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前編
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最近やたらと仕事が忙しい。
和哉様の新事業の準備に重なり、輸入ファニチャー部門でトラブルが相次いでいた。
何でこんな時期にトラブルなんて……、と私が思ったところでどうにもならない事だが、出来る尽力は尽くさねばならない。
「失礼します。トラブルのあったフィンランドの輸入先の賠償についての書類が届きました。和訳はしておきましたので、お目通しを」
「ああ、ありがとう。一息入れたいからお茶を持ってきて貰えないかな」
「かしこまりました」
お辞儀をして部屋から出る。
お疲れのご様子なので、コーヒーや紅茶でなく甘いココアでも入れて差し上げた方がいいのかもしれない。
廊下続きの厨房へ向かいながらそんな事を思う。
「それにしても和哉様はかなり欲求不満のご様子だ」
さっき別な書類を持っていったとき、あからさまにおねだりされた。
ちょんとスーツの袖の先を引っ張り、発情の色を浮かべた目でこちらを見上げていた。
『キスして欲しい』
言葉に出さなくてもはっきりと分かるものだ。
キスくらいしてもいいのだが、あのご主人様はそれで止まらないのが厄介だ。
発情しきっているならば尚更、『君のせいでこんなになってしまったんだ』と自分の股間に私の手を持っていかせ、膨らんだモノをアピールして行為に持っていかせようとするだろう。
「確かに少し放置していましたが」
こんなに仕事が山積みでは、疲れていてセックスを楽しむ状態ではないだろう。
挿している途中で疲れて興奮が醒めるか、一回イッたら寝落ちるかのどっちかだろう。
どうせなら存分に楽しんで欲しいし、いっぱいイッて欲しい。
「全部片付いたら、ご褒美は差し上げますけどね」
そんな時懐のスマホが着信を振動で伝えた。
「また何かトラブルでも?」
確認すると仕事用のスマホではなく、私用のスマホの方の着信だった。
「ああ、ようやく出来上がりましたか。遅かったといえば遅かったですが、丁度良かったのかもしれませんね」
英語で書かれたメールは、先々月とある店で私が特注した品物が出来上がったというものだった。
もっと早く出来上がると思っていたが、私が頼んだものが特殊だったせいでここまでかかってしまった。
「さて、いつ取りに行きましょう」
公休日はあるものの、執事にとってはないと同然。
和哉様の急用が入れば、休みを投げうってでも従事するのが執事たるもの。
とはいっても今回は別。頼んだ物は、一週間以内に取りに行かないと店頭に並べるという条約がある。
何としても休みを貰って取りにいかないと、特注したのが水の泡となってしまう。
そうこうしているうちに四日が過ぎ、五日目を迎えた。
いつ解決出来るのか、と先の見えなかったトラブルもあっさりと解決し、新事業準備もあの忙しさが嘘だったかのように和哉様の手から離れていった。
「あ、そうそう。明後日の後藤家の会食、キャンセルになったよ。なんでも御老公が風邪をひかれたとかで、大事をとりたいってことで」
「こちらにはまだそのような連絡は……」
「さっきね、僕のスマホに直接後藤夫人から連絡があったんだ。執事に連絡させてたらしいんだけど、新任の執事に任せたら悪戯と思われたんだって。夫人の元に折り返し電話をしてくる方がかなりいらっしゃったようだよ」
「後藤様は災難でしたね」
新任執事がちゃんと自己紹介をしてから連絡していたのか疑問だ。
同じ執事としてどうかと思ってしまう。
「それでね」
「お暇を頂きたいのですが」
「え……、お暇って……」
和哉様の発言を遮って申し出る。
執事たるもの、主人の発言を遮って自分の発言をするなど許されざる行為なのだが、特注品の期限は明後日だ。気にしている場合ではない。
私の発言に和哉様は一瞬にして固まった。
多分、言葉の意味を誤って受け取ったのだろう。
