愛人は嫌だったので別れることにしました。

伊吹咲夜

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「ん……」

 人気のないオフィスビルの屋上、ふたつの影が重なり艶めかしい音を立てていた。
 ひとりは背の高い中肉の男。もうひとりはその男よりも少し低い細身の男。入口のドアに寄りかかり唇を重ね、お互いの舌を絡めていた。

「あ……、んん……」
「ほら、もっと舌を出して」
「らめ……、そんなにされたら、俺……」
「駄目なのか? そんなに蕩けた顔をしているのに?」
「だって……」

 唾液で濡れた唇をそのままに、うっとりと背の高い男を見上げた。

「だって、なんだい? 達哉」
「そんなにエロいキスされたら、俺、我慢できなくなっちゃいます」
「じゃあ我慢しなければいいだろう。ほら」

 そう言って男は達哉の尻に手をやった。

「や……、こんなところ、誰かに見られたら……」
「誰も来ないって分かってるから、ここでこんなことしてるんだろう。今さらなに恥ずかしがってるんだよ」
「健二さん……」

 健二の指はズボンの上から達哉のアナルを刺激する。ただ強く上から捏ねているだけだったが、達哉にはそれだけで十分すぎた。
 ヒクヒクと穴をひくつかせ、駄目といっていたくせに健二の股間をもの欲しそうに撫でまわした。

「どうするんだ、達哉。ヤるのか? ヤらないのか?」
「お願い、健二さんの、挿れて」
「素直でいい子だ。昼休み終わっちまうから、イったら終わりな」

 慣れた手つきで達哉のズボンを足首まで下ろし後ろ向きにすると、健二はファスナーだけ下ろしていきり立ったモノを達哉の尻に突き立てた。

「ああっ!」
「ホントに限界だったんだな、すげーとろっとろじゃないか。これじゃあすぐにイっちゃうんじゃないか?」
「あっ、やっ、そんなにされたら……。ギリギリまで、感じてたいっ、のに……」
「そう言ってるくせに中はキュウキュウ締め付けてくるぜ? イキたくて仕方がないって身体は言ってるぞ?」
「だって、健二さんの、おちんちん、気持ち……よすぎ……。ああんっ!」
「僕もイキそうだ。達哉、中に出すぞ、ああっ、イク、イクっ……!」

 健二の腰の動きが早まり、『イク』と言った瞬間ぎゅっと尻の筋肉が強張る。何度か身をビクビクと震わせると、大きく息を吐いて達哉から身体を引き離した。

「健二さん……、愛してる」
「僕もだよ、達哉」



「梅太郎さん~、俺としてはもっとイチャラブしたいんですよ~」
「仕方ないでしょう。達哉さんも健二さんも仕事が同じとはいえ、各々顧客を持っているわけだし、休日があってないような仕事内容しているのだし」

 達哉が勤めるのは大手IT企業システム開発部。健二はそこの先輩であり、システム開発部のリーダーを任されている。
 同じシステム開発部だとはいっても、殆ど一緒に作業するようなことはない。プログラムを組むにしても客先に出向くとしてもたいていひとりだ。フロア内に一緒にいても相談するとき以外はお互い黙ったままだ。

「それでもさ、ほら、どっちかの家で仕事終わるの待つとかあるでしょ」
「そうですねぇ」

 今、達哉が愚痴っている相手は小料理屋『梅奄』の店主・桂 梅太郎。近所にあるということだけで来てみたが、味もさながらなんでも話せてしまう雰囲気を醸し出すこの店主が気にいって、すっかりこの店の常連になってしまっていた。

