†Break Guns†

如月統哉

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Ⅳ.追う者、追われる者

幹部たちの野心

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しかしその、追い詰められた獣のように警戒を固めた瞳は、しっかりとその人物の姿を捉えていた。

…近くにある、高い建物。
そこは十字架クロスがあることから、教会だと分かる。
そのクロスに肘を当て、屋根の上から、文字通り空下を見下しながら嘲笑う、ひとりの青年。


──歳の頃は二十代前半。長めの前髪から覗き見える鋭い瞳は紫、そしてそれを受け止め、より反映させるような、漆黒の髪。
それは鳥類でいうなら鷹、獣類でいうなら豹。
そんな特有の、鋭さと孤高さを併せ持った、威厳ある青年。


睨み据えるケイオスの瞳に怒りが宿った。

「!…ア…ベル、てめ…」
「自業自得という言葉を覚えろ、狂犬。
俺の噂話などをするからだろう?」

全く悪びれもせず、その口に悪魔の弧を描いた青年…
アベルは、何の苦もなく、一瞬にしてその場から二人と同じ地に足をつける。
それにゼオンの警戒と殺気は、否が応にもいや増した。

「…だからってこれはご挨拶じゃないか? アベル」
「ふん…避けられないのも、気配を察せないのも、全てはこいつの弱さ故だろう。
そんなふうだから、副総統はおろか、ヴァルスにすら遅れを取るのだと、何故理解出来ない?」
「…はっ…、じゃあ、てめぇなら出来るってのかよ…」

ケイオスは額に脂汗を浮かべ、今にも気絶しそうになる激痛を堪えながら毒づく。

「実際…戦ってもいねぇくせに…
手も…出せねぇままに、ただ…眺めてた…だけの、腰抜けのてめぇが…
そう簡単に…ユイに勝てると…でも、思ってんのか…?」

にっ、と皮肉な笑みを浮かべたケイオスは、瞬時、襲って来た鋭い痛みに、顔を引きつらせた。
するとその刹那の隙をついて、アベルが唐突に、ゼオンに攻撃する姿勢を見せた。

「!な…」

肉眼でというよりは、空気の動きでそれを察したゼオンが、顔色を変えるも、時既に遅し。
先に言動において、したたかにやられたケイオスが、仲間でありながら今や襲撃者と化した幹部・アベルの動きを認識する前に、その当のアベルは、ゼオンの左の臓腑を、苦もなく抉り取っていた。


──生々しい肉塊と共に、血飛沫が宙に舞う。


「!ぐ…ぅあぁああぁあぁっ!!」

ゼオンが、喉を破かんばかりの悲痛な声をあげた。
術もなく崩れ落ちるゼオンの背を、何の躊躇も情けすらもなく、その上から勢いよく踏みつけたアベルは、憎しみと怒りにその瞳を染めたケイオスを、さも楽しげに眺めた。

「口の利き方に気をつけろ、狂犬…
いや、野良犬といった方が的確か?」
「!…」

ケイオスは、痛みからとも、怒りからとも取れる、強い歯噛みをする。
…これは明らかに、孤児であった所を組織に拾われた、自分とゼオンの生い立ちを皮肉っているのだと察して。


「──ここでお前らを殺すことなど造作もないが、それでは納得しない奴がひとり居てな。
後のことは全てそいつに任せるつもりだ」


くっ、と低く喉を鳴らすと、アベルの姿は一瞬にして消え失せた。
それはどうやら魔術によってのものだったらしいが、残されたケイオスとゼオンには、普段なら他愛ないことなはずの、そんな簡単な事実すらも、理解する余裕は無かった。

今や心身共に追い詰められたケイオスの両の瞳は、代わりにその場に現れた者へと釘付けになる。

そう、その場に姿を見せたのは、他でもない──


「…エルダ…、てめぇかよ…!」

ケイオスが精一杯の虚勢を張る。
しかしその体に受けたダメージが大きいのは、誰しもが判断がつくであろう、外傷からしても明らかだ。

「…ふふ… アベルにこれだけ酷くやられても、まだそんな大口が叩けるだなんて…
大したものね、貴方も」
「…嫌味かよ。趣味のわりぃ女──」

それだけを嘲るように呟くと、ケイオスは体力が限界に達したのか、傷を押さえたまま、ばたりとその場に倒れ込んだ。

…結果、地に伏しているのは、ケイオスとゼオンの二名。

「全く…人をあれだけこき下ろしておいてこれだもの。
ざまあないわね、狂犬コンビ」

既に二人の意識は皆無なのか、エルダのこの暴言に対しても、二人は何のリアクションも興さない。
それを察したエルダの口元は自然に緩み、弧を描いた。


「──このまま殺すのは簡単だけど…
どうせなら、貸しを作って働いて貰った方が、後々便利かしらね」


エルダは突っ伏したままの二人に向かって、残酷なまでに軽い笑みを漏らすと、不意にパチッと指を鳴らした。
…すると、どの辺りに潜んでいたものか、周囲からわらわらと、同じ服を着た少年少女たちが群がって来る。

「エルダ様、ケイオス様とゼオン様を…」
「そう。組織に連れ帰って。…丁重にね」
「はっ!」

少年のひとりが敬礼をし、ケイオスとゼオンは彼らの手によって、組織へと運ばれていく。

その様子を目の当たりにしながら、エルダはひとり、今後起こり得る全ての事象に、胸を弾ませていた。
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