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Ⅰ.過去との決別
…俺にはもう、何も残されてはいない…
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…それは暗殺集団とも、殺人快楽組織とも呼ばれ恐れられている、巨大な闇の犯罪組織の名…
──【Break Guns】。
組織に対して牙をむく者は、誰であろうと情け容赦なく殺し、屍を塵同然に晒し、放置する…
それこそ、極悪非道の代名詞のような組織だ。
その構成人員は、ほぼ数千人といわれ、そこには組織の名と実態に引かれた、少女から青年までの男女混合の、様々な若者が属している。
組織の者の共通の特徴として、一般に認識されているのは、そこに名を連ねる者は、皆、右の二の腕に十字架のタトゥーがあり、風火水土のいずれかに属した魔術を使えるということだ。
更に、幹部クラスは、その中でも特に強力な魔術を使いこなすことが可能な7名。
…そのうちのひとりが組織の総統、もうひとりが副総統だ。
若者揃いの組織だが、総統のその実力と統率力は折り紙付きで、万が一にも組織の者が断りもなく離脱する際には、総統直々の制裁が待ち受けていることは、組織に属する全ての者の周知の事実であり、同時に畏怖の対象ともなっていた。
…そんなある日。
その総統の部屋に、自らの確固たる意志を告げるため、“ユイ”という青年が姿を見せた。
ユイは意を決すると、目の前にある総統の部屋の、外観感知・認証式の自動扉の前に立った。
そのユイの姿を認めた重苦しい外観の扉が、その重さを感じさせない程に、あっさりと左右に口を開く。
それを見定めて、ユイは部屋へと足を踏み入れた。
…広々とした部屋に備えられた、立派な机。
その近くに据え付けられた、これまた立派な椅子に、ひとりの青年…
件の総統が、腰を深く落とすようにしながら足を組み、座っていた。
日が傾き、薄暗さが視界を占めるその部屋では、それでも何故か明かりを付けられることはなく、周囲もそれに合わせるかのように、ただひたすら鳴りを潜めていた。
ユイが慎重に歩を進めると、総統は極めてゆっくりと、そして忌々しそうに足を組み替えた。
指を苛々と動かすと、自らの目の前まで来て足を止めたユイに、静かに口を開く。
「何か用か… ユイ」
低い中にも、張り詰めるような冷たさを含んだその声に、ユイと呼ばれた青年は、返答を僅かに躊躇った。
しかし、意を決するように固唾を呑み、臆することで目を伏せながらも、聞かれたことには辛うじて答えた。
「──総統、俺は…、もう貴方には…ついて行けない」
「…この俺と、袂を分かとうと言うのか?
そしてこの組織をも抜けると…?」
「…ああ」
ユイは態度としては曖昧ながらも、答えとしてははっきりと頷いた。
伏せていた瞳をあげると、目の前の青年の姿を、その目に焼き付かせる。
…金髪銀眼の、その青年の姿を。
「…すまない、総統…
もはや貴方と会うことはないだろう…」
永別さながらに呟きながら、ユイは総統に背を向けた。
…総統がその背に、感情の凍てついた視線を浴びせ、冷たく笑う。
「お前はあくまで俺に逆らい、違う道を行こうというのだな? 面白い…!」
総統は不意に立ち上がると、いきなり自らの左手を天に掲げた。
「総統!」
ユイが驚いて振り返り、叫んだのと、総統が自分の持つ能力を発動させたのは、ほぼ同時だった。
…彼の能力の発動…!