「ああ、誤解させてしまいましたか。そちらの『お暇』ではありません」
一般的に『お暇』と聞くとイコール退職らしいが、私の言うお暇はただの休暇。有給休暇だ。
「急用がございまして、お許しいただきたいのですが」
「急用……」
ああ、すっかり顔が困っている。
さっき言葉を遮らなければ、きっと『明後日一日空くんだから、二人でどこかに行かない?』とか言い出していたんだろう。
特注品さえなければ二人で出掛けるも、一日引きこもってセックス三昧でもお付き合いするのだが、今回だけは譲れない。
「そうだね、フットマンもいることだしゆっくり休んだらいいよ」
そうは言っているが和哉様の顔にはハッキリと『嫌だ! 絶対休まないで!』と書かれている。
本当に顔に出やすいというか、素直というか。
まあ、許可を得てしまえばあとは次の要求を押し通すのみ。
「明日から三日間、休暇を頂きたいのですが」
この言葉を聞いたあとの和哉様の顔はまさに『絶望』。
素知らぬ顔をして、お茶を淹れてきますとお辞儀をしてそそくさと部屋を後にした。
「さてと……」
和哉様に見つかる前に屋敷を出たはいいが、早すぎてめぼしい店はどこももやっていなかった。
やっているのはネットカフェ、二十四時間営業のファミレス、コンビニあとは朝までやっているバーくらいだった。
朝飯なんて食べている余裕もなく飛び出してきたので、時間を潰す意味でもファミレスに入ることにした。
数年振りに入ったファミレスは、内装こそあまり変わらなかったがメニューはかなり変化していた。
そこそこ安いが種類はあまりないといったファミレス特有のメニューが、安いものから少し高いのでは? と思われるものまで取り揃えられている。サイドメニューからデザートまで、それこそ幅広く。
無難なところで、モーニングメニューの中からクロワッサンとベーコンエッグのセットを頼んだ。
「三日間の予定を組んでしまおう」
注文を終えてから、ドリンクバーにあるコーヒーを啜り一息つく。
予定といったところでやることはたった三つ。
特注した品物を受け取る、私物の補給、和哉様のご褒美の下準備だ。
とりあえず今日は特注品を取りに行かねばならない。しかしあの店は昼からしか開かないから、ここで少し時間を潰すことは決まっている。
私物の補給はその合間で出来る。
あとはご褒美の下準備だけどうするか、だ。
「お待たせいたしました」
悩んでいると若い女性が笑顔で品物を運んできた。
あまり人がいないせいなのか、アルバイトと思わしきその女性はキッチン手前まで下がると、同僚の女性とキャッキャと騒ぎだした。
『黒い服の~』と話しているところをみると私が話題にあがってるのだろう。
女性に騒がれるのは今に始まった事ではないが、少々煩わしく感じてしまう。
かといって男性が好きなのかといえばそうでもない。
極端なことをいうと『誰にも興味がない』。
ただ、和哉様は別だ。
主従関係なのだから敬愛はしている。
敬愛だけか? と聞かれたらそれは『ノー』だ。
私が和哉様に『性愛感情』そして『独占欲』を抱いている。
最初、彼が私に欲情していると知った時は驚きそして呆れた。
何で男の私なんだ、と。
部下に身体の関係を求めるなんて戦国時代じゃああるまいし。
しかも武将たちのように力関係を現わすために弱い者を犯すのではなく、自分が犯されることを望んでいたなんて。
だから執事の私は、和哉様の望むまま彼を犯してやった。
生娘のように恥ずかしがり、なされるがまま犯される彼には最初何も感じなかった。
『これも仕事の一環なんだ』と無感情のまま抱いていた、はずだった。
私に組み伏せられ犯されてる和哉様を見ていくうち、何かが蠢き始めた。
『もっと犯したい。壊れるほど自分を感じさせたい』
そう、『彼を自分だけのものにしたい』という感情が生まれていた。
私の下で艶っぽい声で啼く彼はたまらなく愛おしく、欲情を沸かせた。
誰にもこんな声は聞かせたくない。こんな姿は見せたくない。
私にだけ感じて、私でイッて欲しい。
