の手が滑り落ちた。
「唯香…?」
累世は怪訝そうに唯香を見やる。
その表情からは、先程までの紅潮は、一瞬にして取り払われた。
…唯香の顔色は青ざめ、目は伏せ気味になり、今にも泣いてしまいそうに見える。
何よりもその唇は赤みが失せ、紫がかり…
何かを酷く恐れるように、小刻みに震えていた。
「唯香…どうしたの!?」
…何も知らぬ累世が必死に問う。
「!ごめん、何でもない…」
累世に心配はかけまいと、唯香は必死に自らの感情を抑えようとする…
が、それ自体が、勘の鋭い累世には逆効果だった。
「何でもないって顔じゃないよ!
唯香…体の調子が悪いの?
だったら、家事なんてしなくていいから…」
「…ごめん、累世、心配かけて…
でも本当に、大丈夫だから」
唯香は辛い中にも、無理やりに笑みを作ってみせる。
…全ては、累世を安心させる為に。
そしてこうなった唯香の意志が、意外にも強いのは、累世の方も、その子どもであるが故によく分かっていた。
…そこで不承不承、累世の方が折れる。
「…分かったよ、唯香…
でも絶対に無理はしないでよ。もし無理なんかしたら、マリィ姉を呼んで手伝って貰ってでも、病院に引きずって行くからね」
「!うん…、それは了解…」
…その時、唯香の心中を占めていたのは、ただひとつのこと。
“さすがにあのカミュの子だと言うだけのことはある…!”
人間としての優しさの中に、時折混じるS気質。
これは間違いなく、カミュから譲られたものだ。
(来世…は、どうなのかな…)
そう心中でごちながらも、唯香は濡れかけた目尻を、軽く指先で拭った。
「…唯香、あの…」
…現在は二人しかその存在を留めない神崎家。
陽もかなり傾きかけ、風も冷たくなって来た頃、小学校から下校する形で帰宅した累世は、そのキッチンで、ランドセルを背負ったまま、何か、縋りでもしたいかのように唯香を見上げていた。
その銀髪蒼眼の容姿には、ランドセルの黒が、とてもよく反映されている。
しかし累世は、今だランドセルを背負ったままという事実にはまるで構いもせずに、次にはその両手に持っていた花を、ひどく切羽詰まった表情で突き出した。
「…これ…!」
そんな息子の様子に、唯香は訝しげに、累世が唐突に突き出した花を見た。
…累世が両手に持っているのは、まだ摘まれて間もないと思われる、ありふれたタンポポの花。
ただし正確には、その花そのものではなく、いわゆる、花と茎に分かれた、かつては“花だったもの”──
「累世、これ…どうしたの?」
唯香はそっと膝を落とすと、累世に目線を合わせて、優しく訊ねる。
すると累世はしばらく躊躇っていたが、やがて目を伏せながら、逆に唯香に向かって問いかけた。
「…、ねえ唯香、“くびちょんぱ”って、知ってる?」
「…え?」
思いもかけない単語が累世の口から飛び出したことで、その言葉こそきっちりと聞こえていたものの…
唯香はさすがに呆然とし、累世の言葉を、自らの耳を疑う形で聞き咎めた。
「首ちょん…?」
「そう。…“首ちょんぱ”」
累世は大真面目に答える。
「タンポポの花を摘んで、それを持ったまま、花のすぐ下に親指をかけるんだ。そして…」
言いながらも累世は、既に頭と銅が離れたタンポポを、近くのテーブルへと置く。
そしてそのままパントマイムよろしく、さも先程のタンポポの花そのものをまだ持っているかのように、その手に相応の動きを見せた。
「…こうやって…
“くーびちょーん…ぱっ”って、やるんだ」
累世は言いながら、“ぱっ”と歌った部分で、ぴしりと親指を弾いて見せる。
…その一部始終を見ていた唯香の口が、思わず呑み込んだ息と共に、その両手で覆われた。
累世は今、パントマイム形式で、その“首ちょんぱ”が何であるかの説明をした。
だが、そのパントマイムでもよく分かったこと──
それは言うまでもなく、累世が弾いた親指の先には、本来なら花、いわゆる植物の頭に当たるであろう部分があったからだ。
つまりこれは、無邪気に歌いながらも、遊びとして花の命を奪う法…
それに気付いた唯香の表情は、本人も知らぬ間に、僅かながら青ざめていた。
…そんな母親の様子を見た累世が、いたたまれないといった瞳を露わにしながら、問う。
「…唯香…これって、花からしてみれば、やっぱり可哀想なことだよな…?
