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竜の守りが見せた夢 2
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次に光が収まって見えた場所は、何処かの森のようだった。
高木の隙間から見える月は高く輝き、辺りには虫の鳴き声が響いている。
『ルーネリア』
呼ばれてふと顔を上げれば、フードを目深に被った婚約者のイケメン皇太子が竜牙剣の入った箱を手に立っていた。
その顔はイケメンではあるが初めて見た時とは違い疲れた表情で、身体の筋肉も明らかに落ちているようだった。
『君に言われたように持ってきたよ』
え?
この子がそんな事言ったの?
って言うか、何と言ったか分からないのだが・・・?汗。
彼は手を翳して詠唱すると、宝物箱を解錠し中を私に見せた。
あの時と同じように、私が未来で壊した剣は魔力の光を放ちながら元の形で収まっていた。
『・・・あの、これを何に使うのですか?』
私の質問に皇太子は顔を歪めて苛ついた声を出した。
『何を言ってるんだ?君が必要だと言ったじゃないか、私の呪いを解くものだと』
呪い・・・?
この人、もしかして竜毒さんに冒されているのか?
彼の胸元をじっと見つめる。
すると、微かに蠢く赤黒い靄のようなものが見える。
ジークさんのそれよりかなり小さいが、この人も竜の魔力に苦しんでいるのか。
でも・・・。
『竜牙剣では竜毒を抑え込むことは出来ません』
『な、何を今更言い出すんだ!?』
皇太子は持っていた箱を草叢に置くと、私の両肩を鷲掴みにして乱暴に身体を揺さぶった。
『君が言ったから、本来はもう入れない帝城の祭殿にこうして忍び込んで持ち出して来たというのに!一体何を考えているんだ!!』
皇太子は顔を近付けて怒鳴りだした。
その眼は血走り狂気の色が浮かんでいる。
竜毒さんに生命力を吸われるたびに経験する苦しみから、早く解放されたいと。
ジークさんは、ずっとひとりでこの狂気と闘ってきたんだ。
・・・ジークさん。
『聞いているのか?!』
今、ここにジークさんは居ない。
もう、彼を助けてあげることは出来ない。
ならば、今、目の前のジークさんの血縁であるこのひとを、せめて助けてあげたい。
私は肩にある皇太子の手を強く掴むと、彼の両手首を外側に捻り上げた。
皇太子は怒りと驚きで目を見開いた。
『な、何を・・・?』
捻られた手首の痛みに顔を顰めながら聞いてくる。
『落ち着いて聞いてください。お約束出来ますか?出来なければこの手を折ります』
『わ、分かった。手を放してくれ』
私は無言で皇太子の手首を放した。
彼は荒くなった呼吸を整えて私の顔を睨んできた。
『君は一体・・・?』
『ルーネリアさんは貴方に何と言ったのですか?』
私も皇太子を睨み返す。
『君は・・・』
私は両目に力を入れ、無言で皇太子を威圧した。
すると、彼はゴクリと喉を鳴らしてから口を開いた。
『竜牙剣は守りの剣だから、これを使えば私の竜の魔力を抑える事が叶うと』
『先ほど申し上げたように、この剣では貴方の狂人化の呪いを解くことは出来ません』
『どういうこ・・・』
『私はルーネリアさんではありません』
『なっ・・・!!』
皇太子は信じられないという顔で私を見たまま言葉が出てこないようだった。
『私はこの時代に生きていた人間ではありません。貴方の事も、ルーネリアさんの事も存じ上げません。死んで気が付いたらルーネリアさんの身体に入っていました』
『・・・俄かには信じられない。君が嘘をついているという事は?』
『私が貴方に嘘をつく必要があるのですか?』
彼は心を落ち着けて状況を整理しているようだった。
『・・・それで、この剣に呪いを解く力が無いと?』
『はい、この剣は怨嗟竜を滅ぼす為に始祖竜が遺した牙で創られたもの、と伺いました』
『誰から聞いた?』
『私の時代の第一皇子殿下です。それに・・・』
きっと、居ないだろう、そう思いながらも口にした。
『この剣を扱えるのは闇魔法使いだけだとも』
皇太子は眉を顰めた。
『闇魔法使い?そんな者がこの世に居るとでも?』
彼自身も知っているのか。
自分のご先祖さまたちが、彼ら闇魔法使いを挙って狩り葬ってきた黒歴史を。
『彼らが存在しようがいまいが、この剣は狂人化してしまった方に使うものであって、殿下に有効なものではないという事です』
皇太子はふらつき、すぐ後ろの木にもたれながら両手で顔を覆った。
フッと自虐的に笑うと、顔を上げて私を見た。
『では、何故、ルーネリアは私に嘘を言ったのだ?』
『分かりません。私がルーネリアさんの身体に入っている時間は飛び飛びで、断片的なのです』
その前は皇太子の弟皇子アルくんと居た時だ。
そう言えば彼は、皇太子を良くする方法を調べると言っていた。
アルくんが何か知っているのでは?