私だけを欲しがってほしい。
そんな気持ちで埋め尽くされ始めた。
これは恋愛感情なのでは? と思った。
でも彼を守りたいとか傍にいたいという気持ちは、仕事の時にしか強く感じない。
常に感じるのは『抱きたい』。その気持ちだけ。
性愛感情を抱いているんだと思ったのは、そこから割り出した結果だった。
「まだこんな時間か」
何杯目かのコーヒーを飲み干し腕時計を見ると、十時を少し回ったころだった。
考え事をしているといつも時間はあっという間に過ぎる。
しかし今日は一人のせいか、思ったよりも時間の過ぎ方が遅く感じる。
ファミレスだけに、追い出しにかかるような『おかわりいかがですか?』のお伺いは来ないが、流石に一人でこれ以上の時間を潰すのは気が引ける。
ファミレスの会計を済ませ、件の店が開店するまで私物の補給をすることにした。
日用品、読んでいた小説の新刊、冬服の新調。
たまにこうして執事でない自分で買い物をするのは、気分転換にもなって楽しく感じる。
買ったものは全て宅急便で屋敷へ送る手配を済ませた。
あれこれ持って歩くのは邪魔だし、休みの最終日に予定している和哉様の『ご褒美』でどこに行くかまだ決め兼ねているせいもある。
「もうとっくに開いている時間でしょう」
邪魔な荷物もなくなったところで、目的の特注品を取りに行くことにした。
繁華街の奥にあるゆえ、あまり治安もよろしくない。
朝晩関係なくガラのよろしくない外国人がウロウロしているし、違法な薬を売りつけたり、誘拐まがいのナンパをする危険地帯だ。
私はこの体格でもあるし、ここら辺はよく来るのでそういった事件に巻き込まれたことはない。
「……なんてことだ」
店の前まで来て愕然とした。
不定休とは知っていたがまさかの『明日七時より営業いたします』の貼り紙。
これが明後日の朝でなかったことには感謝するが、よりによって今。
「また、時間を潰すことになるのか……」
時間を潰すのは苦でない。執事の仕事で和哉様を外で待っているのはよくあることだ。
「昼食を摂って、ホテルにチェックインしてしまおう」
事前に予約もしてあるし、昼食をゆっくり摂ればチェックイン出来る時間にはなる。
ホテル近くのカフェで昼食を摂り、買ったばかりの小説を読み時間を過ごしてから、予約していたホテルへ向かった。
ここはビジネス街にあるにもかかわらず、部屋は広くて静かだ。
シティーホテルより少し高いが、喧騒を避け静かに過ごしたいと希望する私のような輩には人気らしい。
「和哉様はノスタルジックな感じのホテルはお好きだろうか」
ホテルの部屋のベッドに腰掛けながら和哉様を想う。
明後日、休みの最終日には和哉様を外に連れ出す予定だ。もちろん『ご褒美』のために。
誰にも邪魔されず二人きりで過ごすための場所に、相応しいホテルを用意するつもりだ。
特注で作らせた物も、『ご褒美』で使うもの。その他の目的もあるがメインはご褒美。
常に発情して私を欲しがる和哉様への特別なプレイをするための道具。
どこまでも私に執着し、固執し欲する和哉様に相応しい逸品だ。
和哉様には言わなかったが、明後日は全ての仕事をキャンセルした。
それくらいしなければ、生真面目な彼は屋敷からは出ないだろう。
明日の会食がキャンセルになると分かっていれば、遠出も考慮していたのだが。
「まあ、満足いくまで存分に抱いてさしあげるのには変わりませんが」
ポスンとベッドに背中を預け、どこのホテルがいいかと記憶の検索を掛ける。
瞼を閉じ考え込んでいると、いつの間にか眠りについてしまっていた。
目が醒めると辺りは真っ暗になっていた。
カーテンの開けたままの窓からネオンが差し込んできているが、上階だけに眩しくは感じない。
「眠ってしまったのか」
眠っている間に何か連絡が入っていなかったかとスマホを確認する。
和哉様からの着信もメールもなかったから、緊急の仕事もトラブルもなかったのだろう。
「……電話くらい来るかと思っていた」
ふと寂しさが心を過る。
私が寂しい……? 独りでいることが?
