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2 未知の世界
2-1.新たな場所へ
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今日は、制服の採寸をする。
バルトは王都に行った際に頼んでしまったというので、僕だけ。の、はずだったのだが、事情を知ったレアジさんが、自分も制服を新調するから、せっかくなら一緒にやろうと、わざわざブランシュ邸まで来るらしい。
「レアジ様のことですから、会う口実に丁度いいと思ったのでしょう」
とバルトは言っていたが、僕はこの間から、彼が僕のために何かをしたがっているような気配を感じてしまって仕方ない。
大体、学園に入っても会う機会はあるというのだから、わざわざ入学前に訪ねてくる理由はない…はずだ。
(なんか、判然としないけど)
そんなことを考えているうちに、レアジさんがやってきた。
出迎えに行く暇もなく、僕の部屋に。
バルトが扉を開けると、そこには、金髪の見慣れないメイドとレアジさんがいた。
「よ、エル。来たぞ」
メイドが、バルトにお菓子の入った籠を渡している間に、レアジさんは僕の方へとやってくる。
「レアジさん」
立ち上がってそう呼ぶと、彼は幸せそうに笑った。
その笑顔があまりに綺羅綺羅しいので、何故僕と彼とが同じ場所に存在しているのかわからなくなる。
「座ってりゃいいだろ」
「…そんなことを仰るのはレアジさんくらいです」
「バレたか。バルト、合う茶を頼む」
レアジさんの異質さと大胆さに惑わされていたが、絶対にそうだ。
なんの憚りもなく僕の隣に腰掛けて笑いかけてくる美少年を横目に見て息を漏らす。
(公爵家の長男だろ?)
普通なら、王族と遜色ない扱いを求められてもおかしくないはずだ。
それはそうと、
「レアジさん、あの方は?」
一緒に来ていたメイドに視線をやると、レアジさんも目をやって「ああ、」と頷いた。
「ミアだ。俺付きのメイドで、小せぇ頃から一緒にいる。お前にとってのバルトみてぇなもんだな」
「へぇ…」
初めて会ったので、思わずまじまじと眺めてしまう。
ミアが僕の視線に気づいてペコっと会釈してきたので、慌てて目を逸らした。
(失礼だったかな)
「見ても良いけど惚れるなよ」
「うぇっ」
思ってもいなかったことを言われ、思わず変な声が出る。
レアジさんの想い人なのだろうかと思いかけてドキドキしていると、
「婚約者がいるからな」
と言われたので思考を更新する。
「あ…そんな簡単に惚れませんよ」
(婚約者さんも、相手がレアジさんみたいな人に仕えてたら、気が気じゃないだろうな)
しかし、今横にいる彼にはそんな意識はないのだろう。
知らないうちに恨みを買いそうで少し心配なくらいだ。
「失礼いたします」
ミアがクッキーが並べられたお皿をテーブルに置き、バルトも遅れて、紅茶のカップを添える。
「では、準備をしてまいります」
「ああ、よろしく」
ミアが一礼して部屋を出て行った。
準備というのは、採寸の、だろう。
「で、最近体調はどうだ?」
「大丈夫です。問題があるとすれば体力がないことくらいで」
「そうか」
レアジさんが手を伸ばしてきて、思わずビクッとする。
彼の指が僕の髪をすいて、固まっている僕に気づくと、パッと手を離した。
「…悪い、つい」
「いえ、別に」
とは言うものの、この距離感に慣れなくて内心ドキドキである。
取り繕うように、レアジさんが持ってきてくれたクッキーに手を伸ばし、齧った。
一緒に過ごすうちにわかったことだが、この人は全体的に距離が近い。
頭を撫でたり、顔に触れてきたりは日常的にするし、ソファに座れば必ず隣に座ってくる。今だってそうだ。
ただ、この間抱き上げてきたときは本当に驚いた。
体格も力も、そのくらい差があるのは認めるが、あまりにも自然にやるものだから本当に恥ずかしかった。
(レアジさんは、別に嫌じゃないからいいけど)
それにしても、彼の顔の良さは人を殺せる顔の良さだと思うのだが、彼は自覚しているのだろうか。
どこへ行ってもこの調子だとしたら、勘違いする令嬢も多そうだ。
コンコンとノックの音がして、レアジさんが応えると、ミアが顔を出した。
「レアジ様、ご準備が整いました」
「おう、ありがとな。じゃあ行くか」
レアジさんが立ち上がったので、慌てて僕も続く。
ちなみにバルトはこの間に買い出しに行くと言っていた。
◇
「まだ短いな。俺的にはこんくらいあってもいいと思うんだけど」
「かしこまりました」
レアジさんが、スラックスの裾の長さに拘っている。