「一度健二さんと話し合ってみてはどうですか? このままモヤモヤしているのは達哉さんだって辛いでしょう」
「そう、なんだけどさ」

 もごもご言いにくそうにしたあと、達哉は小さく溜息をついてコップの焼酎を口に含んだ。
 
「話したくても、話せない雰囲気にもっていかれちゃうんだよ。エロい雰囲気に持っていかれて流されて、コトに及んで話さずじまいでタイムアウト」

 それを聞いて梅太郎は苦笑する。返答も相槌もしない。

「流されちゃう俺も悪いんだけどさ、触れあう時間が少ないだけに、つい……ね」
「好きな相手と触れ合えないっているのは、精神的にも肉体的にも辛いですからね。きっと俺でも流されちゃいますよ」
「へぇ、梅太郎さんでも性欲には負けちゃうんだ。いつでも冷静でほんわかしてるから、性欲とは無関係だと思ってた」
「酷いな、これでも俺、男ですよ。それより達哉さん帰らなくて大丈夫ですか? 結構呑んでましたし、明日も早朝に作業あるって言ってませんでしたか?」
「わっ! もうこんな時間か。ありがとう梅太郎さん、また来るよ」

 そう言って達哉は財布を取り出しお勘定をする。

「毎度です。おやすみなさい達哉さん、気を付けて帰って下さいね」


 
 達哉と健二が肉体関係になったきっかけは二年前の忘年会。酔い潰された達哉を、健二が達哉の自宅へ送って行って介抱したときに遡る。
 
『前から気になっていたんだ。達哉のこと』

 そういって重ねられた唇。最初は酔っていたせいで幻覚と幻聴をきたしたんだろうと思っていた。
 しかし酔いの醒めた翌朝、健二は達哉に昨夜と同じようにキスをしてきたことでそれは幻覚でもなんでもなかったのだと実感した。
 それでも達哉が酔い潰れたときに、健二が同僚や先輩と罰ゲームで自分を#揶揄_からか_#っているという感が拭えなかった。

『悪ふざけはやめて下さい。罰ゲームなら昨夜の一回で十分でしょう』
『ふざけてなんていない、僕は達哉が好きだ。抱きたくて仕方がないくらい』

 そういってもう一度達哉にキスをする。 
 嘘なのか本当なのか分からないままに、健二は達哉に覆いかぶさり深く深くキスをした。
 考えられなくなるくらい官能的なキスに流されて、そのまま健二とセックスに及んでしまった。

 そこからズルズルと関係を続いている。時間の合う昼休みや就業時間後は、健二と屋上で性急なセックスをするのが日常となってしまっていた。

「健二さん、たまには家でゆっくりしません? 俺、健二さんの家行ったことないし」
「ん~? 僕の家は散らかってるし、ホテルのほうがゆっくりできるじゃないか。セックスしたあと片付けなくていいし」
「それはそうなんだけど……」

 達哉としては、チェックアウトの時間が気になってゆっくりした気分になれない。
 確かにいくら精液でシーツを汚そうが、浴室を使ってそのままにしてていてもいいのは利点だが、ヤリにきた感が拭えないのがいただけない。
 
「だったら同棲しません? 俺、今度のマンション更新に合わせて引っ越そうかと思ってて。それならばホテルに行かなくてもいいし、ゆっくりできるし」
「……少し考えとくよ。それよりもほら、脚開いて。それじゃあ挿し込めない」
「あっ! 健二さん、急、すぎ……、あああっ!」
「相変わらず達哉の中はエロいな。ちんこ欲し過ぎて絡みついてくる」
「そ、それは、健二さんのが、気持ち良すぎ、る、から」

 就業後とあって攻める健二の動きに遠慮はない。激しく腰を振りながら達哉のシャツを捲し上げ、硬く突起した乳首を捻っている。
 
(やっぱりなあななで終わらせちゃうんだ……)

 健二のモノに感じつつも、達哉の心はそう思わずにはいられなかった。
 十分にセックスを堪能したというのに、身体の満足度とは裏腹に心は不満でいっぱいになっている。
 不満というより不信感・違和感。

