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第三夜

弐 茶々の想い

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 茶々は大きなしとねの横に座り、秀吉をじっと待っていた。 
 昨日は名残の光がなくなる頃にやってこられたが、今日はまだ回廊からも音がしない。 
 三日続けて通われて、はじめて妻と認められる。 
 昨夜よりも念入りに支度を整え、茶々は待っていた。少し大人びた香を焚き染め、唇も華やかに紅で染めた。 
 しかし、薄暮が闇となっても秀吉が現れる気配はない。 
 高ぶっていた心は次第に沈み、千々ちぢに乱れ始めた。 

 昨夜はあのように抱いて下されたけれど、あれは真であったのか…。世を渡るために様々なものを利用されてこられたのが殿下じゃ。昨日言われたことと今日言われることが違うなど何度もある。 
 江とて、それで一成かずなり殿と離縁させられたのではなかったか…。 

「もしや御心変わりされたのであろうか……」 
 暗くなった部屋でわずかな灯りのもと、大きな褥を見ながら、ぽつりと茶々はひとりごち、それを打ち消すように頭を振った。 
「いいえ、茶々を天下一の女子にすると約束してくださった。」 
 小さな声でそう呟きながらも不安で胸が締め付けられる。知らずと茶々の美しい瞳には涙がにじんでいた。 

 スッとふすまが開き、トタトタと秀吉が入ってきた。 
 茶々が慌てて平伏する。 
「すまぬ、待たせたの。」 
 優しく声をかけた秀吉に、茶々は、うつむき加減のまま頭を振った。 
「いかがした?」 
「いえ。」 
 茶々のうわずった声に、秀吉が茶々を抱き寄せた。 
「いかがした?泣いておったのか?」 
「いえ、なんでもありませぬ。」 
「声が震えておるではないか。どこぞ悪いのか?」 
 案ずるように優しい男の声に、茶々はただふるふると首を振った。 
「茶々、なにがあったのじゃ? 辛抱してはならぬとゆうておろう?」 
 秀吉が頭を撫でながら、優しく茶々を見つめた。 
「…殿下が…御渡りくださらないのかと……」 
 そう呟くと、茶々は先程までの寂しさと不安を思いだし、じわりと涙をにじませた。 
「なんじゃ、そのようなことを考えておったのか。」 
 カラカラと笑う秀吉に、茶々は唇を引き締め、不満げにうつむく。 

「茶々。」 
 秀吉がふわりと茶々を抱き締めた。 
「そなたを守る。と申したであろう?」 
 茶々は秀吉の腕の中で黙っている。 
「もう離さぬ。と言うたであろう?」 
 秀吉は茶々にほおずりをした。 
「茶々の居場所はこの秀吉のもとじゃ。」 
 じっとしている茶々の躰を起こし、秀吉は茶々を見つめる。 
「よいな。」 
 まっすぐに切り込んでくる青年のような視線に、茶々の胸が高鳴った。 
「寂しゅうございました。」 
 茶々が秀吉に抱きつく。 
「昨夜会うたではないか。」 
「殿下が御渡りにならないのではないかと思うと、たまらなく寂しゅう…」 
「よしよし。悪かった悪かった。」 
 秀吉は茶々を抱き締め、豊かな黒髪を何度も何度も撫でた。 

「今日で三日目。茶々、今宵一晩過ぎると、そなたは儂のものじゃ。」 
 茶々が抱きついた腕を緩め、トロリと潤んだ目で秀吉を見つめた。 
「よいのか?」 
 秀吉は念を押す。 
「茶々は殿下のものにございます。茶々を天下一の女子にしてくださると言うたは偽りにござりまするか?」 
 潤んだ目のまま、茶々もまっすぐに秀吉へ思いを返した。 
 (さすがは織田の御血筋、お市様の娘じゃ。) 
「茶々……」 
 秀吉が茶々の髪に口づけし、頬を擦り寄せる。男の唇は、頬にも止まり、茶々の小さな唇に止まった。 
「茶々…」 
 秀吉の薄い唇が、茶々の赤い蕾のような唇をそっと噛む。茶々の唇は花開き、秀吉を迎え入れた。 
 秀吉は柔らかで長い舌を巧みに動かし、たどたどしく動く舌を蹂躙する。優しく…次第に強く… 
 茶々の華奢な腕は秀吉の短い首に回され、男に捕らえられ続ける小さな唇からは、女の吐息が漏れ始めた。 

「茶々……、かわいい茶々……、儂の茶々……」 
 秀吉は時々茶々の小さな耳元で繰り返しながら、口づけを繰り返す。 
 茶々の中に安堵と愛される幸せが溢れていった。 
「んぅん…あ…ぁ…殿下…」 
「茶々……儂の茶々……」 
 こんなにも繰り返し名を呼ばれたことがあっただろうか。茶々の躰は求められる喜びで満たされ、それを取り囲む肌は、女の悦びを感じるために敏感になっていった。 
 男の躯に頬を擦り寄せ、腕を絡ませ、口づけを交わす。茶々の首筋が次第に桜色へと染まっていった。 
 (身体中美しく染めているのであろう。) 
 秀吉はそう思った。いかに美しい躰であろうか…考えるだけで、己の男が奮い立つ。 
「茶々…そなたのすべてを見せてくれぬか…」 
 男の囁きに、トロリとしていた茶々の目が、怯えたように見開いた。

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