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Ⅵ.因縁の魔窟
止めない歩み
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ヴァルスは溜め息をついた。
「俺はセレンと居たから、あんまり詳しいことは分からないけど…
あの爆音を誤魔化すのには苦労したよ。
何せ、あれだけ派手な音の連発だ…
全く、あの気狂いも、もう少し時や場所や空気を読めりゃあ…」
「それが組織の人間だからな。…こちらの都合はお構い無しだ」
「そうなんだよなぁ…」
ヴァルスは項垂れながらも、ちら、と室内の方へと目を走らせる。
するとタイミング良く、セレンとレアンの2人が、揃って姿を見せた。
「…セレン…」
ヴァルスは心配を隠せずに、セレンに低く声掛けた。
…セレンの目は赤くなり、瞼は腫れ、泣き疲れて憔悴していることが、一見でも分かる。
しかし、そんなヴァルスの心配を緩和するかのように、セレンは静かに微笑んでみせた。
「…待たせてごめんね。ヴァルス、ユイ…
私は大丈夫。心配してくれて…ありがと」
「…ああ」
ユイの返事を聞くと、セレンは今度はレアンの方へと向き直った。
「…レアン公爵、私の両親の墓所を作って下さって…
本当に…ありがとうございました…」
ぺこり、と深く頭を下げたセレンの下に、何故か、ぽたっ…と、滴が落ちる。
「!」
それが涙であると、周囲に居た者が察するのは全く同時だったが、その中でも、いち早い反応を示したのがユイだった。
…恐らくその涙は、言葉通りの感謝…それだけではなく、また、悲しみが再び甦った、悲哀だけでもなかった。
それらがない交ぜになった気持ちが、枯れ果てたはずの涙腺を再度弛ませ、ようやく感情を、ひと滴と変えて落とした…
そんな、複雑かつ稀少な涙だった。
「…セレン」
ユイはセレンの心情を案じ、低くその名を呼ぶだけに留める。
するとセレンは、ゆっくりと顔をあげた。
「…ご、ごめんなさい…
まだ…気持ちの整理が、ついてなくて…」
慌てて、その目を手で擦るセレンの頭に、ぽん、とレアンが手を置いた。
それにセレンは不思議そうに手を止める。
「レアン様…?」
「…、気持ちの整理など、そう簡単につくものではない…
無理はしなくていい」
セレンは唇を噛み締めて、俯き加減に頷いた。
「…はい… ありがとうございます」
「…で? これからどうするの?」
ヴァルスが、わざといつもの彼らしく振る舞い、腕を組む。
…下手な同情よりも何よりも、普段通りにセレンに接することが上策と考えたユイは、それに乗った。
「ここで退くか?」
ユイはあえて、そう訊ねた。
…この後のセレンの答えを、充分過ぎるほど分かっていながら。
案の定、次にはセレンは、右の手の甲で、勢いよく涙を拭うと、きっぱりと答えた。
「いいえ、行くわ」
「…それが聞きたかった」
毅然とした、そして確固たる答えを聞いたユイは、深い決意を秘めたセレンの瞳を見つめ、心底から笑んだ。
その、あまりに屈託のない、天使のような笑みに、自然、セレンの顔が紅潮する。
(…ユイ…!)
…心臓が自分でも分かる程に、はっきりと高鳴る。
(ユイが… 笑っ…た?)
誰もが過ぎる、無垢な赤子の頃のように。
今まで、どのようなことがあっても、こうはっきりとは、喜の感情を示さなかったユイが…
“笑っている”。
一時はその笑顔に見とれたセレンは、しかしそれでも次には、その笑顔がもたらす意味に気付いた。
(…ユイは、私の覚悟を…“認めてくれている”…!)