・・・何かモヤモヤする。
『・・・私には助かる道が無いという事か・・・』
肩を落として木に寄りかかっていた皇太子は、そのまま地面に座り込んでしまった。
私は自分の左掌を開いてじっと見つめた。
この身体で、私の力が使えるだろうか?
チラッと項垂れているイケメンさんを伺う。
少しでも元気付けたい。
けれども、大して役に立たなかったら更に落ち込ませてしまうかも知れない。
・・・でも、やれることはやろう。
本当はやってあげたかった人の分まで。
私は地に座り込む皇太子の前に跪き、左手を彼の胸に当てた。
俯いていたイケメンさんは、力無く虚な眼を私に向けた。
構わず眼を閉じ掌に集中し闇の魔力を募らせる。
ジークさんと魔力交換してからというもの、すぐに多くの魔力が集まってくる。
私の闇の力に引き寄せられるように、皇太子の胸で燻っていた竜毒さんが私の掌に近付いて来た。
またあの、じわーっと冷たく重い濡れたような感触に身構える。
案の定、指先に気持ち悪いものが触れ、そのまま私の腕を伝って身体の芯へと移動してきた。
鳩尾に感じる吐き気を堪える。
額や首に汗が噴き出してきた。
うー。
耐えろ私!
『?!お前、なぜ竜の力を持っている?お前は何者だ?!』
突然、頭に怒鳴り声が響き、驚いて両眼を開けた。
目の前に居た筈の皇太子の姿はなく、それまで見えていた景色が水色の薄暗い空間になった。
以前、竜毒さんに初めて会った時に見えた景色だ。
あの時の竜毒さんのものより、声は少し若そうな気がする。
『こんにちは、竜毒さん、お久しぶりです』
すると、水色だった空間は徐々に赤黒くなり、炎と闇が踊る世界となった。
その世界の中心から一点の強い光が生まれ、光の収束と共に赤と黒の巨大な竜の顔が浮き上がった。
『我はお前など知らぬ。何奴だ?!』
今日の竜毒さんは機嫌が悪い。
以前会った竜毒さんは、もう少し余裕があった。
ジークさんの竜毒さんと、皇太子の竜毒さんは別モノなのかな?
『そうですね、貴方とは初めましてみたいですね?』
竜毒さんとはこれから大事な交渉があるのだ。
下手に出たり弱味を握らせてはいけない。
ここは冷静に大人の対応だ。
『お前から竜の力を感じる。闇魔法使いよ、お前は時始めの竜眼持ちなのか?』
は?
また、何やら聞いたことのないワードが出てきましたね?
『時始めとは何ですか?』
『その名の通り、時の始めにおった竜眼持ちの事だ』
『それって説明になってませんケド・・・』
時の始め?
竜が最初に生まれた時って事か?
『我ら竜族がこの地に現れた時、我らの闇の力より生まれ出た存在だ』
『私、そんなに年寄りにみえますか?』
中身は50代のオバサンでも、この世界では15歳、いや、今の姿は何歳かは知らないが、少なくとも2000歳以上って事はないだろうに。
『時始めの竜眼持ちは時を渡る事が出来る。お前の年齢など関係無い』
時を渡る・・・。
確かに私は過去にいるけれど、ってことは、これって転生したのでは無いの??
また未来に戻れる?
ジークさんに会えるの?!
『渡る時を選べるんですか?』
『さあな。理屈など知らぬ。時が必要とすれば呼ばれる』
え?
じゃあ、未来で私が必要なければ、もう戻れないって事?
