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0 命の期限

0-2.延命の対価

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 部屋に静寂が戻ってくる。
 いつのまにか楽になっていた身体に気付いて、ホッとして息が漏れる。

『やっと行ったか』

(あ…さっきの声。消えたわけじゃなかったんだ…)

 父が帰るまで待っていてくれたらしい。やはり、悪い人ではない。

『今度こそオレの話を聞いてもらうぞ。結論を言う前に、これ以上先走られるとかなわん』

(結論…?)

『気になるようだから結論から言おう。オレがお前の死を遅らせてやる』

「えっ、本当にっ! …げほっ」

 死の宣告をしにきたわけではなかったのか。
 唐突に現れた希望に、つい気持ちが昂る。

『別にお前のためじゃない。ただのオレの自己満だ。いいから、聞け』

 心の中で頷いた。

『オレと同じ管理者に、お前、というかお前の魂を痛く気に入っている奴がいる。気にいるあまり、早く自分の元へ連れ戻そうと、死期を早めている屑だ。お前の体が弱いのも大体これのせいだろう』

(そんなことが…それじゃあ僕は、元々長くは生きられない運命だったのか)

 運が悪いなと、思ってしまう。
 僕が僕でなければ、その人に好かれなければ、誰にも、迷惑をかけなくてすんだかもしれない。
 でも、自分が全て悪いわけではないと知って、少し、気が楽になった。

『そしてこれは大事なことだが、オレは其奴が嫌いだ』

「……」

『もうわかったろ。オレは其奴の嫌がる顔が見るために、お前の命を延ばす。ただ、死期が迫ってからの過度な干渉は本来禁じられている。だから延ばすと言っても本当に嫌がらせ程度だ』

 そう言われても、何も想像がつかない。
 だが、嫌がらせをしたいと言うこの人は、やはり悪い人では無いと思う。少なくとも、僕にとっては。

『それで、ここからが本題だ。延ばすだけなら俺が勝手にやるんだが、幾らかやりようがあったからな。どうせなら選ばせようと思ってわざわざ話しかけた』

「選ぶ…僕が?」

『他に誰がいる。いいか?本来の死の時間に到達する前に決めろ。選択肢は、
・このまま普通に生きて三ヶ月後に死ぬか、
・昨日までの記憶を失って生きて、三年後に死ぬか、だ』

 思わず、ゴクリと唾を飲む。
 三ヶ月か、三年。
 今日死ぬと思っていた身からすれば長いかもしれない。
 それでも、望んでいたよりはずっとずっと短い。
 改めて、辛いなと思わされる。
 それに3年を選べば、今までのことは、忘れてしまう。

 こんなの、決められるわけがない。

『言っておくが、これ以外の選択肢はないぞ。今は。どうしても選べないというなら三ヶ月の方にさせてもらう』

(あ…)

 ということは、この人が勝手に延ばすのならば三ヶ月だったということだ。
 つまり、やりようがあって、選択肢として追加できたのは三年の方。きっと、これを僕に選ばせようとしている。
 三ヶ月と三年。寿命が延びるのなら、長い方がいいに決まっている。

(うん…やっぱりいい人だ)

「聞いても、いいですか」

『ああ』

「記憶がなくなるっていうのは、全部…ですか」

『知識や常識はそのままだ。身につけた技術も無くならない。無くなるのは、関わった人の記憶、行った場所の記憶、自分自身についての記憶だ』

「自分自身について…?」

『自分は何ができるかとか、なんの食べ物が好きだとか、いつも何時に寝るだとか、体はどこから洗うか、とかだな。勿論、どんな経験があるかもだ』

「そ…うですか、」

『あと、もし恋愛感情を抱いている奴がいたなら、その感情も忘れるだろう』

「あ…なるほど」

『その様子じゃ居ないようだな』

 サラッと見抜かれて少し恥ずかしくなる。
 体が弱いせいで、友人だってほとんどいないのだ。

(…バルトやレアジさんは僕のことをどう思っていたんだろう)

『まあ好きに決めてくれ。色々言いはしたが、お前の人生であることに変わりはない』

 頷く。
 そうだ。これは僕の人生で、きっとどう生きようと、僕の自由だ。
 そんなこと、考えたこともなかったけれど。
 そして、今のやりとりで思い立ったこともある。

 本来なら約二ヶ月後、僕は学園に入ることになる。
 学園というのは、王族や貴族などの上流階級の子供が十二歳になると通う、国営の教育機関だ。
 元々この体だから大して期待はしていなかった。
 入ったとしても、どうせみんなと同じことはできない。
そう、思い込んでいた。
 でも、今ならわかる。僕は諦めていただけだ。
 できなくてもおかしくない理由があって、できないと言っていた方が楽だから。
 いつかは、とは言うものの、今すぐに現状を変えようとはしなかった。変えられまいと、思い込んで。

 これが人生の最後だと言うなら、一度くらい、人並みの生活を送ってみたいと思うのは、子供っぽいだろうか。

(子供っぽいな)

「…三年」

『お?』

「…僕に、もうあと、三年の…命をください」

 そう言うと、頷くような間があったあと、嬉しそうな声が降ってくる。

『わかった。精々悔いが残らないよう生きろ。…オレがくれてやった命だ。無駄にすんなよ』

「…はい」

 その後、声はあれこれと注意事項や懸念を語った後、もう一度僕の3年間の命を約束し、消えていった。



 しんとした室内で、僕は呟く。

「…夢かな」

 あの声が去ってしまった後では、どうにも現実感が感じられなかった。
 死ぬと言う話も、記憶を無くすという話も、全部が夢だったのならどんなにいいか。
 右手を持ち上げて、開いたり閉じたりしてみる。
 天井に掲げ、ボーッと眺めた。

「いきてる」

 生きていたい。

 手を下ろして、目を瞑って息を吐く。

(どっちにしろ、明日になればわかるのか)

 ふと、気づいて起き上がる。
 体が全く辛くない。
 少し前までの、怠さや辛さもない。
 額に手を当てても、さして熱くはなかった。

「あ…」

 僕は、今夜死ぬ運命を回避したのだと理解した。
 夢ではない。
 全て事実で、現実だ。

 ベッドから抜け出して、よろよろと机に向かう。
 ずっと寝ていたせいか、体力はまだ戻っていないようだ。

 ノートを取り出して、再再来年の年と今日の日付を書きつける。横に、“お迎え”と付け加えた。

 大丈夫。つらくはない。
 明日からの僕は、僕を知らない僕だけど、学園にいけば、元々知らない人ばかりだから問題はない。
 好きなことを学び、たくさん友達を作って、たくさん楽しいことをする。
 これが、僕が残された3年間でやるべきことで、したいことだ。

 大丈夫。

 両親にもらった命。あの人に延ばしてもらった命。
 生まれて、生きてこられて良かったと思える生き方をする。

(今度は、そう、できるだけ…。自分の気持ちに、正直に)
 
 もう一度、ノートにペンを走らせた。
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