44 / 65
Ⅴ.背徳の墓標
築かれる協力体制
しおりを挟む
★☆★☆★
その中央で、魔術のぶつかり合いは今だに続いていた。
ユイが先に放った、死葬の闇。
これを沈黙させるべく放たれた、アベルの狂嵐の風と風の砕牙。
ふたつとひとつの魔術が、両者の中央で、現状維持状態で拮抗している。
つまりユイは、その裏を掻く形でアベルを仕留めた訳だが、その当のユイは、3つの魔術から奏でられる、火花のような音の耳障りさに、不愉快そうに眉を顰めていた。
見かねたレアンが、軽く右手を挙げる。
するとその部屋の中央でくすぶっていた魔術は、まるで元から何事も無かったかのように消滅した。
「!」
だが、これに瞬時に警戒を固めたのはユイだ。
レアンは今、魔術発動に必要不可欠な“声”を、一切発しなかった。
ということは、それだけを見ても彼は、相当なレベルの魔力の持ち主であることが分かる。
…そんなユイの目に自然に浮かぶ、警戒と殺気の入り混じった拒絶を、レアンは苦笑気味に払拭させた。
「…そう警戒することはない、副総統よ」
「それは無理な話だ」
思いの外、やんわりとしたレアンの口振りに業を煮やしたのか、ユイはいつになくきっぱりとはねつけた。
次いでじろりとレアンを見やると、戦いも辞さないといった様子も露わに、厳しく口を開く。
「…全てをうやむやにしたままのお前が、信用に足るはずがない」
「成る程、痛烈な皮肉だ。そしてその洞察力…、さすがだな」
「嫌味も世辞も結構だ」
ユイは頑なな言動を崩さず、なおも吐き捨てるように告げた。
「…俺が真に知りたいのは、その偽り作られた書類の内容ではない──
お前の脳内にある、真実の方だ」
「!だから…さすがだと言うんだ。
誓って言うが、先程のは決して世辞などではないよ」
根負けしたように、レアンが肩を竦める。
常人であればその時点で、ある程度の追随は緩和されるのだろうが、ユイは全くその手を緩めることなく、レアンを攻略しにかかった。
「その書類は、まるっきりの囮だろう?
【魔公】とまで謡われるお前が、暗殺組織の者が狙っていると知りながらも、保険も掛けずにのうのうとしているとは思えないからな」
「──ふ…、果たしてどちらが買い被っていたものかな」
「ふん…あれが囮でなければ、そうもあっさりと俺に手渡そうとしたりするものか。
つまりあれは、盗まれ奪われても構わなかった代物…
組織の者の目を欺く為のフェイクだ」
「…、脱帽だ、副総統── いや…【ユイ】」
レアンは深く長い息をつくと、心からの笑みを浮かべた。
「その若さで、有名な暗殺組織を掌握していただけのことはある…
しかも、“今は”…辛うじてでも、味方であるのが心強いな」
「……」
ユイはまだ警戒を崩さない。
だがその瞳に宿る殺気は、確実に、そして静かに緩和されてゆく。
「──ユイ、この書類にはひと通り、目を通しただろう…
だがお前の推察通り、これにはまだ、先がある」
ここでレアンは話を切ると、いきなり手にしていた書類を、炎の魔術によって焼き付かせた。
だが、またもその発動の要となる“声”を聞いていなかったことから、ユイの瞳は自然、再び訝の光を垣間見せる。
「【魔公】レアン…」
「全てはヴィルザーク侯爵こと、アーサーから聞いている…
ユイ、お前に関することも、総統に関することも、組織のことも…
そしてセレンが、それらにどう関わるのか…その全てをな」
「……」
「あの書類には、本当に初歩的なことしか記載されていなかった。
しかしながら…だ、その事実から、書類を見た相手がどこまで嗅ぎつけるか。
ユイ…貴方が真に気に掛けているのは、そこだろう?」
「…、まあ、奴ら如きに感づかれるはずはないと思うが…」
ユイはそこで視線を僅かに逸らす。
「秘密を過剰に知る者が居れば、その存在が総統の耳に入らないはずはない。
となれば、その者の扱いは、こちらが傍観していた所で何のことはない…が」
「飛び火や誘爆を恐れているのか?」
このレアンの問いに、ユイは視線を戻しつつ答えた。
「…勿論、組織内のみならず、大衆に知られることも問題ではある。だが、それ以上に厄介なのは──」
「総統の存在だな」
呟いたレアンが眉根を寄せると同時に、ユイは頷いた。
「そうだ。…もし件の秘密が口外されれば、あの総統のこと…
およそ関わり知ることのない者まで、予断なく抹殺するに決まっている」
「…、その、当の総統だが…」
レアンが僅かに言い淀む。
同時に、ユイが以降の言葉を遮った。
「そこで止めておくんだな、レアン公爵。
自ら、事を知っていると公言する必要はないだろう?」
「…そうだな」
レアンは口調を濁らせながらも頷いてみせる。
…このやり取りの内容からすると、ユイは間違いなく、事実を知った自分を黙認し、見逃そうとしてくれている。
そしてそれが何故なのかは、今までの流れ及びやり取りで、既に明白。
「セレンの為…か」
レアンはうっすらと瞳を細めて呟いた。
経緯からも知れる通り、自分はセレンの父・アーサー=ヴィルザークを通じて、組織・Break Gunsのトップシークレットを知った。
となれば、以降も組織の者に狙われ、場合によっては総統自らが動くであろうことも、容易に想定出来る。
そしてユイに関わる事実を知った今。