それって死んだのと変わらないんじゃ・・・涙。
と、言う事は、この時代で私が必要とされているって事?
『では、今、この時、私の力が必要って事ですか?』
『分からぬ。時始めの力は未知のものだ』
うーん、ひょっとして、婚約者の皇太子を助けたくてルーネリアが私を呼んだとか?
ルーネリアと話したいが、ひとつの身体にはひとつの精神しか入る事が出来ないのか、彼女を感じる事が出来ない。
このまま私が彼女の中に居たら、ルーネリアが困るのでは?
早いところ退散してジークさんの元に戻らねば。
だが、その前に。
『竜毒さんは皇太子の生命力を魔力に変えているんですよね?それって飽きませんか?』
私は唐突に聞いてみた。
竜毒さんは皇太子にくっついて、生命力を吸い上げ彼が欲しがってる訳でもない竜の魔力を与えている。
ジークさんの竜毒さんは、それは古の契約であって自分の意志ではないと言っていた。
皇太子の竜毒さんも同じこと言うのかな?
竜毒さんも沢山居て、それぞれ個性があるかも知れない。
取り敢えず、今、目の前の竜毒さんを2号と呼ばせて貰おう。
『悲観的な此奴と共に過ごさねばならないのは苦痛だ。だが、古からの契約で此奴が生き絶えるまではこの器から出る事が叶わぬ』
おっ、竜毒さん2号もここから出たがっているじゃあないですか。
これはチャンスなのでは?
『闇魔法使いの私にくっつく事は出来ませんかね?』
『かような話、聞いた事もないわ』
『何か方法ありませんか?竜毒さんも私と居たら楽しいと思いますよ』
そら、食いつけ食いつけ、笑。
『私にも竜の力があるのですよね?と言う事は、私のこの身体でも竜の魔力を留める事が出来る訳で、ルシュカン族でなくとも、いや、むしろ他の種族の方が面白味があって良いかもですよ?』
『いや、我は理りから逸脱した事など・・・』
『何を言ってるんです?そんな凄い種族の血筋で不可能な事などあるんですか?いや、ないでしょう』
私は屁理屈を悟られぬ様畳みかけた。
『うーむ。真新しい事に挑むのも、また、我ら種族の生きる道だ』
『そのイキです!』
ほれほれ、もう少し!
『過去も未来も、未だ竜族を凌駕した種族はいませんよね?』
いつの世も皆、おだてられる事には弱いモノだ。
『試しに私の生命力を食べてみませんか?』
そう言って私は竜毒さん2号に手を伸ばした。
けれども竜毒さんは一瞬消え、私から距離をとった先にまた炎が灯るが如くポンっと現れた。
『ならん。人である其方では生命力が足りん。ましてや本来の姿でない其方では、耐えられず死ぬであろう』
既に死んでそうな私はいいが、器であるルーネリアが死ぬのは確かにまずい。
然も、生きている命の力と書く生命力が、今の私にあるのかも怪しい。
何か、他に大きな生命力があれば・・・。
『ひとまず、この身体から出ない事にはですね。どうやったら離れられるのかな?』
『簡単だ。そいつで身体を貫けば良い』
『ええ、簡単ですね、貫けば、・・・ああっ?!』
極簡単とばかりに言う竜毒さん2号の言葉を復唱していた私は、簡単ではない事に慌てて気付いた。
それ、死ぬでしょう?
いや、私死んでる?
いやいや、この身体が死んだらダメでしょう?
『ちょっと、何言ってるんですか?簡単な訳ないでしょう?!死んじゃいますよ?』
『身体を貫かねば魂まで届かぬではないか』
『はあ?』
もう、言ってる事がちんぷんかんぷんなんですが・・・?
『四の五の言わず早うやれ』
死んで?からも死亡フラグからの追撃を受けている私って一体・・・泣。
目の前の箱に横たわる、虹色の光を放つ竜牙剣を見る。
『死んだら化けて竜毒さんに纏わりついてやりますからね!』
表情などよく分からないが、何となくニヤケていそうな竜毒さん2号に向かって指をさす。
私は竜牙剣の柄を乱暴に掴むと、眼を閉じて切先を自分の胸に当てた。
やればいいんでしょうっ?
こうなったら女は度胸!
うりゃあっ!!
私は息を止め、力一杯剣を自分の胸に突き刺した。
高木の隙間から見える月は高く輝き、辺りには虫の鳴き声が響いている。
『ルーネリア』
呼ばれてふと顔を上げれば、フードを目深に被った婚約者のイケメン皇太子が竜牙剣の入った箱を手に立っていた。
その顔はイケメンではあるが初めて見た時とは違い疲れた表情で、身体の筋肉も明らかに落ちているようだった。
『君に言われたように持ってきたよ』
え?
この子がそんな事言ったの?
って言うか、何と言ったか分からないのだが・・・?汗。
彼は手を翳して詠唱すると、宝物箱を解錠し中を私に見せた。
あの時と同じように、私が未来で壊した剣は魔力の光を放ちながら元の形で収まっていた。
『・・・あの、これを何に使うのですか?』
私の質問に皇太子は顔を歪めて苛ついた声を出した。
『何を言ってるんだ?君が必要だと言ったじゃないか、私の呪いを解くものだと』
呪い・・・?
この人、もしかして竜毒さんに冒されているのか?
彼の胸元をじっと見つめる。
すると、微かに蠢く赤黒い靄のようなものが見える。
ジークさんのそれよりかなり小さいが、この人も竜の魔力に苦しんでいるのか。
でも・・・。
『竜牙剣では竜毒を抑え込むことは出来ません』
『な、何を今更言い出すんだ!?』
皇太子は持っていた箱を草叢に置くと、私の両肩を鷲掴みにして乱暴に身体を揺さぶった。
『君が言ったから、本来はもう入れない帝城の祭殿にこうして忍び込んで持ち出して来たというのに!一体何を考えているんだ!!』
皇太子は顔を近付けて怒鳴りだした。
その眼は血走り狂気の色が浮かんでいる。
竜毒さんに生命力を吸われるたびに経験する苦しみから、早く解放されたいと。
ジークさんは、ずっとひとりでこの狂気と闘ってきたんだ。
・・・ジークさん。
『聞いているのか?!』
今、ここにジークさんは居ない。
もう、彼を助けてあげることは出来ない。
ならば、今、目の前のジークさんの血縁であるこのひとを、せめて助けてあげたい。
私は肩にある皇太子の手を強く掴むと、彼の両手首を外側に捻り上げた。
皇太子は怒りと驚きで目を見開いた。
『な、何を・・・?』
捻られた手首の痛みに顔を顰めながら聞いてくる。
『落ち着いて聞いてください。お約束出来ますか?出来なければこの手を折ります』
『わ、分かった。手を放してくれ』
私は無言で皇太子の手首を放した。
彼は荒くなった呼吸を整えて私の顔を睨んできた。
『君は一体・・・?』
『ルーネリアさんは貴方に何と言ったのですか?』
私も皇太子を睨み返す。
『君は・・・』
私は両目に力を入れ、無言で皇太子を威圧した。
すると、彼はゴクリと喉を鳴らしてから口を開いた。
『竜牙剣は守りの剣だから、これを使えば私の竜の魔力を抑える事が叶うと』
『先ほど申し上げたように、この剣では貴方の狂人化の呪いを解くことは出来ません』
『どういうこ・・・』
『私はルーネリアさんではありません』
『なっ・・・!!』
皇太子は信じられないという顔で私を見たまま言葉が出てこないようだった。
『私はこの時代に生きていた人間ではありません。貴方の事も、ルーネリアさんの事も存じ上げません。死んで気が付いたらルーネリアさんの身体に入っていました』
『・・・俄かには信じられない。君が嘘をついているという事は?』
『私が貴方に嘘をつく必要があるのですか?』
彼は心を落ち着けて状況を整理しているようだった。
『・・・それで、この剣に呪いを解く力が無いと?』
『はい、この剣は怨嗟竜を滅ぼす為に始祖竜が遺した牙で創られたもの、と伺いました』
『誰から聞いた?』
『私の時代の第一皇子殿下です。それに・・・』
きっと、居ないだろう、そう思いながらも口にした。
『この剣を扱えるのは闇魔法使いだけだとも』
皇太子は眉を顰めた。
『闇魔法使い?そんな者がこの世に居るとでも?』
彼自身も知っているのか。
自分のご先祖さまたちが、彼ら闇魔法使いを挙って狩り葬ってきた黒歴史を。
『彼らが存在しようがいまいが、この剣は狂人化してしまった方に使うものであって、殿下に有効なものではないという事です』
皇太子はふらつき、すぐ後ろの木にもたれながら両手で顔を覆った。
フッと自虐的に笑うと、顔を上げて私を見た。
『では、何故、ルーネリアは私に嘘を言ったのだ?』
『分かりません。私がルーネリアさんの身体に入っている時間は飛び飛びで、断片的なのです』
その前は皇太子の弟皇子アルくんと居た時だ。
そう言えば彼は、皇太子を良くする方法を調べると言っていた。
アルくんが何か知っているのでは?
