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始祖竜さんのけじめ

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夜空に星々の輝きが戻り、湖は静かに水を湛えていた。
湖面に浮かぶ虹色の竜を、私たちは暫し無言で見つめていた。

竜族が元凶の悲劇でこれだけの数の星々いのちが犠牲になった事を、始祖竜さんは理解しているのだろうか?

ジークさんはバケモノにならず、そして怨嗟竜は封じられ、その核となった皇帝も捕らえられた。
だが、めでたしめでたしとするには、ひとつだけ欠けている事がある。
それはやはり、人族を陥れた竜族の謝罪だ。
その意味でジークさんの解呪を要求したのに、始祖竜さんは出来ないと言った。
なら、何が出来るんだ?
何の為に始祖竜さんは存在しているんだ?

さっきは私たちに感謝の言葉を口にした。
でも、竜族の為にした訳では無いからそんな言葉は要らない。

険しい顔でジークさんと共に始祖竜さんを見つめる。

『我が肉体を持っていた原始の頃、我の魔力より創りし2体の竜と共におった』

始祖竜さんは静かに昔話を始めた。

『荒ぶる力から黒竜を、癒しの力からは白竜を創った。2対の竜は我の想いに敏感だった。次第に衰える種の繁栄に焦燥を抱くと、黒竜は力で他の種族を従えようとした。一方で他種族との協調を唱えたのが白竜だった。我は迷った。どちらの道を選ぶべきかと。そんな騒乱の最中、白竜は人族を庇って命を落とした』

ジークさんの牙で生まれた、新たな竜牙剣を胸に刺した時、子供の声が聞こえた。
私を待っていたと。
そして、人を守りたいと。
あれは白竜さんの声だったのか?

『我は白竜の意志に重きをおいて人族と血の盟約を交わした。だが、奥底で煮え滾る憤怒が消える事は無かった。魔力を分けし我が半身を死に追いやった人族に対してな。そうして、我は人族との盟約に、竜の魔力が人族を害する可能性を敢えて伝えなかったのだ』

始祖竜さんの虹色の瞳が伏せられた。
自身の罪を告白する始祖竜さん。
美しい星々となったルシュカン族の命の重さに、今やっと気付いてくれたのか。

『白竜の命の代償を、数多の人族の命に求めてきた。その現実をこうして目の当たりにしても、充足感などありはしない。ただ虚しいだけだ。娘よ、其方に言われた通りだ。命を弄ぶ所業など、許されるものでは無い』
「ならば、どう責任を取るのだ?」

ジークさんが厳しい視線を始祖竜さんに向けた。

『ルシュカンが、人族が絶える事の無いよう、我が見守り導こう。竜の血が薄まり、人族が我を感じる力を失うその時まで』

始祖竜さんは竜族を守る為に精神体となり、悠久の時を経てきたのだと毒ちゃんが言っていた。
そして、これからは、人族を守り導く為に在り続けると言う。
それが、始祖竜さんの贖罪、けじめなのだ。

「自分の都合の良い時だけ現れる、なんて言うのは許しませんよ?私たちが会いに行くのではありません。貴方が私たちの都合で会いに来るんですよ?」

太古の昔から存在する始祖竜さんは、この世界に在って2000年は優に超えている。
つまりは神に近い。
よって考えも精神も、そして言い回しも蜘蛛の巣が張るほど古臭い。
これから先、若者たちを導くのであれば、彼自身も若返って貰わねば話が通じなくなるかも知れない。

「まずは月に一度、私に会いに来て下さい。沢山お話しましょう。人族を導くのであれば、もっと私たちの事を知る必要があります」

始祖竜さんの周りに、笑ったように虹色の煌めきが散った。

『面白い事を言うものだ』
「ひとり悶々としていると精神にカビが生えます。私が始祖竜さんの話し相手になってあげます」

私の言葉に始祖竜さんの声は楽しげだ。

『娘よ、其方はやはり白竜の化身だ。彼奴に魔力だけでなく思考も似ておる』
「ルナです。ちゃんと名前があります。始祖竜さんには無いのですか?」
『その昔、名を呼ばれていた気もするが最早覚えてはおらん』
「では、私が付けてあげます!」

何が良いかな?
シーさんだと言いにくいな。
シソちゃんでは可愛い過ぎるような・・・?
うーん。

『始祖竜殿!早まらない方が御身の為ですぞ!ルナのセンスの無さは我の名で証明されておる故』

ひとりワクワクしていると、毒ちゃんが慌てた様子で背後から飛んで来た。

「毒ちゃんなんて愛らしい名に、何の不満があるの?」
「確かに。ポーションに付けた名も酷いものだったな」

ジークさんまで口角を上げて意地悪を言い出した。
むう。
唯一無二をモットーに名付けているのだ。
何の問題があると言うのか。
ジークさんをジト目で睨む。

「次に会う時までに考えておきます。始祖竜さんも気に入った名があったら教えて下さい」
『あい、分かった』

返事の仕方も古臭い始祖竜さん。
これから先、毒ちゃんよりも若返らせてみせる。
ひとつ楽しみが出来たな、笑。

『黒竜の化身よ、白竜と共に生まれし黒竜は、我以上に白竜を慈しんでおった。今生でもそれは変わらんのだな』

ジークさんに向き直った始祖竜さんは懐かしそうに言った。

『白竜を失っても、黒竜だけは報復を良しとしなかった。現し身の其方も、どうか変わらず、何ものにも囚われずに正見であれ』

始祖竜さんの言葉にジークさんが不敵に笑った。

「さあ、どうだろうな?俺は俺であって、お前の知るところの黒竜では無い。愛する者に仇なす者が現れれば、当然報いを受けさせる。後はどうでもいい」

そう言って肩を引き寄せたジークさんは、私の髪に口付けをした。
皇帝との戦いが終わってから、何度ジークさんのこの攻撃にあっている事か・・・とほほ。
恥ずかしいと言うか、照れると言うか、困ると言うか・・・はぁ。