本来ならば、ユイ自身に刃を向けられ、敵対されてもおかしくはない。
だが、ユイがそうしない理由。
それどころか、明らかに敵方の存在にも近い、自分を擁護するかのようなこの発言。
“それは何故なのか”──
「…アーサー、安心するがいい…」
いつの間にか、柔らかくも静かな安寧の台詞が口をついた。
志半ばで死んだ友人に、これ以上はないと思われる、最上の餞。
…娘が、強力な人材に護られていること。
「ユイが、貴方の娘を守ってくれるよ」
その中央で、魔術のぶつかり合いは今だに続いていた。
ユイが先に放った、死葬の闇。
これを沈黙させるべく放たれた、アベルの狂嵐の風と風の砕牙。
ふたつとひとつの魔術が、両者の中央で、現状維持状態で拮抗している。
つまりユイは、その裏を掻く形でアベルを仕留めた訳だが、その当のユイは、3つの魔術から奏でられる、火花のような音の耳障りさに、不愉快そうに眉を顰めていた。
見かねたレアンが、軽く右手を挙げる。
するとその部屋の中央でくすぶっていた魔術は、まるで元から何事も無かったかのように消滅した。
「!」
だが、これに瞬時に警戒を固めたのはユイだ。
レアンは今、魔術発動に必要不可欠な“声”を、一切発しなかった。
ということは、それだけを見ても彼は、相当なレベルの魔力の持ち主であることが分かる。
…そんなユイの目に自然に浮かぶ、警戒と殺気の入り混じった拒絶を、レアンは苦笑気味に払拭させた。
「…そう警戒することはない、副総統よ」
「それは無理な話だ」
思いの外、やんわりとしたレアンの口振りに業を煮やしたのか、ユイはいつになくきっぱりとはねつけた。
次いでじろりとレアンを見やると、戦いも辞さないといった様子も露わに、厳しく口を開く。
「…全てをうやむやにしたままのお前が、信用に足るはずがない」
「成る程、痛烈な皮肉だ。そしてその洞察力…、さすがだな」
「嫌味も世辞も結構だ」
ユイは頑なな言動を崩さず、なおも吐き捨てるように告げた。
「…俺が真に知りたいのは、その偽り作られた書類の内容ではない──
お前の脳内にある、真実の方だ」
「!だから…さすがだと言うんだ。
誓って言うが、先程のは決して世辞などではないよ」
根負けしたように、レアンが肩を竦める。
常人であればその時点で、ある程度の追随は緩和されるのだろうが、ユイは全くその手を緩めることなく、レアンを攻略しにかかった。
「その書類は、まるっきりの囮だろう?
【魔公】とまで謡われるお前が、暗殺組織の者が狙っていると知りながらも、保険も掛けずにのうのうとしているとは思えないからな」
「──ふ…、果たしてどちらが買い被っていたものかな」
「ふん…あれが囮でなければ、そうもあっさりと俺に手渡そうとしたりするものか。
つまりあれは、盗まれ奪われても構わなかった代物…
組織の者の目を欺く為のフェイクだ」
「…、脱帽だ、副総統── いや…【ユイ】」
レアンは深く長い息をつくと、心からの笑みを浮かべた。
「その若さで、有名な暗殺組織を掌握していただけのことはある…
しかも、“今は”…辛うじてでも、味方であるのが心強いな」
「……」
ユイはまだ警戒を崩さない。
だがその瞳に宿る殺気は、確実に、そして静かに緩和されてゆく。
「──ユイ、この書類にはひと通り、目を通しただろう…
だがお前の推察通り、これにはまだ、先がある」
ここでレアンは話を切ると、いきなり手にしていた書類を、炎の魔術によって焼き付かせた。
だが、またもその発動の要となる“声”を聞いていなかったことから、ユイの瞳は自然、再び訝の光を垣間見せる。
「【魔公】レアン…」
「全てはヴィルザーク侯爵こと、アーサーから聞いている…
ユイ、お前に関することも、総統に関することも、組織のことも…
そしてセレンが、それらにどう関わるのか…その全てをな」
「……」
「あの書類には、本当に初歩的なことしか記載されていなかった。
しかしながら…だ、その事実から、書類を見た相手がどこまで嗅ぎつけるか。
ユイ…貴方が真に気に掛けているのは、そこだろう?」
「…、まあ、奴ら如きに感づかれるはずはないと思うが…」
ユイはそこで視線を僅かに逸らす。
「秘密を過剰に知る者が居れば、その存在が総統の耳に入らないはずはない。
となれば、その者の扱いは、こちらが傍観していた所で何のことはない…が」
「飛び火や誘爆を恐れているのか?」
このレアンの問いに、ユイは視線を戻しつつ答えた。
「…勿論、組織内のみならず、大衆に知られることも問題ではある。だが、それ以上に厄介なのは──」
「総統の存在だな」
呟いたレアンが眉根を寄せると同時に、ユイは頷いた。
「そうだ。…もし件の秘密が口外されれば、あの総統のこと…
およそ関わり知ることのない者まで、予断なく抹殺するに決まっている」
「…、その、当の総統だが…」
レアンが僅かに言い淀む。
同時に、ユイが以降の言葉を遮った。
「そこで止めておくんだな、レアン公爵。
自ら、事を知っていると公言する必要はないだろう?」
「…そうだな」
レアンは口調を濁らせながらも頷いてみせる。
…このやり取りの内容からすると、ユイは間違いなく、事実を知った自分を黙認し、見逃そうとしてくれている。
そしてそれが何故なのかは、今までの流れ及びやり取りで、既に明白。