「最初にセックスした日しか、健二さんに『好き』って言われていない。会社帰りに呑みに行く以外、健二さんとはセックス以外なにもしていない」

 普通に食事も、買い物も。健二が趣味だといっていた映画鑑賞にさえ、一緒に行こうと誘われたこともない。
 いくら多忙な業務だからといって休日がないわけではない。閑散期だってあるのだし、どこかにふたりで出掛けようと思えばいくらでもできたはずだった。
 
「まさか、ね」

 考えたくない言葉が脳裏に浮かぶ。
 しかしそれを達哉は強引に打ち消して、仕事とセックスで疲れた身体を自室のベッドの上に横たえて目を瞑った。



 達哉の違和感がはっきりと形を成したのは、達哉が同棲を申し込んでから一週間と経たないある日の朝礼だった。
 仕事の進捗具合の報告のあと、部長の『今日も一日よろしくお願いします』という言葉で締めくくられるはずだった。
 それなのに、今日に限って定型文の前に異質な言葉が紛れ込んできた。

「あー、おめでたい報告をひとつさせてくれ。リーダーの藤宮健二くんが結婚する。すでに入籍は済ませているから、『した』が正解なのかな」

 スタッフ全員がそれを聞いて、顔を綻ばせて拍手をし、祝いの言葉を口にする。
 健二はそれを受け、照れながらも『ありがとう』と満面の笑みで返していった。
 その際チラリと達哉のほうを見遣ったが、健二の顔にはまるで罪悪感も申し訳なさも浮かんでいなかった。



 そこから達哉の頭の中は真っ白だった。
 机に向かってなにかプログラムを組んでいるのだけは憶えているが、それがなにを打ちこんでいたのか、果たしてそれは本当にプログラムだったのかすら記憶にない。
 気がついたらマンションに帰っていて、呆然とベッドの上に横たわっていた。

「なんで……。健二さん、俺のこと好きだって……。愛してくれているんじゃなかったの……?」

 目を閉じれば細めた目で達哉を見つめ、愛おしそうに頭を撫でる健二の姿が思い浮かばれる。
 耳を澄ませば何度も達哉のアナルにモノを突き立て、気持ちよさそうに呻きながら達哉の名を呼ぶ健二の声が耳の奥で聞こえる。
 昨日のシたばかりなのに、思い返すだけでアナルが健二を欲しがって疼きだしてしまう。

「全部、嘘だったってこと……?」

 本当はただ抱きたいだけで、恋愛感情もなにも存在していなかったってこと?
 だからいつだって肝心な話題ははぐらかし、セックスする以外では会おうともしなかったのか?

「俺は、健二さんに弄ばれてたってことなのか……」

 いつの間にか本気になっていた。
 達哉が本気になっていたから、健二も同じように本気だと思っていた。
 
「だから違和感があったのか……」

 悔しくて悲しくて仕方がない。
 騙していた健二にではなく、達哉は気づけないでいた自分が悔しくて悲しかった。
 こんなにも分かりやすい身体だけの関係を続けていたのに、恋人同士だと錯覚していたなんて。『恋は盲目』といったが、達哉が陥っていたのは盲目ではなく妄信だ。

「いらっしゃ……、達哉さん、どうしたんですか!?」
「……」

 ベッドで泣いていた達哉だったが、気がつけば足は『梅庵』に向かっていた。
 泣きはらした顔で、クシャクシャになったワイシャツとズボンのまま暖簾をくぐった。
 当然梅太郎は達哉の姿を見て驚いたがそれ以上はなにも言わず、暖簾をくぐったまま中に入って来ない達哉の背中を押してカウンター席に座らせた。
 静かな店内は、平日だからか客は達哉以外誰もいなかった。
 
