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Ⅵ.因縁の魔窟
…自分の過去と、対峙するのか…
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…地下の薄暗い部屋に、数秒ごとに、しゃくりあげる声が聞こえる。
墓の前で項垂れたままのセレンの表情は、ユイやヴァルスの側からは見えない。
ただ、時折、その瞳から溢れたらしい涙の粒が、死角的に床に丸い染みを作るだけ。
しかしその嘆きは、言うまでもなく底深く暗いもので、がっくりと肩を落としたまま焦燥し、へたりこんで墓の前から離れない様子は、その心や精神に、これまで以上の精神的負荷を掛けてしまうことを、周囲に匂わせていた。
それを早々に察したヴァルスが問う。
「…ユイ、聞いてもいい?」
「何だ?」
ユイは、そんなセレンから目を離さないままに答える。
「ユイとセレンの気持ちは良く分かったけど、あんな状態のセレンを、ユイは本当に…これからも連れ歩くつもり?」
「…、あいつがそれを望むなら、な」
ユイは即答はしなかった。
大事なのは自分の考えではなく、他ならぬセレン自身の意志。
「…何にせよ組織の方が、セレンの存在を放置するとは思えない。
現にあの気狂いは、ここにレアン公爵が居ると知っていてなお、襲撃して来ているんだからな」
「確かに…あの暴走ぶりからすりゃ、更に別な手が伸びてもおかしくはないけどね」
ヴァルスは短く嘆息した。
「それにさ、俺… ひとつ気になっていることがあるんだけど」
「ロゼが今だに動かない理由か?」
ユイが表情ひとつ変えずに問う。
それにヴァルスは、驚きに目を丸くした。
「…良く分かるねぇ」
「消去法で考えても分かることだ。
…ロゼはあの通りの性格で、およそ総統を動かすことを良しとしない…
だが、組織の人間を複数、あれだけ手酷く痛めつけられれば、総統の手を煩わす前に自分が…と考えてもおかしくはないからな」
「まあ、確かにそうなんだけど…
あいつの腹は読めても、実際にあれだけの力を持った奴が、表立って動いたら…」
「…誰が来ようと戦うまでだ。
その覚悟をもって、俺は今ここにいる」
ユイは、ことのほか静かに…しかしそれでいて、きっぱりと告げた。
そんな迷いも淀みもない、ただまっすぐに自らの決意を示したユイを、術もなく唖然と見つめながらも、一方のヴァルスもその決意を認め、腹をくくる。
「そんなら、俺も付き合いましょうかね」
「場合によっては、あの総統をも敵に回すことになるが、構わないのか?」
「それこそ今更だろう?」
ヴァルスは大袈裟に肩を竦めた。
「…こうしてお前の近くに居る限り、俺の動きは組織に筒抜けだ。
以降、どのように手を打とうとも、そもそもがはなから組織の監視つきなら、俺はいっそ、自分のしたいようにするよ」
「そういうまともな思考もあったんだな」
ユイが言葉に、棘のある茨を絡ませる。
「女ばかりに現を抜かしているかと思えば」
「…あのね、ユイ…」
ヴァルスが嘆息する。
「現状として、現在進行形で、あの総統とロゼを相手に、真正面から事を構えてるんだから。
それでも女のコだけを優先して考えられるような、楽観主義者じゃないよ俺は」
「まあ、その悪癖さえ出なければ大丈夫だろうがな」
ユイは、しれっと言ってのける。
「お前の実力は折り紙つきだからな。
…あとは、節度を弁えることさえ覚えれば問題ないんだが」
「そーとー信用ないのね…俺」
「暗に言っただろう。実力は信頼している…が、その女癖の悪さは…どうもな」
「…ったく、いつもながらそこら辺の事、ホントに平然と言ってくれるよね…
でも、そう言うユイだってさぁ」