今までずっと独りでいたのに? 誰にも依存することなく、信じずにきたのに?
「私も依存していたのか……?」
あの人に私が必要とされるその気持ちに。
だから今何の連絡もなく、私があの人を必要とされていない可能性に寂しさを感じているのか。
「だけどそれは執事としての私。今の私は執事ではない」
必要とされていないのは当然なのだ。今彼の元にはフットマンがいる。
そして執事でない私もまた、彼を必要としていない筈なのに。
「多分それは違う」
これは勘違いしているのだ。ずっと執事として過ごしてきた自分が久し振りに個人に戻りきれていないだけ。
求めてなんていない。依存していると思い込んでいるだけ。
寂しいと感じたのもきっと、仕事関係で連絡のない日がなかったからなだけ。
そう思わないとこの感情に説明がつかない。
会いたいという、会って激しく抱きたいという感情が、ただの勘違いという説明が。
「……思ったより疲れているのか。変なことばかり考える」
仕事中でないのに彼のことばかり考えるのも、きっと疲れているせい。
「少し酒でも飲んでくるか」
久しく馴染みの店に顔を出していないし、酒でも飲めば気もまぎれる。
ジャケットを羽織り直し、夜の街をゆっくりと歩き出した。
和哉様の新事業の準備に重なり、輸入ファニチャー部門でトラブルが相次いでいた。
何でこんな時期にトラブルなんて……、と私が思ったところでどうにもならない事だが、出来る尽力は尽くさねばならない。
「失礼します。トラブルのあったフィンランドの輸入先の賠償についての書類が届きました。和訳はしておきましたので、お目通しを」
「ああ、ありがとう。一息入れたいからお茶を持ってきて貰えないかな」
「かしこまりました」
お辞儀をして部屋から出る。
お疲れのご様子なので、コーヒーや紅茶でなく甘いココアでも入れて差し上げた方がいいのかもしれない。
廊下続きの厨房へ向かいながらそんな事を思う。
「それにしても和哉様はかなり欲求不満のご様子だ」
さっき別な書類を持っていったとき、あからさまにおねだりされた。
ちょんとスーツの袖の先を引っ張り、発情の色を浮かべた目でこちらを見上げていた。
『キスして欲しい』
言葉に出さなくてもはっきりと分かるものだ。
キスくらいしてもいいのだが、あのご主人様はそれで止まらないのが厄介だ。
発情しきっているならば尚更、『君のせいでこんなになってしまったんだ』と自分の股間に私の手を持っていかせ、膨らんだモノをアピールして行為に持っていかせようとするだろう。
「確かに少し放置していましたが」
こんなに仕事が山積みでは、疲れていてセックスを楽しむ状態ではないだろう。
挿している途中で疲れて興奮が醒めるか、一回イッたら寝落ちるかのどっちかだろう。
どうせなら存分に楽しんで欲しいし、いっぱいイッて欲しい。
「全部片付いたら、ご褒美は差し上げますけどね」
そんな時懐のスマホが着信を振動で伝えた。
「また何かトラブルでも?」
確認すると仕事用のスマホではなく、私用のスマホの方の着信だった。
「ああ、ようやく出来上がりましたか。遅かったといえば遅かったですが、丁度良かったのかもしれませんね」
英語で書かれたメールは、先々月とある店で私が特注した品物が出来上がったというものだった。
もっと早く出来上がると思っていたが、私が頼んだものが特殊だったせいでここまでかかってしまった。
「さて、いつ取りに行きましょう」
公休日はあるものの、執事にとってはないと同然。
和哉様の急用が入れば、休みを投げうってでも従事するのが執事たるもの。
とはいっても今回は別。頼んだ物は、一週間以内に取りに行かないと店頭に並べるという条約がある。