ただ単に…自分たちが楽しいからって、花を…こんなふうに…」
累世はつと、テーブルに置いた、花と茎が分かれたタンポポに目を向ける。
…その目に浮かぶ感情は、その己の瞳の色よりもなお深く、憂える“贖罪”──
「その言い方だと、こうしたのは累世じゃないんでしょう?」
唯香はつと立ち上がると、近くにあった美しくも少し深い皿に、その八分目程まで水を入れた。
…そこにそっと、累世が持って来たタンポポの茎を沈める。
それに、累世ははっとしたように、ふさぎ込み気味になっていた顔を上げた。
「…唯香?」
「ほら、累世。…この花、すごく綺麗じゃない?」
唯香は優しく微笑むと、つい、と、そのタンポポの花を、静かに水の上へと浮かべた。
「!うん…」
累世もつられて笑みを見せ、その綺麗な瞳は水中のタンポポへと奪われる。
「…累世は、優しいね…」
唯香が累世の頭を優しく撫でる。
それに、累世は顔を赤らめた。
「そんなことないよ…」
「…累世、こういう時はね、そんなに謙遜しなくていいの。
お世辞で誉めてるんじゃないんだから…ね?」
「!…うん、ありがと…」
累世はますます紅潮し、照れるあまり、その頭は引かれるように俯き加減になってゆく。
…そんな累世を見つめながら、その一方で、唯香が気にかけていたのは…
精の黒瞑界に残して来た、もうひとりの我が子にして、累世の双子の兄…
来世のことだった。
(…累世は、あたしの子には勿体無いくらい、優しく育ってくれたけど…
来世は──)
…否が応にも悪い方へと考えてしまう。
その不安な気持ちを体が反映したのか、累世の頭から、唯香の手が滑り落ちた。
「唯香…?」
累世は怪訝そうに唯香を見やる。
その表情からは、先程までの紅潮は、一瞬にして取り払われた。
…唯香の顔色は青ざめ、目は伏せ気味になり、今にも泣いてしまいそうに見える。
何よりもその唇は赤みが失せ、紫がかり…
何かを酷く恐れるように、小刻みに震えていた。
「唯香…どうしたの!?」
…何も知らぬ累世が必死に問う。
「!ごめん、何でもない…」
累世に心配はかけまいと、唯香は必死に自らの感情を抑えようとする…
が、それ自体が、勘の鋭い累世には逆効果だった。
「何でもないって顔じゃないよ!
唯香…体の調子が悪いの?
だったら、家事なんてしなくていいから…」
「…ごめん、累世、心配かけて…
でも本当に、大丈夫だから」
唯香は辛い中にも、無理やりに笑みを作ってみせる。
…全ては、累世を安心させる為に。
そしてこうなった唯香の意志が、意外にも強いのは、累世の方も、その子どもであるが故によく分かっていた。
…そこで不承不承、累世の方が折れる。
「…分かったよ、唯香…
でも絶対に無理はしないでよ。もし無理なんかしたら、マリィ姉を呼んで手伝って貰ってでも、病院に引きずって行くからね」
「!うん…、それは了解…」
…その時、唯香の心中を占めていたのは、ただひとつのこと。
“さすがにあのカミュの子だと言うだけのことはある…!”
人間としての優しさの中に、時折混じるS気質。
これは間違いなく、カミュから譲られたものだ。
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