「目、冷やしたほうがいいですよ。放っておいたらもっと腫れてしまう」

 達哉の手を取って冷たいおしぼりを渡し、そのまま達哉の顔まで持っていきそっと当てた。

「よかったら話してくれませんか? 少しは楽になるかもしれませんよ?」

 達哉の隣に座って梅太郎は優しく言った。
 しばらく黙ったままでいた達哉だったが、少し落ち着いたのか答えるというより独白するように口を開いた。

「健二さん、結婚したんだ。俺は結婚するってことも、まして誰かと付き合っていることすら知らなかった。俺は、健二さんに弄ばれていたんだ……」
「健二さん、結婚されたんですか」
「……驚かないんですね」
「ええ、まぁ」
「もしかして、梅太郎さん、知ってたんですか?」

 怒りを含んだ声で問うと、梅太郎は困ったように答えを返してきた。

「知ってた、というより見てしまったというのが正しいんですが。健二さん、達哉さんに連れて来られてきた以外にも、来ていたんですよ。女性と」
「え……」
「最初は接待かな? くらいに思っていたんですが、しょっちゅうその女性と来られていて……」
「……」
「先月おふたりが来られたとき、ふたりの左手にお揃いの指輪があることに気がついたんです。それで『ああ、結婚されたんだ』って」

 申し訳なさそうにそう言って梅太郎は口を噤んだ。
 達哉は呆然としていたが、やがて現実に戻った意識が行き場のない憤りを噴出させた。

「……なんで言ってくれなかったんですか!? 健二さんに女がいるって!」
「……すいません」
「健二さんと一緒になって俺を揶揄っていたんですか!? 男に抱かれて#絆_ほだ_#されている馬鹿な男がいるって、健二さんとその女と一緒になって嘲笑っていたんですね!?」
「それは違います! 嘲笑ってなんていません!」
「じゃあなんで! なんで教えてくれなかったんですか! 俺がこんなに健二さんのことを愛してしまう前に!」

 達哉は梅太郎を責めた。
 これが八つ当たりだと達哉にも分かっていた。だけど噴出した思いは止まれない。心の内に溜まった暗い毒は、このまま出し切ってしまえと訴えている。

 梅太郎もそれが分かっているのか、理不尽とも思える達哉の叫びを止めようともせず聞いていた。
 聞いて、強く否定すると、黙って椅子から立ち上がり店の引き戸を開け暖簾を中へ仕舞った。
 再び達哉の隣の席に座ると、梅太郎は小さく溜息を吐いてから言った。

「達哉さん、俺が健二さんのことを話したら、信じていましたか?」
「それは……!」
「信じてくれませんよね、自分で見たわけでもないから。たかが小料理屋の店主が『見た』と言っても、俺が最初に思ったのと同じように接待だと否定しますよね?」
「……」

 梅太郎の静かな問いに、達哉は黙って俯いた。
 言われれば確かにそうだ。いくら『見た』と言われてもその場では信じられなかっただろう。
 信じられなくて健二を問い詰め、そこでようやく真実だったと分かって、今のように憤ったのかもしれない。

「それに」

 トーンを落とした声色で梅太郎は続けた。

「俺が達哉さんを好きだから言えなかった。俺の好きな人を傷つけるような真似をしたくなかった。だから言いたくなかった」
「梅太郎、さん……?」

 耳を疑う言葉に、達哉は思わず顔を上げた。
 顔を上げた先には、真剣な眼差しをした梅太郎の顔があった。

「こんな状況で言うべきことではないのは分かっています。でも言わせてください。俺は達哉さんのことが好きです」
「え……?」
「最初は綺麗な人だなってくらいでした。話すようになって人柄が分かって、だんだん達哉さんを好きになっていく自分がいました。眺めるだけで満足だった気持ちは、健二さんに嫉妬を憶えるほどになっていました」
「冗談……。慰めようとして、そんな嘘言ってるんだろう……?」
「嘘なんかじゃありません。平然と話しているように見えるでしょうが、こうしている今も、あなたを抱き締めたくて仕方がない衝動を抑えるので精一杯になっています」