何としても休みを貰って取りにいかないと、特注したのが水の泡となってしまう。
そうこうしているうちに四日が過ぎ、五日目を迎えた。
いつ解決出来るのか、と先の見えなかったトラブルもあっさりと解決し、新事業準備もあの忙しさが嘘だったかのように和哉様の手から離れていった。
「あ、そうそう。明後日の後藤家の会食、キャンセルになったよ。なんでも御老公が風邪をひかれたとかで、大事をとりたいってことで」
「こちらにはまだそのような連絡は……」
「さっきね、僕のスマホに直接後藤夫人から連絡があったんだ。執事に連絡させてたらしいんだけど、新任の執事に任せたら悪戯と思われたんだって。夫人の元に折り返し電話をしてくる方がかなりいらっしゃったようだよ」
「後藤様は災難でしたね」
新任執事がちゃんと自己紹介をしてから連絡していたのか疑問だ。
同じ執事としてどうかと思ってしまう。
「それでね」
「お暇を頂きたいのですが」
「え……、お暇って……」
和哉様の発言を遮って申し出る。
執事たるもの、主人の発言を遮って自分の発言をするなど許されざる行為なのだが、特注品の期限は明後日だ。気にしている場合ではない。
私の発言に和哉様は一瞬にして固まった。
多分、言葉の意味を誤って受け取ったのだろう。
「ああ、誤解させてしまいましたか。そちらの『お暇』ではありません」
一般的に『お暇』と聞くとイコール退職らしいが、私の言うお暇はただの休暇。有給休暇だ。
「急用がございまして、お許しいただきたいのですが」
「急用……」
ああ、すっかり顔が困っている。
さっき言葉を遮らなければ、きっと『明後日一日空くんだから、二人でどこかに行かない?』とか言い出していたんだろう。
特注品さえなければ二人で出掛けるも、一日引きこもってセックス三昧でもお付き合いするのだが、今回だけは譲れない。
「そうだね、フットマンもいることだしゆっくり休んだらいいよ」
そうは言っているが和哉様の顔にはハッキリと『嫌だ! 絶対休まないで!』と書かれている。
本当に顔に出やすいというか、素直というか。
まあ、許可を得てしまえばあとは次の要求を押し通すのみ。
「明日から三日間、休暇を頂きたいのですが」
この言葉を聞いたあとの和哉様の顔はまさに『絶望』。
素知らぬ顔をして、お茶を淹れてきますとお辞儀をしてそそくさと部屋を後にした。
「さてと……」
和哉様に見つかる前に屋敷を出たはいいが、早すぎてめぼしい店はどこももやっていなかった。
やっているのはネットカフェ、二十四時間営業のファミレス、コンビニあとは朝までやっているバーくらいだった。
朝飯なんて食べている余裕もなく飛び出してきたので、時間を潰す意味でもファミレスに入ることにした。
数年振りに入ったファミレスは、内装こそあまり変わらなかったがメニューはかなり変化していた。
そこそこ安いが種類はあまりないといったファミレス特有のメニューが、安いものから少し高いのでは? と思われるものまで取り揃えられている。サイドメニューからデザートまで、それこそ幅広く。
無難なところで、モーニングメニューの中からクロワッサンとベーコンエッグのセットを頼んだ。
「三日間の予定を組んでしまおう」
注文を終えてから、ドリンクバーにあるコーヒーを啜り一息つく。
予定といったところでやることはたった三つ。
特注した品物を受け取る、私物の補給、和哉様のご褒美の下準備だ。
とりあえず今日は特注品を取りに行かねばならない。しかしあの店は昼からしか開かないから、ここで少し時間を潰すことは決まっている。
私物の補給はその合間で出来る。
あとはご褒美の下準備だけどうするか、だ。
「お待たせいたしました」
悩んでいると若い女性が笑顔で品物を運んできた。