とある事情から、総統の実力を良く知るユイは、それがどんな意味を持つか知っていた。
彼の力は発動すると、まるで手加減がない。
それを知っているからこそ、ユイは、すかさず目の前にあった扉から逃げようとした。
…しかし。
「!…扉をロックしたのか」
扉が開かないことに気付いたユイは、またも驚きの声をあげ、次には拳を固めて、忌々しげに扉を叩いた。
…考えてみれば、この狡猾な総統のこと…
何の伏線もないままに、自分と話をする訳がなかった。
瞬間、総統の放った光の魔術が、ユイを襲った。
だがユイにとっては、この魔術は、嫌と言うほど見覚えがあった。
総統の得意とする、軽威力の光魔術による拡散攻撃──
『光の波動』だ。
「!…っ、くそっ!」
心底から忌々しく毒づいたユイは、ランクとしては軽威力なはずながらも、総統の凄まじい魔力によって容易に高威力へと引き上げられた、強力な破壊力を誇るそれを、“それ”すらも上回る速さで避けた。
間一髪、すぐ近くにあった扉に、『光の波動』が直撃し、その扉が粉々に破壊された。
…扉の破片と、耳をつんざくような爆音のみが、瞬時、その場を覆う。
「!…」
ユイは、舞い上がる塵や埃に目と喉をやられる可能性を考慮し、僅かに退いた。
しかしその当の目は、扉が存在していたであろう箇所に開いた、大きな穴に向けられていた。
「…よし」
何事か考えたらしいユイは、即座に片手で口元を覆うと、総統による強力な魔術の第二波が来る前に、あえて目の前で舞い上がる埃の中に飛び込んだ。
逃げるためには、この埃がいい目眩ましになると判断してのことだ。
ユイは、すかさずその穴から部屋の外へと移動した。
一瞬だけ躊躇し、左右を窺うように視線を向けると、そのまま左側の通路へと走り出す。
だが、そのまま姿を眩まそうとするユイを、目敏い総統が見逃すはずもなかった。
総統は、今の爆音に驚いて集まって来た数人の青年たちに、すぐさまユイを追撃するよう命令した。
「──多少、傷つけ痛めつけても構わん。すぐにユイを捕らえろ!」
「!…は、はっ!」
青年たちは、総統の苛立ち混じりの命令に肝を潰しながらも、慌ててそれを受諾すると、それぞれがユイの後を追って駆け出した。
…彼らが去った後、ひとり部屋に残った総統は、矛先を向けようのない、ただひたすらの怒りに、ギリッと歯を軋ませた。
「…何故だ、ユイ… お前が何故、俺に逆らう…!?」
呟いた総統の瞳には、その感情の全てを凍てつかせたような、ぞっとするほど冷たい光が浮かび上がった。
しかし、すぐにそれは潰え、代わりに縋るような狂おしい感情がわずかに影を見せる。
「あいつらになど…、ユイは決して捕らえられはしない…!
今からでも遅くはない…
お前が全てを失うことはない…!
戻って来い… ユイ」
…そんな総統の密かな呟きは、降りてくる静かな夜の帳に溶けて消え失せた。
──だんだんと周囲が暗くなっていく中、ユイは、しつこく自分を追って来る相手を撒くことに必死だった。
「…いい加減に帰れ、貴様ら!」
その口調は、さすがに総統と話していた時とは異なり、すっかり粗悪なものになっていた。
組織の建物がある場所からは多少離れたものの、街中で迂闊に魔術を使うわけにもいかず、彼の苛々は頂点に達していた。
…ここで魔術を使えない理由は2つある。
ひとつは、魔術による組織の抗争がひとたび始まれば、間違いなくこの街にいる民たちを巻き込んでしまうため…
そしてもうひとつは、魔術を使うことで、結果的に隠さねばならないはずの自分の居場所を、自ら暴露する羽目に陥るからだ。
組織を抜けると決めた時から、ある程度の覚悟はしていたものの、自分としては、ただでさえ厄介な事象を、更に面倒な状況にするつもりは更々なかった。
…しかし、ぶっ通しで逃げ回る自分の体力にも、そろそろ限界が見え始めている。
それを的確に察したユイは、しつこく背後に張り付く追っ手の数を確認するため、一瞬、背後に視線を向けた。
刹那、異様なものを目にしたユイの瞳が、大きく見開かれる。
「!…っ、あれは…幹部クラス…!?」
…そう、迫り来る組織の者の中にひとりだけ、幹部クラスの少女が混じっていたのだ。
名前は、確か…
「!…エルダ…?」
