†血族たちの秘密†

如月統哉

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†闇の花霞†

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★☆★☆★


「うそつくなよ、おまえ!」


…その出来事は、累世が4歳の時に起きた。

父親が稀なる魔力を持ち、なおかつ精の黒瞑界という、ひとつの世界の…
ヴァンパイア一族の皇子である、カミュ=ブラインであっても…
唯香は、累世を人間界で育てる以上は、累世を極力、普通の人間の子供と同じように扱おうと、心に決めていた。

躾も、風習も、慣習も。
そしてこの年齢になれば、幼稚園に行かせることも損なわずに。

…唯香は累世を、普通の人間の子供と同様に、それ以上も以下もなく、分け隔てなく育てていた。

しかし。
その累世の心に、後々深い傷を残す出来事が起きたのだ。


…きっかけは、幼稚園での保育参観時に起きた、本当に些細な子供のやり取りだった。


「うそつくなよ、おまえ!」
「!…っ、おれはうそなんかついてない!」

…その、子供特有の甲高い声は、園児たちが親たちに、本当に…普段のありのままを見せていた、室内での集団遊びの時に響いた。

「…?」

会話の内容が内容なので、子供にはよくある、ちょっとした喧嘩でもしているのかと、親たちは半ば興味深げに、また、半ば怪訝そうに、声が上がった方に一様に視線を向ける。

複数の園児たちが遊ぶ室内。
その片隅で睨み合う、わんぱくな顔をした黒髪黒眼の…
言うなれば普通の、どこにでもいる子供と、そして…
周囲に居並ぶそれとは明らかに異種の外見を持つ、銀髪蒼眼の子供。

「…あの子の…外見…」
「見た目…外国人…親は…」
「…この国の…子供じゃ…」

そんな呟きが波紋のように広がり、周囲の視線は自然、二人の子供に釘付けになる。

(…累世…!?)

唯香は、自分の子供と他人の子供が、今にも掴みかからんばかりに睨み合っているのを見て、色を失った。

何しろ累世は普通の子供とは違う。
…今はその様子は陰もないが、あのカミュの血を強く引いている以上、何がきっかけで、その潜在的な魔力が覚醒してしまうか分からない。

「!累世っ…」

先生も確かにいるだろうが、相手の子供に怪我をさせてしまってからでは遅い。
何より累世を宥める為にも、ここは母親である自分が出るべきだろうと、唯香が人の輪を分けるようにして、中に入ろうとした、その瞬間。


「…おまえといっしょにきたの、ママじゃないだろ!
おねえちゃんじゃないのか!?」
「おねえちゃんなんて、おれにはいない!
おれは、ママといっしょにきたんだ!」
「あのひとがママなわけないだろ! うそつき!」
「おなじことをなんどもいわせるな!
おれは、うそなんかついてない!」


怒りながらも、必死に首を横に振って否定する累世。
やがてその視線が唯香と合った時、累世はほっとした表情を露わにして、唯香に駆け寄った。


「ママ!」


…累世の何気ないこの一言に、その場にいた父兄の面々が、揃って凍りついた。


「…“ママ”…!?」
「誰が… この女の子が!?」
「でも、目の色は一緒だし…」
「本当にそうなら、一体幾つで産んだのかしら…」


ざわりと肌を震わせるその特有の疑念は、波紋さながらにその場にいた者に広がり、影響を及ぼす。

すると、その場の異様な空気を感じ取ったのか、累世が今にも泣きそうな表情で唯香を見上げる。

「…ママ…?」
「累世…」

…唯香は辛そうに唇を噛んだ。

半ば予測はしていたことだけれど。
人間とは、どうしてこうまで、些細なことで排他的になれるのだろうか…

見た目がこうでも、自分が累世の母親なのには違いない。
確かに普通の人間からすれば、自分たちは異形の者以外の何者でもないかも知れないが…

こんな子供にまで、色眼鏡を向けるのか…?

「…っ」

唯香は一時、強く瞳を閉じた。
それに全ての感情を封じ込めると、閉じた瞳をゆっくりと解き放つ。
…そしてそのまま、唯香は累世の肩に手を置いた。

「…累世… 違うでしょ? 幾らあたしがママに似てるからって、ママって呼んじゃ駄目じゃない」
「!でも…」

累世は両の拳を握りしめ、幼いながらに必死に訴える。
それに唯香は、ともすればそのまま泣いてしまいそうな自分を必死に抑えながらも、自らに出来る精一杯で、その場を取り繕おうとした。

唯香は、累世の喧嘩相手の男の子の前に累世を連れて行くと、累世の肩を抱きながら、その子に謝った。

「ごめんね。あたしが累世のママに良く似てるから、累世…時々間違えちゃうんだ。
許して…くれるかな?」
「…うん」

この段階で、男の子はまだ怒りの余韻こそ残っていたものの…
そこは唯香、「ごめんね」と、その子に再度謝ることで、その怒りを完全に解消させることに成功した。

…その後も、累世の担任の先生には安堵され、喧嘩相手の親からも、子供の喧嘩だからということで、互いに後腐れのない形を取り…

かくしてハプニングはあったものの、保育参観自体は、恙無く終わったかのように見えた。
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