ヴァルスが幼子のように口を尖らせる。
「俺と同様にとまでは言わないけど、もう少し、セレンとスキンシップの密度を…」
墓の前で項垂れたままのセレンの表情は、ユイやヴァルスの側からは見えない。
ただ、時折、その瞳から溢れたらしい涙の粒が、死角的に床に丸い染みを作るだけ。
しかしその嘆きは、言うまでもなく底深く暗いもので、がっくりと肩を落としたまま焦燥し、へたりこんで墓の前から離れない様子は、その心や精神に、これまで以上の精神的負荷を掛けてしまうことを、周囲に匂わせていた。
それを早々に察したヴァルスが問う。
「…ユイ、聞いてもいい?」
「何だ?」
ユイは、そんなセレンから目を離さないままに答える。
「ユイとセレンの気持ちは良く分かったけど、あんな状態のセレンを、ユイは本当に…これからも連れ歩くつもり?」
「…、あいつがそれを望むなら、な」
ユイは即答はしなかった。
大事なのは自分の考えではなく、他ならぬセレン自身の意志。
「…何にせよ組織の方が、セレンの存在を放置するとは思えない。
現にあの気狂いは、ここにレアン公爵が居ると知っていてなお、襲撃して来ているんだからな」
「確かに…あの暴走ぶりからすりゃ、更に別な手が伸びてもおかしくはないけどね」
ヴァルスは短く嘆息した。
「それにさ、俺… ひとつ気になっていることがあるんだけど」
「ロゼが今だに動かない理由か?」
ユイが表情ひとつ変えずに問う。
それにヴァルスは、驚きに目を丸くした。
「…良く分かるねぇ」
「消去法で考えても分かることだ。
…ロゼはあの通りの性格で、およそ総統を動かすことを良しとしない…
だが、組織の人間を複数、あれだけ手酷く痛めつけられれば、総統の手を煩わす前に自分が…と考えてもおかしくはないからな」
「まあ、確かにそうなんだけど…
あいつの腹は読めても、実際にあれだけの力を持った奴が、表立って動いたら…」
「…誰が来ようと戦うまでだ。
その覚悟をもって、俺は今ここにいる」
ユイは、ことのほか静かに…しかしそれでいて、きっぱりと告げた。
そんな迷いも淀みもない、ただまっすぐに自らの決意を示したユイを、術もなく唖然と見つめながらも、一方のヴァルスもその決意を認め、腹をくくる。
「そんなら、俺も付き合いましょうかね」
「場合によっては、あの総統をも敵に回すことになるが、構わないのか?」
「それこそ今更だろう?」
ヴァルスは大袈裟に肩を竦めた。
「…こうしてお前の近くに居る限り、俺の動きは組織に筒抜けだ。
以降、どのように手を打とうとも、そもそもがはなから組織の監視つきなら、俺はいっそ、自分のしたいようにするよ」
「そういうまともな思考もあったんだな」
ユイが言葉に、棘のある茨を絡ませる。
「女ばかりに現を抜かしているかと思えば」
「…あのね、ユイ…」
ヴァルスが嘆息する。
「現状として、現在進行形で、あの総統とロゼを相手に、真正面から事を構えてるんだから。
それでも女のコだけを優先して考えられるような、楽観主義者じゃないよ俺は」
「まあ、その悪癖さえ出なければ大丈夫だろうがな」
ユイは、しれっと言ってのける。
「お前の実力は折り紙つきだからな。
…あとは、節度を弁えることさえ覚えれば問題ないんだが」
「そーとー信用ないのね…俺」
「暗に言っただろう。実力は信頼している…が、その女癖の悪さは…どうもな」
「…ったく、いつもながらそこら辺の事、ホントに平然と言ってくれるよね…
でも、そう言うユイだってさぁ」
ヴァルスが幼子のように口を尖らせる。
「俺と同様にとまでは言わないけど、もう少し、セレンとスキンシップの密度を…」
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