名を思い出したユイがそれを告げると、エルダと呼ばれた少女は、ユイを追っていた組織の者全てに、動きを止めるよう促した。
「ユイ…、総統の御意志に逆らう貴方は、排除されなければならないわ。それが嫌なら私を討つことね…
でも、あなたにそれが出来るかしら?」
持って回った口調、加えて、自信たっぷりなエルダのこの軽い科白に、何となくカチンときたユイが、足を止め、即座に反論した。
「群れなければ何も出来ない腰抜けに、そんなことを言われる筋合いはない」
「お粗末ね…、それで挑発してるつもりなのかしら?」
それでもひくひくと頬を引きつらせて、エルダが余裕の笑みを浮かべる。
「挑発? …事実の間違いだ。まだ反論があるのなら、まずお前から潰す。ここが街中だろうが、組織の縄張りのど真ん中だろうが、そんなことはもう、どうでもいい。…覚悟はいいな?」
「!…」
──瞬間。
エルダは、そこの一角のみ、空気ががらりと変わったことを理解した。
それと同時、先程、組織の中で聞いた爆音によく似た大音量が、彼女の鼓膜を震わせ…
それが何であるのかを認識する暇もなく、彼女は気を失った。
…ただひとり、その場に残されたユイは、発動した自らの魔術の威力を後目に、静かに闇の中へと姿を消した。
──【Break Guns】。
組織に対して牙をむく者は、誰であろうと情け容赦なく殺し、屍を塵同然に晒し、放置する…
それこそ、極悪非道の代名詞のような組織だ。
その構成人員は、ほぼ数千人といわれ、そこには組織の名と実態に引かれた、少女から青年までの男女混合の、様々な若者が属している。
組織の者の共通の特徴として、一般に認識されているのは、そこに名を連ねる者は、皆、右の二の腕に十字架のタトゥーがあり、風火水土のいずれかに属した魔術を使えるということだ。
更に、幹部クラスは、その中でも特に強力な魔術を使いこなすことが可能な7名。
…そのうちのひとりが組織の総統、もうひとりが副総統だ。
若者揃いの組織だが、総統のその実力と統率力は折り紙付きで、万が一にも組織の者が断りもなく離脱する際には、総統直々の制裁が待ち受けていることは、組織に属する全ての者の周知の事実であり、同時に畏怖の対象ともなっていた。
…そんなある日。
その総統の部屋に、自らの確固たる意志を告げるため、“ユイ”という青年が姿を見せた。
ユイは意を決すると、目の前にある総統の部屋の、外観感知・認証式の自動扉の前に立った。
そのユイの姿を認めた重苦しい外観の扉が、その重さを感じさせない程に、あっさりと左右に口を開く。
それを見定めて、ユイは部屋へと足を踏み入れた。
…広々とした部屋に備えられた、立派な机。
その近くに据え付けられた、これまた立派な椅子に、ひとりの青年…
件の総統が、腰を深く落とすようにしながら足を組み、座っていた。
日が傾き、薄暗さが視界を占めるその部屋では、それでも何故か明かりを付けられることはなく、周囲もそれに合わせるかのように、ただひたすら鳴りを潜めていた。
ユイが慎重に歩を進めると、総統は極めてゆっくりと、そして忌々しそうに足を組み替えた。
指を苛々と動かすと、自らの目の前まで来て足を止めたユイに、静かに口を開く。
「何か用か… ユイ」
低い中にも、張り詰めるような冷たさを含んだその声に、ユイと呼ばれた青年は、返答を僅かに躊躇った。
しかし、意を決するように固唾を呑み、臆することで目を伏せながらも、聞かれたことには辛うじて答えた。
「──総統、俺は…、もう貴方には…ついて行けない」
「…この俺と、袂を分かとうと言うのか?
そしてこの組織をも抜けると…?」
「…ああ」
ユイは態度としては曖昧ながらも、答えとしてははっきりと頷いた。
伏せていた瞳をあげると、目の前の青年の姿を、その目に焼き付かせる。
…金髪銀眼の、その青年の姿を。
「…すまない、総統…
もはや貴方と会うことはないだろう…」
永別さながらに呟きながら、ユイは総統に背を向けた。
…総統がその背に、感情の凍てついた視線を浴びせ、冷たく笑う。
「お前はあくまで俺に逆らい、違う道を行こうというのだな? 面白い…!」
総統は不意に立ち上がると、いきなり自らの左手を天に掲げた。
「総統!」
ユイが驚いて振り返り、叫んだのと、総統が自分の持つ能力を発動させたのは、ほぼ同時だった。
…彼の能力の発動…!
