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木漏れ日の中で(後編)

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 声をかけられて私が振り向くと、涙をボーボー垂らして鼻水垂らした紋付袴姿の山田が寄ってきた。
 あれ?そういえば忘れていたが、今日の私こと麻太は、はなみずきに呪をかけられて、人間の姿を猫又に変えられているのだ。
 今日は、妖怪メインのお祝いなので、人間が1人でも多いと周りの妖怪達をざわつかせ兼ねない。山田1人ならなんとかなるが、と、又三が配慮してくれたのだ。なので、妖怪が見える人間から見たら、今日の私は「人間の麻太」ではなく、猫又の姿になっているはずなのだ。でも、何故山田は自分に声をかけてきたのか?まさか私が人間だとばれたか?
 少しだけ焦りつつ、でもとりあえず、明らかに自分が呼ばれているので反応しなければずっと呼ばれるかもしれない。とりあえず返事をして穏便に済ませよう。

「はい?なんでしょ?」
「トイレどこだ!?」
「は?」
「トイレだ!」
「あ、えっと、あっちです」

 ああ、トイレね。びっくりした♪
 さて、この家、実はやよい婆ちゃんの家なのだ。彼女はこの時代、都心から少し離れた田舎の山の中のこの家で暮らしている。
 普段は猫又をターゲットにしたお料理教室や、お裁縫教室などをし、時代に合った生き方を楽しんでいるのだ。教室をやっていない日などは、庭のハーブの調子を見たり、庭の手入れをしたりとのんびり暮らしている。
 やよい婆ちゃんはもう何歳なのかもわからないくらいのレジェンド猫又で、それでも、やよい婆ちゃんも今では、人間社会に慣れ親しんだ時期の影響か、今では家にきちんとトイレを設置している。

 ここで急だが、猫又のトイレ事情を話しておこう。
 猫又になると、猫又達のトイレ事情は2つに分かれる。

①猫の時同様、その辺で用を足すもの
②家を持つ者は、人間達のようにトイレを家に設置して、そこで用を足す

わかりやすく言えばこんな感じだ。

 ちなみに、又三やサングラスやユミリンゴは、設置されたトイレで済ますタイプで、しむだいごは状況と場合もあるが、だいたいそこらへんで済ますタイプだ。
 野良で育ったか、人間世界で慣れたか、元々の性格や場面で、それまでの生活スタイルで、などなど、猫又のトイレ事情はそれぞれで違う。

だからといって、その辺で用を足すしむだいごを、トイレ使用派の者がとやかく言うわけでも無い。お前もあーした方がいい、こうした方がいい、など、他の猫又に対しての生活スタイルに余計な事を言うものが猫又の世界には居ないのだ。皆が皆、自分の好きな赴くままのスタイルで生活している。

 そこは、不特定多数の世間体を気にする者が多い人間(特に日本人)にはなかなか無い事だ。
 正直、私もそんな不特定多数の世間体を気にする人間だもんで、だからこそ、妖怪の彼らから学ぶ事はとても多く、彼らの自分軸の生き方を羨ましくもあり、憧れ、勉強させられるところが多くある。私が彼ら猫又と過ごす時間が好きな大きな理由だ。
 あ、だからといって、しむだいごのように、その辺で用を足したいと思っている訳では決してない、と言う事は念を押してここでしっかり言っておこう。

時を戻そう。

 山田は教えてもらった方向へパタパタと走り消えていった。
 私は、思っていた展開からは全く外れたことへの安堵感と、拍子抜けした感で「ふぅ~」とため息混じりに脱力した。
 なんで私がこんなに疲れなきゃならんのだ。しかし、山田にはカスミとおスギと暮らした2年間のインタビューもしてみたい。
 野次馬根性がムラムラし、結局トイレから出てくる山田を待ち、突撃インタビューをする事を決意した。
 少しすると、山田がトイレから出てきた。
 鼻を強く擤んできたようで、鼻周りが赤くなっている。
 こちらが話しかける前に、山田の方が先にまた、私に声をかけてきた。