あまり人がいないせいなのか、アルバイトと思わしきその女性はキッチン手前まで下がると、同僚の女性とキャッキャと騒ぎだした。
『黒い服の~』と話しているところをみると私が話題にあがってるのだろう。
女性に騒がれるのは今に始まった事ではないが、少々煩わしく感じてしまう。
かといって男性が好きなのかといえばそうでもない。
極端なことをいうと『誰にも興味がない』。
ただ、和哉様は別だ。
主従関係なのだから敬愛はしている。
敬愛だけか? と聞かれたらそれは『ノー』だ。
私が和哉様に『性愛感情』そして『独占欲』を抱いている。
最初、彼が私に欲情していると知った時は驚きそして呆れた。
何で男の私なんだ、と。
部下に身体の関係を求めるなんて戦国時代じゃああるまいし。
しかも武将たちのように力関係を現わすために弱い者を犯すのではなく、自分が犯されることを望んでいたなんて。
だから執事の私は、和哉様の望むまま彼を犯してやった。
生娘のように恥ずかしがり、なされるがまま犯される彼には最初何も感じなかった。
『これも仕事の一環なんだ』と無感情のまま抱いていた、はずだった。
私に組み伏せられ犯されてる和哉様を見ていくうち、何かが蠢き始めた。
『もっと犯したい。壊れるほど自分を感じさせたい』
そう、『彼を自分だけのものにしたい』という感情が生まれていた。
私の下で艶っぽい声で啼く彼はたまらなく愛おしく、欲情を沸かせた。
誰にもこんな声は聞かせたくない。こんな姿は見せたくない。
私にだけ感じて、私でイッて欲しい。
私だけを欲しがってほしい。
そんな気持ちで埋め尽くされ始めた。
これは恋愛感情なのでは? と思った。
でも彼を守りたいとか傍にいたいという気持ちは、仕事の時にしか強く感じない。
常に感じるのは『抱きたい』。その気持ちだけ。
性愛感情を抱いているんだと思ったのは、そこから割り出した結果だった。
「まだこんな時間か」
何杯目かのコーヒーを飲み干し腕時計を見ると、十時を少し回ったころだった。
考え事をしているといつも時間はあっという間に過ぎる。
しかし今日は一人のせいか、思ったよりも時間の過ぎ方が遅く感じる。
ファミレスだけに、追い出しにかかるような『おかわりいかがですか?』のお伺いは来ないが、流石に一人でこれ以上の時間を潰すのは気が引ける。
ファミレスの会計を済ませ、件の店が開店するまで私物の補給をすることにした。
日用品、読んでいた小説の新刊、冬服の新調。
たまにこうして執事でない自分で買い物をするのは、気分転換にもなって楽しく感じる。
買ったものは全て宅急便で屋敷へ送る手配を済ませた。
あれこれ持って歩くのは邪魔だし、休みの最終日に予定している和哉様の『ご褒美』でどこに行くかまだ決め兼ねているせいもある。
「もうとっくに開いている時間でしょう」
邪魔な荷物もなくなったところで、目的の特注品を取りに行くことにした。
繁華街の奥にあるゆえ、あまり治安もよろしくない。
朝晩関係なくガラのよろしくない外国人がウロウロしているし、違法な薬を売りつけたり、誘拐まがいのナンパをする危険地帯だ。
私はこの体格でもあるし、ここら辺はよく来るのでそういった事件に巻き込まれたことはない。
「……なんてことだ」
店の前まで来て愕然とした。
不定休とは知っていたがまさかの『明日七時より営業いたします』の貼り紙。
これが明後日の朝でなかったことには感謝するが、よりによって今。
「また、時間を潰すことになるのか……」
時間を潰すのは苦でない。執事の仕事で和哉様を外で待っているのはよくあることだ。
「昼食を摂って、ホテルにチェックインしてしまおう」
事前に予約もしてあるし、昼食をゆっくり摂ればチェックイン出来る時間にはなる。