・・・何かモヤモヤする。
『・・・私には助かる道が無いという事か・・・』
肩を落として木に寄りかかっていた皇太子は、そのまま地面に座り込んでしまった。
私は自分の左掌を開いてじっと見つめた。
この身体で、私の力が使えるだろうか?
チラッと項垂れているイケメンさんを伺う。
少しでも元気付けたい。
けれども、大して役に立たなかったら更に落ち込ませてしまうかも知れない。
・・・でも、やれることはやろう。
本当はやってあげたかった人の分まで。
私は地に座り込む皇太子の前に跪き、左手を彼の胸に当てた。
俯いていたイケメンさんは、力無く虚な眼を私に向けた。
構わず眼を閉じ掌に集中し闇の魔力を募らせる。
ジークさんと魔力交換してからというもの、すぐに多くの魔力が集まってくる。
私の闇の力に引き寄せられるように、皇太子の胸で燻っていた竜毒さんが私の掌に近付いて来た。
またあの、じわーっと冷たく重い濡れたような感触に身構える。
案の定、指先に気持ち悪いものが触れ、そのまま私の腕を伝って身体の芯へと移動してきた。
鳩尾に感じる吐き気を堪える。
額や首に汗が噴き出してきた。
うー。
耐えろ私!
『?!お前、なぜ竜の力を持っている?お前は何者だ?!』
突然、頭に怒鳴り声が響き、驚いて両眼を開けた。
目の前に居た筈の皇太子の姿はなく、それまで見えていた景色が水色の薄暗い空間になった。
以前、竜毒さんに初めて会った時に見えた景色だ。
あの時の竜毒さんのものより、声は少し若そうな気がする。
『こんにちは、竜毒さん、お久しぶりです』
すると、水色だった空間は徐々に赤黒くなり、炎と闇が踊る世界となった。
その世界の中心から一点の強い光が生まれ、光の収束と共に赤と黒の巨大な竜の顔が浮き上がった。
『我はお前など知らぬ。何奴だ?!』
今日の竜毒さんは機嫌が悪い。
以前会った竜毒さんは、もう少し余裕があった。
ジークさんの竜毒さんと、皇太子の竜毒さんは別モノなのかな?
『そうですね、貴方とは初めましてみたいですね?』
竜毒さんとはこれから大事な交渉があるのだ。
下手に出たり弱味を握らせてはいけない。
ここは冷静に大人の対応だ。
『お前から竜の力を感じる。闇魔法使いよ、お前は時始めの竜眼持ちなのか?』
は?
また、何やら聞いたことのないワードが出てきましたね?
『時始めとは何ですか?』
『その名の通り、時の始めにおった竜眼持ちの事だ』
『それって説明になってませんケド・・・』
時の始め?
竜が最初に生まれた時って事か?
『我ら竜族がこの地に現れた時、我らの闇の力より生まれ出た存在だ』
『私、そんなに年寄りにみえますか?』
中身は50代のオバサンでも、この世界では15歳、いや、今の姿は何歳かは知らないが、少なくとも2000歳以上って事はないだろうに。
『時始めの竜眼持ちは時を渡る事が出来る。お前の年齢など関係無い』
時を渡る・・・。
確かに私は過去にいるけれど、ってことは、これって転生したのでは無いの??
また未来に戻れる?
ジークさんに会えるの?!
『渡る時を選べるんですか?』
『さあな。理屈など知らぬ。時が必要とすれば呼ばれる』
え?
じゃあ、未来で私が必要なければ、もう戻れないって事?
それって死んだのと変わらないんじゃ・・・涙。
と、言う事は、この時代で私が必要とされているって事?
