†Break Guns†

如月統哉

文字の大きさ
上 下
1 / 65
Ⅰ.過去との決別

…俺にはもう、何も残されてはいない…

しおりを挟む
…それは暗殺集団とも、殺人快楽組織とも呼ばれ恐れられている、巨大な闇の犯罪組織の名…


──【Break Gunsブレイクガンズ】。


組織に対して牙をむく者は、誰であろうと情け容赦なく殺し、屍をごみ同然に晒し、放置する…
それこそ、極悪非道の代名詞のような組織だ。

その構成人員は、ほぼ数千人といわれ、そこには組織の名と実態に引かれた、少女から青年までの男女混合の、様々な若者が属している。

組織の者の共通の特徴として、一般に認識されているのは、そこに名を連ねる者は、皆、右の二の腕に十字架のタトゥーがあり、風火水土のいずれかに属した魔術を使えるということだ。
更に、幹部クラスは、その中でも特に強力な魔術を使いこなすことが可能な7名。
…そのうちのひとりが組織の総統、もうひとりが副総統だ。

若者揃いの組織だが、総統のその実力と統率力は折り紙付きで、万が一にも組織の者が断りもなく離脱する際には、総統直々の制裁が待ち受けていることは、組織に属する全ての者の周知の事実であり、同時に畏怖の対象ともなっていた。


…そんなある日。
その総統の部屋に、自らの確固たる意志を告げるため、“ユイ”という青年が姿を見せた。

ユイは意を決すると、目の前にある総統の部屋の、外観感知・認証式の自動扉の前に立った。
そのユイの姿を認めた重苦しい外観の扉が、その重さを感じさせない程に、あっさりと左右に口を開く。
それを見定めて、ユイは部屋へと足を踏み入れた。

…広々とした部屋に備えられた、立派な机。
その近くに据え付けられた、これまた立派な椅子に、ひとりの青年…
件の総統が、腰を深く落とすようにしながら足を組み、座っていた。

日が傾き、薄暗さが視界を占めるその部屋では、それでも何故か明かりを付けられることはなく、周囲もそれに合わせるかのように、ただひたすら鳴りを潜めていた。

ユイが慎重に歩を進めると、総統は極めてゆっくりと、そして忌々しそうに足を組み替えた。
指を苛々と動かすと、自らの目の前まで来て足を止めたユイに、静かに口を開く。


「何か用か… ユイ」


低い中にも、張り詰めるような冷たさを含んだその声に、ユイと呼ばれた青年は、返答を僅かに躊躇った。
しかし、意を決するように固唾を呑み、臆することで目を伏せながらも、聞かれたことには辛うじて答えた。

「──総統、俺は…、もう貴方には…ついて行けない」
「…この俺と、袂を分かとうと言うのか?
そしてこの組織をも抜けると…?」
「…ああ」

ユイは態度としては曖昧ながらも、答えとしてははっきりと頷いた。
伏せていた瞳をあげると、目の前の青年の姿を、その目に焼き付かせる。


…金髪銀眼の、その青年の姿を。


「…すまない、総統…
もはや貴方と会うことはないだろう…」

永別さながらに呟きながら、ユイは総統に背を向けた。
…総統がその背に、感情の凍てついた視線を浴びせ、冷たく笑う。

「お前はあくまで俺に逆らい、違う道を行こうというのだな? 面白い…!」

総統は不意に立ち上がると、いきなり自らの左手を天に掲げた。

「総統!」

ユイが驚いて振り返り、叫んだのと、総統が自分の持つ能力を発動させたのは、ほぼ同時だった。

…彼の能力の発動…!

とある事情から、総統の実力を良く知るユイは、それがどんな意味を持つか知っていた。

彼の力は発動すると、まるで手加減がない。

それを知っているからこそ、ユイは、すかさず目の前にあった扉から逃げようとした。
…しかし。

「!…扉をロックしたのか」

扉が開かないことに気付いたユイは、またも驚きの声をあげ、次には拳を固めて、忌々しげに扉を叩いた。

…考えてみれば、この狡猾な総統のこと…
何の伏線もないままに、自分と話をする訳がなかった。

瞬間、総統の放った光の魔術が、ユイを襲った。
だがユイにとっては、この魔術は、嫌と言うほど見覚えがあった。
総統の得意とする、軽威力の光魔術による拡散攻撃──
『光の波動』だ。

「!…っ、くそっ!」

心底から忌々しく毒づいたユイは、ランクとしては軽威力なはずながらも、総統の凄まじい魔力によって容易に高威力へと引き上げられた、強力な破壊力を誇るそれを、“それ”すらも上回る速さで避けた。

