†Break Guns†

如月統哉

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Ⅲ.放たれた刺客

狂犬コンビ

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「ケイオスとゼオン…あの狂犬コンビか」

ロゼが、さも愉しげに喉をくつくつと鳴らす。

「あの二人には、よく吠えるという事象は該当しない。
強い者ほど、獲物に噛みつく…
あの二人がそうであるようにな」
「つまり“弱い者ではない”…ということですね」

ロゼが過大評価を決してしないことを知っているエルダは、冷や汗を隠すこともなく、唾と共にその言葉を飲み込む。

幹部クラスであるエルダは、総統の命令にあった、ケイオスとゼオンという名の二人のことは良く知っていた。

…まずは、ケイオス。
彼は風の魔術を得意とする。
文字通りの金髪碧眼で、見た目はそんじょそこらの美少年など、足元にも及ばないほど整っているが…
元々持ちうる善の感情が全て外に反映されたのか、内面的には傲慢で粗野で、おまけに非常にキレやすく…
そんな彼をまともに御せるのは、ロゼと総統くらいのものであるという噂が、公然と飛び交う程の危険人物だ。

そして、ゼオン。
彼は水の魔術を得意とする。
ケイオスよりは年下であるが、その物言いや態度は、年上であるはずのケイオスとほとんど変わらない。

こちらもケイオス同様、蒼髪銀眼の整った容姿を、見事に裏切る性格をしている…


そして厄介なことには、二人が二人とも自分と同階級。
…つまり、暗殺組織の幹部クラス。


「よりによって、あの狂犬コンビが…ね。あの二人はユイにとって、最も戦いにくい相手──」

エルダは大きく息を吐いた。
ユイの身を案じてではない。
…あの二人を敵に回すことなど、間違っても想定したくないからだ。


何故なら、あの二人は…


「…ともかく、総統の御命令もあることだし、まずはあの二人に会わなければ…
ロゼ様、ケイオスとゼオンは、今、何処に居るのですか?」
「…本当に分からないのか? エルダ」
「えっ…?」

何の気なしに、怪訝そうにロゼに問い返すエルダ。
その鳩尾に、全くの不意打ちで、強烈な威力の風の魔術が炸裂するのと、ロゼが意味ありげに冷笑するのとは、ほぼ同時だった。


「!? …な…」


口から血を流しながら、鳩尾みぞおちを押さえて、術もなくその場に膝をつくエルダ。
突然の攻撃に、彼女は何が起こったのか分からず…
ただ茫然と前方を見る。

すると、いつの間にそこに現れたのか…
その目の前には、力を誇示するかの如く、腕を組んで残酷に笑むケイオスと、表情も変えず黙ったままエルダを見下ろす、ゼオンの姿があった。


ケイオスは、まるっきりエルダを見下した表情をとったまま、ゆっくりとエルダへと近づき──
不意に自らの膝を折ると、その勢いでエルダの髪を鷲掴んだ。

「!痛っ…」

髪を引っ張られたことによる痛みと、その反動で傷が引きつり、声をあげることを余儀なくされたエルダの耳元で、高さを合わせたケイオスが、その表情を崩さないままに、低く呟いた。

「…やはり女は使えないな。お前みたいな無力な女は、男にまたがって腰でも振っているのがお似合いだ」
「!…」

これ以上はないと思われる最大級の侮辱に、エルダの顔は怒りで紅潮した。
反射的に、自らの髪を掴むケイオスの手を、弾くような勢いで払いのける。

…幾本かの髪が抜けたことになどまるで構わず、エルダはその勢いのまま、きつくケイオスを睨み据えた。

ケイオスはそんなエルダの視線を物ともせず、引き続き悪気なく悪態をつく。

「ふん…言われるのが嫌なら、それ相応の実績を叩き出してみるんだな」
「…何も知らないで大口を叩くんじゃないわよ」

エルダが辛うじて怒りを抑えながら対抗する。
それに、ケイオスはぴくりと反応した。

「何だ? 言い訳なら──」
「私はね、ヴィルザーク家の者を抹殺せよとの命令を受けた。そしてそれは、然したる問題もなく完遂されるはずだった…
あの場に、最後の標的…
セレン=ヴィルザークを連れた、ユイが現れるまではね」
「! …ユイ…だと!?」

ケイオスは思わず立ち上がり、ゼオンと顔を見合わせる。
その、先程までの余裕をすっかり失った様を見やったセレンは、痛みを忘れたかのように…
勝ち誇って、嘲笑う。

「そうよ、あの…ユイよ。
ケイオス、貴方だってユイの魔力は知っているでしょう?
私のことを非難するのは、自分がユイに勝ってからにしたらどう?」
「…、ふん、そんな俗な挑発に乗るかよ」

意外にもケイオスは、次の瞬間、全く問題にしていないと言わんばかりに鼻を鳴らした。

「女ながらの浅はかな駆け引きだな。…ユイにほだされでもしたか?
だとすれば、やはりお前はただの女でしかない」
「…その事実だけを見るのなら、このまま行ってユイに殺されるがいいわ」

いつになく厳しいエルダの口調に、それまで軽口を叩いていたケイオスの表情が一転、引き締まった。

「…面白い。幹部クラスのお前がそうまで言う、ユイの実力…
俄然、興味が湧いてきたぜ。なあ? ゼオン」
「そうだね。あのユイに一泡吹かせられる好機なんて、滅多にないし…
俺たちが全力で戦える相手も、今ではそうそう居ないことだしね。
ここはひとつ、日頃の憂さ晴らしも兼ねて、本気でかからせて貰おうか」
「決まりだな」

快楽殺人者の幹部クラスという言葉がより相応しい程に、残酷なまでに楽しそうに、二人は顔を見合わせて笑う。
…そんな二人の幹部の様を冷たく見据えながら、エルダは内心、ほくそ笑んでいた。

(全く、この狂犬コンビときたら…
自分たちが噛ませ犬であるということが、全然理解出来ていないみたいね。
確かに貴方たちは、私より実力は上よ。でも、ユイには絶対に勝てないわ。
だって、何せユイは…)

そこまで考えて、エルダは軽く首を振った。

…それ以上は考えるまでもない。
自分はただ、彼らの自滅を傍観していればいいのだから。

「…面白くなって来たわね」


そんなエルダの呟きは、その場にいる他の者の耳には届かなかった。
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