『そうだな、其方の言う通りだ。其方たちは人族の血が流れている故、正確には我の半身の完全なる化身では無い。懐かしさに浸った老ぼれの戯言だ、許せ』

横柄な物言いだが、2000年以上も気の遠くなる歳月を孤独に過ごして来た始祖竜さんを責める事は出来ない。

「これからも白竜さんの事、黒竜さんの事、竜族の事、沢山教えて下さい」
『ああ、そうする事にしよう。そろそろ夜が明ける。また会おうぞ、ルナ、ルシュカンの末裔よ』
「ジークさんです。人族は名を大事にします。覚えて下さいね」

湖面に浮かんでいた虹色の竜は、笑うような鈴の音をさせて虹の泡となって空間に溶けていった。

星が浮かんでいた空の色も薄い水色を帯びて来た。
もう少しで朝陽が見えてくるだろう。
徹夜で戦って身体は疲れているけれど、こうして皆んなと朝を迎えられる喜びで辛さを感じない。

「閣下、それでは我らは帝都の被害状況を確認に参ります」

振り返ると、ゼインさんが兵士の皆さんと共に背後で整列していた。

「ああ、ご苦労。休息が必要な者は休ませてやれ」
「はっ!」

犠牲者は少なかったが、夜通しで疲れているのはゼインさん始め兵士さん達も同じだ。
私は兵士さんたちに労いのつもりでニッコリ笑い手を振った。
すると、ゼインさんと兵士さん達が一斉に跪いた。

「我ら帝国兵一同、君主となられたジークバルト陛下とルナ妃殿下に忠心より誠を捧げます!」

全員頭を下げたその潔い姿に圧倒され自然と後退る。
が、ジークさんに腰を強く抱かれ身動き出来なかった。
ジークさんはともかく、私は妃殿下ではありません、汗。
ここに居ては面倒事に巻き込まれそうな気がする・・・。

「皆の忠義に感謝する」

支配者たる様子のジークさんに、益々隣に居る自分が分不相応で気後れする。
取り敢えず顔に笑顔を貼り付け、心の中で皆さん早く戻ってくれと訴えながら手を振る。

「ジークバルト陛下万歳!」
「ルナ妃殿下万歳!」
「我々は何処までもおふたりをお守りしますぞっ!」
「我らの戦女神よ!!」

兵士さん達が立ち上がり大歓声が轟く。
湖の向こうからオレンジ色の朝陽が差してきた。
陽の光に照らされた兵士さん達の顔は一様に嬉しそうだ。
色々あったけれど、竜の力を受け継ぐこの国に生まれた事を喜んでくれるような、そんな日々が続けば良いな。
そう祈りながら、笑顔で湖を後にする兵士さん達を見送った。

「俺たちも引き上げよう」

ジークさんの顔は晴れやかだ。
朝陽を受けてイケメン顔は益々魅力的に見える。
だが、しかし、本当に良いのだろうか?
彼は解呪を拒んだ。

「何だ?何か気になるのか?」

心配が顔に出ていたのか、私を見てジークさんが眉を顰めた。

「本当にいいんですか?解呪しなくて・・・?」

私の腰に回した手とは反対の手で頭を撫でてくれる。

「言っただろう?ルナが癒してくれるのだから必要ない」
「いやいや、四六時中一緒にいる訳じゃないですし、いつ私の力が無くなるとも限らないんですよ?それに、このまま子孫に竜毒を繋いでいく事にもなりますし・・・」
「ルナの闇魔法の力が俺たちの子供に受け継がれて、竜毒が変化するかも知れないな」

私の髪を撫で、口元に笑みを浮かべながらジークさんは言った。
さり気なく恥ずかしい事を言いましたね、この腹黒さんは、汗。

「いやいや、俺たちの子供って、何言ってるんですか」
「ほう。既に子育ての話まで進んでいたのか?」

今度はバラーさまが意地悪顔で話に入って来た。
皇族の腹黒気質は遺伝なのか?

「そんな訳ありません。そもそも全て解決したら、私の一存で婚約解消に出来るので」

「ルナが俺の嫁になる事は決定事項だ」
「は?承諾してません」
「契約更改したではないか」
「私を怒らせないという条件ですが?」
「俺は約束を守ってバケモノにはならなかった。故にルナを怒らせてはいない。それに、ルナは俺の願いを叶える事に同意した」

あれ?
そうだったっけ・・・?

「ルナよ、『覚悟』が必要か?」
「そんなモノ持ってませんし要りません!!」
「気楽に俺の妻になればいい」
『ルナとずっと一緒にいられるんだね!』
『ジークのお守りも頼んだわよ~』
『始祖竜殿との再会が楽しみだ』

皆が一斉に言いたい事だけを言う。
朝陽は少しずつ高くなり、湖面に反射して煌めいている。
乱反射する陽の光に眼を細めていると、急速に睡魔に襲われた。

今はひとまず嫁問題は後回しだ。

ジークさんの肩にもたれながら、面倒事から逃避すべく私は微睡みに落ちていった。
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