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3 絆と進展
3-1.庭園と兄妹
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「おはよう、エル」
朝目覚めて、まだぼーっとしたまま部屋の扉を開けた僕は、その声を聞いて目を瞬いた。
「レアジさん…?」
「よく寝たな」
声の主は、首を傾げる僕に立ち上がり歩み寄ってくる。
その奥には、大判の本を捲りながら紅茶を飲むヴィンツもいた。
(なんでレアジさんがここに?)
状況が掴めずに「はあ」と曖昧な声を出すと、レアジさんは僕の頭にぽんと手を置いて笑った。
「まだ寝てんのか、迎えに来たんだよ。今日は約束の日だぞ」
「約束…あ」
思い出した。
今日はリーゼとの約束があった。
それも、急遽レアジさんたち兄妹を入れたお茶会に変更されたものが。
(あれっ、でもなんでここに…)
「時間!?」
慌てて時計を見るが、まだ約束の時間までは余裕があった。ホッと息を吐くと、
「んなわけねぇだろ」
とレアジさんはケラケラと笑う。
ならどうしてと思わなくもないが、今までの彼の言動からして、深い理由はないのだろうし、本人が楽しそうにしているからいいのだろう。
本当にこの人のことはよくわからない。
よくわからないが、嫌いじゃない。
「準備ができたらシュアと合流するぞ」
そう言って離れて行くレアジさんに頷いた。
レアジさんの妹はレアジさんより一学年下の三年生。以前の僕とも面識があり、当然僕が記憶を失ったことも知っているだろうから少し気は楽、かもしれない。
とはいえ、今の僕としては初めて会うのだから緊張感は残る。
頬を叩いて気合いを入れた。
◇
「わぁ…」
さあ、と吹き抜けた風が爽やかに僕たちの髪を揺らす。
目の前に広がるのは清潔感溢れるガーデンテラスである。三年生の教室棟から繋がる美しい庭園は手入れが行き届き、眼下には中庭の池が広がっていた。
今回のお茶会はレアジさんたちが全て用意すると言ってくれたのでお願いしたのだが、なんというか、想像以上だった。
実際にこの場所にくるのも初めてだったが、今とても、この光景を見れて良かったと思っている。
「いい天気で良かったな」
コクコクと頷く。
同時に、振り向いたときに目に入ったレアジさんの姿に思わず口を開けた。
「……」
いつもの自然な髪型ではなく、しっかりと顔が見えるように整えられた髪型は高貴な人間にふさわしく、彼の美貌を引き立てている。
制服も、いつもよりきちんとした着方をしていて美しい。この景色にも、いやきっとどこに居ても見劣りすることはない。
「ん?」
笑みを浮かべたまま首を傾げる彼から目を逸らす。
正式ではないといえ、公爵家の威厳がなんたらかんたと言って髪型を整えていた彼を思い出した。
(この人でもそういうことを気にするんだ)と思ったが、案外、僕の前以外ではそうなのかもしれない。
本当に、僕が一緒にいてもいい人なのだろうか。
僕はきっと、この疑問を持ち続ける。
歩き出そうとすると、後ろから、凛とした声が響いた。
「早いじゃない二人とも」
振り向くとそこにいたのは、淡い赤髪を靡かせた美しい少女だった。
レアジさんは彼女に気づくと片手を上げる。
「よ」
「残念ながらテーブルはまだ準備中よ」
駆け寄ってきた彼女がニッと歯を見せて笑った。
「だろうな」
(この人が、レアジさんの妹…)
当然見覚えはない。ただ確かに、レアジさんの妹だと感じた。
楽し気な雰囲気も、形に囚われない自由な振る舞いも、僕がいつか感じた暖かな感情を思い出すような心地がした。
この人は、僕のことをどう思っていたのだろう。
一瞬、頭の奥に痛みが走り、首を振った。
目の前では、メアスフラムの麗しい兄妹が談笑している。
目に焼き付けたくなるような光景の、邪魔をしないようにそろりと一歩後ろに下がる。
また、僕なんかが本当にこの人たちと同じ空気を吸っていていいのだろうかという思考が掠めるほどに、彼らは輝いて見えた。
「で!」
急な大声にビクッと肩を震わせる。
レアジさんの妹が遠ざかろうとした僕に目を向けて、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「サリエルでしょ、大きくなったね」
「あ…はい」
(僕にも同じように接してくれる…)
何故かはわからないが、心底ホッとした。