ホテル近くのカフェで昼食を摂り、買ったばかりの小説を読み時間を過ごしてから、予約していたホテルへ向かった。
ここはビジネス街にあるにもかかわらず、部屋は広くて静かだ。
シティーホテルより少し高いが、喧騒を避け静かに過ごしたいと希望する私のような輩には人気らしい。
「和哉様はノスタルジックな感じのホテルはお好きだろうか」
ホテルの部屋のベッドに腰掛けながら和哉様を想う。
明後日、休みの最終日には和哉様を外に連れ出す予定だ。もちろん『ご褒美』のために。
誰にも邪魔されず二人きりで過ごすための場所に、相応しいホテルを用意するつもりだ。
特注で作らせた物も、『ご褒美』で使うもの。その他の目的もあるがメインはご褒美。
常に発情して私を欲しがる和哉様への特別なプレイをするための道具。
どこまでも私に執着し、固執し欲する和哉様に相応しい逸品だ。
和哉様には言わなかったが、明後日は全ての仕事をキャンセルした。
それくらいしなければ、生真面目な彼は屋敷からは出ないだろう。
明日の会食がキャンセルになると分かっていれば、遠出も考慮していたのだが。
「まあ、満足いくまで存分に抱いてさしあげるのには変わりませんが」
ポスンとベッドに背中を預け、どこのホテルがいいかと記憶の検索を掛ける。
瞼を閉じ考え込んでいると、いつの間にか眠りについてしまっていた。
目が醒めると辺りは真っ暗になっていた。
カーテンの開けたままの窓からネオンが差し込んできているが、上階だけに眩しくは感じない。
「眠ってしまったのか」
眠っている間に何か連絡が入っていなかったかとスマホを確認する。
和哉様からの着信もメールもなかったから、緊急の仕事もトラブルもなかったのだろう。
「……電話くらい来るかと思っていた」
ふと寂しさが心を過る。
私が寂しい……? 独りでいることが?
今までずっと独りでいたのに? 誰にも依存することなく、信じずにきたのに?
「私も依存していたのか……?」
あの人に私が必要とされるその気持ちに。
だから今何の連絡もなく、私があの人を必要とされていない可能性に寂しさを感じているのか。
「だけどそれは執事としての私。今の私は執事ではない」
必要とされていないのは当然なのだ。今彼の元にはフットマンがいる。
そして執事でない私もまた、彼を必要としていない筈なのに。
「多分それは違う」
これは勘違いしているのだ。ずっと執事として過ごしてきた自分が久し振りに個人に戻りきれていないだけ。
求めてなんていない。依存していると思い込んでいるだけ。
寂しいと感じたのもきっと、仕事関係で連絡のない日がなかったからなだけ。
そう思わないとこの感情に説明がつかない。
会いたいという、会って激しく抱きたいという感情が、ただの勘違いという説明が。
「……思ったより疲れているのか。変なことばかり考える」
仕事中でないのに彼のことばかり考えるのも、きっと疲れているせい。
「少し酒でも飲んでくるか」
久しく馴染みの店に顔を出していないし、酒でも飲めば気もまぎれる。
ジャケットを羽織り直し、夜の街をゆっくりと歩き出した。
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貴裕が飲んでるウイスキーについては
『洋酒図鑑』http://yousyuzukan.site/
を参考にさせていただいております。私はウイスキー飲めない(´・ω・`)
『洋酒図鑑』http://yousyuzukan.site/
を参考にさせていただいております。私はウイスキー飲めない(´・ω・`)
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