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Ⅴ.背徳の墓標
闇に認められし者
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瞬間、獣のそれに近い速さで飛び込む体。
それは素晴らしい反応速度で、あっという間にユイの懐に入り込む。
「!」
だがユイは焦りもせず、僅かながら驚いたような様子を見せると、ふと、体を引いた。
勢い余ったその者の攻撃は、自然、たった今までユイがいたはずの場所の床を大破させる。
抉られる床。
飛び散る木片。
そして…数多の埃──
「さすがに怖いか? 副総統様よ」
アベルが床から拳を起こす形で、上目遣いに訊ねる。
「……」
ユイは、いつの間にかすっかり殺気立った瞳を、今では抑えようともしていない。
…何も知らない、泣いているはずの赤子でも、本能で黙り震えるような…
純粋な、その冷たくも禍々しい──
そして途方もない、殺気。
「!…」
その無機質な、意志の抑揚のない冷酷な瞳に、アベルはほんの一瞬、その背にぞっとしたものを抱えた。
しかしそこは暗殺組織・Break Gunsの幹部、その辺りはおくびにも出さずに、平然と自らの思うところを言い放つ。
「言葉で何と言おうとも、現にお前は、先程から闇の魔術を使おうとはしていない…
そう、それが決して魔術で封じられている訳ではないのにも関わらずだ!」
「……」
ユイは黙ったままアベルを見据えている。
その様子には動揺や、焦りは微塵も感じられない。
しかしその黙りを肯定と解釈し、アベルは己が顔に嘲笑を張り付けた。
「暗殺組織の副総統ともあろう御方が、女のことでは、まさかこうまで弱いとはな…
それともあれか? それは対象があの女…
セレン=ヴィルザークだからか?」
アベルがそこまで話した時、それまで全く動きを見せなかったはずのユイの一部が、確かに動いた。
それは右こめかみの血管が、わずかにぴくりと反応しただけの、ほんの些細な動きだったのだが、それによって強固な確信を得たらしいアベルは、瞬間、その手に容赦なく、強力な風の魔術の構成を編み上げた。
「分かりやすい…非常に分かりやすいな、ユイよ!
そう、今のお前の弱点は、完全にあの女…
あの女がこの場に、この城に…そしてお前の側にいる限りは──
ユイ! …お前は自らの最大にして最強の武器である、闇の魔術を使うことは出来ない!」
「…、言いたいことはそれだけか?」
ユイが不意に、沈黙を破って口を開いた。
それは極めて静かな声でありながら、浸透するかのように、周囲の者の耳には、はっきりと届く。
「…お前がどこまで、何を知っているかは知らないが…
勘違いするな。…俺はセレンの前では既に一度、闇の魔術を使っている」
「!なに…?」
アベルの瞳が、意外性と驚愕に大きく見開かれる。
そのアベルの目論見、そして思惑をも叩き潰すかの如く、ユイがその手に至極当然のように、闇の魔力を纏わせる。
…自ら告げた言葉通り、まるで、発覚することなど怖くはないと言わんばかりに。
「…ケイオスの魔術を弾いた時だ。
セレンは奴の風の魔術は見たが、その後に目を閉じたことによって、“俺の魔術までもは見ていない”──
この事実が、何を指すか分かるか?」
「!っ、まさかお前は…」
一瞬のうちに、アベルがユイの動きを警戒する…よりも遥かに早く、ユイはそんなアベルの動きを先読みし、その手に宿った魔力を悠然と解き放った。
「──抉れ、死葬の闇」
「!くっ… 唸れ、狂嵐の風!」
二人の鋭い声が部屋の中央で交差したと同時、各々の強大な威力の魔術は発動し、周囲が鋭くも目を射るような強い光に覆われる。
それは素晴らしい反応速度で、あっという間にユイの懐に入り込む。
「!」
だがユイは焦りもせず、僅かながら驚いたような様子を見せると、ふと、体を引いた。
勢い余ったその者の攻撃は、自然、たった今までユイがいたはずの場所の床を大破させる。
抉られる床。
飛び散る木片。
そして…数多の埃──
「さすがに怖いか? 副総統様よ」
アベルが床から拳を起こす形で、上目遣いに訊ねる。
「……」
ユイは、いつの間にかすっかり殺気立った瞳を、今では抑えようともしていない。
…何も知らない、泣いているはずの赤子でも、本能で黙り震えるような…
純粋な、その冷たくも禍々しい──
そして途方もない、殺気。
「!…」
その無機質な、意志の抑揚のない冷酷な瞳に、アベルはほんの一瞬、その背にぞっとしたものを抱えた。
しかしそこは暗殺組織・Break Gunsの幹部、その辺りはおくびにも出さずに、平然と自らの思うところを言い放つ。
「言葉で何と言おうとも、現にお前は、先程から闇の魔術を使おうとはしていない…
そう、それが決して魔術で封じられている訳ではないのにも関わらずだ!」
「……」
ユイは黙ったままアベルを見据えている。
その様子には動揺や、焦りは微塵も感じられない。
しかしその黙りを肯定と解釈し、アベルは己が顔に嘲笑を張り付けた。
「暗殺組織の副総統ともあろう御方が、女のことでは、まさかこうまで弱いとはな…
それともあれか? それは対象があの女…
セレン=ヴィルザークだからか?」
アベルがそこまで話した時、それまで全く動きを見せなかったはずのユイの一部が、確かに動いた。
それは右こめかみの血管が、わずかにぴくりと反応しただけの、ほんの些細な動きだったのだが、それによって強固な確信を得たらしいアベルは、瞬間、その手に容赦なく、強力な風の魔術の構成を編み上げた。
「分かりやすい…非常に分かりやすいな、ユイよ!
そう、今のお前の弱点は、完全にあの女…
あの女がこの場に、この城に…そしてお前の側にいる限りは──
ユイ! …お前は自らの最大にして最強の武器である、闇の魔術を使うことは出来ない!」
「…、言いたいことはそれだけか?」
ユイが不意に、沈黙を破って口を開いた。
それは極めて静かな声でありながら、浸透するかのように、周囲の者の耳には、はっきりと届く。
「…お前がどこまで、何を知っているかは知らないが…
勘違いするな。…俺はセレンの前では既に一度、闇の魔術を使っている」
「!なに…?」
アベルの瞳が、意外性と驚愕に大きく見開かれる。
そのアベルの目論見、そして思惑をも叩き潰すかの如く、ユイがその手に至極当然のように、闇の魔力を纏わせる。
…自ら告げた言葉通り、まるで、発覚することなど怖くはないと言わんばかりに。
「…ケイオスの魔術を弾いた時だ。
セレンは奴の風の魔術は見たが、その後に目を閉じたことによって、“俺の魔術までもは見ていない”──
この事実が、何を指すか分かるか?」
「!っ、まさかお前は…」
一瞬のうちに、アベルがユイの動きを警戒する…よりも遥かに早く、ユイはそんなアベルの動きを先読みし、その手に宿った魔力を悠然と解き放った。
「──抉れ、死葬の闇」
「!くっ… 唸れ、狂嵐の風!」
二人の鋭い声が部屋の中央で交差したと同時、各々の強大な威力の魔術は発動し、周囲が鋭くも目を射るような強い光に覆われる。
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