【R18・完結】鳳凰鳴けり~関白秀吉と茶々

みなわなみ

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第三夜

壱 秀吉の語らい

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「殿下、茶々殿をお側に召されたのでございますね?」 
 西の丸にしのまること、竜子たつこは、秀吉の着物の袖を取り、拗ねて見せた。 
「私もたぶんもう、お役には立てませぬものね。」 
 潤んだ目で、寂しそうに竜子は秀吉を見上げる。 
「竜子、そのようなことはないぞ。」 
 そう言う秀吉の心の奥を感じとり、竜子はそっと目を伏せた。 
「竜子の元が安心するのじゃ。」 
 女の温かながら寂しげな手を取り、秀吉が頬擦りする。 
「おねさまにもそうおっしゃるのでございましょう?」 
 男の調子のよさに、竜子は仕方なさそうに柔らかな笑みを作った。 
「おねはおね。竜子は竜子じゃぁ。そなたのぬくさは格別じゃ。」 
 秀吉が、ガバと竜子を抱き締めた。そっと当てられた頬の皺が竜子の心を溶かす。 
「嬉しゅうございます。殿下。」 
 無邪気な笑顔に、秀吉も満足そうに頷く。 
「したが、赤子ややを望むのなら、やはり茶々殿の方がよろしいですわね。」 
 指をもじもじと動かしながらも、精一杯にっこりと笑う女が、秀吉には愛しくてたまらなかった。 
「…竜子…」 
「私とて、武家の女子ですもの。」 
 柔らかに、凛として竜子は微笑む。 

 秀吉がただ女好きなのではなく、子を切望しているのも、位が高まるほどにその思いが強くなっているのも、京極きょうごく家ーー武家の名門の姫である竜子は、十分に承知していた。 
「殿下の赤子ややが見てみとうございます。」 
 秀吉は何も言えずに、ただ竜子を抱き締める。年を経て柔らかになった肌の温かさが、着物を通しても伝わってきた。 
 胸の中でじっとしている竜子の心の寂しさを、秀吉は感じていた。 
 竜子の口を借りて、おねが言葉を発したようにも感じている。 
 (儂は、果報者じゃ。) 
 秀吉は、一筋だけ白髪のある竜子の髪をそっと撫でた。 
「殿下…、私のことも忘れないでくださいませね。」 
「忘れぬぞ。そなたは、儂の大事な女子じゃ。茶々にとっても縁続きではないか。」 
「さようではございますが。」 
悋気りんきか?」 
「そのような…」 
「よいよい、かわいい奴じゃ。」 
 竜子の正直な言葉に、秀吉は微笑む。 
「今宵までは茶々の元に参らねばならぬ。また改めて来ようぞ。」 
「まことに?」 
「なんとも知れぬ。側女そばめが増えてもそなたへの思いは変わらぬ。今までもそうであったろう?」 
「…はい…」 
「茶々がいても同じじゃ。おねはおね。竜子は竜子。茶々は茶々じゃ。」 
「まぁ、調子のよい。」 
 竜子が目を見開き、大袈裟にプイとふくれて見せた。秀吉も負けずに目を見開いて、竜子を見返す。 
 どちらからともなく吹き出し、朗らかな男女の笑い声が部屋に響いた。 

「そうじゃ。そのように儂の気持ちを明るうしてくれるのが竜子ではないか。そなたがおらねば、儂は困るぞ。」 
「嬉しゅうございます。」 
「竜子らしゅう、笑っておれ。その顔を見に来るでの。」 
「はい。早う来てくださいませね。殿下。」 
「うむ。約束する。」 
「それならば、今日のところは、許して差し上げます。」 
 茶目っ気のある、大輪の花のような笑顔を竜子が秀吉に向けた。 
「これはこれは、ありがたき幸せ。かたじけのうござる。」 
 秀吉が大仰に改まって頭を下げた。 
 チラリと見上げる秀吉の目に、竜子は笑いだす。 
「それでこそ、竜子じゃ。」 
「ふふ。茶々殿によろしく。」 
「うむ。では行ってまいる。」 



 竜子の部屋から離れ、茶々の待つ部屋へ歩を進めていた秀吉がふと立ち止まった。 
 日が沈んだ後の残り香のような光も今はなく、星がまたたき始めている。 
 わずかに空を見上げた秀吉が、きびすを返し、自室へと戻った。 
 侍女によって開けられたふすまを通る前から、秀吉は羽織の紐に手をかけていた。 
「おまえさま?」 
「着替える。」 
 秀吉は真面目くさった顔で、それだけ伝える。 
「はいはい。」 
 動じることもなく、秀吉の脱ぎ捨てる着物を慣れた様子でおねは拾っていった。

 (竜子殿のところにでも寄られたか。まめな方じゃ。)
 おねは苦笑をしていた。 
 (お側にはべる者たちには、このように気を配られるのに……) 
 秀吉は大勢の側室を侍らせていたが、一人の側室と床を共にしたあと、そのまま続けて別の側室の元には足を運ばない。 
 別の愛姫あいきに渡る時は、必ず自室に戻り、着替えるのである。 
 裏を返せば、必ずおねの元から側室の元に通うのであった。若い頃のおねは、やりきれない思いも抱えたが、今では、それが秀吉の愛情だと解っている。 
 しかし今は着物の乱れもない。 
 (竜子殿とただ話されただけであろうに、今一度身支度を改められるとは…。やはり茶々殿は別格であるようじゃ。) 

 おねは夫に黄金色の羽織を着せかけ、扇子を捧げた。 
 秀吉は黙って扇子をつかみ、帯の間に挟む。 
「お急ぎなされませ。茶々殿がお待ちでしょう。」 
 おねはにっこりと微笑んだ。 
「うむ。行ってまいる。」 
 真面目くさったままの顔で、秀吉はまた部屋を出ていった。 
 部屋から出て行く夫の背を見ながら、 
 (さて、茶々殿に贈る着物を仕上げましょうか) 
 おねはついと立ち上がり、グッと腰を伸ばした。 
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