だから心から笑んでいる。
明け透けなくも、裏表なく。
となれば…ここはやはり、こちらもそれに応えなければならない。
…自分は生半可な覚悟で、常人には到底、立ち入れない領域に、踏み込んだ訳ではないのだから。
「俺はセレンと居たから、あんまり詳しいことは分からないけど…
あの爆音を誤魔化すのには苦労したよ。
何せ、あれだけ派手な音の連発だ…
全く、あの気狂いも、もう少し時や場所や空気を読めりゃあ…」
「それが組織の人間だからな。…こちらの都合はお構い無しだ」
「そうなんだよなぁ…」
ヴァルスは項垂れながらも、ちら、と室内の方へと目を走らせる。
するとタイミング良く、セレンとレアンの2人が、揃って姿を見せた。
「…セレン…」
ヴァルスは心配を隠せずに、セレンに低く声掛けた。
…セレンの目は赤くなり、瞼は腫れ、泣き疲れて憔悴していることが、一見でも分かる。
しかし、そんなヴァルスの心配を緩和するかのように、セレンは静かに微笑んでみせた。
「…待たせてごめんね。ヴァルス、ユイ…
私は大丈夫。心配してくれて…ありがと」
「…ああ」
ユイの返事を聞くと、セレンは今度はレアンの方へと向き直った。
「…レアン公爵、私の両親の墓所を作って下さって…
本当に…ありがとうございました…」
ぺこり、と深く頭を下げたセレンの下に、何故か、ぽたっ…と、滴が落ちる。
「!」
それが涙であると、周囲に居た者が察するのは全く同時だったが、その中でも、いち早い反応を示したのがユイだった。
…恐らくその涙は、言葉通りの感謝…それだけではなく、また、悲しみが再び甦った、悲哀だけでもなかった。
それらがない交ぜになった気持ちが、枯れ果てたはずの涙腺を再度弛ませ、ようやく感情を、ひと滴と変えて落とした…
そんな、複雑かつ稀少な涙だった。
「…セレン」
ユイはセレンの心情を案じ、低くその名を呼ぶだけに留める。
するとセレンは、ゆっくりと顔をあげた。
「…ご、ごめんなさい…
まだ…気持ちの整理が、ついてなくて…」
慌てて、その目を手で擦るセレンの頭に、ぽん、とレアンが手を置いた。
それにセレンは不思議そうに手を止める。
「レアン様…?」
「…、気持ちの整理など、そう簡単につくものではない…
無理はしなくていい」
セレンは唇を噛み締めて、俯き加減に頷いた。
「…はい… ありがとうございます」
「…で? これからどうするの?」
ヴァルスが、わざといつもの彼らしく振る舞い、腕を組む。
…下手な同情よりも何よりも、普段通りにセレンに接することが上策と考えたユイは、それに乗った。
「ここで退くか?」
ユイはあえて、そう訊ねた。
…この後のセレンの答えを、充分過ぎるほど分かっていながら。
案の定、次にはセレンは、右の手の甲で、勢いよく涙を拭うと、きっぱりと答えた。
「いいえ、行くわ」
「…それが聞きたかった」
毅然とした、そして確固たる答えを聞いたユイは、深い決意を秘めたセレンの瞳を見つめ、心底から笑んだ。
その、あまりに屈託のない、天使のような笑みに、自然、セレンの顔が紅潮する。
(…ユイ…!)
…心臓が自分でも分かる程に、はっきりと高鳴る。
(ユイが… 笑っ…た?)
誰もが過ぎる、無垢な赤子の頃のように。
今まで、どのようなことがあっても、こうはっきりとは、喜の感情を示さなかったユイが…
“笑っている”。
一時はその笑顔に見とれたセレンは、しかしそれでも次には、その笑顔がもたらす意味に気付いた。
(…ユイは、私の覚悟を…“認めてくれている”…!)
だから心から笑んでいる。
明け透けなくも、裏表なく。
となれば…ここはやはり、こちらもそれに応えなければならない。
…自分は生半可な覚悟で、常人には到底、立ち入れない領域に、踏み込んだ訳ではないのだから。
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