「セレンの為…か」
レアンはうっすらと瞳を細めて呟いた。
経緯からも知れる通り、自分はセレンの父・アーサー=ヴィルザークを通じて、組織・Break Gunsのトップシークレットを知った。
となれば、以降も組織の者に狙われ、場合によっては総統自らが動くであろうことも、容易に想定出来る。
そしてユイに関わる事実を知った今。
本来ならば、ユイ自身に刃を向けられ、敵対されてもおかしくはない。
だが、ユイがそうしない理由。
それどころか、明らかに敵方の存在にも近い、自分を擁護するかのようなこの発言。
“それは何故なのか”──
「…アーサー、安心するがいい…」
いつの間にか、柔らかくも静かな安寧の台詞が口をついた。
志半ばで死んだ友人に、これ以上はないと思われる、最上の餞。
…娘が、強力な人材に護られていること。
「ユイが、貴方の娘を守ってくれるよ」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
朱の緊縛
女装きつね
ミステリー
ミステリー小説大賞2位作品 〜トマトジュースを飲んだら女体化して、メカケとその姉にイジられるのだが嫌じゃないっ!〜
『怖いのなら私の血と淫水で貴方の記憶を呼び覚ましてあげる。千秋の昔から愛しているよ』――扉の向こうに行けば君が居た。「さあ、私達の愛を思い出して」と変わらぬ君の笑顔が大好きだった。
同僚に誘われ入ったBARから始まる神秘的本格ミステリー。群像劇、個性際立つ魅力的な女性達。現実か幻想か、時系列が前後する中で次第に結ばれていく必然に翻弄される主人公、そして全てが終わった時、また針が動き出す。たどり着いた主人公が耳にした言葉は。
アルファポリス第4回ホラー・ミステリー小説大賞900作品/2位作品
ファクト ~真実~
華ノ月
ミステリー
主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。
そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。
その事件がなぜ起こったのか?
本当の「悪」は誰なのか?
そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。
こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!
よろしくお願いいたしますm(__)m
それでもミステリと言うナガレ
崎田毅駿
ミステリー
流連也《ながれれんや》は子供の頃に憧れた名探偵を目指し、開業する。だが、たいした実績も知名度もなく、警察に伝がある訳でもない彼の所に依頼はゼロ。二ヶ月ほどしてようやく届いた依頼は家出人捜し。実際には徘徊老人を見付けることだった。憧れ、脳裏に描いた名探偵像とはだいぶ違うけれども、流は真摯に当たり、依頼を解決。それと同時に、あることを知って、ますます名探偵への憧憬を強くする。
他人からすればミステリではないこともあるかもしれない。けれども、“僕”流にとってはそれでもミステリなんだ――本作は、そんなお話の集まり。
日常探偵団
髙橋朔也
ミステリー
八坂中学校に伝わる七不思議。その七番目を解決したことをきっかけに、七不思議全ての解明に躍動することになった文芸部の三人。人体爆発や事故が多発、ポルターガイスト現象が起こったり、唐突に窓が割れ、プールの水がどこからか漏れる。そんな七不思議の発生する要因には八坂中学校の秘密が隠されていた。文芸部部員の新島真は嫌々ながらも、日々解決を手伝う。そんな彼の出自には、驚愕の理由があった。
※本作の続編も連載中です。
一話一話は短く(2000字程度。多くて3000字)、読みやすくなっています。
※この作品は小説家になろう、エブリスタでも掲載しています。
ミノタウロスの森とアリアドネの嘘
鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。
新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。
現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。
過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。
――アリアドネは嘘をつく。
(過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)
有栖と奉日本『デスペラードをよろしく』
ぴえ
ミステリー
有栖と奉日本シリーズ第十話。
『デスペラード』を手に入れたユースティティアは天使との対決に備えて策を考え、準備を整えていく。
一方で、天使もユースティティアを迎え撃ち、目的を果たそうとしていた。
平等に進む時間
確実に進む時間
そして、決戦のときが訪れる。
表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(X:@studio_lid)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる