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父上の執務室に
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「ロランダ?」
父上の執務室の片隅で、ロランダが姿勢よくペンを走らせていた。
ロランダは顔をあげて一礼しただけで、直ぐに手元に目線を戻す。
なぜ? と訊く暇さえない。
代わりに父が説明してくれた。
「スピース国への親書を書いてもらっている。細かいニュアンスがあるので、オフィキス公が娘を推薦した」
「……」
「そう睨むな。ちゃんと対価を払って手伝ってもらっている。
ミスが許されぬ上、誰にでも見せられる文章ではないからな」
父上が小さく笑った。
今のロランダに必要なのは、こんな時間ではない……と言えるはずもない。
どんな時間だ? と問われても我には分からぬ。
ただ、皇家のために尽くす時間ではないというのが分かるだけだ。
「ロランダ、たくさん褒美をねだれ」
我がそう声をかけると、ロランダは改めて頭を上げ、微笑みながら頷いた。
「終わったら、我の執務室へ寄ってくれ」
小声で続けると、一瞬眼を見張ったロランダだったが、すぐにいつもの微笑みで
「かしこまりました」
と小さく返事をし、また机に視線を戻した。
◇◆◇
自分の執務室へ戻ってすぐ、エドにお茶の用意を命じた。
ロランダの好きなナッツクッキーと、我が好きなチョコレート。
ほどなくしてロランダが作法通りにやってくる。
「お呼びにより参上いたしました。なにか御用でしょうか」
「あぁ、お茶に付き合え」
ロランダが怪訝な顔をしている。
「客が来てのお茶でないかぎり、我は休めぬ」
エドをチロリと見て苦笑すると、側近は肩をすくめて微笑んだ。
「最近、クプスとはどうだ」
「変わりませんわ」
「夜会には一緒に行くのかい?」
「はい。夜会の時には迎えに来てくださいます」
「最近、夜会に行ったのはいつ?」
「そうですね。一月…前かと」
一月前? それから行っていないのか? 夜会がなかったわけではなかろう?
「一ヶ月前か。マッケン公爵ご令嬢の御披露目かな」
マッケン公爵家は縁続きだ。我が視察で不義理をするから、二人で出席するように念を押したが。それ以来?
「ええ。ピンクブロンドの髪のとっても愛らしいご令嬢でしたわ」
柔らかな笑みで、ロランダは必ず誉める。
その笑みを見ると周りもつい微笑む。無論、我も。
「夜会も楽しそうであるな。次は我も出るか。次はいつだい?」
「殿下がお気軽に出られそうな夜会は、そうそうございませんわ」
苦笑するロランダに、我は憐れな顔を作って見せた。
「我もたまには息抜きをしたいのだがな」
「一件に顔をお出しになれば、他の夜会を断りづらくなるので、お嫌だったのでは?」
「まぁな。しかし、我が社交界も把握しておかねば、我の元に嫁いでくる姫も困るだろう」
貴族同士の関係は、ある程度把握しているが、書類上と社交界は違うし、我ができることはやっておかねば。
「それならば、この一週間にもいくつか夜会がございますわ。エドガー様が把握なさっているでしょう」
「そなたはどこに出るのだ?」
「私は今日のお手伝いの報奨に皇帝陛下より休暇をいただきました。明後日から10日ほどヤアに参ります」
静かに報告するロランダの声は、喜びに溢れていた。
父上の執務室の片隅で、ロランダが姿勢よくペンを走らせていた。
ロランダは顔をあげて一礼しただけで、直ぐに手元に目線を戻す。
なぜ? と訊く暇さえない。
代わりに父が説明してくれた。
「スピース国への親書を書いてもらっている。細かいニュアンスがあるので、オフィキス公が娘を推薦した」
「……」
「そう睨むな。ちゃんと対価を払って手伝ってもらっている。
ミスが許されぬ上、誰にでも見せられる文章ではないからな」
父上が小さく笑った。
今のロランダに必要なのは、こんな時間ではない……と言えるはずもない。
どんな時間だ? と問われても我には分からぬ。
ただ、皇家のために尽くす時間ではないというのが分かるだけだ。
「ロランダ、たくさん褒美をねだれ」
我がそう声をかけると、ロランダは改めて頭を上げ、微笑みながら頷いた。
「終わったら、我の執務室へ寄ってくれ」
小声で続けると、一瞬眼を見張ったロランダだったが、すぐにいつもの微笑みで
「かしこまりました」
と小さく返事をし、また机に視線を戻した。
◇◆◇
自分の執務室へ戻ってすぐ、エドにお茶の用意を命じた。
ロランダの好きなナッツクッキーと、我が好きなチョコレート。
ほどなくしてロランダが作法通りにやってくる。
「お呼びにより参上いたしました。なにか御用でしょうか」
「あぁ、お茶に付き合え」
ロランダが怪訝な顔をしている。
「客が来てのお茶でないかぎり、我は休めぬ」
エドをチロリと見て苦笑すると、側近は肩をすくめて微笑んだ。
「最近、クプスとはどうだ」
「変わりませんわ」
「夜会には一緒に行くのかい?」
「はい。夜会の時には迎えに来てくださいます」
「最近、夜会に行ったのはいつ?」
「そうですね。一月…前かと」
一月前? それから行っていないのか? 夜会がなかったわけではなかろう?
「一ヶ月前か。マッケン公爵ご令嬢の御披露目かな」
マッケン公爵家は縁続きだ。我が視察で不義理をするから、二人で出席するように念を押したが。それ以来?
「ええ。ピンクブロンドの髪のとっても愛らしいご令嬢でしたわ」
柔らかな笑みで、ロランダは必ず誉める。
その笑みを見ると周りもつい微笑む。無論、我も。
「夜会も楽しそうであるな。次は我も出るか。次はいつだい?」
「殿下がお気軽に出られそうな夜会は、そうそうございませんわ」
苦笑するロランダに、我は憐れな顔を作って見せた。
「我もたまには息抜きをしたいのだがな」
「一件に顔をお出しになれば、他の夜会を断りづらくなるので、お嫌だったのでは?」
「まぁな。しかし、我が社交界も把握しておかねば、我の元に嫁いでくる姫も困るだろう」
貴族同士の関係は、ある程度把握しているが、書類上と社交界は違うし、我ができることはやっておかねば。
「それならば、この一週間にもいくつか夜会がございますわ。エドガー様が把握なさっているでしょう」
「そなたはどこに出るのだ?」
「私は今日のお手伝いの報奨に皇帝陛下より休暇をいただきました。明後日から10日ほどヤアに参ります」
静かに報告するロランダの声は、喜びに溢れていた。
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