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皇帝陛下に拝謁

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皇族御用達の空駆ける馬車は、魔法陣で亜空間?を移動して皇城内の皇族専用の馬車留めに到着した。

外から扉が開かれ、ジークさんが先に降りる。
ジークさんが私に手を差し出してくれたので、マイヤー先生の淑女教育を思い出しながら、その手にほんの少し指先が触れる程度に添えて静々と馬車を降りてみた。
そう、私は今、女優なのだ。
前世で羨ましく見ていた、若いイケメンを侍らせて歩く老齢の大女優を心に浮かべる。
侍らせるには癖があり過ぎるが、黙っていればジークさん程連れ歩くのに自慢できる美人さんはいないだろう。
あれ?
女優より美人なひと、侍らせちゃダメだろう。
私が引き立て役じゃないか・・・泣。

ジークさんは私の指先を自身の腕に誘導して、エスコートしながら歩き出した。
周りには皇族をお出迎えする使用人の皆さんが、頭を下げたまま私たちが通り過ぎるのを待っていた。
早く居なくなってあげたいところだが下品に走る訳にもいかず、馬車から降りた調子で静々歩く。

皇城内の護衛騎士に先導され、後ろにアルバートさんとジェニファーさんを従えて、ジークさんと共に長い回廊をひたすら歩いた。
誰ともすれ違うことなく大きな扉の前まで来ると、ジークさんは立ち止まった。
差し詰め、VIP専用通路からの会場入りってところだ。
さすがは皇子さま、待遇が違いますねー。

「ルシュカン帝国第三皇子ジークバルト・フェイツ・ルシュカン殿下、並びに婚約者ルナ・ヴェルツ嬢、御入場!」

大きく響く声で名前を呼ばれ、天井まで伸びる目の前の扉が左右に開かれた。
扉の隙間から入り込む光は白く眩しくて、手を翳して目を細めたくなる。
しかし、私は女優。
スポットライトは女優の必需品。
女優を美しく魅せる光を遮ってはならないのだ。
今宵の装いはシャンパン色のエンパイア型ドレス。
その上に金糸のレース編みを重ね、シルク地が透けて見える上品な逸品だ。
胸の下の切り替えを太めの黒いベルベット地のリボンで押さえ、黒地に金で縁取られた軍服を纏うジークさんと合わせている。
自慢のピンクブロンドを高い位置でまとめ、金細工の鈴蘭を緩く編み込み片方に毛先を垂らす。
アクセサリーは最小限で、ドレスのリボンを共布で仕立てたチョーカーに髪にも編み込んだ金細工の鈴蘭をあしらっている。
指先までたおやかに魅せてドレスを摘む。
ジークさんの横で少しでも身長差を埋めるべく背筋を伸ばして優雅に歩けば、皆こちらを振り返る。
そう、私は女優。

「おい、歩きながらブツブツと何の呪文を唱えているんだ?お前、怖いぞ」

むっ、いや、いかんいかん。
顔に出したら、折角の女優のお面が床に落っこちてしまう。
こんな嫌味、蚊ほども感じないわ。

「まあ殿下、本日これで6回目ですわ。それ程、私からのお仕置きに期待なさっておられるのですね」

右頬3回、左頬も3回の均等パンチが良いか、それとも片方だけ6回パンチでコブを片方に集めるか、どちらが愉快だろう?

「我が婚約者殿は、余程俺との触れ合いに焦がれていると見える」

ジークさんは歩きながら私に身体を寄せて、耳元で囁いた。

「婚約者としては期待に応えるべく尽力しよう」

そう言って私の頭のてっぺんにキスを落とすと、ジークさんはよく見る真っ黒な笑みで高座へと私を誘った。
むぅ、何が期待に応えるだ。
ドラゴンさんとの触れ合いが少ないのは不満だが、別にジークさんとの時間は要らないよ?
偽装婚約を引き受けたのは、ドラゴンさんとの時間を毎日いただく条件だったからだ。
だか、気が付けば最近おざなりにされている。
帰ったら猛抗議だ。

「婚約者が愛情を示したというのに、何故そう眉間に皺を寄せることがある?」
「は?どの辺りが愛情表現でした?」

顔から女優のお面が落っこちそうで、慌てて微笑みお面を被り直した。
ジークさんは一瞬無表情になったが、直ぐに口元だけで目元が伴わない笑顔で前を見た。

「許可するまで喋るなよ」

ジークさんはそう言って目の前の階段下で立ち止まった。

「ルシュカン帝国第三皇子ジークバルト・フェイツより皇帝陛下にご挨拶申し上げます」

ジークさんは臣下の礼をとり、私は彼に合わせて淑女の礼をして目を伏せた。

階段上の高座から、凛とした威厳のある、それでいてどこか優しい男性の声がした。

「よく来た、ジークバルト。隣りの令嬢が、そなたの選んだ伴侶なのだな?」

いやいや、伴侶じゃ無いしなー。
心の中で皇帝に突っ込みを入れる。

「はい。ルナ・ヴェルツにございます」

ジークさんが腰を折ったまま私の名を口にした。

「愛らしい名だな。ふたりとも面を上げるが良い」

ジークさんが姿勢を戻すのに合わせ、私は膝を折ったままで顔を上げた。
ジークさんも一応皇子さまですからね。
隣に居るとはいえ、ジークさんと同じ頭の高さではいられない。

「ほう、姿も美しいな。ジークが魅せられるのも頷ける」
「勿体無いお言葉です」

おっ。
私の女優っぷりが高評価ですか。
良か良か。
ジークさんの返事に合わせ、私は無言のまま再度頭を下げる。
それにしても、いつまで片膝ポーズなのかなあ。
足も腰もプルプルしてきましたよ・・・泣。
あ、いや、女優なので、ここは意地で頑張りますけど。

「ルナよ、良く顔を見せてくれ」

ジークさんは手を取り、私を支えながら立ち上がらせてくれた。
しつこいようだか、私は女優。
ドヤ顔で皇帝を見つめた。
ジークさんと同じ黒髪で襟足は長いけれど、やっぱり毛先は好き勝手な方向に向いている。
ジークさんも髪を伸ばしたら、こんな感じになるのかしら?
けれども、瞳の色が違う。
皇帝の瞳は少し深い緑色だ。
その深さのせいか目元が柔らかい印象で、優しいイケオジに見える。
ジークさんは触れたら切れる刃物の様な鋭さだけど、この人は深みのある柔らかな印象で、親子なのに対照的だ。
ジークさんを象徴する綺麗な金眼は、お母さま譲りなのかな?

皇帝をガン見していたのだが、そんな不遜な態度の私に皇帝はフッと笑って見せた。
おや?
この人、良いひとなのかな?
目元が優しくて、親しみを覚えてしまう。

「淡い紅の美しい瞳だ。、いつまでもジークバルトを支えてやってくれ」


何だ?
瞳の部分をやたらと強調したような?

私が無言でいると、ジークさんに預けていた手をぎゅっと握られた。
ハッとして頭を垂れる。

「殿下のお力になれるよう精進いたします」

隣りでジークさんが動く気配がして、下がるタイミングだと私も身体を起こした。
もう一度皇帝の表情を確認したかったのだが、無礼な娘と目を付けられる訳にもいかず、そのまま目を伏せて高座を後にした。

皇帝は何を言いたかったのだろう?
言葉通りに捉えるには何か引っかかる。
ジークさんに引っ張られて会場内を歩く中、皇帝の真意がどこにあるのか考え込んでいた私は、夜会に似つかわしくない格好の不審な男がこちらに鋭い視線を向けていた事に気付かなかった。
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