もう充分背はあるのに、まだ伸びる気だろうか。
あと、制服がめちゃくちゃ似合っている。
カッコいい人が着るものだ。これは。
僕も伸びるだろうか…。後3年で。
小さめのサイズの制服を持ち上げて唸る。
なんだろう。サイズを確認しているだけなのに、「小さい」と言われているような気がしてしまう。
「これだな。エル、そっちはどうだ?」
急に声をかけられ、吃る。
「あ、ええと、」
…
「いいんじゃねぇか」
鏡の前に立って、制服に身を包んだ自分を眺める。
結局、ほとんどレアジさんに選ばせるような感じになってしまったが、確かにこれならなんとか様になっている。
袖の長さもちょうど良さそうだ。
シュッとして、こんな僕でも、少しだけ大人っぽく見える気がした。
「はい…」
「決まりだな。ほら、お揃いだ」
後ろから肩を抱かれて、レアジさんが鏡に向かって笑う。
レアジさんも仮の制服を着ているので、確かにお揃いである。
わざわざ僕のサイズ選びにも付き合ってくれたというのに、随分楽しそうだなと思う。
(まあ、僕も楽しかったけど)
「ん…ゲホッ…」
少し、埃っぽくなったな。
「大丈夫か? そろそろ脱いで、部屋に戻るか」
「…はい」
着替えて自室に戻ると、既に帰っていたバルトがすぐに新しいお茶を入れてくれた。
「入学する実感は湧きましたか」
「うん、少し」
カップを手に取った。
レアジさんもバルトからカップを受け取って腰を下ろす。
「他の準備は済んでるのか?」
「はい。挨拶の仕方や言葉遣いも、しっかり教わって練習しました…!」
そう言うと、レアジさんは笑った。
「エルの場合そうなるのか。じゃあ、これはどうだ?」
バルトと、二人して首を傾げる。
「自己紹介の準備」
「えっ」
レアジさんが得意げに言った言葉に衝撃を受ける。
「そ、そんなものあるんですか」
「させられるぞ。別に大したこと言う必要はねぇが、挨拶の練習するならこっちもしといたほうがいいかもな」
(絶対しないと…)
「教えてくれてありがとうございます」
「おう」
そう言ったレアジさんの笑顔から、なんとなく目が離せなくなる。
優しいし、僕のことをよく考えてくれるし、いつも幸せそうなのが伝わってくる。暖かな人だ。
(もともとはどうやって仲良くなったんだろ)
ジッと見ているうちに、レアジさんが「ん?」と首を傾げる。
その格好良さにドキッとしてしまって、お茶のカップで顔を隠した。
(なんだこれ)
◇
顔色、悪くない。
制服も綺麗。学年を示すバッジもしっかりついている。
髪型もいつも通り、寝癖などはない。
荷物も、大丈夫。
気分が悪くならないように、朝食は軽めにした。
入学式は午後からなのでお腹が減るようなら昼食をしっかりとっていけば大丈夫。
「エル様、ご準備は整いましたでしょうか」
「ああ」
あれから約一ヶ月。
ついに入学の日がやってきた。
「不安なことがあれば…」
「いや、」
一度目を閉じてからゆっくりと開き、バルトを見つめる。
僕は、今までに積み重ねてきた僕ではないかもしれないけど、僕は僕だ。
「バルトは心配しなくていい。できる限りの準備はしてきたんだ。父様の息子としても、バルトの主人としても恥ずかしくない振る舞いをするよ」
「エル様…」
「行こう、バルト」
足を踏み出した。
「はい」
ここからだ。
残り二年と十ヶ月。
僕は僕のために、僕を生き抜く。
「父様、行ってきます」
「ああ。無理せず、楽しんできなさい」
「はい!」
◇
昼前には王都に到着し、宿で昼食をとった。
行きの馬車では酔いはしたが前回ほどではなく、薬を飲みながら行ったことで、なんとか吐かずに済んだ。
そして到着した学園は、なんというか、壮観だった。
広い敷地に豪華な馬車が並び、そこから降りてきた貴族の子女たちが、思い思いの表情で校門へと向かっていく。
その誰もが同じ制服を見に纏い、それぞれの色で煌めいていた。
王都の市場などとは違った騒めきは、まさしく僕にとって未知の世界であった。
「凄い…」
そう呟きながら、馬車の窓から外を眺めていると、バルトに肩を叩かれた。
「いつまでそこにいらっしゃるのですか?」
「あ、今行く」
馬車を降りて、人の波に混ざっていく。
ちなみに今日は、父や他の使用人は一緒ではない。
入学式に参列できるのは、公爵家以上の家族だけのようだ。
警備にも限りがあるだろうし、妥当な話だ。
不意に舞い上がった土煙に、ゴホッと咳をした。
「大丈夫ですか」
バルトがハンカチを差し出してくるので、受け取って口元を抑える。油断しないようにしないと。
そこで、背後からクスクスと笑い声が聞こえたような気がした。
(え?)
