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第二夜
壱 おねの願い
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「茶々殿は子を生んでくださりそうでしたか?」
パチリと松の枝を少し切りつめ、おねは白磁の花器に据えた。
そ知らぬ顔をしている秀吉だが、おねには充分わかっていた。
「この器のようにお美しいのでしょう。茶々殿の肌は。」
松の枝を整えたおねは、にっこり微笑み、花器を持って立ち上がる。
「なんじゃ。妬いておるのか?」
秀吉は小指で耳の中を掻いた。
「ふふふ。女好きのおまえさまにいちいち妬いていては身が持ちませぬ。」
飾り棚に花器を据えたおねは、ひるがえって耳掻きを取り出し、 夫の横に座った。秀吉はすぐさま、妻の膝に頭をのせて寝転ぶ。
「そなたが一番じゃ。」
くつろいだ顔の秀吉が、おねの膝を撫でる。
「皆にそう言うておるのでしょう?」
柔らかく微笑んで、おねは耳掻きを動かした。
「なんじゃ、やはり妬いておるのではないか。」
「妬いてなどおりませぬ。」
「妬いておる。」
「あきれておるのです。」
おねが秀吉の耳をキュッと引っ張った。
「アタタ…」
秀吉が大仰に顔をしかめる。
「茶々殿を悲しませなさいまするな。」
先程より深く、ゆっくりと、おねは耳掻きを動かした。
「わかっておる。」
「江が、」
「お江が?」
「泣いておりました。『姉上がかもうてくれぬ』と。『どこぞ悪いのではないか』と。」
「そうか。」
おねは秀吉の耳をふっと吹いて、耳掃除を終えた。
江の報告だけで、茶々が夫を受け入れ、乱れ咲いたのだろうとおねは気づいている。
「では、明日の夜までは茶々殿でございまするな。」
「公家のたしなみじゃ。」
起き上がりながら、かしこまって襟元を合わせる夫の返事に、おねはプッと噴いた。
「な~んじゃ。」
秀吉は不機嫌な顔で振り返る。
「似合わぬと思いまして。」
「なんじゃと?」
「秀次が。」
「秀次がなんじゃ。」
「『叔父上は、関わった女子を見捨てられぬ、光る君のようですな』と言うておりましたのじゃ。」
おねはクスクスと笑いが止まらず、秀吉は憮然としている。
「あやつこそ、女子を集めておるではないか。」
秀吉がふんと鼻をならした。
「おまえさまに憧れておるのでしょう。」
「まだひよっこのくせに。」
「おまえさまも、お若いときからお盛んでございましたなぁ。」
おねがやんわりと微笑み、秀吉は罰が悪そうに扇子を拡げた。
「『姿形はともかく優しい方じゃ。わたくしの一の人、旦那様ゆえの。そなたも真似るなら、半端をいたしてはならぬ』と言うておきました。」
「おね。」
秀吉は、目尻を皺だててさらに微笑む妻を抱き寄せた。
「そなたがおるから、儂は好きにできるのじゃ。」
おねの頬に、夫は唇を寄せる。
「わかっております。」
「さすがは儂の女房殿じゃ。」
秀吉は甘えるように頬をすり寄せた。
「もう、諦めておりまする。」
おねは微笑んだまま、呆れるように言った。
「おーねー。そなたが一番じゃぁ。」
機嫌を取るように、秀吉は妻を抱き締めた。
「まこと、調子のよい」おねは、秀吉の鼻の頭をチョンと押さえる。「茶々殿に嫌われぬようになさいませ。」
「おね、儂のかかはお前だけだぎゃぁ。」
「わかっています。」
「おねー、」
「さぁさぁ、茶々殿を待たせてはなりませぬ。心細うお待ちですよ。」
首元へと頬擦りする夫を押し止め、おねは声をかけた。秀吉が名残惜しそうに妻の体から離れる。
「ん。行ってまいる。」
おねも共に立ち上がり、夫の羽織の着崩れを整えた。
「おね。明日はおっかぁと茶飲みをしよう。」
「はいはい。」
おねが夫を送り出すために座った。
「行ってくる。」
美しく礼をするようになった古女房を残し、秀吉が歩を進める。秀吉の早さに合わせ、襖が開き、天下人は立ち止まることなく、回廊へと出ていった。
夫の後ろで、おねは手を合わせていた。
(茶々殿、秀吉の大願、叶えてやってくだされ)
********
【白磁】真っ白な磁器。