 呻くような梅太郎の告白。それを達哉は信じられないと目で訴えた。
 梅太郎はそっと達哉の手の上に自分の手を重ね、首を横に振る。

「傷ついたあなたの心につけ入っていると言われても否定はしません。それくらい、誰の心も入らせたくないほどにあなたのことが好きなんです。許されるのならば、今すぐこの場であなたを抱いて壊してしまいたいくらいに。悲しみと怒りで壊れるならば、いっそ俺の手で壊してしまいたい」
「でも俺は……」
「分かっています。まだ愛しているんでしょう、健二さんのことが。結婚した事実があっても、愛されていると信じていたいんでしょう?」

 梅太郎の言葉に達哉は小さく頷いた。
 健二が結婚したことは未だに信じられない・信じたくない。
 結婚したのが事実でも、健二が達哉のことをまだ愛していると信じていたかった。
 だから達哉も健二のことをまだ愛していたいのだ。自分だけを愛してくれている健二を自分も愛していたいのだ。

「それでもいいです。そんな達哉さんの気持ちを含めて、俺は達哉さんが好きになんです。俺のことを好きになってくれとは言いません。だけど、俺の想いだけは分かって下さい」
「……分かるだけでいいのか? 本当に好きにならなくても?」
「できれば好きになってもらいたいです。でもまだ愛している想いを無理矢理気追い払ってもらってまで、好きになって欲しいなんて思いません。それじゃあ本気で好きになってもらえませんからね」

 真剣だった表情が少しだけ寂しげに笑う。

「いつまでも待っていますから。達哉さんの気持ちが変わるまで」
「……いつになっても? そこまで待ったら、お互いにじぃさんになってるかもしれないよ?」
「じぃさんでもいいのでは? 達哉さんならロマンスグレーのいい男になっていると思いますよ」
「なんだよ、それ。ロマンスグレーって、いつの時代の言葉だよ」

 さっきまでの憤りも落ち込みも忘れたように、達哉はクスリと笑った。
 その笑顔を見て梅太郎も寂しげではない、笑顔を達哉に向け重ねた手をぎゅっと握った。



「達哉」

 オフィスビルの階段を降りる達哉に背後からかける声があった。振り向くと、少しだけ気まずそうにしている健二が手を振っていた。

「健二さん。有給取って新婚旅行に行っているって聞きましたけど、もう戻られたのですか?」
「戻られたって、なんかよそよそしい言い方だな。今日から出勤だよ」
「そうだったんですね。ああ、そういえばお祝いを言うのが遅くなりました。ご結婚おめでとうございます」

 軽くお辞儀をして健二に祝辞を述べる。
 そんな達哉を健二は訝しげに見つめ、同じ段まで降りると腕を掴んで踊り場まで引っ張った。

「ちょ……、いきなり危ないですよ。なんですか?」
「なんですか、はこっちのセリフだ。達哉、なんかよそよそしくないか? 他人行儀っていうか」
「そりゃ先輩だから丁寧語くらい使いますよ。他人行儀って、もともと他人じゃないですか」
「そういうことじゃ……」

 言いかけて、健二は廊下を歩く他の社員の姿を見つけ口を噤んだ。
 姿が見えなくなってから達哉の手を引き、階下の給湯室へ連れ込んだ。誰もいないことを確認してから、再び小声で話し始めた。

「どうしたんだよ。しばらくかまってやれなかったから、拗ねたのか?」
「そういう訳じゃないです」
「じゃあなんだよ」

 わざと耳元で囁く。息がかかるように、色を含む声で達哉に囁く。
 囁きながら右手でズボンの上からアナルをなぞった。

「もう俺は用なしなんでしょう? 女性と付き合っているなんて知りませんでした。結婚ってことはそれなりに長い期間付き合っていたんでしょう? 俺と、二股だったってことですよね」
「二股だなんて。達哉のことも愛してるが、やっぱり世間体ってものがあるだろう? ほら、いくら同性愛が認められるようになったからといって、付き合ってるとか一緒に住んでるとか公言すると、な?」