きちんと接することができるかドキドキしていたが、この人なら大丈夫だと思えた。
「えっと…」
とはいえ、初対面では何を言えばいいのかなどすぐには思いつかない。
そうしていると、彼女は不満気に口を尖らせ、
「……やっぱり、仕方ないけど寂しいよ」
僕の頬に両手を伸ばし、そのしなやかな指でぐいとつまんだ。
「!?」
「おい」
「私はシュア。兄上がいつもお世話になってるし、何も気にせず気楽に接してちょうだい」
そう言った彼女はレアジさんに腕を掴まれて僕の頬を離した後、ニヤリと笑う。
「仏頂面じゃ、せっかく用意させたお茶が台無しよ」
僕は呆気にとられた表情のまま言葉を紡ぐ。
「…すみません」
「シュア、ちょっと来い」
「あ」
レアジさんがシュアの手を掴み、ズルズルと僕から離れたところへ連れて行く。彼女に何かを言っているようだ。不思議に思いつつ、兄妹同士話したいことでもあったのかもしれないと思い直す。
そして一人残された僕は、彼らを眺めながらゆっくりと息を吐いた。
レアジさんもそうだが、シュアもなかなかに距離感の近い人だなと思う。
言い争うように言葉をかわす彼らが微笑ましい。初めて見る目の前の光景に、どうしてか胸が熱くなった。
…
立ち止まるなりレアジは口を開いた。
「エルに触るなっつってんだろ」
シュアはその苛立った様子を微塵も気にかけず余裕の笑みを返す。
「何の話かわからないわ」
「お前なぁ」
「兄上こそ、今回はゴリ押しで間に合ったみたいだけど、ボーッとしてると本当にそのうちとられるわよ」
シュアがそう言いながらサリエルへと視線を向けると、レアジは妹の肩を掴んで見えない位置へと押しながら不満げに呟いた。
「…何のことだよ」
「別に? 兄上がいいならいいのよ」
「…いいってなんだよ」
「じゃあ頑張ってよね」
「……」
シュアは自身の兄を揶揄うように笑い、レアジは頬を染めて目を背ける。
「うるせぇ」
◇
シュアの案内に続いて移動すると、庭が綺麗に見える場所に、白いクロスに覆われた丸テーブルが一つだけ置かれているのが見えた。席は四席。
周りには、軽食やお菓子、飲み物などが並べられたワゴンが複数あり、使用人たちが忙しく飾り付けている最中のようだ。
どこをみてもキラキラとして眩しく、美しい。
見たことのない光景に胸が高鳴る。レアジさんに繋がれた手が熱い。
横にいるレアジさんにチラッと目線をやると、僕に気づいた彼が少し気まずそうに笑った。
「段差あるし躓くなよ」
次の瞬間だった。レアジさんが段差に躓き、手を繋いでいたために僕もその体重にぐいと引かれる。
「わ!」「ちょっ」
結果、僕を巻き込んで盛大に転んだ。
幸い、慌てて胸に抱き寄せられ、レアジさんが下敷きになってくれたので僕は何ともなかったが、あまりに突然すぎたので、心臓がバクバクとうるさく鳴った。
一瞬、死にやしないかという思考が頭をよぎり、呼吸が浅くなる。
「…っ大丈夫か、ごめん俺の方が」
「兄上!?」
音で惨事に気づいたシュアが素っ頓狂な声を上げて慌てて使用人に指示を飛ばしているのが聞こえた。
「エル、起きれるか」
レアジさんが心配そうな声を出し、仰向けのままポンポンと僕の背中を叩く。密着しているせいで、一瞬何が起きたのかと混乱しかけるが、すぐに我に帰って起き上がった。
(はっ)
「ご、ごめんなさい。びっくりして…」
目線を上げると、レアジさんは僕から思い切り目を逸らした。
「いや、悪いの俺だし」
「…楽しそうでなによりね」
使用人とともに戻ってきたシュアが、この光景を見てそう呟く。
僕が首を傾げると、立ち上がったレアジさんはそのシュアを無視して「怪我はねぇか」と聞いてきた。
「大丈夫です。レアジさんこそ…」
「俺はなんともねぇよ。ってか、言った瞬間に転ぶとかだせぇ…」
そう言って恥ずかしそうに頭をかく彼が可笑しくて、思わず笑みが溢れる。
「なんか、逆に新鮮ですね」
「ほんとよね。いつもこれくらいドジだったらいいのに」
シュアがため息をつくように頷いた。
…
「兄上ー、着替え置いといたからねー」
シュアが部屋の中に呼びかけるも、返事がないので覗き込む。
「兄上?」
見ると、レアジは自身の火照った顔をぱたぱたと仰いでいた。
「恥ず…」
シュアはその様子に心底楽しそうな笑みを浮かべる。
「自業自得」
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