間一髪、すぐ近くにあった扉に、『光の波動』が直撃し、その扉が粉々に破壊された。
…扉の破片と、耳をつんざくような爆音のみが、瞬時、その場を覆う。

「!…」

ユイは、舞い上がる塵や埃に目と喉をやられる可能性を考慮し、僅かに退いた。
しかしその当の目は、扉が存在していたであろう箇所に開いた、大きな穴に向けられていた。

「…よし」

何事か考えたらしいユイは、即座に片手で口元を覆うと、総統による強力な魔術の第二波が来る前に、あえて目の前で舞い上がる埃の中に飛び込んだ。

逃げるためには、この埃がいい目眩ましになると判断してのことだ。

ユイは、すかさずその穴から部屋の外へと移動した。
一瞬だけ躊躇し、左右を窺うように視線を向けると、そのまま左側の通路へと走り出す。

だが、そのまま姿を眩まそうとするユイを、目敏い総統が見逃すはずもなかった。
総統は、今の爆音に驚いて集まって来た数人の青年たちに、すぐさまユイを追撃するよう命令した。

「──多少、傷つけ痛めつけても構わん。すぐにユイを捕らえろ!」
「!…は、はっ!」

青年たちは、総統の苛立ち混じりの命令に肝を潰しながらも、慌ててそれを受諾すると、それぞれがユイの後を追って駆け出した。
…彼らが去った後、ひとり部屋に残った総統は、矛先を向けようのない、ただひたすらの怒りに、ギリッと歯を軋ませた。

「…何故だ、ユイ… お前が何故、俺に逆らう…!?」

呟いた総統の瞳には、その感情の全てを凍てつかせたような、ぞっとするほど冷たい光が浮かび上がった。
しかし、すぐにそれは潰え、代わりに縋るような狂おしい感情がわずかに影を見せる。


「あいつらになど…、ユイは決して捕らえられはしない…!
今からでも遅くはない…
お前が全てを失うことはない…!
戻って来い… ユイ」


…そんな総統の密かな呟きは、降りてくる静かな夜の帳に溶けて消え失せた。





──だんだんと周囲が暗くなっていく中、ユイは、しつこく自分を追って来る相手を撒くことに必死だった。

「…いい加減に帰れ、貴様ら!」

その口調は、さすがに総統と話していた時とは異なり、すっかり粗悪なものになっていた。
組織の建物がある場所からは多少離れたものの、街中まちなかで迂闊に魔術を使うわけにもいかず、彼の苛々は頂点に達していた。

…ここで魔術を使えない理由は2つある。
ひとつは、魔術による組織の抗争がひとたび始まれば、間違いなくこの街にいる民たちを巻き込んでしまうため…
そしてもうひとつは、魔術を使うことで、結果的に隠さねばならないはずの自分の居場所を、自ら暴露する羽目に陥るからだ。

組織を抜けると決めた時から、ある程度の覚悟はしていたものの、自分としては、ただでさえ厄介な事象を、更に面倒な状況にするつもりは更々なかった。

…しかし、ぶっ通しで逃げ回る自分の体力にも、そろそろ限界が見え始めている。

それを的確に察したユイは、しつこく背後に張り付く追っ手の数を確認するため、一瞬、背後に視線を向けた。
刹那、異様なものを目にしたユイの瞳が、大きく見開かれる。

「!…っ、あれは…幹部クラス…!?」

…そう、迫り来る組織の者の中にひとりだけ、幹部クラスの少女が混じっていたのだ。
名前は、確か…

「!…エルダ…?」

名を思い出したユイがそれを告げると、エルダと呼ばれた少女は、ユイを追っていた組織の者全てに、動きを止めるよう促した。

「ユイ…、総統の御意志に逆らう貴方は、排除されなければならないわ。それが嫌なら私を討つことね…
でも、あなたにそれが出来るかしら?」

持って回った口調、加えて、自信たっぷりなエルダのこの軽い科白に、何となくカチンときたユイが、足を止め、即座に反論した。

「群れなければ何も出来ない腰抜けに、そんなことを言われる筋合いはない」
「お粗末ね…、それで挑発してるつもりなのかしら?」

それでもひくひくと頬を引きつらせて、エルダが余裕の笑みを浮かべる。

「挑発? …事実の間違いだ。まだ反論があるのなら、まずお前から潰す。ここが街中だろうが、組織の縄張りのど真ん中だろうが、そんなことはもう、どうでもいい。…覚悟はいいな?」
「!…」