 そう言いながら健二の手は達哉のズボンのファスナーを下ろし始める。
 ここが人気の少ない階にある給湯室だといっても、完全に無人な階ではないのにも関わらず。

「世間体とか言ってますが、こんな現場見られたらそうは言ってられませんよ?」
「大丈夫、すぐに済むし。それに達哉だってシたかっただろう?」

 ズボンと一緒に下着まで下ろす。
 十日近く放置されたソコを解すべく健二の指はアナルへあてがわれ、ゆっくりとは言い難い手付きで回りと中を解していく。

「あっ……」
「ほら、欲しがってる。指だっていうのにキュウキュウ吸い付いてきてるぞ」
「だって……、そんなにされたら、ああっ」
「やっぱり拗ねてたんだな。やっと声が素直になってきた」

 喘ぎを漏らす達哉に健二は、それ以上の解しをすることなく起立したモノを挿し込んだ。
 一気に挿し込まれたモノに、大声で喘ぎを漏らしそうになる達哉の口を手でふさぎ、健二は激しく腰を振った。

「ああ、やっぱり達哉の中は最高だな。女のアソコもいいが、締まりぐあいが違う」
「ん、んんっ、んんんっ!」
「イキそうなのか? 僕も達哉の中が気持ち良すぎて、もうイキそうだよ」
「んんーっ! んっんっ!」
「ああっ! イクぞ達哉! イクっイクっ!」

 ただ挿して一方的に擦り上げ、健二は早々に達哉の中に精液を吐き出した。

「……やっぱりこんな場所じゃ物足りないな。今日の夜、いつものホテルで待ってるからな」

 それだけ告げると健二は自分のモノだけ手早く拭き取り、達哉を置いて給湯室を出ていってしまった。

「……健二さん」

 やっぱりと寂しく思う気持ちと、自分を欲しがる健二の姿が交差する。
 まだ愛されているのかも? という期待が拭えない達哉は、言われるまま就業後健二の指定したいつも使っているホテルへ向かった。

「遅かったな」
「すいません、顧客先でトラブルがありまして」

 そう言った達哉を健二は背後から抱きしめた。
 まだスーツを着たままでいる達哉の上着の合わせから手を入れ、ワイシャツの上から乳首をまさぐる。

「久し振りにゆっくりセックスしよう。最近のセックスは屋上で簡単に済ませるものばかりだったから、満足いくまでヤってなかったからな」
「あっ……」
「相変わらず感じやすいな。ほら、こっち向けよ、キスしながら脱がせてやるよ」

 くるりと振り向かせてキスをしようとした健二を、達哉は腕で押し退け距離を取った。

「達哉?」
「……健二さん、俺と奥さん、どっちを愛しているんですか?」
「な……。どうしたんだ達哉? 今、そんなことどうでもいいだろう?」

 達哉に一歩近づき、抱き寄せようとした。しかし達哉はそんな健二の腕を払い除け、もう一度強く聞いた。

「僕のこと愛していますか? 僕は健二さんのことを愛しています。健二さんは、僕のことを奥さんよりも愛していますか?」
「愛しているよ。だから、ほら、こっちに……」
「奥さんよりも? 僕のことだけ愛しているって言ってくれますか?」
「達哉……」

 真剣な眼差しで健二を見つめる達哉を健二は面倒臭そうな表情で見つめ返し、唇の端を歪めて笑って答えた。

「そんなの、女である嫁に決まっているだろう。達哉のことは好きだけど、それは身体の相性がいいっていうのと、都合のいい時に抱かせてくれるからって理由だけだ。男が男を本気で好きになるとでも思っていたのか?」
「じゃあ、忘年会で告白してきたのも……」
「前からいい身体してるなって狙ってたからだよ。お前単純だから『好き』って言えばホイホイ身体差し出してくるだろうと睨んだら、その通りだったよ」
「酷い……」

