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お二人の秘密
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前公爵夫妻と夕食後のお茶を楽しむ。
「この二日間、とてもよい勉強をいたしました。宿泊のみならず、夫人御自らのご案内など、全てにおいて感謝いたします」
我が謝意を伝え、エドガーと共に礼をする。
「レオの親友をおもてなしするのは当然ですよ。オットーもエドも、もう私たちの孫同然ですもの」
「そうだな。気軽にというわけにはいかないでしょうが、また遊びに来てください」
微笑みあったご夫妻は、見ているだけで温かさが伝わってくる。
どちらも懐の深いお方だ。
紅茶の傍らには、当然のようにバラのジャムが置かれている。
「こちらは夫人……」
「マダム」
祖母殿が、間髪入れずに訂正する。
「……マダムのお手製ですか?」
「そうよ。手伝ってもらいましたが」
「材料のバラは博士が開発されたとか」
「まぁ、いいじゃないか」
祖父殿は照れながら、顔の前で手を降る。
祖父殿は、「もう公爵でないから『おじいさん』でいいよ」と言われたのを、「博士」と呼ばせてもらっている。
「私の誕生日プレゼントは、いつもバラを贈ってくれると約束しているの」
「ローゼ」
甘く微笑む祖母殿を、祖父殿が少し困ったように眉尻を下げて見つめる。
「薫りを吸い込むと、守られているようでとっても嬉しいのよ」
マダムの惚気は止まらず、困り顔のヴァイス博士は赤くなった顔を隠すように手で覆った。
なんとも微笑ましいご夫妻だ。
座が寛いだところで、我は心にあった疑問を投げてみた。
「不躾な質問をお許しいただきたいのですが、マダムはスピース王家に連なる方ですか?」
秘していることを訊き出すのは無粋だと思ったが、あえて尋ねた。
調べれば解るだろうが、こういうデリケートな問題は直接訊く方が誤解を招かぬ。
「バレてしまいましたねぇ」
「まぁ、近々バレただろうし」
「そうね」
一瞬真顔になったお二人だが、どちらからともなくクスクス笑った。
「殿下、お察しのとおり、妻はスピース王家の者です。前国王の姉です」
祖父殿の言葉に、我とエドは固まった。
スピース国は男女関わりなく早く産まれたものから王位継承権があるはず。
「姉?」
「ということは……」
(まさか……)と思う我の思いを、エドが続いて口にする。
マダムが品良く微笑んだ。
「王位継承第一位王女でしたわ」
姫ではなく、王太女殿下?
女王になる方だったのか。
「幼い頃から帝王学を学んでいたローゼは、自国の民が飢えるのが我慢出来なかったのですな。学園で農学部によく顔を出していました。私はそこで研究を」
「留学生なのに『スピース国にご恩返しが出来れば』と最後まで諦めないでくださったの。その姿に心動かされて」
マダムが乙女のように小さく首を傾げる。
「学園卒業後も残って研究を続けました。目処が着いて、引き継ぎを済ませ、ハーヴィー国に帰国する前にお礼に行ったのです。
いつも励ましてくれたお礼に、ローゼのために作ったバラを持って。」
「第一号ね」
「バラの花束を渡して礼を言うと、ローゼが『それだけ?』と言うんだ」
はにかんで頭に手をやる博士を見て、マダムが姿勢を正して声をあげる。
「プロポーズはしてくださらないの?」
「って言ったんだよ。僕は公爵家の嫡男だし無理だ…と伝えると『私が全てを捨てる』と言ってね。
その後もいろいろあったけど、ローゼはハーヴィー国のオフィキス公爵夫人になり、里帰り場所にヤアの地が僕に下賜されたの。建前は僕の功績に下賜されたことになっているけどね」
「この二日間、とてもよい勉強をいたしました。宿泊のみならず、夫人御自らのご案内など、全てにおいて感謝いたします」
我が謝意を伝え、エドガーと共に礼をする。
「レオの親友をおもてなしするのは当然ですよ。オットーもエドも、もう私たちの孫同然ですもの」
「そうだな。気軽にというわけにはいかないでしょうが、また遊びに来てください」
微笑みあったご夫妻は、見ているだけで温かさが伝わってくる。
どちらも懐の深いお方だ。
紅茶の傍らには、当然のようにバラのジャムが置かれている。
「こちらは夫人……」
「マダム」
祖母殿が、間髪入れずに訂正する。
「……マダムのお手製ですか?」
「そうよ。手伝ってもらいましたが」
「材料のバラは博士が開発されたとか」
「まぁ、いいじゃないか」
祖父殿は照れながら、顔の前で手を降る。
祖父殿は、「もう公爵でないから『おじいさん』でいいよ」と言われたのを、「博士」と呼ばせてもらっている。
「私の誕生日プレゼントは、いつもバラを贈ってくれると約束しているの」
「ローゼ」
甘く微笑む祖母殿を、祖父殿が少し困ったように眉尻を下げて見つめる。
「薫りを吸い込むと、守られているようでとっても嬉しいのよ」
マダムの惚気は止まらず、困り顔のヴァイス博士は赤くなった顔を隠すように手で覆った。
なんとも微笑ましいご夫妻だ。
座が寛いだところで、我は心にあった疑問を投げてみた。
「不躾な質問をお許しいただきたいのですが、マダムはスピース王家に連なる方ですか?」
秘していることを訊き出すのは無粋だと思ったが、あえて尋ねた。
調べれば解るだろうが、こういうデリケートな問題は直接訊く方が誤解を招かぬ。
「バレてしまいましたねぇ」
「まぁ、近々バレただろうし」
「そうね」
一瞬真顔になったお二人だが、どちらからともなくクスクス笑った。
「殿下、お察しのとおり、妻はスピース王家の者です。前国王の姉です」
祖父殿の言葉に、我とエドは固まった。
スピース国は男女関わりなく早く産まれたものから王位継承権があるはず。
「姉?」
「ということは……」
(まさか……)と思う我の思いを、エドが続いて口にする。
マダムが品良く微笑んだ。
「王位継承第一位王女でしたわ」
姫ではなく、王太女殿下?
女王になる方だったのか。
「幼い頃から帝王学を学んでいたローゼは、自国の民が飢えるのが我慢出来なかったのですな。学園で農学部によく顔を出していました。私はそこで研究を」
「留学生なのに『スピース国にご恩返しが出来れば』と最後まで諦めないでくださったの。その姿に心動かされて」
マダムが乙女のように小さく首を傾げる。
「学園卒業後も残って研究を続けました。目処が着いて、引き継ぎを済ませ、ハーヴィー国に帰国する前にお礼に行ったのです。
いつも励ましてくれたお礼に、ローゼのために作ったバラを持って。」
「第一号ね」
「バラの花束を渡して礼を言うと、ローゼが『それだけ?』と言うんだ」
はにかんで頭に手をやる博士を見て、マダムが姿勢を正して声をあげる。
「プロポーズはしてくださらないの?」
「って言ったんだよ。僕は公爵家の嫡男だし無理だ…と伝えると『私が全てを捨てる』と言ってね。
その後もいろいろあったけど、ローゼはハーヴィー国のオフィキス公爵夫人になり、里帰り場所にヤアの地が僕に下賜されたの。建前は僕の功績に下賜されたことになっているけどね」
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