とある事情から、総統の実力を良く知るユイは、それがどんな意味を持つか知っていた。
彼の力は発動すると、まるで手加減がない。
それを知っているからこそ、ユイは、すかさず目の前にあった扉から逃げようとした。
…しかし。
「!…扉をロックしたのか」
扉が開かないことに気付いたユイは、またも驚きの声をあげ、次には拳を固めて、忌々しげに扉を叩いた。
…考えてみれば、この狡猾な総統のこと…
何の伏線もないままに、自分と話をする訳がなかった。
瞬間、総統の放った光の魔術が、ユイを襲った。
だがユイにとっては、この魔術は、嫌と言うほど見覚えがあった。
総統の得意とする、軽威力の光魔術による拡散攻撃──
『光の波動』だ。
「!…っ、くそっ!」
心底から忌々しく毒づいたユイは、ランクとしては軽威力なはずながらも、総統の凄まじい魔力によって容易に高威力へと引き上げられた、強力な破壊力を誇るそれを、“それ”すらも上回る速さで避けた。
間一髪、すぐ近くにあった扉に、『光の波動』が直撃し、その扉が粉々に破壊された。
…扉の破片と、耳をつんざくような爆音のみが、瞬時、その場を覆う。
「!…」
ユイは、舞い上がる塵や埃に目と喉をやられる可能性を考慮し、僅かに退いた。
しかしその当の目は、扉が存在していたであろう箇所に開いた、大きな穴に向けられていた。
「…よし」
何事か考えたらしいユイは、即座に片手で口元を覆うと、総統による強力な魔術の第二波が来る前に、あえて目の前で舞い上がる埃の中に飛び込んだ。
逃げるためには、この埃がいい目眩ましになると判断してのことだ。
ユイは、すかさずその穴から部屋の外へと移動した。
一瞬だけ躊躇し、左右を窺うように視線を向けると、そのまま左側の通路へと走り出す。
だが、そのまま姿を眩まそうとするユイを、目敏い総統が見逃すはずもなかった。
総統は、今の爆音に驚いて集まって来た数人の青年たちに、すぐさまユイを追撃するよう命令した。
「──多少、傷つけ痛めつけても構わん。すぐにユイを捕らえろ!」
「!…は、はっ!」
青年たちは、総統の苛立ち混じりの命令に肝を潰しながらも、慌ててそれを受諾すると、それぞれがユイの後を追って駆け出した。
…彼らが去った後、ひとり部屋に残った総統は、矛先を向けようのない、ただひたすらの怒りに、ギリッと歯を軋ませた。
「…何故だ、ユイ… お前が何故、俺に逆らう…!?」
呟いた総統の瞳には、その感情の全てを凍てつかせたような、ぞっとするほど冷たい光が浮かび上がった。
しかし、すぐにそれは潰え、代わりに縋るような狂おしい感情がわずかに影を見せる。
「あいつらになど…、ユイは決して捕らえられはしない…!
今からでも遅くはない…
お前が全てを失うことはない…!
戻って来い… ユイ」
…そんな総統の密かな呟きは、降りてくる静かな夜の帳に溶けて消え失せた。
──だんだんと周囲が暗くなっていく中、ユイは、しつこく自分を追って来る相手を撒くことに必死だった。
「…いい加減に帰れ、貴様ら!」
その口調は、さすがに総統と話していた時とは異なり、すっかり粗悪なものになっていた。
組織の建物がある場所からは多少離れたものの、街中で迂闊に魔術を使うわけにもいかず、彼の苛々は頂点に達していた。
…ここで魔術を使えない理由は2つある。
ひとつは、魔術による組織の抗争がひとたび始まれば、間違いなくこの街にいる民たちを巻き込んでしまうため…
そしてもうひとつは、魔術を使うことで、結果的に隠さねばならないはずの自分の居場所を、自ら暴露する羽目に陥るからだ。
組織を抜けると決めた時から、ある程度の覚悟はしていたものの、自分としては、ただでさえ厄介な事象を、更に面倒な状況にするつもりは更々なかった。
…しかし、ぶっ通しで逃げ回る自分の体力にも、そろそろ限界が見え始めている。
それを的確に察したユイは、しつこく背後に張り付く追っ手の数を確認するため、一瞬、背後に視線を向けた。
刹那、異様なものを目にしたユイの瞳が、大きく見開かれる。
「!…っ、あれは…幹部クラス…!?」
…そう、迫り来る組織の者の中にひとりだけ、幹部クラスの少女が混じっていたのだ。
名前は、確か…
「!…エルダ…?」
名を思い出したユイがそれを告げると、エルダと呼ばれた少女は、ユイを追っていた組織の者全てに、動きを止めるよう促した。
「ユイ…、総統の御意志に逆らう貴方は、排除されなければならないわ。それが嫌なら私を討つことね…
でも、あなたにそれが出来るかしら?」
持って回った口調、加えて、自信たっぷりなエルダのこの軽い科白に、何となくカチンときたユイが、足を止め、即座に反論した。
「群れなければ何も出来ない腰抜けに、そんなことを言われる筋合いはない」
「お粗末ね…、それで挑発してるつもりなのかしら?」
それでもひくひくと頬を引きつらせて、エルダが余裕の笑みを浮かべる。
「挑発? …事実の間違いだ。まだ反論があるのなら、まずお前から潰す。ここが街中だろうが、組織の縄張りのど真ん中だろうが、そんなことはもう、どうでもいい。…覚悟はいいな?」
「!…」
──瞬間。
エルダは、そこの一角のみ、空気ががらりと変わったことを理解した。
それと同時、先程、組織の中で聞いた爆音によく似た大音量が、彼女の鼓膜を震わせ…
それが何であるのかを認識する暇もなく、彼女は気を失った。
…ただひとり、その場に残されたユイは、発動した自らの魔術の威力を後目に、静かに闇の中へと姿を消した。
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