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Ⅴ.背徳の墓標
明確な能力差
しおりを挟むユイの闇の魔術は、漆黒の、棘のある龍を模したような形で、床を、そして空気をも食むかの如く抉り、四方八方からアベルの逃げ道を塞ぎ、襲いかかってゆく。
その勢いと動きはまるで、日本神話にある、八岐の大蛇のそれを、見る者に連想させる。
一方のアベルは、その魔術の名に相応しく、自らに襲い来る闇の魔術を、巻き込む形で緩和しようと試みた。
しかし相手であるユイの手札は、殺傷能力ではどの属性よりも勝る、闇。
しかもそれを扱うのは、組織の副総統──
「!これ程の魔術を放っても止めきれないとは…
やむを得ん──切り裂け、風の砕牙!」
「…、組織の幹部格に在るはずの者が…
たかがひとつの魔術を防ぐために、2つの魔術を使うのか…」
ユイが、不意にその逆の手に、別な魔術の構成を編み上げた。
その稀なる強大な力と規模を、同時に見たアベルの表情は、それまでの余裕はどこへやら、さすがに畏怖に凍りつく。
「…あ、ああ…!」
それだけ声を出すのがやっとのアベルに、ユイは殊更に冷たく言い放った。
「なら、もうひとつのこれを…どう止めるつもりだ?」
ユイは左手の人差し指で、静かにアベルを指した。
刹那。
そのアベルの足元から突然、鞭を思わせる漆黒の、茨の蔦がせり上がる。
「!」
それは対象者が気付いた所で、到底逃げる間もない早さ。
その魔術は捕らえ縛るように、瞬時にアベルの体に絡みつき、自らを深く確実にその肉体に埋め沈めるかの如く、容赦なくその棘を食い込ませてゆく。
「!くっ…」
全身を細い杭で穿たれているような痛みに、さすがにアベルは低く呻く。
しかしそこは組織の幹部、このレベルの痛みには耐性があるのか、声を漏らしこそしたものの、泣き言を吐くことは一切なかった。
…だが。
「…!?」
不意にアベルは、違和感を覚えた。
全身の血の気が引くような、途方もない寒気を覚えるような、奇妙な違和感だ。
この魔術にはまだ何かある、と、瞬時、アベルが気付いたのと、その魔術が、そんなアベルの考えに呼応するかの如く発動したのは、皮肉なことに、全く同時だった。
「…奪え、雹華の闇」
ユイが低くそう告げた途端。
アベルを覆っていた蔦の各所から、美しい真紅の薔薇の花が咲いた。
「!…」
その薔薇は言うまでもなくアベルの血を、その体の成分を養分として咲いたものだった。
当然、一度に大量の血液を魔術によって奪われたアベルは、急性貧血にも似た症状を起こし、その場にくずおれる形で、がくりと両膝をつく。
それでもアベルは、伊達に幹部クラスの地位には居ず、遠のく意識の中で、この魔術が何たるかを理解し、その効果を看破しようと、懸命に己の理性を引き止めていた。
(先程の…ユイの魔術…
雹華の闇とか言ったか…)
“雹華の闇”。
身をもってその魔術を受けた今なら、その効果の全てが分かる。
まず、先の茨の蔦で、敵の動きを捕らえる形で拘束し、動きを止め、更にその敵の血液を奪うことで再起不能にする。
まさしくそれ自体が二段、三段構えの攻撃効果を持つ、卓越した魔術だ。
そしてこんな高度な魔術は、組織の雑兵共などでは、レベルが高すぎて扱えるはずもない。
それを何の苦もなく放つユイ。
そしてそんな彼は、紛れもなく暗殺組織の副総統…!
(副総統であるユイが、これだけの規模の魔力を持つというなら、総統は…
あの総統は一体、どれだけの魔力を──)
…アベルの意識は、そこで途切れた。
その勢いと動きはまるで、日本神話にある、八岐の大蛇のそれを、見る者に連想させる。
一方のアベルは、その魔術の名に相応しく、自らに襲い来る闇の魔術を、巻き込む形で緩和しようと試みた。
しかし相手であるユイの手札は、殺傷能力ではどの属性よりも勝る、闇。
しかもそれを扱うのは、組織の副総統──
「!これ程の魔術を放っても止めきれないとは…
やむを得ん──切り裂け、風の砕牙!」
「…、組織の幹部格に在るはずの者が…
たかがひとつの魔術を防ぐために、2つの魔術を使うのか…」
ユイが、不意にその逆の手に、別な魔術の構成を編み上げた。
その稀なる強大な力と規模を、同時に見たアベルの表情は、それまでの余裕はどこへやら、さすがに畏怖に凍りつく。
「…あ、ああ…!」
それだけ声を出すのがやっとのアベルに、ユイは殊更に冷たく言い放った。
「なら、もうひとつのこれを…どう止めるつもりだ?」
ユイは左手の人差し指で、静かにアベルを指した。
刹那。
そのアベルの足元から突然、鞭を思わせる漆黒の、茨の蔦がせり上がる。
「!」
それは対象者が気付いた所で、到底逃げる間もない早さ。
その魔術は捕らえ縛るように、瞬時にアベルの体に絡みつき、自らを深く確実にその肉体に埋め沈めるかの如く、容赦なくその棘を食い込ませてゆく。
「!くっ…」
全身を細い杭で穿たれているような痛みに、さすがにアベルは低く呻く。
しかしそこは組織の幹部、このレベルの痛みには耐性があるのか、声を漏らしこそしたものの、泣き言を吐くことは一切なかった。
…だが。
「…!?」
不意にアベルは、違和感を覚えた。
全身の血の気が引くような、途方もない寒気を覚えるような、奇妙な違和感だ。
この魔術にはまだ何かある、と、瞬時、アベルが気付いたのと、その魔術が、そんなアベルの考えに呼応するかの如く発動したのは、皮肉なことに、全く同時だった。
「…奪え、雹華の闇」
ユイが低くそう告げた途端。
アベルを覆っていた蔦の各所から、美しい真紅の薔薇の花が咲いた。
「!…」
その薔薇は言うまでもなくアベルの血を、その体の成分を養分として咲いたものだった。
当然、一度に大量の血液を魔術によって奪われたアベルは、急性貧血にも似た症状を起こし、その場にくずおれる形で、がくりと両膝をつく。
それでもアベルは、伊達に幹部クラスの地位には居ず、遠のく意識の中で、この魔術が何たるかを理解し、その効果を看破しようと、懸命に己の理性を引き止めていた。
(先程の…ユイの魔術…
雹華の闇とか言ったか…)
“雹華の闇”。
身をもってその魔術を受けた今なら、その効果の全てが分かる。
まず、先の茨の蔦で、敵の動きを捕らえる形で拘束し、動きを止め、更にその敵の血液を奪うことで再起不能にする。
まさしくそれ自体が二段、三段構えの攻撃効果を持つ、卓越した魔術だ。
そしてこんな高度な魔術は、組織の雑兵共などでは、レベルが高すぎて扱えるはずもない。
それを何の苦もなく放つユイ。
そしてそんな彼は、紛れもなく暗殺組織の副総統…!
(副総統であるユイが、これだけの規模の魔力を持つというなら、総統は…
あの総統は一体、どれだけの魔力を──)
…アベルの意識は、そこで途切れた。
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