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Ⅳ.追う者、追われる者
【弟殺し】
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「ひっどいねー、ユイ。それが助っ人を買って出た人間に対して言う台詞?」
…ユイが暗殺組織・Break Gunsの副総統である事実。
それ自体をセレンは知らず、当然のことながら、その知識に浸透すらしていない為、ヴァルスはあえてこちらの矛先を強調し、大袈裟に肩を竦めてみせる。
そしてユイも、その持ち前の機転の早さから、それは充分に理解していた…はずなのだが。
「お前に借りを作るのは気持ちが悪い。
それならいっそ──」
「こてんこてんにやられてくれた方が良かったって?
全く…ユイらしいけど、いつもながら物騒な物言いこの上ないよね」
ヴァルスは苦笑すると、徐に先に立ち、移動する形で、ログランドの店の方へと歩を進めた。
それをセレンが慌てて追いかけ、ユイがその背後を守るように位置し、ゆっくりと二人の後へと続く。
…三人がその場から姿を消し、欠片の気配すらも窺えなくなった頃。
安堵にも近い、深い息を長く吐きながら、ケイオスとゼオンが壁から離れた。
その服は魔術によって縫い止められたせいで、すっかりあちこちが破れ、見るも無惨な有り様となっていた。
…だがそれでも、現実として二人が完敗した事実は否めない。
がらっ、と瓦礫を動かす形で、その場から僅かに離れたケイオスは、己が左手の肘を下ろしたまま、右手で強く掴むと、渋るように声を紡いだ。
「くそ…完全な誤算だ。
まさかあのユイが副総統だとは、雑魚共はおろか、他の幹部クラスの奴らでさえも、誰も思うまい…!」
「そうだね。…消去法でいけば、恐らくはロゼ様か、ヴァルスなんじゃないかとの当たりくらいは付けていたけど…」
ゼオンも今回の予想外の結果には、すっかり参ったのか、その表情には、姿を見せた時に表面化していた、嫌味なまでの覇気がない。
「でもそう考えると、少なくともロゼ様と総統は、副総統がユイであることは分かっていたんだろうな」
「…そうだな」
ケイオスは複雑な表情で相槌を打つ。
「“幹部クラスは7人。この中に、総統と副総統が含まれる”…ということはだ。
総統と副総統を抜けば、言うまでもなく他は5人だ」
「うん。…そして俺たちは互いに知っている通り、確実に副総統じゃない。
で、総統は間違いなくあの方。
とすれば…だ、この時点で副総統である候補から外れるのは、俺とケイオスと総統。
残ったのは…ユイと、ロゼ様と、エルダ。
それから──“アベル”」
「“アベル”… ああ」
あの弟殺しか、とケイオスはあえて声を抑えた。
アベル=サイケデリック。
通称、【弟殺しのアベル】。
彼はある意味では、最もBreak Gunsの幹部に相応しい。
何しろその物騒な通称は、暗殺の邪魔になった実の弟を、弁解も命乞いすらも一切させずに、情け容赦なくその手にかけ、その亡骸を無惨にも野ざらしにして放置し、墓をも作らずに風化させたことから来ているのだから。
「…、まあ、あいつの腕と魔術のレベルが半端ねぇことは認めるが、あいつは限度って言葉を知らない分、副総統って器じゃないからな。
大体、あんなのを飼い慣らすだけでも大変だろうに、副総統になんかしていたら、それこそ総統だって──」
『…何だと言うんだ? ケイオス』
…そう低く、冷たく上空から降ってきた声は、明らかに眼前のゼオンのものではなかった。
「!」
その当のゼオンが、はっとして声のした方を見上げたと同時、何者かが発動させた風の魔術が、ケイオスの右胸の肋骨の隙間を、複数、的確に貫いた。
「…っ!」
ケイオスは、あまりに唐突に与えられた激痛に、瞬間、声を抑え、歯を食いしばるのが精一杯の有り様だった。
…ユイが暗殺組織・Break Gunsの副総統である事実。
それ自体をセレンは知らず、当然のことながら、その知識に浸透すらしていない為、ヴァルスはあえてこちらの矛先を強調し、大袈裟に肩を竦めてみせる。
そしてユイも、その持ち前の機転の早さから、それは充分に理解していた…はずなのだが。
「お前に借りを作るのは気持ちが悪い。
それならいっそ──」
「こてんこてんにやられてくれた方が良かったって?
全く…ユイらしいけど、いつもながら物騒な物言いこの上ないよね」
ヴァルスは苦笑すると、徐に先に立ち、移動する形で、ログランドの店の方へと歩を進めた。
それをセレンが慌てて追いかけ、ユイがその背後を守るように位置し、ゆっくりと二人の後へと続く。
…三人がその場から姿を消し、欠片の気配すらも窺えなくなった頃。
安堵にも近い、深い息を長く吐きながら、ケイオスとゼオンが壁から離れた。
その服は魔術によって縫い止められたせいで、すっかりあちこちが破れ、見るも無惨な有り様となっていた。
…だがそれでも、現実として二人が完敗した事実は否めない。
がらっ、と瓦礫を動かす形で、その場から僅かに離れたケイオスは、己が左手の肘を下ろしたまま、右手で強く掴むと、渋るように声を紡いだ。
「くそ…完全な誤算だ。
まさかあのユイが副総統だとは、雑魚共はおろか、他の幹部クラスの奴らでさえも、誰も思うまい…!」
「そうだね。…消去法でいけば、恐らくはロゼ様か、ヴァルスなんじゃないかとの当たりくらいは付けていたけど…」
ゼオンも今回の予想外の結果には、すっかり参ったのか、その表情には、姿を見せた時に表面化していた、嫌味なまでの覇気がない。
「でもそう考えると、少なくともロゼ様と総統は、副総統がユイであることは分かっていたんだろうな」
「…そうだな」
ケイオスは複雑な表情で相槌を打つ。
「“幹部クラスは7人。この中に、総統と副総統が含まれる”…ということはだ。
総統と副総統を抜けば、言うまでもなく他は5人だ」
「うん。…そして俺たちは互いに知っている通り、確実に副総統じゃない。
で、総統は間違いなくあの方。
とすれば…だ、この時点で副総統である候補から外れるのは、俺とケイオスと総統。
残ったのは…ユイと、ロゼ様と、エルダ。
それから──“アベル”」
「“アベル”… ああ」
あの弟殺しか、とケイオスはあえて声を抑えた。
アベル=サイケデリック。
通称、【弟殺しのアベル】。
彼はある意味では、最もBreak Gunsの幹部に相応しい。
何しろその物騒な通称は、暗殺の邪魔になった実の弟を、弁解も命乞いすらも一切させずに、情け容赦なくその手にかけ、その亡骸を無惨にも野ざらしにして放置し、墓をも作らずに風化させたことから来ているのだから。
「…、まあ、あいつの腕と魔術のレベルが半端ねぇことは認めるが、あいつは限度って言葉を知らない分、副総統って器じゃないからな。
大体、あんなのを飼い慣らすだけでも大変だろうに、副総統になんかしていたら、それこそ総統だって──」
『…何だと言うんだ? ケイオス』
…そう低く、冷たく上空から降ってきた声は、明らかに眼前のゼオンのものではなかった。
「!」
その当のゼオンが、はっとして声のした方を見上げたと同時、何者かが発動させた風の魔術が、ケイオスの右胸の肋骨の隙間を、複数、的確に貫いた。
「…っ!」
ケイオスは、あまりに唐突に与えられた激痛に、瞬間、声を抑え、歯を食いしばるのが精一杯の有り様だった。
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