『では、今、この時、私の力が必要って事ですか?』
『分からぬ。時始めの力は未知のものだ』
うーん、ひょっとして、婚約者の皇太子を助けたくてルーネリアが私を呼んだとか?
ルーネリアと話したいが、ひとつの身体にはひとつの精神しか入る事が出来ないのか、彼女を感じる事が出来ない。
このまま私が彼女の中に居たら、ルーネリアが困るのでは?
早いところ退散してジークさんの元に戻らねば。
だが、その前に。
『竜毒さんは皇太子の生命力を魔力に変えているんですよね?それって飽きませんか?』
私は唐突に聞いてみた。
竜毒さんは皇太子にくっついて、生命力を吸い上げ彼が欲しがってる訳でもない竜の魔力を与えている。
ジークさんの竜毒さんは、それは古の契約であって自分の意志ではないと言っていた。
皇太子の竜毒さんも同じこと言うのかな?
竜毒さんも沢山居て、それぞれ個性があるかも知れない。
取り敢えず、今、目の前の竜毒さんを2号と呼ばせて貰おう。
『悲観的な此奴と共に過ごさねばならないのは苦痛だ。だが、古からの契約で此奴が生き絶えるまではこの器から出る事が叶わぬ』
おっ、竜毒さん2号もここから出たがっているじゃあないですか。
これはチャンスなのでは?
『闇魔法使いの私にくっつく事は出来ませんかね?』
『かような話、聞いた事もないわ』
『何か方法ありませんか?竜毒さんも私と居たら楽しいと思いますよ』
そら、食いつけ食いつけ、笑。
『私にも竜の力があるのですよね?と言う事は、私のこの身体でも竜の魔力を留める事が出来る訳で、ルシュカン族でなくとも、いや、むしろ他の種族の方が面白味があって良いかもですよ?』
『いや、我は理りから逸脱した事など・・・』
『何を言ってるんです?そんな凄い種族の血筋で不可能な事などあるんですか?いや、ないでしょう』
私は屁理屈を悟られぬ様畳みかけた。
『うーむ。真新しい事に挑むのも、また、我ら種族の生きる道だ』
『そのイキです!』
ほれほれ、もう少し!
『過去も未来も、未だ竜族を凌駕した種族はいませんよね?』
いつの世も皆、おだてられる事には弱いモノだ。
『試しに私の生命力を食べてみませんか?』
そう言って私は竜毒さん2号に手を伸ばした。
けれども竜毒さんは一瞬消え、私から距離をとった先にまた炎が灯るが如くポンっと現れた。
『ならん。人である其方では生命力が足りん。ましてや本来の姿でない其方では、耐えられず死ぬであろう』
既に死んでそうな私はいいが、器であるルーネリアが死ぬのは確かにまずい。
然も、生きている命の力と書く生命力が、今の私にあるのかも怪しい。
何か、他に大きな生命力があれば・・・。
『ひとまず、この身体から出ない事にはですね。どうやったら離れられるのかな?』
『簡単だ。そいつで身体を貫けば良い』
『ええ、簡単ですね、貫けば、・・・ああっ?!』
極簡単とばかりに言う竜毒さん2号の言葉を復唱していた私は、簡単ではない事に慌てて気付いた。
それ、死ぬでしょう?
いや、私死んでる?
いやいや、この身体が死んだらダメでしょう?
『ちょっと、何言ってるんですか?簡単な訳ないでしょう?!死んじゃいますよ?』
『身体を貫かねば魂まで届かぬではないか』
『はあ?』
もう、言ってる事がちんぷんかんぷんなんですが・・・?
『四の五の言わず早うやれ』
死んで?からも死亡フラグからの追撃を受けている私って一体・・・泣。
目の前の箱に横たわる、虹色の光を放つ竜牙剣を見る。
『死んだら化けて竜毒さんに纏わりついてやりますからね!』
表情などよく分からないが、何となくニヤケていそうな竜毒さん2号に向かって指をさす。
私は竜牙剣の柄を乱暴に掴むと、眼を閉じて切先を自分の胸に当てた。
やればいいんでしょうっ?
こうなったら女は度胸!
うりゃあっ!!
私は息を止め、力一杯剣を自分の胸に突き刺した。
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