【光る君】源氏物語主人公。光源氏。
パチリと松の枝を少し切りつめ、おねは白磁の花器に据えた。
そ知らぬ顔をしている秀吉だが、おねには充分わかっていた。
「この器のようにお美しいのでしょう。茶々殿の肌は。」
松の枝を整えたおねは、にっこり微笑み、花器を持って立ち上がる。
「なんじゃ。妬いておるのか?」
秀吉は小指で耳の中を掻いた。
「ふふふ。女好きのおまえさまにいちいち妬いていては身が持ちませぬ。」
飾り棚に花器を据えたおねは、ひるがえって耳掻きを取り出し、 夫の横に座った。秀吉はすぐさま、妻の膝に頭をのせて寝転ぶ。
「そなたが一番じゃ。」
くつろいだ顔の秀吉が、おねの膝を撫でる。
「皆にそう言うておるのでしょう?」
柔らかく微笑んで、おねは耳掻きを動かした。
「なんじゃ、やはり妬いておるのではないか。」
「妬いてなどおりませぬ。」
「妬いておる。」
「あきれておるのです。」
おねが秀吉の耳をキュッと引っ張った。
「アタタ…」
秀吉が大仰に顔をしかめる。
「茶々殿を悲しませなさいまするな。」
先程より深く、ゆっくりと、おねは耳掻きを動かした。
「わかっておる。」
「江が、」
「お江が?」
「泣いておりました。『姉上がかもうてくれぬ』と。『どこぞ悪いのではないか』と。」
「そうか。」
おねは秀吉の耳をふっと吹いて、耳掃除を終えた。
江の報告だけで、茶々が夫を受け入れ、乱れ咲いたのだろうとおねは気づいている。
「では、明日の夜までは茶々殿でございまするな。」
「公家のたしなみじゃ。」
起き上がりながら、かしこまって襟元を合わせる夫の返事に、おねはプッと噴いた。
「な~んじゃ。」
秀吉は不機嫌な顔で振り返る。
「似合わぬと思いまして。」
「なんじゃと?」
「秀次が。」
「秀次がなんじゃ。」
「『叔父上は、関わった女子を見捨てられぬ、光る君のようですな』と言うておりましたのじゃ。」
おねはクスクスと笑いが止まらず、秀吉は憮然としている。
「あやつこそ、女子を集めておるではないか。」
秀吉がふんと鼻をならした。
「おまえさまに憧れておるのでしょう。」
「まだひよっこのくせに。」
「おまえさまも、お若いときからお盛んでございましたなぁ。」
おねがやんわりと微笑み、秀吉は罰が悪そうに扇子を拡げた。
「『姿形はともかく優しい方じゃ。わたくしの一の人、旦那様ゆえの。そなたも真似るなら、半端をいたしてはならぬ』と言うておきました。」
「おね。」
秀吉は、目尻を皺だててさらに微笑む妻を抱き寄せた。
「そなたがおるから、儂は好きにできるのじゃ。」
おねの頬に、夫は唇を寄せる。
「わかっております。」
「さすがは儂の女房殿じゃ。」
秀吉は甘えるように頬をすり寄せた。
「もう、諦めておりまする。」
おねは微笑んだまま、呆れるように言った。
「おーねー。そなたが一番じゃぁ。」
機嫌を取るように、秀吉は妻を抱き締めた。
「まこと、調子のよい」おねは、秀吉の鼻の頭をチョンと押さえる。「茶々殿に嫌われぬようになさいませ。」
「おね、儂のかかはお前だけだぎゃぁ。」
「わかっています。」
「おねー、」
「さぁさぁ、茶々殿を待たせてはなりませぬ。心細うお待ちですよ。」
首元へと頬擦りする夫を押し止め、おねは声をかけた。秀吉が名残惜しそうに妻の体から離れる。
「ん。行ってまいる。」
おねも共に立ち上がり、夫の羽織の着崩れを整えた。
「おね。明日はおっかぁと茶飲みをしよう。」
「はいはい。」
おねが夫を送り出すために座った。
「行ってくる。」
美しく礼をするようになった古女房を残し、秀吉が歩を進める。秀吉の早さに合わせ、襖が開き、天下人は立ち止まることなく、回廊へと出ていった。
夫の後ろで、おねは手を合わせていた。
(茶々殿、秀吉の大願、叶えてやってくだされ)
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【白磁】真っ白な磁器。
【光る君】源氏物語主人公。光源氏。
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