──瞬間。
エルダは、そこの一角のみ、空気ががらりと変わったことを理解した。


それと同時、先程、組織の中で聞いた爆音によく似た大音量が、彼女の鼓膜を震わせ…
それが何であるのかを認識する暇もなく、彼女は気を失った。


…ただひとり、その場に残されたユイは、発動した自らの魔術の威力を後目に、静かに闇の中へと姿を消した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

籠の鳥はそれでも鳴き続ける

崎田毅駿
ミステリー
あまり流行っているとは言えない、熱心でもない探偵・相原克のもとを、珍しく依頼人が訪れた。きっちりした身なりのその男は長辺と名乗り、芸能事務所でタレントのマネージャーをやっているという。依頼内容は、お抱えタレントの一人でアイドル・杠葉達也の警護。「芸能の仕事から身を退かねば命の保証はしない」との脅迫文が繰り返し送り付けられ、念のための措置らしい。引き受けた相原は比較的楽な仕事だと思っていたが、そんな彼を嘲笑うかのように杠葉の身辺に危機が迫る。

雨宮楓の心霊事件簿

蒼琉璃
ホラー
辰子島高等学校で起きた、赤城久美の自殺。どうやら、それは怪異が関係しているのではと考えたオカルト研究部は、噂の霊感美少女雨宮楓にその調査を頼むのだった。 海野誠と雨宮楓の運命の出会いはここからだった!? ※雨宮健の心霊事件簿シリーズの、若き日の楓ばぁちゃんのスピンオフ ※昭和40年代後半が舞台なので言葉遣いや出てくる物、価値観や思想は現代とは異なります ※スピンオフですが単体でも問題なく読めます Illustrator suico様

舞姫【中編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。 剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。 桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 亀岡 みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。 津田(郡司)武 星児と保が追う謎多き男。 切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。 大人になった少女の背中には、羽根が生える。 与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。 彼らの行く手に待つものは。

Dreamin'

赤松帝
ミステリー
あなたは初めて遭遇する。六感を刺激する未体験の新感覚スリラー 「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。」 ニーチェ 善悪の彼岸より もしも夢の中で悪夢を視てしまったら永遠に目がさめることはないという。 そうして夢の中で悪夢を視た私はいまだに夢の中をさまよい続けている。 Dreamin'は、そんな私の深層の底にある精神世界から切り出して来た、スリルを愛する読者の皆様の五感をも刺激するスパイシーな新感覚スリラー小説です。 新米女性捜査官・橘栞を軸に、十人十色な主人公達が重層的に交錯するミステリアスな群像劇。 あなたを悪夢の迷宮へと誘う、想像の斜め上をいく予想外な驚天動地の多次元展開に興奮必至!こうご期待ください。 mixiアプリ『携帯小説』にて ミステリー・推理ランキング最高位第1位 総合ランキング最高位17位 アルファポリス ミステリーランキング最高位第1位(ありがとうごさいます!)

【完結】少女探偵・小林声は渡り廊下を走らない

暗闇坂九死郞
ミステリー
私立時計ヶ丘高校に通う美里ふみ香は、校内で首吊り死体を発見する。同じく死体を発見した小林声は、これは自殺ではなく殺人事件だと断言するが……!? 謎を解くことをライフワークとする少女探偵・小林声の冒険と推理!! 美里 ふみ香 【みさと ふみか】……ひょんなことから小林と行動を共にすることになる。時計ヶ丘高校一年。将棋部。 小林 声 【こばやし こえ】……校内で知らぬ者はいない名探偵の少女。時計ヶ丘高校二年。 白旗 誠士郎 【しらはた せいしろう】……小林をライバル視する転校生。自称、浪速のエルキュール・ポアロ。

殺意の扉が開くまで

夕凪ヨウ
ミステリー
 警視庁捜査一課に所属する火宮翔一郎は、ある日の勤務中、何者かに誘拐される。いつのまにか失った意識を取り戻した彼の前には、1人の青年が佇んでいた。  青年の名は、水守拓司。その名を聞いた瞬間、互いの顔を見た瞬間、彼らの心は10年前へ引き戻される。  唯一愛を注いでくれた兄を殺された、被害者遺族の拓司。最も大切だった弟が殺人を犯し自殺した、加害者遺族の翔一郎。異なる立場にありながら、彼らは共に10年前の事件へ不信感を持っていた。  そして、拓司は告げる。自分と協力して、10年前の事件の真相を突き止めないか、とーーーー。  なぜ、兄は殺されたのか。 なぜ、弟は人を殺したのか。  不可解かつ不可思議なことが重なる過去の真実に、彼らは辿り着けるのか。

処理中です...