42 / 65
Ⅴ.背徳の墓標
闇に認められし者
しおりを挟む
瞬間、獣のそれに近い速さで飛び込む体。
それは素晴らしい反応速度で、あっという間にユイの懐に入り込む。
「!」
だがユイは焦りもせず、僅かながら驚いたような様子を見せると、ふと、体を引いた。
勢い余ったその者の攻撃は、自然、たった今までユイがいたはずの場所の床を大破させる。
抉られる床。
飛び散る木片。
そして…数多の埃──
「さすがに怖いか? 副総統様よ」
アベルが床から拳を起こす形で、上目遣いに訊ねる。
「……」
ユイは、いつの間にかすっかり殺気立った瞳を、今では抑えようともしていない。
…何も知らない、泣いているはずの赤子でも、本能で黙り震えるような…
純粋な、その冷たくも禍々しい──
そして途方もない、殺気。
「!…」
その無機質な、意志の抑揚のない冷酷な瞳に、アベルはほんの一瞬、その背にぞっとしたものを抱えた。
しかしそこは暗殺組織・Break Gunsの幹部、その辺りはおくびにも出さずに、平然と自らの思うところを言い放つ。
「言葉で何と言おうとも、現にお前は、先程から闇の魔術を使おうとはしていない…
そう、それが決して魔術で封じられている訳ではないのにも関わらずだ!」
「……」
ユイは黙ったままアベルを見据えている。
その様子には動揺や、焦りは微塵も感じられない。
しかしその黙りを肯定と解釈し、アベルは己が顔に嘲笑を張り付けた。
「暗殺組織の副総統ともあろう御方が、女のことでは、まさかこうまで弱いとはな…
それともあれか? それは対象があの女…
セレン=ヴィルザークだからか?」
アベルがそこまで話した時、それまで全く動きを見せなかったはずのユイの一部が、確かに動いた。
それは右こめかみの血管が、わずかにぴくりと反応しただけの、ほんの些細な動きだったのだが、それによって強固な確信を得たらしいアベルは、瞬間、その手に容赦なく、強力な風の魔術の構成を編み上げた。
「分かりやすい…非常に分かりやすいな、ユイよ!
そう、今のお前の弱点は、完全にあの女…
あの女がこの場に、この城に…そしてお前の側にいる限りは──
ユイ! …お前は自らの最大にして最強の武器である、闇の魔術を使うことは出来ない!」
「…、言いたいことはそれだけか?」
ユイが不意に、沈黙を破って口を開いた。
それは極めて静かな声でありながら、浸透するかのように、周囲の者の耳には、はっきりと届く。
「…お前がどこまで、何を知っているかは知らないが…
勘違いするな。…俺はセレンの前では既に一度、闇の魔術を使っている」
「!なに…?」
アベルの瞳が、意外性と驚愕に大きく見開かれる。
そのアベルの目論見、そして思惑をも叩き潰すかの如く、ユイがその手に至極当然のように、闇の魔力を纏わせる。
…自ら告げた言葉通り、まるで、発覚することなど怖くはないと言わんばかりに。
「…ケイオスの魔術を弾いた時だ。
セレンは奴の風の魔術は見たが、その後に目を閉じたことによって、“俺の魔術までもは見ていない”──
この事実が、何を指すか分かるか?」
「!っ、まさかお前は…」
一瞬のうちに、アベルがユイの動きを警戒する…よりも遥かに早く、ユイはそんなアベルの動きを先読みし、その手に宿った魔力を悠然と解き放った。
「──抉れ、死葬の闇」
「!くっ… 唸れ、狂嵐の風!」
二人の鋭い声が部屋の中央で交差したと同時、各々の強大な威力の魔術は発動し、周囲が鋭くも目を射るような強い光に覆われる。
それは素晴らしい反応速度で、あっという間にユイの懐に入り込む。
「!」
だがユイは焦りもせず、僅かながら驚いたような様子を見せると、ふと、体を引いた。
勢い余ったその者の攻撃は、自然、たった今までユイがいたはずの場所の床を大破させる。
抉られる床。
飛び散る木片。
そして…数多の埃──
「さすがに怖いか? 副総統様よ」
アベルが床から拳を起こす形で、上目遣いに訊ねる。
「……」
ユイは、いつの間にかすっかり殺気立った瞳を、今では抑えようともしていない。
…何も知らない、泣いているはずの赤子でも、本能で黙り震えるような…
純粋な、その冷たくも禍々しい──
そして途方もない、殺気。
「!…」
その無機質な、意志の抑揚のない冷酷な瞳に、アベルはほんの一瞬、その背にぞっとしたものを抱えた。
しかしそこは暗殺組織・Break Gunsの幹部、その辺りはおくびにも出さずに、平然と自らの思うところを言い放つ。
「言葉で何と言おうとも、現にお前は、先程から闇の魔術を使おうとはしていない…
そう、それが決して魔術で封じられている訳ではないのにも関わらずだ!」
「……」
ユイは黙ったままアベルを見据えている。
その様子には動揺や、焦りは微塵も感じられない。
しかしその黙りを肯定と解釈し、アベルは己が顔に嘲笑を張り付けた。
「暗殺組織の副総統ともあろう御方が、女のことでは、まさかこうまで弱いとはな…
それともあれか? それは対象があの女…
セレン=ヴィルザークだからか?」
アベルがそこまで話した時、それまで全く動きを見せなかったはずのユイの一部が、確かに動いた。
それは右こめかみの血管が、わずかにぴくりと反応しただけの、ほんの些細な動きだったのだが、それによって強固な確信を得たらしいアベルは、瞬間、その手に容赦なく、強力な風の魔術の構成を編み上げた。
「分かりやすい…非常に分かりやすいな、ユイよ!
そう、今のお前の弱点は、完全にあの女…
あの女がこの場に、この城に…そしてお前の側にいる限りは──
ユイ! …お前は自らの最大にして最強の武器である、闇の魔術を使うことは出来ない!」
「…、言いたいことはそれだけか?」
ユイが不意に、沈黙を破って口を開いた。
それは極めて静かな声でありながら、浸透するかのように、周囲の者の耳には、はっきりと届く。
「…お前がどこまで、何を知っているかは知らないが…
勘違いするな。…俺はセレンの前では既に一度、闇の魔術を使っている」
「!なに…?」
アベルの瞳が、意外性と驚愕に大きく見開かれる。
そのアベルの目論見、そして思惑をも叩き潰すかの如く、ユイがその手に至極当然のように、闇の魔力を纏わせる。
…自ら告げた言葉通り、まるで、発覚することなど怖くはないと言わんばかりに。
「…ケイオスの魔術を弾いた時だ。
セレンは奴の風の魔術は見たが、その後に目を閉じたことによって、“俺の魔術までもは見ていない”──
この事実が、何を指すか分かるか?」
「!っ、まさかお前は…」
一瞬のうちに、アベルがユイの動きを警戒する…よりも遥かに早く、ユイはそんなアベルの動きを先読みし、その手に宿った魔力を悠然と解き放った。
「──抉れ、死葬の闇」
「!くっ… 唸れ、狂嵐の風!」
二人の鋭い声が部屋の中央で交差したと同時、各々の強大な威力の魔術は発動し、周囲が鋭くも目を射るような強い光に覆われる。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
尖閣~防人の末裔たち
篠塚飛樹
ミステリー
元大手新聞社の防衛担当記者だった古川は、ある団体から同行取材の依頼を受ける。行き先は尖閣諸島沖。。。
緊迫の海で彼は何を見るのか。。。
※この作品は、フィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
※無断転載を禁じます。
昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム
かものすけ
ミステリー
昭和四十年代を舞台に繰り広げられる歴史&怪奇物語。
高名なアイヌ言語学者の研究の後を継いだ若き研究者・佐藤礼三郎に次から次へ降りかかる事件と災難。
そしてある日持ち込まれた一通の手紙から、礼三郎はついに人生最大の危機に巻き込まれていくのだった。
謎のアイヌ美女、紐解かれる禁忌の物語伝承、恐るべき人喰い刀の正体とは?
果たして礼三郎は、全ての謎を解明し、生きて北の大地から生還できるのか。
北海道の寒村を舞台に繰り広げられる謎が謎呼ぶ幻想ミステリーをどうぞ。
紙の本のカバーをめくりたい話
みぅら
ミステリー
紙の本のカバーをめくろうとしたら、見ず知らずの人に「その本、カバーをめくらない方がいいですよ」と制止されて、モヤモヤしながら本を読む話。
男性向けでも女性向けでもありません。
カテゴリにその他がなかったのでミステリーにしていますが、全然ミステリーではありません。

ダブルネーム
しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する!
四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる