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一話 プロローグ上
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カーテンの隙間から日が差す中、俺はベッドを背もたれにコントローラーを両手で持ちテレビを凝視していた。
『ここまでだ、魔王よ』
『大人しく消滅してください!』
『·····良くここまで辿り着いたな。勇者ハロルド。そして聖女、シンシア』
『俺達の仲間が此処まで導いてくれたんだ』
『彼らの為にもここで負けるわけにはいかない!』
画面に写ってるのは金髪の男と銀髪の少女が魔王と呼ばれる人物と睨み合っているところだ。ハロルドが剣、シンシアが魔法で魔王と対峙している。バトルも終盤になったところで魔王が闇魔法を繰り出そうとしていた。闇魔法は強力な分、発動するのにちょっと時間が掛かる。だから十分避けれるはずだった―――――。
「おっはよー!お兄ちゃん!!」
避けきって攻撃しようとしたとこでゲームのキャラとは違った第三者の声がこの狭い部屋に響き渡った。それと同時に画面にはGAMEOVERの文字が壮大なBGMと共に表示された。
(おいおい。やっとここまで行ったんだぞ)
真っ暗になったテレビ画面を呆気にとられながら見つめている俺を声を掛けてきた人物は気に留める様子もなくズカズカと部屋に入ってくるなり閉めっきりだったカーテンを思いっきり開けた。
「お兄ちゃんったらまたカーテンを閉めっぱなしにして!またいつもの乙女ゲームしてんの?」
「急に開けんなよ。てか元はと言えばお前が押し付けてきたんだろ」
「あれ、そうだっけ?」
ギロりと睨み付ければその人物もとい俺の妹、明菜《あきな》は俺から視線を逸らして惚け出した。
明菜は昔から乙女ゲームが大好きでキャラの攻略に優れていた。しかし明菜は飽き性であり毎度途中で俺に押し付けてくるのだ。そのせいで俺は乙女ゲームに詳しくなり高校で友人の一人も出来ない有様だ。登校初日にクラスメイトに変な博識を聞かせてしまってドン引きされた俺は生涯陰キャオタクのレッテルを貼られることだろう。
「ま、まぁまぁいいじゃん!お兄ちゃんってほんとキャラを攻略するの上手いよね~これで5周目だっけ」
「まぁ同じ男だしな。特に外見だけの中身空っぽ野郎のことは手に取るように分かる」
ゲーム機を片付けながら言うと後ろから大して興味なさげな気の抜けた返事が返ってくる。自分から話のネタを寄越しといて聞く気もないその態度に呆れながらもゲーム機を片付け終えた俺はそのままベッドに直行した。
「は?な、なにしてるのお兄ちゃん」
「何って寝るんだよ。流石に三日寝ないのは辛い」
「学校は!?流石に三日も休むのはマズイんじゃない!?」
「学校三日休むことより三日間寝てない方がヤバイだろ」
―んじゃ、お休み~―なんて言ってベッドに潜り込もうとする俺に明菜はぼそりと呟いた。
「·····いいの?陽愛《ひより》さん来てるけど」
その言葉に目を丸くさせながら明菜の方を振り返ると明菜は手を口元に持っていき、揶揄う様に目元を細めながら俺を見つめていた。
「三日もズル休みしてるお兄ちゃんの為にわざわざ迎えに来てくれたのにね~?」
「·····分かったよ、行けば良いんだろ?」
によによと意地の悪い笑みを浮かべる明菜に淡々と告げるとそこらに置きっぱなしだった教科書をバッグに詰めて部屋を出ようと足を進めた。だから後ろで微笑みながら手を振ってる明菜は無視だ。
※※※※※
·····本当に居た。
「おはよ、直之《なおゆき》」
玄関のドアを開けた先に居たのは黒髪セミロングの少女、俺の幼馴染の大西《おおにし》陽愛《ひより》だった。陽愛は俺に気が付くと花が綻ぶように笑って俺の名を口にした。
「陽愛、家逆方向だろ?なんで此処に居るんだ?」
「なんでじゃないよ!直之がこれ以上休まない様に迎えに来たの!どうせ乙女ゲーム?に没頭して眠れてないんだろうけどこれ以上休むのはね?」
首をコテッと傾げる陽愛ほどあざといものはない。本人は多分無意識なのだろうが陽愛の容姿でそんなことをされてしまえば世の男共は顔を赤らめ硬直してしまうだろう。まぁ確かに顔は可愛いし見た目は小動物そのものだから皆守ってやりたいと思うに違いないがそんなにこいつやわじゃないんだよな。
「ふわぁ~···」
「直之?こんなとこで欠伸したら危ない、よ···」
ふたりで並んで登校中、つい欠伸をしてしまった俺に陽愛から再び小言が飛んでくる。しかし言葉を途切らせ目を見開かせた陽愛に何故か思いっきり腕を引っ張られた。ここで転ぶわけにはいかないと前屈みになりながらも足に力を入れて踏ん張る。
「大丈夫?直之」
「おぉー·····」
心配そうに顔を覗き込んでくる陽愛に大した返事も出来ずに俺は道路の方に目線を送った。
どうやら俺は白線を飛び出していたようだ。陽愛が気付いて俺を引っ張ってなければ俺はスピードを出してる車に跳ねられていたことだろう。
「直之は危なっかしいから内側歩いてよ」
「いや、そーゆうわけにはいかないだろ」
人の目が気になるし。
ドヤ顔で俺を内側に押しやろうとする陽愛の手を軽く躱すと不服そうに頬を膨らませる陽愛を横目で観察する。
小学校の頃から空手、柔道など武道全般を心得てる陽愛がゲームの世界に行ったら活躍しそうだな。その時の職業はやはり武闘家だろうか。でも魔道士も似合いそうだ。
そんな的外れなことを考えていると――――。
「直之ってばまた何か考え事してるでしょ―――――っ!?」
陽愛が突如俺の方へ倒れ込んでくる。咄嗟に両手を広げるが体制が保てそうにない。陽愛の奥の方に目線をやればフードを被った人物が通り過ぎてるとこだった。
ましてや向こうからはトラックがこちらに猛スピードで向かってきている。
(あれ、これ終わったくね?)
全身から血の気が引いていくのを感じながら俺は陽愛を力強く抱き締めて目を瞑った。
※※※※※※
「·······え?」
間違いなくトラックに轢かれた俺は多少の痛みを覚悟してたが体に衝撃など来ず代わりに幾つものの雑音の様な声が耳に鋭く聞こえてくる。ゆっくりと目を開けた先はいつもの通学路ではなく――――――何処かのパーティー会場だった。
周りではドレスやタキシードを身に着けた人々がどこか威圧的な態度である一点を見つめていた。彼らは最愛の人でも殺されたのだろうか。それくらい此処に居る者全員が蔑むような目をしていた。さて問題はこんな大勢から注目を浴びてる存在だ。俺は会場のど真ん中に佇む数名の人物に目をやると眉間に皺を寄せて息を呑み込んだ。
悪魔のような漆黒の黒髪に真っ赤な薔薇のような派手さを持ったドレスを身に着けた少女を取り囲むようにして立っている四人の男女···。
どうやら俺は今朝までやっていた乙女ゲームの世界にやって来たようだ。
(これが所謂転生ってやつ?本当にあるんだな)
色んな乙女ゲームに手を出してたからだろうか。転生なんて別に珍しくもなんともないなと落ち着いていられるのは。
「シェリル・フレデリク、お前が魔王と繋がっていたスパイだったとはな」
金髪の男が銀髪の女を抱き寄せながら剣を黒髪の女の喉元に突き付けた。
間違いなく勇者ハロルドと聖女シンシアだ。対して剣先を喉元に当てられて声が出せない状態なのはシェリル・フレデリク······この世界の悪役令嬢だ。ハロルドを含め攻略対象者が怒りを露わにしながらシェリル・フレデリクを睨み付けてるということはこれはシェリル・フレデリクの断罪イベントということか。シンシアを虐めてたことと魔王と繋がってる噂が流れシェリル・フレデリクはこの場で公開処刑されてしまうのだ。しかしシンシアを虐めてたことはまだしも魔王と繋がっているのはデマだった。後に黒幕が姿を現すのだがそんなことを知る由もない者達はシェリル・フレデリクを憎んでいた。しかし流石は悪役令嬢。自分が断罪されるにも関わらず最後まで強気な態度を崩さなかった。
シェリル・フレデリクの薄い唇がゆっくりと動く。俺は次に来るであろう言葉を予測し目を閉じた。
「は、ぇ?」
しかし実際聞こえてきたのはシェリル・フレデリクのものとは思えない程の情けない声だった。それを巫山戯てると捉えたハロルド達の少し後ろに居た青髪の男はハロルドを押し退けシェリル・フレデリクの顎を少々乱暴に掴みあげた。
「この期に及んで惚けるのは止めろ。今更何を言ったって貴様が処されるのは変わらないからな」
―準備をしろ―と青髪の男が冷たく言い放ち離れるとすぐ近くに控えていたふたりの側近がシェリル・フレデリクの両腕を掴んだ。青髪の男がくるりと眉間に皺を思いっきり寄せてこちらを振り返る。
「何をしている」
冷たい感情の読み取れない瞳がこちら側に向けられるが誰も動かない。
「·····ウェイン?」
そのうちシンシアまでもが不審がり首を傾げてから“俺”を見つめてきた。そう、間違いなくシンシアの目には俺だけが写り出されていたのだ。
その場に居る全員の視線を集めた俺は自分の正体が分からないままゆっくりとシェリル・フレデリクの方へ歩みを進める。多分シンシアを含め、その場に居る者全員がそれを望んでるから。その時俺の仕事はシェリル・フレデリクを始末することなのだと理解した。
シェリル・フレデリクの前で立ち止まると彼女の不安そうな視線とぶつかる。両手は握り合わせており口元を引き締めると俺を見上げてくる。
····果たして今目の前に居るのは本当に悪役令嬢、シェリル・フレデリクなのだろうか。少なくとも俺にはシンシアや周りに嫌味を言い続け、シンシアを殺害しようとしていた女に見えなかった。
ちらりと横目で周りを確認する。シンシアを庇う様に立っている男三人に、害が及ぶことのない安全地帯でシェリル・フレデリクを睨み付けてるシンシア···。
(···まるで立場が逆だな)
俺は溜め息を吐くとシェリル・フレデリクの目線に合うようにしゃがみ込んだ。
俺が近付いたことによってシェリル・フレデリクの肩が大袈裟なほど跳ねる。だけど目は反らすことなくしっかりと俺を見つめていた。負けず嫌いなのは変わってないようだがその姿はシェリル・フレデリクとは違う別の人物と重なってしまう。
「陽愛…?」
つい口から零れた言葉は騒がしい会場全体には届かなかったが目の前に居るシェリル・フレデリクには聞こえてしまったようだ。シェリル・フレデリクは目をぱちくりとさせて固まってしまっていた。
そこで俺はハッとする。
(いやいや、何言ってんだ。こんなとこに陽愛が居るわけないだろ)
あいつは乙女ゲームを全く持って知らない。大体乙女ゲームに転生するのは直前までそのゲームをプレイしてた者に限られてくるからな。
···そう思ってた時が俺にもありました。
「あ、あの…!」
「えぇい!さっさとせんか!俺達は貴様と違って忙しいのだ!」
シェリル・フレデリクは瞳を揺らし切羽詰まった声で話し掛けてくる。しかしそれは如何にも熱血そうな赤髪の男が場を乱すように声を荒らげたことによって口を紡ぐことになってしまった。
「それとも何だ?貴様もしやこの女に惚れたのではないだろうな」
「そんなことあるわけっ!」
赤髪の男は鼻で笑って皮肉めいたこと口にするがそれをすぐに否定したのはシンシアだった。
「ウェイン、お願い。この人はこの国を裏切ったのよ。そのせいで魔王の封印は解けこの学園は危険な目に…」
そうまたもや俺の名を呼ぶシンシアの瞳は優しげだった。
しかしそれと同時に思い出してしまった。
俺の正体を。
俺の名は―ウェイン・ラウジュ―。
ヒロイン、シンシアの幼馴染でありこの物語に大きく関与しない―――――――――モブだ。
『ここまでだ、魔王よ』
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『·····良くここまで辿り着いたな。勇者ハロルド。そして聖女、シンシア』
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「おぉー·····」
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ましてや向こうからはトラックがこちらに猛スピードで向かってきている。
(あれ、これ終わったくね?)
全身から血の気が引いていくのを感じながら俺は陽愛を力強く抱き締めて目を瞑った。
※※※※※※
「·······え?」
間違いなくトラックに轢かれた俺は多少の痛みを覚悟してたが体に衝撃など来ず代わりに幾つものの雑音の様な声が耳に鋭く聞こえてくる。ゆっくりと目を開けた先はいつもの通学路ではなく――――――何処かのパーティー会場だった。
周りではドレスやタキシードを身に着けた人々がどこか威圧的な態度である一点を見つめていた。彼らは最愛の人でも殺されたのだろうか。それくらい此処に居る者全員が蔑むような目をしていた。さて問題はこんな大勢から注目を浴びてる存在だ。俺は会場のど真ん中に佇む数名の人物に目をやると眉間に皺を寄せて息を呑み込んだ。
悪魔のような漆黒の黒髪に真っ赤な薔薇のような派手さを持ったドレスを身に着けた少女を取り囲むようにして立っている四人の男女···。
どうやら俺は今朝までやっていた乙女ゲームの世界にやって来たようだ。
(これが所謂転生ってやつ?本当にあるんだな)
色んな乙女ゲームに手を出してたからだろうか。転生なんて別に珍しくもなんともないなと落ち着いていられるのは。
「シェリル・フレデリク、お前が魔王と繋がっていたスパイだったとはな」
金髪の男が銀髪の女を抱き寄せながら剣を黒髪の女の喉元に突き付けた。
間違いなく勇者ハロルドと聖女シンシアだ。対して剣先を喉元に当てられて声が出せない状態なのはシェリル・フレデリク······この世界の悪役令嬢だ。ハロルドを含め攻略対象者が怒りを露わにしながらシェリル・フレデリクを睨み付けてるということはこれはシェリル・フレデリクの断罪イベントということか。シンシアを虐めてたことと魔王と繋がってる噂が流れシェリル・フレデリクはこの場で公開処刑されてしまうのだ。しかしシンシアを虐めてたことはまだしも魔王と繋がっているのはデマだった。後に黒幕が姿を現すのだがそんなことを知る由もない者達はシェリル・フレデリクを憎んでいた。しかし流石は悪役令嬢。自分が断罪されるにも関わらず最後まで強気な態度を崩さなかった。
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「は、ぇ?」
しかし実際聞こえてきたのはシェリル・フレデリクのものとは思えない程の情けない声だった。それを巫山戯てると捉えたハロルド達の少し後ろに居た青髪の男はハロルドを押し退けシェリル・フレデリクの顎を少々乱暴に掴みあげた。
「この期に及んで惚けるのは止めろ。今更何を言ったって貴様が処されるのは変わらないからな」
―準備をしろ―と青髪の男が冷たく言い放ち離れるとすぐ近くに控えていたふたりの側近がシェリル・フレデリクの両腕を掴んだ。青髪の男がくるりと眉間に皺を思いっきり寄せてこちらを振り返る。
「何をしている」
冷たい感情の読み取れない瞳がこちら側に向けられるが誰も動かない。
「·····ウェイン?」
そのうちシンシアまでもが不審がり首を傾げてから“俺”を見つめてきた。そう、間違いなくシンシアの目には俺だけが写り出されていたのだ。
その場に居る全員の視線を集めた俺は自分の正体が分からないままゆっくりとシェリル・フレデリクの方へ歩みを進める。多分シンシアを含め、その場に居る者全員がそれを望んでるから。その時俺の仕事はシェリル・フレデリクを始末することなのだと理解した。
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しかしそれと同時に思い出してしまった。
俺の正体を。
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