「あんた、他の猫又達となんか違うな」
「え?」

また焦る私。

「なんか違う」
「あはは、なんででしょうね」
「俺はな、ガキの頃から妖怪たくさん見てきてるんだ。あんたは何故か妖怪の気配がしない」

 恐るべし山田!!さすが又三に嫁さんの里親として選ばれただけの事はあるかも。と、変なところで見直す私。って、そんな事考えてる場合じゃなかった。

「私が猫又じゃなかったらなんでしょうね?」

心臓バクバクで変な愛想笑いしながら、冷静を装い返事をする。

「……わからん。けど、他の猫又達は服を着て居ない。服を着ているのはオレとあんただけだ。って事は……」

山田がそう言って、私に詰め寄った時だった。

「パパぁ!もーまたたくさんお酒飲んだんでしょ!」

振り返ると、そこにはグレーの毛並みの新猫又「おすぎ」が腰に手を当てて立っていた。

「おい、スギ!その、「パパ」ってやつ止めろってー。」

 山田は一瞬で、照れたように顔を赤くして困った顔でおスギに叫んだ。

「なんでよー。ずっと一緒に暮らしてる時だってパパって呼んでたのに、今更もう変えられないよー。それより、カスミちゃんと話した?会うの久しぶりなんでしょ?どーせ恥ずかしくてまだちゃんと話してないんだろうから、行くよ!」

 スギはそう言って、山田の腕をがっしり掴み、「いや、まだいいって、ほら、カスミも今は忙しいだろ……」などと言い、抵抗するパパこと、山田をズルズルと力尽くで引きずっていった。
 私とすれ違い様におスギが「パチリ♡」とウインクしていったのはご愛嬌。さすが、猫又研修を受けただけあって、おスギは私の正体に気付いているようだ。いやぁ、教養って必要だなぁ。
 私が1人でそんな事を思いながらしみじみしていると、連れて行かれた山田の方向から先ほどよりも更にワイワイとした騒ぎが聞こえてきた。もちろん見に行こう。
 私が着くと、又三、カスミの2人が並んでいるところに、おスギに連れてこられた山田が2人を見た途端号泣中だった。又三の両手を握り締め、オイオイ泣いている。

「ひっく……ひっく……、又三、オレはな、今日ほど嬉しい事はない。お前達の猫時代からの話を聞いて、ようやく出会えたお前達がこれから一緒に暮らせるんだ。カスミもスギもこんなオレが里親で申し訳ないくらい、グスッ、よく出来た可愛い良い子達だったよ。里親はオレだが、助けられたのはオレの方だった。こいつらとの生活はどれだけ楽しかったか。正直、猫又の研修に行くと言った時は手放したく無かったよ。でも、猫又になればこれからもずっと会えるって聞いてな、巣立つこいつらを送り出したさ。だからな、又三、こいつらを、……カスミを頼んだぞ!!」

皆が又三にガサッ!と注目した。

又三は静かに答えた。

「もちろんです。それに、山田はいつまでもカスミとスギのパパだからね。僕らも遊びに行くし、遊びに来てくださいな」

 山田は顔を上げ、又三の顔を見るとまた下を向きオイオイ泣いた。

それからはまたどんちゃん騒ぎになった。

 又三の親友のしりことぶき猫又に、今度は又三が右の尻に「又」と念写で書かれ、又三が更に仕返して、しりことぶきの尻に以前書いた「寿」の隣に「司」を書き、更に「倍返しだ!」と、仕返しをされ漢字の三を書かれてよく見ると「又三」ではなく、「三又」と書かれてしまってたり、しむだいごが酔った勢いでユミリンゴの尻を触り、はなみずきとサングラスからハリセンで顔面叩かれ、両鼻から鼻血を出しヘラヘラしながらひっくり返ったり、山田がおスギとデラックス様に挟まれてヨシヨシと慰められながら顔中に「チュウ♡マーク」をつけられたりと、

とても暖かい結婚式だった。

 それから3ヶ月後。

 山田は、更に仕事が順調になり、又三とカスミの住む猫又亭のお店がある街に引っ越してきた。なんと、スピード結婚したお嫁さん(20歳差)と共に。
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