 分かってはいたが聞きたくなかった真実。
 真実を知ってしまい呆然としてしまった達哉を、健二は乱暴にベッドに押し倒した。

「酷いもなにも、お前だって気持ち良かったんだろう? だから何回も僕とセックスしたんだろう? 僕のちんこが欲しくて愛しているって言っているだけだろう?」
「違う! そんな理由だけで愛したわけじゃない!」
「じゃあなんだよ、純愛? 嘘くさい」

 歪んだ笑顔で健二は達哉にキスをする。
 無理矢理舌をねじ込んで、独りよがりのディープキスを愉しむ。

「僕さ、嫁を愛してはいるが、ちょっと物足りないんだよね。お前みたいに感度がいいわけでもないし、締まりだってそこまでよくない。喘ぎ声はいやらしくていいんだけど」
「どいてください」
「達哉、お前は俺の愛人になれよ。身体の相性はいいし、ずっと『愛』してやれるぞ?」

 ベッドの上で達哉を脱がせようとする。脱がせる、というよりはぎ取るという表現が正しいかもしれない。
 ボタンを留めていなかった上着はただ放り投げられただけだったが、ワイシャツはボタンが数個、布から引きちぎられた。

「嫌だ!」

 力いっぱい健二を跳ね飛ばし、達哉はベッドから起き上がった。

「俺は俺だけを愛して欲しいんだ。身体だけじゃなく、俺全部を愛して欲しいんだ。誰かを愛している片手間でではなく、俺だけを」
「言っただろう、男が男に本気になることなんて性欲以外でありえないって。お前の身体だってそれを理解しているじゃないか」
「そんなの嘘だ!」

 健二へ叫ぶように言うと達哉は開けたシャツをそのままに、上着を拾いその上から羽織った。

「性欲だけでない愛だって存在するんだ! 俺は健二さんにセックスして欲しいだけでなく、ただ一緒に過ごしたり話したりもしたかった。時間を共有したかった!」
「そんなの、高校生の恋愛じゃないか。馬鹿馬鹿しい」
「馬鹿馬鹿しくて結構です。もう、健二さんとはおしまいです。俺は俺を愛してくれる人のもとに行きます」
「おい! どこに行くんだよ!? なに熱くなっているんだよ!? 達哉!?」

 ベッドの上で呆然とする健二を残し、達哉は部屋から勢いよく出ていった。
 ボタンがはじけ飛んでシャツが開けているのにも構わず、乱れた格好のまま走ってホテルを飛び出した。



「いらっ……、達哉さん!?」

 勢いよくガラリと開かれた扉に視線だけやり挨拶しかけた梅太郎は、飛び込んできた達哉の姿を見てぎょっとした。
 幸か不幸か、閉店間際の店内には誰もいなかった。

「ちょ、どうしたんですか!? まさか暴漢!?」
「……ください」
「はい!? なんですか? 警察に連絡ですか!?」

 息も絶え絶えになっていた達哉の声は、荒い呼吸に紛れてはっきりとは聞き取れなかった。
 唯一聞き取れた『ください』の部分で梅太郎は、『暴漢に襲われたので警察を呼んでください』と思い込んだ。

「違います。 梅太郎さんをください。俺、健二さんに別れを告げてきました。愛していると思っていたけど、本当の意味で愛していなかった。俺は健二さんの表面だけを愛していたみたいだ。あっちは身体しか愛してくれていなかったけどね」
「達哉さん……」
「それで梅太郎さん、俺のオーダーってとおりますか? 梅太郎さんが欲しいんですが」

 カウンターの椅子に座り、達哉は改めて言った。
 ここが小料理屋であることにかこつけて、オーダーという名の告白を。

「少しばかりお時間いただきますがよろしいですか? 暖簾を仕舞って鍵をかけるだけの時間なんですが。じっくりご賞味いただけるよう、手早く料理させていただきます」
「お願いします。それくらいの時間、梅太郎さんが手に入るなら全然待てますよ」

 はにかんだ笑顔の客に、小料理屋の店主は暖簾を仕舞う前に優しくキスをした。
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