振り向こうとすると、バルトに耳を塞がれる。
「お気になさらないでください」
「…何か言ってたのか?」
不審に思って聞き返すと、バルトの手が離れていった。
「何も」
「……」
何だって言うのだろう。
バルトの様子から、僕たちに関係のあることなのだろうが、見当がつかない。
記憶喪失のことは伏せておくようお願いしたので、噂されるようなことは何もないはずだ。
(後でまた、聞いてみるか)
何も言う気はなさそうなバルトを見て、一先ずそう決めた。
◇
入学式は、座って偉い方々のお話を聞くだけのものだった。
いつもなら「お疲れになりませんか?」と小声で声をかけてきそうなバルトが、ただ前を向いて話を聞くだけだったので、なんとなく僕もそうしていた。
ただ僕には同じ姿勢をずっと保っていることが辛くて、何度も力が抜けそうになっては自分を叱咤することになっていた。
「続いて、在校生を代表いたしまして、ハイノン・アルヴ・レイテュイア第二王子殿下に、ご挨拶をいただきます」
その声にハッとして顔を上げる。
本で知ってから、どんな人なのか興味があった。
ハイノン殿下はレアジさんのいとこにあたり、今年で四年、つまりレアジと同い年のはずだ。
殿下が壇上に上がり、国旗と校旗に礼をする。
その髪は燃えるような赤い色で、光に照らされてキラキラと光っていた。長さはレアジさんより短いだろうか。癖のない、艶やかな髪だった。
その彼がこちらを向き、ニコリと笑う。
整った笑みではあるものの、レアジさんのような純粋な暖かさを感じることはなく、なんだか奇妙な気分になった。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとう御座います。…」
確かに感情ののった話し方なのに、心に染み込んでこないのだ。
(どんな人なのかは、わからずじまいだったな)
話を終えて席に戻っていく殿下を眺めながら、そんなことを思った。
◇
入学式は滞りなく終わり、明日からの授業に向けて、クラスごとに教室へ行って説明を受けることになる。
クラスはどこでわかるのかと言うと、ホールに掲示板があるらしい。
「あ、ありました。Aクラスですね」
「そうか」
当初から目指していた、上のクラスに入れたらしい。
嬉しくて、ホッとする。
「………あ」
「どうかした?」
「…私はBクラスみたいです」
「!」
バルトと違うクラス。
想定外である。
今思い描いていた生活の、半分は崩れ去った。
「ほ、ほ、ほんとうに?」
僕は一人でやっていけるだろうか。
急に、今まで抱いてなかった不安感で胸がいっぱいになる。
そう思うと、本当にバルトの存在は僕にとって大きいものであったことが思い知らされる。
「ええ、私も一生徒ということで平等にクラス分けされたのか、意図して分けられたのかはわかりませんが、当てが外れましたね」
なにやら平静そうな言葉を並べているが、目つきを見ればわかる。これは怒っている。
周りからのヒソヒソ声が気になり出して、バルトを宥めようとその袖を引いた。
「バルト。僕なら一人でも大丈夫だし、あまり気にしないでよ。バルトも僕の世話ばかりしないで済むし良かっ…ひッ」
バルトが睨む視線を向けてきて怯む。
「…すみません。実力不足なのが悔しくて」
「そ、そう…」
そういう風には見えなかったけども。
やはり、学園に来てから様子がおかしい気がする。
(なんか、元気ないんだよな)
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