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Ⅴ.背徳の墓標
…そう、何も難しいことはない…
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「──お帰りなさいませ、ユイ様」
いつの間にか入り口の片付けを済ませ、たった今洗い終えたらしい皿を拭きながら…
ログランドが、カウンター越しにユイに声をかけ、にこやかに笑いかけた。
「ああ。…ログランド、酒をくれ。
奴らのおかげで興醒めした」
その言葉ほどは苛立ちを見せず、淡々としたまま、ログランドの向かいに腰を落としたユイは、後について来ていながら呆けている、二人に向かっても声をかけた。
「突っ立ってないで、座ったらどうだ?」
「!あ、ああ…」
ヴァルスは今更ながらに、ユイのこの強かさに舌を巻いた。
その隣ではセレンが、ユイのいつにないマイペースぶりに、呆けるを通り越して絶句している。
その様を見やったユイは、ログランドから酒の入ったグラスを受け取りながらも、ふと、皮肉げにセレンに向けて笑んだ。
「お子様にはオレンジジュースがいいか?」
「!なっ」
その言い種に、我に返ったセレンが目くじらを立てる。
「子ども扱いしないで!
ログランドさん、お酒下さい! カクテルのきっついやつ!」
憤然と叫びながらも、セレンはどかりとユイの左隣に腰を下ろした。
これに対してヴァルスは、さすがに苦笑することしか出来ない。
ユイがこうまで、女性を挑発…というより、からかう所を見るのも初めてだが、それをそうと知っていながら乗り、威風堂々と対抗するセレン。
…その根底は、あくまでユイと対等であろうとする。
言うまでもなく、組織にはひとりとして居なかったであろう、斬新なタイプだ。
ヴァルスの苦笑は、いつの間にか溜め息にも近い感嘆へと変わっていた。
が、それをおくびにも出さずに口を挟む。
「あーあ…知らないよセレン。
こう見えてユイは、かなり強いんだから」
「──甘いわよ、ヴァルス」
セレンが右手の人差し指を数回、左右に振る。
「私だって、だてに侯爵家の一人娘はやっていないわ。
パーティーを梯子したりさせられたりなんてザラだったし、その度にお酒を進められたりして飲んでいたし…
そう簡単には潰されないわよ?」
その美しい唇を緩める形で、不敵に笑んだセレンに、ヴァルスは根負けして退いた。
「分かったよ。でも、相手はユイなんだから、程々にな?」
「ええ、無理はしないわ。心配してくれて有難う、ヴァルス」
「…へえー…」
ヴァルスは顎に手を当て、興味津々にセレンを見やる。
“ユイの興味を惹くタイプだ”。
ヴァルスは的確に、そう考えた。
上流階級に堂々と名を連ねる名門・ヴィルザーク侯爵家の、後継のはずのこのひとり娘には、その階級特有の、鼻持ちならない高慢さや、金や世間体等に対する貪欲さがまるでない。
思えば、最初からセレンはそうだった。
ユイや自分が組織に属する人間であると知れた時、さすがに一時は驚き恐れはしたものの──
怯んだり媚びたり、ましてや命乞いをする等、無様な行為を見せることなど、ただの一度たりとも無かった。
誇りがあるのに、それを文字通り誇示することもなく、あれだけの魔力を持ったユイに対しても、臆することも諂うこともなく、普通に話しかける。
やはり、ついぞ組織に見られなかったタイプだ。
だからユイも連れ歩いているのだろう。
貴族の娘など、どんなに上流で美人であったとしても、氷の如く凍てついた瞳で、虫けらでも見るかのように冷たく一瞥し、徹底した無関心を決め込んでいたはずの、あのユイが…
自らの意志で、セレンを傍に置いているのだから。
(…まあ、このセレンという娘なら…分からないこともないけどね)
それだけ全ての言動が自然だから。
いつの間にか入り口の片付けを済ませ、たった今洗い終えたらしい皿を拭きながら…
ログランドが、カウンター越しにユイに声をかけ、にこやかに笑いかけた。
「ああ。…ログランド、酒をくれ。
奴らのおかげで興醒めした」
その言葉ほどは苛立ちを見せず、淡々としたまま、ログランドの向かいに腰を落としたユイは、後について来ていながら呆けている、二人に向かっても声をかけた。
「突っ立ってないで、座ったらどうだ?」
「!あ、ああ…」
ヴァルスは今更ながらに、ユイのこの強かさに舌を巻いた。
その隣ではセレンが、ユイのいつにないマイペースぶりに、呆けるを通り越して絶句している。
その様を見やったユイは、ログランドから酒の入ったグラスを受け取りながらも、ふと、皮肉げにセレンに向けて笑んだ。
「お子様にはオレンジジュースがいいか?」
「!なっ」
その言い種に、我に返ったセレンが目くじらを立てる。
「子ども扱いしないで!
ログランドさん、お酒下さい! カクテルのきっついやつ!」
憤然と叫びながらも、セレンはどかりとユイの左隣に腰を下ろした。
これに対してヴァルスは、さすがに苦笑することしか出来ない。
ユイがこうまで、女性を挑発…というより、からかう所を見るのも初めてだが、それをそうと知っていながら乗り、威風堂々と対抗するセレン。
…その根底は、あくまでユイと対等であろうとする。
言うまでもなく、組織にはひとりとして居なかったであろう、斬新なタイプだ。
ヴァルスの苦笑は、いつの間にか溜め息にも近い感嘆へと変わっていた。
が、それをおくびにも出さずに口を挟む。
「あーあ…知らないよセレン。
こう見えてユイは、かなり強いんだから」
「──甘いわよ、ヴァルス」
セレンが右手の人差し指を数回、左右に振る。
「私だって、だてに侯爵家の一人娘はやっていないわ。
パーティーを梯子したりさせられたりなんてザラだったし、その度にお酒を進められたりして飲んでいたし…
そう簡単には潰されないわよ?」
その美しい唇を緩める形で、不敵に笑んだセレンに、ヴァルスは根負けして退いた。
「分かったよ。でも、相手はユイなんだから、程々にな?」
「ええ、無理はしないわ。心配してくれて有難う、ヴァルス」
「…へえー…」
ヴァルスは顎に手を当て、興味津々にセレンを見やる。
“ユイの興味を惹くタイプだ”。
ヴァルスは的確に、そう考えた。
上流階級に堂々と名を連ねる名門・ヴィルザーク侯爵家の、後継のはずのこのひとり娘には、その階級特有の、鼻持ちならない高慢さや、金や世間体等に対する貪欲さがまるでない。
思えば、最初からセレンはそうだった。
ユイや自分が組織に属する人間であると知れた時、さすがに一時は驚き恐れはしたものの──
怯んだり媚びたり、ましてや命乞いをする等、無様な行為を見せることなど、ただの一度たりとも無かった。
誇りがあるのに、それを文字通り誇示することもなく、あれだけの魔力を持ったユイに対しても、臆することも諂うこともなく、普通に話しかける。
やはり、ついぞ組織に見られなかったタイプだ。
だからユイも連れ歩いているのだろう。
貴族の娘など、どんなに上流で美人であったとしても、氷の如く凍てついた瞳で、虫けらでも見るかのように冷たく一瞥し、徹底した無関心を決め込んでいたはずの、あのユイが…
自らの意志で、セレンを傍に置いているのだから。
(…まあ、このセレンという娘なら…分からないこともないけどね)
それだけ全ての言動が自然だから。
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